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<東京怪談・PCゲームノベル>


坂川探索

 彼女の足は最近、休みが出来ると自然にある場所へと向かう。足自身も持ち主と同様に、甘くて美味しい物を欲しているのかと少し考えて、赤城千里はつい小さな笑みを漏らした。
 坂川駅で電車を降りて、前回サンタクロースと遭遇した南口広場を抜ける。人気の少ない左手の道を進み、数分歩くと目的地に着いた。
 嵌めガラスの古ぼけた扉を押す。が、
「あら……?」
 ――開かない。
 定休日の札は下がっていないが、開かないという事は休みという事か。そもそも思い出してみれば、この店に準備中の札はおろか営業中の札が下がっていた事はない。看板すらないのだ、そんな親切な物は最初から存在しないのだろう。
「残念ね」
 店主のツバクラが作る甘いお菓子を楽しみにしてここまで来たが、とんだ肩すかしである。ふぅと少し唇を尖らせて息を吐いた千里は、そういえば……、と何か思い付いた顔で歩き始めた。


 一昔前、地図が読めない女、という言葉が流行ったが、女性は一般的に方向感覚が鈍い生き物らしい。しかし、千里は地図を見て目的地に辿り着かなかった事は一度もないし、道を覚えるのも得意だ。一度通った事のある道なら、それを逆に辿る事も容易である。
「着いたぁ……」
 人気のない路地を抜けて辿り着いた先は、以前カワライに声を掛けられた場所――地下鉄2番出口があるビルの前だ。ビルの名前は確か、芋ビル、だった筈。
 千里は迷う事なく、芋ビルの南側にある《かぶらき》に足を踏み入れた。相変わらず細い路地には露店が広げられていて、千里は一応人が歩く用のスペースになっている所にはみ出している布切れや商品を踏まないように注意して歩いた。
 商品を見る事もそこそこに、千里はかぶらきをずんずん奥へと進んだ。
(この辺の筈なんだけど……)
 商人の顔を見比べるが、お目当ての人物はいない。場所は間違っていない筈だが、もしかしたら場所を変えたのかもしれない。千里はすぐ近くにいた東南アジア系の商人に、盲目のガラス細工職人はどこへ行ったのかと訊ねた。身振り手振りで伝えたが、商人は不機嫌そうな表情を変える事なく首を振った。知らない、という事らしい。
(お礼、言おうと思ったんだけどなぁ)
 初めて坂川で宝探しをした時にサービスしてもらったあのグラスは、千里のお気に入りになっている。サイダーのような無色の炭酸飲料を入れると、泡がキラキラと光ってとても綺麗なのだ。今度会う事があったら、その事を伝えてお礼を言いたかった。
「いないなら仕方ないわね……」
 千里は残念な気分のまま溜息を吐き、更に奥へ歩き出した。前回中心街からかぶらきに出て来た路地を越えると、初めて見る露店が多く目を奪われた。
 暫く下を向いて歩いて、露店の間隔が広くなって来た時、突然背後から肩を組まれた。
「お姉さんすげぇスタイル良いね!」
 不快な程気安く声を掛けて来た人物を振り返ると、全く知らない若い男だった。
「お、つーか、かなり美人さんじゃん」俺今日ツイてるわぁ、と千里と肩を組んだまま言う。「モデルさんかなんか?」
 千里は不機嫌な表情を浮かべて、違います、ときっぱり答えた。こういう輩に声を掛けられる事は少なくないが、何度経験しても不快な事には変わりない。
「えーそうなのー? 勿体ないなぁ。お姉さんくらい美人でスタイル良ければ、うちで二、三年働けば一生遊んで暮らせるよ?」
「急いでいるので」
 千里は男の腕を外して、振り切るように歩き始めた。しかし男は粘っこい声を出しながら着いて来た。かぶらきの細い路地が突き当たりのT字路に差し掛かった所で、男は千里の腕を掴んだ。
「急いでるっつってもさぁ、どこ行くつもり?」
 黙ってしまった千里に、お姉さん、坂川の人間じゃないでしょ、と男は見透かしたように言う。
「とりあえず、事務所でお茶でも飲んでさ」
「離して下さい」
 振りほどこうと腕を動かしたが、男の手はがっちりと千里の手首を捕まえていた。
「離して!」
「やだなぁ、そんな嫌がらなくても――」
「だからテメェは、」
 不意に第三者の声が割って入った。
「スカウト向いてねぇんだっ……てッ」
 聞き覚えのある声が聞こえ、一瞬の衝撃の後、千里の手首が自由になった。彼女の手首を掴んでいた男は蹴り飛ばされたらしく、千里から数メートル離れた場所で腹を手で庇いながら体を起こしていた。
「てッめぇ、邪魔すんじゃねぇよ!」
「頭悪ぃんだよてめぇは」
 もっと脳ミソ使えっつーの、と馬鹿にした笑い声が千里のすぐ傍で聞こえた。
「カワライくん!」
 千里が咄嗟に名前を呼ぶと、カワライは笑みを口元に残したまま彼女に顔を向けた。その笑みが徐々に落ちるように消え、代わりに冷たい程の無表情になった。
「……何してんのお前」
 少し細めた目で千里を見据えながら、カワライは感情の伺い知れない声で言った。千里が答えるのを待たずに、カワライは千里の腕を掴んで歩き始めた。
「カワライ! それ俺の獲物ッ――」
「ハナムラァ」カワライは千里の腕を掴んだまま男を振り返った。「俺たちオトモダチだろ?」
 譲れよ、と、笑みを浮かべて言ったカワライの目は、寒気がする程怖かった。


「何してんだよ」
 千里の腕を引き、かぶらきを抜けた所でカワライは漸く口を開いた。
「あの、」
「カモられに来た訳か」
「違うわ! コバヤシが休みだったから、宝探しをと思って――」
「一人じゃアブねぇとか考えねぇの?」
 千里の言葉を遮るように畳み掛けられる言葉から、カワライが怒っている事がわかった。しかし、千里にだって言い分はあるし、何より――
「守ってもらわなきゃ何も出来ないほど弱くないわよ!」
 まるで、そうとでも言うようなカワライの言葉に腹が立った。こんな、年下の少年相手に大人げないとは思いつつ、考えるよりも先に口が動いていた。
 千里が言い返すと、カワライは歩みを止めた。ぐるっと振り返った彼の顔は、怒りの表情をしていた。
「あんな野郎一人どうにか出来ないくせに偉そうな事言ってんじゃねぇよ!」
 真直ぐ彼女を見つめてくる怒りの目に、千里は反発を覚えながらも黙った。言い返さない千里から視線を逸らし、カワライはまた歩き始めた。
 先程千里が辿った道と同じルートを歩き、再び珈琲専門店『コバヤシ』の前に着くと、ドアの前にはスズキが座り込んでいた。
 カワライの姿を認めるなり嫌そうな顔をしたスズキは、千里が後ろにいるのに気付くとぎょっとした表情を浮かべた。
「あ……」スズキは、カワライの顔を見て呆気に取られていた。
「ツバクラさんは」千里の手を離しながらカワライが訊ねる。
「さっき電話したら十五分くらいで戻る――て……うわぁ……」
 言いながらカワライの動きを目で追っていたスズキは、カワライがドアの前に立った瞬間に、悲惨、という顔をした。千里からはカワライが何をしているのか見えなかったが、彼が振り返った時には『コバヤシ』のドアが開いていた。
 入ってろ、と千里の目を見ず言ったカワライは、坂川駅方面へと足早に歩いて行ってしまった。取り残された千里は、気まずそうに彼女を伺うスズキの後に続いて、重い足取りで『コバヤシ』の中に入った。
「あ、の……とりあえず座って……」
 店の中に入っても立ち尽くしている千里に、スズキがおずおずと椅子を勧めた。勧められるまま椅子に座った千里は、ふぅと重い息を吐いた。
 珍しく千里から逃げる素振りを見せないスズキは、真剣な顔で彼女を覗き込んだ。
「アイツ、なんか失礼な事しましたか?」
「え……?」真面目な声色に驚いた千里は、ううん、と首を振る。「全然。寧ろ、助けてもらっちゃった」
「アイツに?」
 如何にも疑わしいという風に顔を顰めたスズキに、千里は少し絡まれちゃって、と曖昧に答えた。
 それから十分程して、『コバヤシ』のドアが開いた。
「鍵を壊したのは何度目かな」
 薄笑いを浮かべながらそう言ったのは、店主であるツバクラだった。一向に温かくならない空調と戦っていたスズキは、カワライに言って、とうんざりした声で答えた。
 オーナーはこういうの出してくれないんだって何回言えばわかるのかね、と肩を落としながらドアを閉めたツバクラは、千里がいる事に気付くと表情を和らげた。
「あぁ、いらっしゃい」
 ツバクラは、スズキが十分近く悪戦苦闘していた空調を手慣れた様子で宥めてから、
「千里ちゃんが来てたなら仕方ないか、可愛い女の子を寒空の下で待たせる訳にはいかないからね」
と言った。その呼び方はセクハラじゃないか、と言うスズキはあっさり無視して、ツバクラは千里の注文を聞く事なく準備を始めた。
 ハイどうぞ、とツバクラが千里の前に出したのは、大きなマシュマロが浮かんだホット・チョコレートだ。
「ごめんね、今日何もないんだわ」ツバクラはスズキにミルクティを出しながら言う。
「いえ、そんな……ありがとうございます、いただきます」
 千里はマシュマロが溶け始めた所を一口、口に運んだ。彼女は、砂糖が含まれている板チョコレートで作ったホット・チョコレートよりも、ビターチョコレートで作ったものの方が好みだ。加えて言うなら、お湯よりも砂糖を混ぜたミルクで作る方が好きなのだが、ツバクラの出してくれた飲み物はまさにそれだった。まるで彼女の好みを知っているかのような味に、千里は笑みが溢れるのを堪えられなかった。
「少しは元気出た?」
 煙草に火を点けたツバクラが、柔らかい笑みを浮かべて千里を見た。殊更に事情を訊ねない大人の優しさに、千里はつい涙が出そうになった。
 俯いた彼女は、堰を切ったようにカワライに助けてもらった時の経緯を話した。感情的で、支離滅裂になってしまった言葉を、ツバクラも、そしてスズキも、黙って最後まで聞いてくれた。
(女だからとか、そういう風にくくられたくない)
 女である事を嫌だと思った事はない。でも女だからと侮られるのは我慢できないし、正当に評価してもらえないのは悔しい。自分の容姿が他人からどう見られるのかも理解しているが、でも、
(私は私なのに)
 カワライの言葉は、千里を千里として見てくれていない気がして、悔しかった。彼の言っている事が間違っていないのもわかる。でも、悔しい。
「……多分それは――」
「ここに来るのに連絡くれなかった事で拗ねてるんじゃないかな」
 千里が話し終えると、スズキが迷いながら口を開いた。その後を引き継ぐように、ツバクラは笑いながらそんな事を言った。
「それだけで!?」
「いや、どっちもあるんじゃないかなって」
 納得いかない、という感情を前面に出して声を上げた千里に、ツバクラは依然笑って答えた。面白がるような店主の表情に些か腑に落ちない感がある千里に、
「赤城さん、アイツに普通の常識は通用しないんですよ」
と、スズキが言った。
 あぁ、そういえば――
「そうかも……」
 これまでの事を思い出して妙に納得してしまった千里を、二人は笑っていた。


 千里が『コバヤシ』を出ると、スズキが追いかけて来た。
「行きますか? 宝探し」
 行くなら俺一緒に行きますよ、と言うスズキに、千里は首を横に振った。多分、彼が千里に気を遣ってくれているのだとわかったから。
 じゃあ駅まで送る、とスズキは千里の隣に並んだ。今まで避けられていたのが嘘のような素振りに、千里がかなり遠回しに探りを入れると、空気読んでくれてるみたいなんで、とスズキは微妙な表情をしてよくわからない事を言った。
「聞き流してくれて構わないんですけど」スズキは視線を少し落とし気味で口を開いた。「同じ立場なら、俺も怒ります」
 一瞬意味が解らなかった千里だが、すぐに彼がカワライの行動について言っているのだと思い至った。
「身長は高いけど細身だし、俺程度の男でも捩じ伏せる事は出来ます」
「それは……私が女だからって事?」
 スズキも、カワライと同じ事を言うのだろうか。
 千里は少し悲しくなりながら隣の少年を見やる。
「平たく言えばそうなりますけど……」スズキは困ったように頭を掻いた。「俺はここに住んでる訳じゃないんで危機感って言っても高が知れてますけど、それでもここが危ないって事はわかります。女一人なら尚更危ない」
 無法地帯なのだ、とスズキは言った。他の場所なら普通の事件として立件される事が、ここではあっさりと闇に葬られる。新参者を狙うあくどい連中もいるし、坂川のルールを知らない人間は鴨にされる。
 カワライの口から聞くと冗談のように聞こえた事柄も、スズキの口から聞くと現実味を増した気がした。千里は、なんとなく諭されているような状況だったが、スズキの声色は淡々としていて、居心地悪くならずに済んだ。
「アイツ常識無いけど、自分が仲間だって認めた人間に対しては、人並みに普通に心配するんです」些か馬鹿にした口振りだったが、それが事実なのだと千里にはわかった。「心配だったんだと思いますよ、赤城さんの事」
 拗ねてるっていうのも確かにあるとは思いますけど、と言いながらスズキが千里に苦笑を向けた。
 坂川駅南口に着くと、スズキは今度来る時は連絡してやってくれと言った。しかし、連絡しようにも連絡のしようがない。坂川の面々の連絡先を千里は知らないのだ。
 千里がそう言うと、少し驚いた顔をしたスズキは、ちょっと待って、と携帯を取り出した。てっきり連絡先を教えてくれるのかと思ったら、彼はどこかに電話をし始め、一言二言話して電話を切った。
 ほんの数分の後、千里とスズキの前に現れたのは、仏頂面のカワライだった。連絡をもらって飛んできたというような様子はなく、どうやら近くにいたらしい。
「携帯」
 仏頂面のまま、ジーンズのポケットから携帯を出したカワライはそれを振った。千里に携帯を出せと言っているようだ。慌ててバッグから取り出した千里の携帯を奪い取ると、カワライは手慣れた様子で携帯を操作し、無言で千里に突き返した。
 戻って来た携帯を確認すると、不在着信が一件。
 用は済んだとばかりに引き返そうとするカワライを、千里は呼び止めた。
「助けてくれてありがとう。あと、心配かけてごめんなさい」言えずにいた言葉が勢いに任せて飛び出した。「前回、あまり高額なものじゃなかったし、いただいてばかりだったから……恩返しがしたかったの」
 背中を向けて立ち止まっていたカワライは、踵を返すと千里の前に歩いて来た。
「馬鹿じゃねぇの?」
「え?」
「『宝探し』はゲームなんだよ。ンな事気にすんな」
 ぽん、と千里の頭を軽く叩いて、カワライは今日初めて笑顔を見せた。
「赤城さんに何かあげると気にしちゃうんですね。そうかぁ……折角ツバクラさんがお土産持たせてくれたんだけど……」
「……」
「これは俺が持って帰りますね」
 残念という感情が表情に出たのか、スズキは千里の顔を見るなり笑って、嘘ですよ、と紙袋を彼女に手渡した。中には見た事のないメーカーのチョコレートと、マシュマロ。ホット・チョコレートの材料らしい。
 なんだか居たたまれない気分になり、千里は小さくなりながらお礼を言った。
「じゃあ、また来るわね」
 千里がそう言って挨拶すると、二人の少年は軽く片手を上げた。駅に入る前に振り返ると、カワライは既に背を向けて歩き出していて、スズキが少し笑みを浮かべて会釈してくれた。
 紙袋を揺らしながら電車に乗った千里は、少し感情的になりすぎた今日の自分を反省しつつ、不在着信があった見慣れぬ番号を登録した。
(今度来る時は――)
 そう、心に誓った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[PC]
 赤城・千里(あかぎ・ちさと) 【7754/女性/27歳/フリーター】


[NPC]
 カワライ
 スズキ
 ツバクラ(友情出演)

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■         ライター通信          ■
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 赤城・千里さま

 今回は『坂川探索』にご参加いただきありがとうございます。ライターのsiiharaです。
 大変お待たせしました…!申し訳ありません!!
 一人で宝探しをしようとする千里さんは、私の中の千里さん像とがっちり合っていて違和感なく書く事ができました。私の個人的な意見が多分に入っており、千里さんが少し幼くなってしまった感があるのですが、気に入っていただければ幸いです。
 『コバヤシ』が休みとなるとこのメンバーしか集まらず、もしかしたらがっかりされてしまったかなと少し心配です。また、あたたかい話になっているか……とても心配です。

 それでは今回はこの辺で。機会がありましたらまたお越し下さいませ。NPC一同お待ちしております。