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<東京怪談ノベル(シングル)>


 キミの知らないところで

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 コツコツと扉を叩く音。
 少し遠慮がちな、その叩き方。
 読んでいた本を閉じ、Jは目を伏せて扉の向こうへ告げた。
「どうぞ」
 部屋から聞こえてきた返事に頷き、クレタは、そっと扉を開ける。
 こっそりと中を覗き込む姿は、まるで小動物のようで。
 Jはクスクス笑いながら扉へ向かい、
 なかなか入ってこようとしないクレタの腕を引いて部屋へと招き入れた。
「何やってるの」
「ん……。えぇとね……」
 恥ずかしそうな顔をして目を逸らす、その仕草。
 いつもなら、どうぞだなんて言う前に入ってくるくせに。
 キミは本当に理解りやすい子だね。そんなところも可愛いんだけど。
 何となく、気付いてはいたよ。昨日も一昨日も、キミは俺をやたらと見つめた。
 何? って聞けば、何でもないって言って目を逸らしてさ。
 嘘つき。何でもなくないくせに。嘘つきだね。
 追求しなかったのは、待っていたから。
 キミが自分から話してくれるのを待っていたから。
 俺の今の気持ちを単刀直入に言うならば、そうだな……。
「やっと来たか、って感じ」
 クスクス笑いながらソファへ座り、隣をパフパフと叩くJ。
 クレタは少し躊躇いながらも、促されるままJの隣へと腰を下ろす。
 どうして部屋に入るのを躊躇ったのか。その理由。
 聞きたいことがあるから。
 でも、それが聞いても良いことなのか理解らなくて。
 そもそも、聞いたところで何にもならないような気もする。
 ヒヨリがよく言ってる 『ぷらいばしーの侵害』 ってやつになるんじゃないかとも。
 けれど、気になって仕方なくて。我慢出来なくなって、こうして部屋を訪ねた。
 部屋に入ってしまった以上、隣に座ってしまった以上、
 やっぱり何でもない、だなんて言えない。言わせてくれない。
 クレタは、頭の中であれこれ考え、やがて……小さな声で尋ねた。
「あのね、J……。聞きたいことがあるんだ」
「うん。何?」
「僕ね、この間……クリスタルを染めたんだ」
「へぇ? あぁ、あの爺さんか」
「うん。やっぱり、Jも知ってるんだね……」
「そりゃあね。俺もやらされたし。懐かしいな」
「……。…………」
「で?」
「えぇとね、そのぅ……。Jは、どんな風に、何色に染めたのかなって……思って……」
 だんだん小さくなる声。もはや聞き取れぬほどの小さな声。
 理解ってるくせに。で? だなんて。理解ってるくせに聞く。
 悩んだんだよ。どうしようって。やっぱり止めようかって。
 何度も何度も考えて、何度も何度も部屋に引き返したんだ。
 でもね、気になっちゃって……もう、どうしようもないみたい。
 クリスタルを染めるのに必要なのは、強い気持ち。
 それって大切なものだし、他人に話すのは気が引けるかもしれない。
 でも、だからこそ気になるんだ。
 無理矢理にでも聞きだそうだなんて、そんなことは思ってないよ。
 御話してくれるかどうか、それは、Jの気持ち次第。
 話したくなければ、話してくれなくて構わない。
 嫌だって言われても、落ち込んだりしないから大丈夫。
「もしも御話してくれるなら、僕が何色に染めたかも教えるよ……」
 少し寂しそうな微笑を浮かべ、右目を覆う眼帯に触れながら言ったクレタ。
 その言葉に、Jは目を伏せたままクスクスと笑う。
「それって、交換条件かい?」
「えっ。いや……そういうつもりじゃなくて……」
「嘘つき」
「え……」
「話したくない」
「……。そっか……」
「って言ったら、ほら、落ち込んだ」
「…………」
「強請る気満々なくせに。隠さなくて良いんだよ」
「……うん」
「で?」
「……。……聞かせて?」
「よく出来ました」


 ソウルクリスタルの染色。
 それに必要とされるのは、揺ぎ無き強い想い。
 心の中で、その想いと向き合い、その想いを認めて酔いしれる。
 その状態でクリスタルを両手で包み込めば……自然とクリスタルは染まる。
 人はいつでも、何かを考え、何かを想ってる。
 何にも考えていない、何も想っていない状態なんて、一秒たりともない。
 クレタ、俺はね。クリスタルを紫色に染めたよ。
 紫色は、欲望の色なんだって。
 俺がクリスタルを染めたのは、気が遠くなるくらい昔の話。
 キミが存在するようになって、間もない頃の話。
 まだ、キミと拙い会話しか出来なかった頃の話。
 少しずつ言葉を覚えていくキミの成長を、毎日嬉しく思いながら生きていた頃の話。
 眠るキミ。その寝顔を見つめながら、俺はクリスタルを染めた。
 あどけない寝顔。何色にも染まっていない、無色透明な存在。
 すぐにでも自分色に染め上げることができるだろう。
 そう理解っていたからこそ、触れることを躊躇った。
 俺に、キミを染め上げる権利なんてあるんだろうかって思ったから。
 謙虚なんて、らしくないって? そうだね、今思えば、俺もそう思う。
 でもね、そうやって不安に思いながらも、矛盾していたんだ。
 大切にしたいと思う反面、ブッ壊してしまいたいと。そう思ってた。
 でもね、心も身体も未熟な状態のキミを壊すことは出来なかった。
 だから、待つことにしたんだ。
 キミの心と身体が、その行為を受け入れることが出来るようになるまで。
 でも、ほら、俺ってこんな性格でしょ? 我慢って大嫌いなんだ。
 欲しいと思ったら、すぐにでも手に入れたいと思うし、
 どんな手段を用いても手に入れようとする。
 そういう性格だからね、辛かった。自分を抑えるのに必死になった。
 理性と本能がせめぎ合う、その最中でね。俺は、紛らわせたんだ。
 溢れて爆発しそうになる本能を、自分の身体で紛らわせた。
 キミの寝顔を見ながら、何度も、何度も。
 その最中で、クリスタルは紫色に染まったよ。
 どういうことか、理解るかい?
 要するに、俺が染めたクリスタルは、
 俺の欲望であり、煩悩であり、本能だってこと。
 キミの知らないところで、俺は何度もキミを抱いていたってこと。
「…………」
「嫌な気持ちになった?」
「ううん……。何か……ちょっと申し訳ない気持ち……」
「はは。良いんだ。あの時は、あの時で楽しかったしね」
「そう……なの……?」
「クレタも、そうじゃない?」
「え?」
「ん?」
「……。それは……」
 俯き、頬を赤く染めて目を泳がせたクレタ。
 そうか。Jは、紫色に染めたんだ。……僕の寝顔を見ながら。
 何だかちょっと、フクザツな気持ち。
 だって、そのクリスタルは、ここにないんでしょう?
 あのお爺さんが持ってるんでしょう?
 それって何だか……恥ずかしいような気がするんだ。
 僕が恥ずかしがることじゃないんだろうけど……。
「…………」
「うん? って、あらら、どうしたの?」
 ジッと見つめた後、クレタはしがみ付くようにJにタックル。
 恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ち、もどかしい気持ち、申し訳ない気持ち。
 別に、求めているわけじゃないんだろうけれど。
 そんなつもりで話してくれたわけじゃないんだろうけれど。今更だけれど。
 幸せすぎて、どうすれば良いのか理解らないから、受け止めて。
 寝顔じゃなくて、ちゃんと、僕の目を見て、顔を見て。
 肌に触れて、本能のままに、僕を抱きしめて。
 大丈夫だよ。壊れたりしない。
 ううん、壊して欲しいとすら思ってる。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)

 シチュエーションノベル依頼、ありがとうございます。
 何だか……羨ましいくらいラブいですね(笑)
 ちょっぴり悔しくなったのは内緒!
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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