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<東京怪談・PCゲームノベル>


【バレンタイン2009】バレンタインパーティー

■00
 ”バレンタインパーティー開催のお知らせ。”
 手にしたチラシの文字を眺めて、黒・冥月は思った。
(くだらん)
 チョコレートを渡すだけの、菓子業界が喜ぶイベントだ。そのために、個人パーティーを開け、だと? 本当にくだらない。
 バレンタインなど――。
 ……バレンタイン。
 そう言えば、先日一緒にチョコレートを作った彼女は、どうしたのだろう。手作りチョコレートのために、山ほど材料を買いこんでいた。そして、出来上がったチョコレートを、それは真剣に選んでいたんだっけ。
 彼女の幸せそうな笑顔を思い出す。
(ふむ)
 丸めて捨てかけていたチラシをもう一度手に取った。自分も亡き彼のため、改めてチョコを作るのも良いかもしれない。
 記載されている番号に電話をかける。
「……そうだ。何も用意はいらない。場所の確保だけを頼む」
 受話器の向こう側で、相手は戸惑っているようだ。
 けれど後日、注文通りの場所を確保したと通知を受けた。

■01
 確保してもらったのは、彼の墓がある霊園だ。バレンタインに合わせ、14日昼から夜にかけ全ての敷地を貸し切りにした。
 パーティーの開催担当者は、何故墓地なのか、と言う不思議そうな顔をしていた。けれど、最後まで深く理由を聞く事は無かった。あちらも、プロなのだろう。
「さて、と」
 冥月は、普段誰にも聞かせないような柔らかな口調で腕まくりをした。
 誰もいない敷地内に、キッチンを手際良く運び込む。彼の墓の周囲は広いので、本格的な道具を揃えても大丈夫だ。料理をするのだから、当然電気やガスも必要なわけだけれども……。コンロのガス栓は冥月の操る影に伸びている。冷蔵庫などの電気が必要な電化製品のコンセントも全て影と繋がっていた。影の中のどこかから、供給しているのだ。
「こんなに道具を揃えて何をするかって、思うでしょう?」
 穏やかな笑顔を浮かべながら、冥月はブロックチョコレートを取り出す。
「美味しいチョコレート、作るんだから」
 そう宣言して、いそいそとチョコレートを湯銭にかけた。

■02
 とろとろと、チョコが溶けていく。
 先日作ったチョコレートも勿論美味しかった。けれど、今日は特別なのだ。材料から厳選した。今溶けているブロックのチョコレートはベルギーから取り寄せた。一滴加えるラム酒だって、チョコレートに合う最高の物を選んできた。
 そして、何より。
 丁寧に丁寧に工程をこなしていく。
 チョコレート全体の温度が一定になるようにゆっくりとかき混ぜ、ちらりと墓を見た。
「そう言えば、貴方は甘い物も好きだったわね」
 まるで昨日の事のように思い出す。
「冷蔵庫に入れておいた、プリン」
 生クリームが乗っていて、上品な味わいのカスタードプリン。有名洋菓子店で限定販売されているプリン。
「……食べちゃったのよね、貴方。今だから言うけれど、あのプリンは私のとっておきだったんだから」
 ぴっと、ヘラに付いたチョコレートを落としながら、冥月は目を細めた。冷蔵庫を開けた時の期待感。プリンを探している時の高揚感。そして……ごめん食べちゃったと聞かされた時の……ひどい喪失感。
「悲しかった……」
 丁寧にチョコレートを型に流し込む。
 でも、と、冥月は口元を綻ばせた。
「貴方、慌てて代わりのお菓子を買ってきてくれたわよね。私、そんなにがっかりしていた? 大丈夫よって、言ったじゃない」
 大丈夫、気にしないで。また買ってくるわ。そう言って、笑顔を取繕ったはずだった。けれど、貴方はこの世の終わりが来たと最後通告を下されたような真っ青な顔をして、部屋を飛び出した。貴方以外なら、あの笑顔で騙せるはずだった。実際、誰だって騙してきた。けれど、貴方は私の中のほんの少しの揺らぎを見抜いてしまう。
「あの時買ってきてくれたお菓子には、びっくりしたわ。貴方、本当に慌てていたのね。ひよこのイラストがプリントされていて……。まだ余り甘い物を食べてはいけない、子供のお菓子よ? アレ」
 口に放り込むと唾液を全て吸い尽くすような粉っぽい舌ざわり。
 ほのかに甘いと言われればそうかもしれないけれど、全く何の香りもしない。
 小さくて丸いのにあまり可愛くない外見。いくつ口に運んでも、好きになれなかった。
 正直、子供の菓子に憤りさえ感じた。
 とんとんとチョコレートの表面を滑らかに揃えながら、冥月はおかしそうに笑う。
「本当に、貴方が買って来た物じゃなかったら、絶対に食べなかった。でも、二人で食べていたら、何だか面白くなったの、覚えてる?」
 本当に。
 美味しくなくて。こんなに美味しくないモノがこの世に存在するのかと思うと、面白くなってしまって。二人で大笑いしたのだ。貴方は自分の買ってきたモノがどんな味なのか、分かった途端しょんぼりしていたけれど……。でも、結局、自分がそんなミスをするのが愉快になってしまったのでは? 何となく、そう感じた。
「楽しかった」
 それに……。
「嬉しかった」
 豪華なプレゼントも良い。いつだって嬉しかったし、感謝もしていた。素敵な言葉をくれるのも良い。照れてしまうけれど、甘い気持が刻まれていたのが良く分かる。
 そんな貴方だからこそ、慌てた姿を私に見せてくれた事が嬉しい。
 楽しい気持を共有できたならもっと楽しい。
 いつの間にか潤んだ瞳の端をぬぐい、冥月はチョコレートを冷蔵庫に入れた。
 このまま冷えて固まるのを待つのだ。

■03
 チョコレートが固まるまで、と、グラスにワインを注いだ。小さなグラスをもう一つ用意し、彼の墓に置く。チンとグラスをかち合わせ、小さな音を立てる。
 今まで火の近くに居たので、冷えたワインが喉にすっと通っていくのが分かった。
「うん。美味しい」
 素直な気持が言葉になる。
「高級ワインだから? ううん……。そうだけど、そうじゃない」
 もう一口、ワインを舌の上で転がした。
「貴方と飲むからよ?」
 貴方と飲むワインは美味しい。それは、貴方が特別だから。それが一番だって、きちんと分かっている。貴方は、分かってた?
 問いかけるように、目を閉じる。
 そうだね、と、当たり前のように思い浮かんだ。
 穏やかな笑顔で、何気ない朝の挨拶を交わすように当たり前に、貴方は言うだろう。
 ”そうだね、君がいるからぐんと美味しく感じられるよ”
 私は、その声に聞き惚れてしまって言葉を詰まらせる。
「いつもそう言ってくれたわよね? それも、何でもない普通の夕食の時に、よ」
 特別な日ではなく、普段の食事時に。当たり前のように言うから困るのだ。いつだって、今だって、貴方は言葉だけで私を虜にする。

 その後、ゆっくりとワインを味わい、チョコレートが完成するのを待った。
 出来上がったチョコレートは、丁寧に包装して墓に供える。
「また、来るわね」
 最後にそう言い残し、墓を後にした。

■Ending
 バレンタインの帰り道。
 偶然、花屋の前を通った。
 ガラガラガラとシャッターの閉まる音。そう言えば、もうそんな時間かと、戸締りをしている人物を見た。
 それは、いつもの彼女ではなく、花屋の店主・木曽原シュウだった。
 シャッターを閉めた木曽原も冥月の姿に気が付いたようだ。
 相変わらず、言葉はないけれど。
「丁度良い。普段世話になっているからな、良かったら、貰ってくれ」
 言葉のない相手に気分を害した様子も無く、冥月は抱えていた巾着を広げた。作りすぎてしまったチョコレートのおすそ分けだ。
 無言で木曽原が巾着を覗き込んだ。
 その時、三人目の声がした。
「お待たせしましたシュウさん! 裏口の戸締りもオッケーです。じゃあ、行きましょう……、……か?」
 どうやら、彼女は裏口へ続く細い通路を通ってきたらしい。
 ひょいと顔を覗かせ、鈴木エアは固まってしまった。
「あ、いや……」
 バレンタインと言う、女性にとっては大切な日。
 わざわざ店が閉まるその時を待って手渡されようとしているチョコレート(手作り)。
 しかも、見るからに高級そうな巾着に入れられている。
 冥月と木曽原の様子を見て、エアは涙目になった。
「あ、アハ。は、えっと……お、お邪魔してしまいました?」
 エアは、消え去りそうな声で二人に背を向ける。
 咄嗟に、冥月は光よりも早く木曽原を小突いた。お前がフォローをしろと目配せをする。
「…………」
 状況が飲み込めていないような表情の木曽原だったが、エアが泣きだしそうな事だけは理解したようだ。
 無言でエアに歩み寄り、そのまま彼女を小脇に抱えあげた。
「あ……」
 エアが何か言おうと身じろぎする。
 けれど、彼女は何も言わなかった。木曽原が冥月に向き直り、ぺこりとお辞儀をしたからだ。
 エアを抱えたまま、木曽原は颯爽と歩き去った。
(あの二人……大丈夫か?)
 仕方がないので、冥月は巾着の紐を絞る。
 良いのだ。余ったチョコレートは自分で食べよう。
 そう納得する事にした。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒・冥月様

 こんにちは。いつもご参加有難うございます。
 喜怒哀楽の思い出を、一つの流れの物語風にしてみました。ゴージャスな思い出と迷いましたが、日常風景も良いかなと思ってこんな風になりました。
 いかがでしたでしょう。
 エンディングの二人は、ある意味冥月様カップルと真逆だなと思います。
 では、また機会があリましたらよろしくお願いします。