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<東京怪談・PCゲームノベル>


 ロストスキル

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(あれ……?)
 仕事を終えて、皆のところへ戻る途中のこと。
 ふと目に入ったのは、やたらと背の高い花。
 闇の中、ポツンと寂しそうに、それでいて凛と咲く赤い花。
 どうして、こんなところに花が咲いているんだろう。
 この空間で、植物の類を目にすることは滅多にない。
 不思議に思って歩み寄れば、近付く度に、その大きさに驚く。
 自分の背丈ほどもある背の高い花……。
 これも、近頃空間に起きている異変の一種だろうか。
 とりあえず写真に収めて、ヒヨリに報告しておこうか。
 懐から携帯を取り出し、謎の花を撮影しようと構える。
 その時だ。
「うわっ……?」
 花の茎が、グニャリと曲がる。御辞儀をするような動き。
 その動きから、自分の掌に花弁が触れる。
 まるで、撮影されることを拒んでいるかのような動き。
 何故かは理解らないけれど、申し訳ない気持ちになった。
 だから、謝ろうと思ったんだ。ごめんねって。
 でも……。
「あ……れ……?」
 身体からチカラが抜けていく。何だろう、この脱力感……。
 その場にペタリと座り込んでしまい、首を傾げる。
 見上げれば、赤い花は踊るような仕草を見せた。
 どこからか、笑い声のようなものも聞こえる。
 あぁ、しまった……。
 そう気付いたところで、もはや手遅れ。
 立ち上がることも出来ない脱力感の中、敵の思惑どおりに事は運ぶ。
 不気味にウネウネと動きながら襲い掛かる、赤い花―

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 参ったな……。全然チカラが入らない。
 足掻けば足掻いた分、体力を持っていかれてしまう……。
 一体、何なの、この花……。どうしよう、やっちゃったなぁ……。
 赤い花びらが頬に触れる度、細い茎が身体を撫でる度、チカラが抜ける。
 抵抗しようにも、この脱力感。どうすることも出来ない。
 ただ単に、あちこちを触られるくらいなら、まだマシだ。
 非常に不快だけれど、我慢できないこともない。
 問題なのは、吸われているという事実。
 先ほどから何度も試みようとはしているのだが、
 一切のスキルが使えない。何度指を踊らせても、ただ空を舞うだけ。
 この花の所為だ。この花が、能力を吸っている。
 触れて、撫でて、その度に能力を吸っている。
 それは理解る。理解るのだ。
 花を潰せば元に戻るであろう事も承知している。
 でも、チカラが入らない。立ち上がることも出来ない。
(…………)
 溜息を落として目を伏せたクレタ。
 その溜息は、自分に対する呆れと戒め。
 不用意に近付いた、自分が悪い。自業自得というやつだ。
 恥を承知で、叱られるのを承知で、仲間に助けを求めよう。
 クレタは残ったチカラを振り絞り、懐から携帯を取り出した。
 仲間へ、謝罪を伝え、救援を求める為に。
 ところが、チカラが入らないゆえに、うまく操作が出来ない。
 最終的に、携帯は手から零れ落ちてしまう。
 拾い上げることも出来ない。
 落ちた携帯を見下ろしながら、クレタは更に大きな溜息を落とした。
 この花の目的は、僕の能力を盗むことだけなのだろうか。
 見た感じ、攻撃してくるような気配はない。
 それならば、もうしばらく、このまま堪えようか。
 スキルを全て奪い終えれば、きっと身体から離れるはず。
 そうしたら、這ってでも、みんなのところへ向かおう。
 そう判断したクレタは、目を伏せて堪え続けた。
 やたらと長く感じた不快な時間。
 やがて、花はクレタの身体を離れて満足そうに左右に揺れる。
 ものすごく腹立たしい仕草だ。
 けれど動くことが出来ない故に、ただ、その仕草に眉を寄せるしか。
 クレタのスキルを奪った赤い花は、スキップするようにして闇へと消えて行った。
 向かった先は……時の回廊か。
 花がひとりでに動くとは考えにくい。
 おそらく、操縦者がいるのだろう。
 そこへ戻って行ったものと考えて間違いなさそうだ。
 溜息を落としながら、クレタはズルズルと闇を這い、仲間の元へと急ぐ。
 が、その矢先。クレタの目に、見慣れた足が、靴が映り込む。
「……。……ヒヨリ」
 顔を上げれば、そこには苦笑を浮かべているヒヨリの姿。
 何があったのか、大体の察しはつく。
 ヒヨリは肩を竦めながらクレタへ手を差し伸べて言った。
「何でも触るなよ」
「……。ごめんなさい」
「しっかしまぁ、随分と綺麗に吸われたね」
「……うん」
「どこへ逃げたか理解る?」
「何となく……」
「そうか。じゃ、とりあえず……」
 ニコリと微笑み、クレタの頭を撫でたヒヨリ。
 すると、クレタの身体がフッと軽くなった。
 一時的に、魔力を貸してもらったことで、とりあえず動けるようになった。
 自力で立ち上がり、身体についた闇砂を払い落とすクレタ。
 ヒヨリは、そんなクレタを見やって尋ねた。
「さて。どうする?」
「……返してもらうよ。どんな手段を用いても」
 赤い花が逃げていった方向を見やり、冷たい眼差しで言ったクレタ。
 その眼差しに、ヒヨリはウンウンと頷きながら苦笑を浮かべた。
(本当、似てきたなぁ)


 クロノバックの持ち逃げは、絶対に許されないこと。
 許してはいけないことだし、外の世界で使おうものなら、
 時空全体が歪んでしまい、その世界そのものが崩壊してしまう。
 それに……スキルは、使い方も含めて、一緒に成長してきた存在。
 盗まれたまま、仕方ないかだなんて言えるはずがない。
「ヒヨリ。僕、ここにいるから……」
「了解。連れて来いってことだな」
「うん……」
 時の回廊を徘徊するように逃亡している赤い花。
 その動きは、どこかぎこちない。
 恐らく、操縦者も迷っているのだろう。
 あらゆる世界と繋がる時の回廊、その構造は複雑だ。
 クレタやヒヨリでさえも、未だに迷いそうになってしまうほどなのだから。
 クレタの指示どおり、黒い鎌を振りながら赤い花を追いかけるヒヨリ。
 ヒヨリが始末してしまえば早いのだろうけれど、それは出来ない。
 何故なら、クレタの不満が爆発してしまうから。
 直接、お仕置きさせなくては、クレタは納得しないだろう。
 赤い花も必死だ。仕留められることはなくとも、気を抜けばすぐさま捕まってしまう。
 先程よりも、更にぎこちなくなった花の動き。
 その動きの癖を読みながら、ヒヨリは誘導する。
 クレタへ、赤い花を捧げる為に。
 前後から挟み撃ち。追い詰められた赤い花。
 それならば左右へ逃亡、といきたいところだが、させるはずもない。
 事前に、ヒヨリが結界を張っている為、それは出来ない。
 どうしようもないことを悟ったかのように、マゴマゴする赤い花。
 クレタは、淡く微笑みながら赤い花へと歩み寄り、
 そっと、花びらに触れて告げた。
「こんなに綺麗なのに……。可哀相だね……」
 しょうもない存在に、いいように使われて可哀相。
 在るべき場所で枯れるまで咲き誇れていたなら、幸せだっただろうに。
 また、同じように綺麗な花として生まれることが出来ると良いね。
 心から願うよ。きみに、幸せな未来がありますように。
 ニコリと優しく微笑み、けれど躊躇うことはなく。
 クレタは、ブチブチと花びらをもぎ取った。
 パキパキと茎も折れば……奪還は完了。
 元通りになった身体にフゥと息を落とすクレタ。
 煙になって消えていく赤い花を見上げながら、クレタは言った。
「すぐ、そこにいるよね……」
「ん? あぁ、そうだな。気付いてたのか」
「うん……。かくれんぼ、下手だよ……」
 クスリと笑って、クレタは腕を前方へと伸ばした。
 そして、また躊躇うことなく、クロノバックを放つ。
 闇に乗じて、こちらの様子を窺っていた侵入者、赤い花の操縦者へ、制裁を。
 突風に煽られるかのように吹き飛んでいく侵入者。
 誰なのか、名前は何というのか、どこから来たのか。
 そんなことは、どうでもいい。
 ただ、警告する。
 もう二度と、この地に踏み入るなと。
「これで懲りてくれれば有難いんだけど……。そうも、いかないんだよね」
 目を伏せて苦笑を浮かべながら言ったクレタ。
 ヒヨリは、頷いて同意しながら肩を竦めた。
 不快な気分を味わわされたことに違いはないけれど、
 ある意味、貴重な経験だったのではないだろうか。
 まぁ、何よりも実感させられた。
 クレタの言動、その端々に浮かぶ、とある人物の面影。
 そういう風に育ててるつもりはないのだろう。
 クレタもまた、彼のようにありたいと思っているわけではないのだろう。
 共有した時間。それが成す、酷似。
(あんまり似過ぎないで欲しいなぁ)
 居住区へと戻る最中、ヒヨリは前を歩くクレタの背中に思う。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守(トキモリ)

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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