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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リアル草間時代劇「幽霊牡丹」


 草間興信所に昔から住んでいる粗末なソファーに、上品なスーツを着込んだ初老の男性たちが座っていた。上座から専務、常務、部長という顔ぶれ。しかしどの顔も緊張の面持ちで、ただ静かに所長の返事を待っていた。すでに彼らの要求は済んでいる。あとは武彦が引き受けるかどうか……それにかかっていた。
 今回の依頼人は『大江戸時代劇村』の映像部門の重役たちだ。以前、草間興信所として特撮番組の制作とそれに付随する難題を一気に解決したことがあったのだが、その噂が知らない間に業界内で爆発的に広まったらしい。映像という商品を取り扱う性質上、常にオカルトチックな現象と隣り合わせなのだそうだ。そんな彼らにとって、草間興信所のような存在は重要かつ貴重なのだ。こんな小さな事務所に重役たちが押し寄せたのも、とんでもない事件を抱え込んでしまったからである。

 一話完結のオムニバス形式で放送している珍しい時代劇『なんとなくお江戸奇聞』の収録中だった。まだ徳川治世が全国に浸透しない二代将軍・秀忠の頃、花のお江戸と世の平安をアピールするためにミスコンテストを行うというあまりにも斬新な内容に呼応したのが、誰が見ても幽霊としか思えない血相の女幽霊。ところがこの幽霊、用意した女優よりも飛び抜けて美人であり、着物もまた可憐で上品だから性質が悪い。彼女は監督に「牡丹」と名乗り、ミスコンテストで完全優勝を狙ってやると言い出す始末。
 その後、ディレクターが牡丹を説得したが、どうやら今を江戸時代と勘違いしている上、さらに自分が死んでいる自覚もないことが判明した。さすがに公共の電波で堂々と幽霊を出すわけにもいかず、かといってこのまま無視すると何をされるかわからない。そこで上層部は、当面は牡丹を撮影所に住まわせておき、適当に物語を盛り上げたら穏便にお引き取り願おうと考えたのであった。

 武彦は仕事を引き受けるかどうかは別として、「その策は危ない」と指摘した。
 この手の幽霊は増長させると、さらに執着心を掻き立ててパワーアップしてしまう恐れがある。だから逆に美貌なら美貌で完膚なきまでに叩きのめし、スッキリ成仏させるのが最善だとアドバイスした。その話を聞いて、重役たちは舌を巻くばかり。ますます草間先生に事件解決をお願いしたく、何度も何度も頭を垂れた。一方の武彦も、ここまで言っておきながら「よそを当たってくれ」というのもかわいそうだと引き受ける気にはなっていた。なってはいたのだが、どうしても気になることがひとつだけあった。

 「その牡丹って幽霊、セットの中で生活してるんですよね?」
 「ええ、監視はつけていますが、自分からセットの外に出ようとはしません。」
 「ということは……うちで用意する連中には、時代劇の扮装をするように言わないといけないですね。」
 「所長さんの見解からいくと、そうなるのが自然だと思いますが……」

 やはり事件を解決するには『ドラマの登場人物になりきって、幽霊牡丹を成仏させなければならない』ということになるようだ。現代劇ならまだしも、今回はちょんまげ姿になるのかと思うと、さすがの武彦も溜め息をつく。しかし、ここまで聞いた以上はやらなければならない。江戸時代を舞台にしたミスコンテストで、牡丹を負かさなければならないのだ。小説よりも奇なる現実が、今まさに始まろうとしている。


 ところがこの依頼、女性陣には軒並み不評だった。美貌で「負けろ」と言われれば簡単だが、「勝て」となると話が変わる。審査員にサクラがいるとしても、相手が納得してくれるかわからない。最終的に逆ギレされて最大限のとばっちりを受けるのは、武彦でも依頼者でもなく優勝者なのだ。そんなことは容易に推測できるだけに、誰も首を縦に振ろうとはしない。ダメ元でシュラインに頭を下げるも、キッパリと拒否された。聡明な彼女いわく、「クレオパトラも、今の若い子と比べられたくないって言うわよ」だそうだ。人間の美貌には歴史を超えるほどの力はない。その時代における『美のトレンド』があるのだから、それを無視して天秤にかけるのは失礼な話だ。ましてや今回は人間……今さらながら、武彦は頭を抱えた。これなら強硬手段を取った方がよっぽど楽。得意げに説明したことを後悔していた。

 「シュラインの言うとおりだ。私もやらんぞ、そんな下らない仕事。」
 「冥月さんもパスですか。そうですかそうですか。そんなにお美しいのに、協力はしてくれませんか……ゴゲ!」

 シュラインと冥月のクロスパンチが、武彦の視界を豪快にブレさせる。ここまで薄っぺらい言い方をされれば、誰だって腹が立つというものだ。崩れ落ちそうになる武彦を救助するのは、「魔法使いレイ」を名乗る少年・千石 霊祠。純真な性格に感情表現豊かな彼には、トレードマークとしている魔女帽子がよく似合う。そんな彼は「うちのグルちゃんでもこんな目に遭わないのになー」と口にするが、今のところ周囲の人間は普通のペットだと思っているので、誰も気にも留めないのだが……

 「よいしょっと。もー、草間さん重いですよー!」
 「放っておけ。シュラインも殴ったんだ。そのまま寝かしておけばいい。」
 「美の基準は個人差に加え、時代差もあると思います。難しい問題ですね。」

 武彦は13歳にもわかる論理だったことを知り、愕然とする。物理的なダメージと精神的なショックで、今まさに寝込まんとする勢いであった。そこをシュラインや零が正気に戻すものだからたまらない。依頼を受けた以上、寝込むのは終わった後……武彦の気持ちはどんどん冷めていく。

 「武彦さんや冥月さん、霊祠くんの言うことは私なりに理解してるけど……これって『ミスコンテスト』っていうだけで、美しさだけを評価するわけじゃないわよね?」
 「最近じゃ、参加者がいろいろな面をアピールするらしいな。俺はよく知らんが、料理が得意なら弁当を持ってきたりするってことか?」
 「その辺の一般的な女性らしさは、評価の対象外にするのっておかしくない? 何を評価するにしても、努力をして勝ち得た技能なんだから。」

 武彦はシュラインの狙いがわからずに首をひねる。いったい何が言いたいのか。霊祠もまた同じポーズをとった。男ふたりが、不思議そうな表情を向け合う。冥月は『私の容姿を美しくあろうとした努力は愛する人のためだ』と心で納得した上で、うんうんと頷いていた。やはり餅は餅屋といったところだろうか。

 「じゃあ、それぞれに任せる。俺は牡丹に接触しやすいようにコンテストの主催者としてもぐりこむからな。ところで冥月、本当に参加者はやってくれな」
 「だいたい力押しで済む話なのに、なぜ相手の土俵に立つ必要があるのだと聞きたいな。」
 「そうですよね、冥月さん! 僕もいざとなったら、護衛のワイトで強制成仏とか考えてるんですよ!」

 普段は感情を表に出さない冥月も、この時ばかりは驚いて後ずさりした。ワイトといえば、ゾンビである。そして先ほど口走っていたグルちゃんも、その筋の方であることは容易に連想できた。霊祠自身は『素敵な魔法使い』とか自称しときながら、ご専攻はまさかまさかの死霊術。この若さでゾンビをかわいいとのたまう少年を哀れむかのように、周囲はやさしく人生を諭し始める。

 「霊祠……力押しになった時はなるべく護衛とかペットは出さない方向でお願いしたいな。」
 「そ、そ、そうよね。それこそカメラで撮れないし、番組に乗せられない映像になるし、いろいろ大変よ?」
 「よし、霊祠の説得はシュラインたちに任せた。よく言い聞かせておけ。私は霊に協力する側になってやる。」
 「きょ、協力! 冥月、お前またへそ曲げたな?!」
 「やかましい、話は最後まで聞け。どうせ現代の知識などない幽霊。私がとびっきりの美人にしてやる。お前たち、せいぜいがんばれよ。」

 いつもの不敵な笑みを見せながら話し終えると、武彦の返事を待たずにさっさと影から現場へと移動を開始する。武彦はつくづく『女性専門の依頼は恐ろしい』と感じていた。そして霊祠に目をやり、『世間知らずはもっと怖い』とも思った。死霊の王子様、はたして……?


 争乱から万里は離れた、花のお江戸。今日も江戸大納言の治世が根を伸ばし、人々の心も豊かさが満ちる頃、絶世の美女を選ぶお祭りが催されるのでございました。女性たちは「可憐長屋」と呼ばれる小屋で数日の準備期間を与えられておりましたが、あっという間にお祭りの前日になってしまったのであります。あとは化粧をし、着飾って人様の前に出るだけ。しかしながら、それだけがまた難しい。その心中を察するのは容易なことではありません。
 その中で目立つ女性がおりました。牡丹でございます。美貌なら長屋で一番。そんな彼女も眠れぬ日々……いや、眠らなくてもいい日々を送っておりました。お祭りの準備など必要ないだろうと誰もが思っていたのですが、この日は協力を申し出る女性が長屋を訪ね、楽しそうな話し声が響いております。ひとりは南蛮の商人と名乗るシュライン、もうひとりは明の美女・冥月。ふたりは牡丹の絶対ともいえる美貌を前にため息をついておりました。

 「美人だと聞いてはいたものの、これは群を抜いているな。」
 「なんで幽霊になったのかがわかんないくらいね。まさか江戸時代って、美人だらけだったのかしら?」
 『何を申します。私には及ばないものの、ふたりもまた美しいではありませんか。』

 悪い意味で自分をよく理解している牡丹の言葉は、冥月の機嫌を損ねるには十分でございます。彼女は顔のいろんなところに皺を寄せながらも、用意した珍妙な服や化粧道具を取り出し、明日に備えての心構えを説き始めました。なんでも此度のお祭りでは、珍しい絵巻物で南蛮の知識を得た者が多く、奇抜な線で攻めてくる可能性が高い。そこでこちらも衣装と化粧を変えてしまうのが最善だと勧めたのでございます。美貌による性格の難はあれど、物聞きのいい牡丹は「物は試し」と冥月の好きにやらせることにしました。

 「あっぱれな心がけだ。ここはかりそめの江戸。現代の美を知らないお前は、絶対に勝てない。私の持っている服や化粧が合うかどうかは試してからのお楽しみだな。」
 『その言葉、しかと聞いたぞえ。』

 もちろん冥月はしっかりとした衣装合わせをする気など毛頭なく、持ち合わせた衣装を面白おかしく着せるだけのつもりでございます。それに彼女にはある確信がありました。それは『幽霊は鏡に映らない』ということ。それを証拠に、牡丹はほぼすっぴんでお祭りに出るつもりだったようで、ここに隙があると目していたのです。計画はズバリと的中し、見るも無残……いや珍妙な姿になってしまったのでございました。
 ところが、そうは問屋が卸さない。

 「シュライン……困った。これは白旗だ。」
 「うーん、これは予想外だったわね。ここまで元がいいとは思わなかったわ。ボディラインも言うことなし、肌も透き通るようにきれいだし、どこをいじってもいいところが際立っちゃうって……これは難題だわ。」

 人が服に着せられているとはよく言ったもの。しかし牡丹には、それが当てはまらなかったのでございます。着物を脱げば同性をも魅了する曲線を持つため、現代の衣服もばっちり着こなしてしまうこの不思議。いかに着合わせが珍妙であろうとも、顔などは隠し切れない。立っているだけで様になるものだから、余計に性質が悪い。冥月が改めて考えを巡らせる一方、シュラインはこの時代には珍しい器具を持ち出して話を始めました。

 「美人を決めるとはいえ、器量も見るのがお祭りの真意よ。今回は南蛮の道具もたくさん出るから、一夜漬けで覚えてもらいましょうか。あなたには徹夜も何も関係ないでしょうし。」
 『それはまた……面妖な道具たちですね。ここに来るまでにいくつかは見ているからわかるものもある。いや、ここは一から学ぶつもりで。』

 ここで言う見覚えがあるとは、おそらく浮遊霊だった頃に見かけたのでしょう。それでもシュラインは取り乱さず、彼女が取扱説明書を読めるかどうか確認した後で、実際に使わせてみることにしました。するとまぁ、覚えのいいことと言ったらない。次々とエレキテル器具を使いこなし、一通りの使い方をあっという間に習得するではありませんか。
 それでも南蛮の商人は慌てず騒がず、今度は牡丹の素性を知るべく、気さくに話しかけるのでありました。

 「牡丹さんはお若いようだけど、お生まれはどちら?」
 『江戸の商人の娘です。四女でしたが、嫁の貰い手もないまま……』
 「それって何か問題でもあったのかしら。だからこんなところにずっと? 普通は天に召されるものでしょ?」
 『私は生まれつき体が弱く、ろくに外に出たことがありません。両親からはよく「美しい」とか「学がある」とか言われてきましたが……それは病床の私を慰めているのか、本当のことなのかがわかりませんでした。だからこのような舞台で明らかにするべきだと願ったのです。』
 「そのわりに自信過剰じゃない。ああ、天狗っていうのかしら?」
 『父や母の言葉に背くのは不孝です。ましてや先に逝くなど……だから胸を張って、誉められたことに関しては胸を張っています。』

 聞くと見るとでは大違い。こうなるとみなぎる自信さえもいとおしく感じる。そして悲しげな表情を見せないようにと、健気にも下を向く牡丹。シュラインも冥月も身の上話を聞く間は手を止め、「自分たちの計画が本当に正しいのかどうか」を考えておりました。
 なるほど「負かせ」といわれれば簡単だが、はたしてそれが本当に牡丹のためになるのか。だいたい今回の出場者は、最初から牡丹の美貌に負けているというではないか。霊祠なる面妖な服を着た少年が小細工を弄しているとのことだが、そこまでして負かす理由がどこにあるのか。シュラインと冥月の気持ちが同調した時、勢いよく立ち上がったのでございます。

 「冥月さん、やっちゃいましょっか。この際、ね。」
 「男どもにはいい薬だ。やってやろうじゃないか。ま、お帰り願えなかった時は、得意の力押しで問題ないのだろう? その必要はないと考えているがな。」

 南蛮の商人と明の美女は結託し、改めて衣装合わせや化粧などを始めました。さっきよりも皆の声が踊っているのは、決して気のせいなどではございません。


 翌日、華やかに飾った舞台にて美女を決めんとするお祭りが始まりました。霊祠なる少年は審査委員のひとり・武彦の入り知恵により、妖術を駆使して牡丹を除く女性たちにお札を持たせたのでございます。裏表のない純真な彼の言葉に、参加者は口々に協力を約束しました。

 「皆さんに危険が及ぶようなことはありません。どうか安心してください。その上でお願いがあるのです。このお札を持っていれば、幽霊には皆さんが『自分よりも美しい人』に見えるようになります。ただ、術やまじないというものはあくまで補助的な存在であり、絶対ではありません。ですので、霊を恐れたり、その美しさに気後れするようなことがあっては術が解けてしまいます。何があっても心を穏やかに、強く持っていただきたいのです。」

 これが『小細工』であるのだが、本来の目的から考えれば至極当然の策なのです。むしろ何を企てたかわからぬ女性陣こそが問題なのであって、この少年に責任があるわけではございません。選考会が始まると、霊祠は呪文を唱えて効力を発揮。霊的な存在から身を守る力と、説明した魅了の力が発揮されたのであります。ここまでは計算どおり。終盤に登場する牡丹を負かす対策は、まさに万全でございました。
 開催前にこぎれいな姿を冥月にいじられた武彦ではありましたが、美女の選考に入ると時折楽しそうな表情を浮かべ、他の審査員と談笑する場面も見受けられました。なんといっても現代の美女が勢ぞろい。男性にこれが楽しくないわけがない。浦島太郎も竜宮城で鼻の下を伸ばしたのですから、世の女性もこれくらいは見逃さないと「度量が小さい」と笑われます。しかしいくら楽しいとはいえ、心底お楽しみになれるのも途中まで。選考する身分であることを思い出したからか、浮ついた気持ちも醒めてしまったのでございます。ついには腕組みを始め、うーんと思案する始末。この世に何もかもが楽しいことなどありはしないのでしょうか。その姿を見たシュラインはなんだか苦しそうに見えてしまうのでありました。

 途中の休憩で審査員たちはある取り決めを作りました。それは『平等に選考すること』……普通なら当たり前のことなのですが、やっているうちに罪悪感に駆られたのでしょうか。皆、それに同意し、心を楽にして終盤の審査に望みました。いよいよ牡丹の番でございます。霊祠は念を押す意味も込めて、もう一度呪文を口にし、準備万端整えました。
 司会の高らかな呼び声とともに静々と登場する牡丹。その姿を見た者たちは、思わず息を飲みました。死んでいるとは思えぬ肌の色、現代のアレンジを加えた着物の着こなし。あえて肌を露出することで、ボディラインを強調することにしたのは冥月の案でございます。そしておしとやかに振る舞うように勧めたのはシュライン。ふたりの美意識を体現するに足るだけの素質を秘めた幽霊・牡丹が喝采を浴びない方がおかしいというもの。会場は一気に興奮、感嘆の拍手で埋め尽くされました。

 「ふふ、ざっとこんなもんだ。ま、依頼内容とは異なるがな。」
 「たまにはいいんじゃない? 少しはお偉いさん方も、女心というものを理解すべきだわ。」

 この段取りを聞かされていない審査員は、大いに困惑。牡丹を選考から外すどころか、これでは一等にしなくてはならなくなってしまいます。しかも中座の際にシュラインと冥月が同席しておりました。つまり先ほどの取り決めを聞かれてしまっている……いや、今から思えば誰かが切り出さなかったら、自分たちで言い出すつもりだったのでございましょう。武彦は完全に嵌められたのです。
 こうなってしまうと霊祠のお札の効果は守護だけになってしまいます。牡丹が自分より勝っているかどうかは、出場している女性たちが一番よくわかっているのです。自信を失った彼女たちは、瞬時に魅了の効果を失ってしまったのでありました。これではいくら呪文を唱えても無駄。霊祠もほとほと困り果て、観客席で高みの見物を決め込んだのでございます。

 「悪かったわね、霊祠くん。あなたまで騙すつもりはなかったのよ……」
 「草間のような大人になりたくなかったら、しっかり勉強しておくといい。まだ若いのだからな。」
 「時代を超える美もあるんですね……って、こんなのいろんな反則ですよー!」

 牡丹は司会の質問をそつなく答えます。自信過剰な発言はなりを潜め、両親への感謝を口にするなど、本来の牡丹の気持ちを話させることで観客の共感を得るよう仕向けたのはシュラインの手腕。これにぐいぐい引き込まれる観客たち。さらに場の雰囲気は「彼女で決まりだろう」という統一されたものになりつつあったのでございました。

 すべての参加者が出揃い、最終選考に入った武彦を待っていたものは、お偉いさん方の困った顔でございました。このパターンだと霊が増長する……彼らはそのように説明を受けていたからです。ところが武彦は臆することなく、自分の意見を通しました。

 「責任は私が取ります。皆さんが美しいと思った人を選んでください。もちろん牡丹を含めて。私は心霊専門のエキスパートにこの依頼を任せました。この手段が間違いだとは思えません。それに……ここで本物をウソといってしまう男性は誰からも支持されないと思います。コンテストに出る方も覚悟しているのです。審査する方がそれ相応の覚悟がないなら、犬に笑われても仕方ありません。」

 武彦は腹を決めたからこそ、このような大言を吐いたのでございます。それに同調する面々。そして満場一致で即座に決まった結果を持ち出し、高らかに一等の宣言を行ったのでございました。

 「一等は……牡丹さんですっ!」

 観客が「それを待ってました!」と大喝采。今まで感じたこともない祝福の中で、牡丹は両親の言を確かめたのでございます。その時の笑顔にシュラインも冥月も惜しみなく拍手を送りました。霊祠もそれを見て心が穏やかになる気持ちを感じたのでございます。そして牡丹は……静かに両親の元へと旅立ちました。
 主役なき後も、なぜかお祭りは大いに盛り上がりましたとさ。めでたしめでたし。


 結果的には成仏へと導いたので、大江戸時代劇村から報酬を手に入れた武彦だったが、それでも上層部にある注文をつけられた。それは「牡丹を探し出してくれ」という無茶な要求である。どうやら審査員の中にまでファンがついたらしく、できれば幽霊女優として手元に置きたいというのだ。成仏したのを見ているくせに、なんともわがままな依頼者である。これを聞いた冥月は勝ち誇ったように笑った。

 「要するになんだ。『幽霊だから迷惑をかけるだろう』という固定概念で動いていたというわけか。まったく……ゾンビの少年の方がよっぽどいい価値観を持っているな。」
 「あれ、もしかして誉められました? あまりに高尚すぎて、普通は認めてもらえないんですけどね、僕の魔法。」
 「武彦さん。普段からそうだけど、女の子を品定めしてるとろくなことないわよ?」
 「あーあー、懲りた懲りた! こんな仕事しばらくはゴメンだね。とことんまで女に騙されるもゴメンだ! 俺を差し置いて勝手にやりやがって……報酬がもらえたからいいものの!」

 まったく懲りてない様子の武彦を叱るがごとく、冥月が素早い一撃を頭に食らわした。崩れ落ちる武彦を霊祠が慌てて支えるも、一緒になって地面に倒れるハメに……

  ドサッ!
 「いっ、痛いー! 草間さん、どいてっ!」
 「たまにはいいんだよな、シュライン?」
 「あなた、いつもやってるじゃない……まったく。こういう時、ホントに嬉しそうな顔するわね。」

 原初、女は太陽であったらしい。草間興信所にこのふたりがいる限り、武彦が、そして霊祠が男として道を踏み外すことはないだろう。決して。
 後日、報酬とは別に一枚の写真を手渡された。それは、ひとりの女が宿願を果たした時に見せた最高の笑顔。今はもう見ることのできない、時間を超えた美しさ。きっと時間が経てば、この笑顔がいとおしくなるのだろう。そして誰もが、本当の美しさを思い出すのだ。牡丹という名とともに。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2778/黒・冥月     /女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
7086/千石・霊祠    /男性/13歳/中学生(良い子の味方「魔法使いレイ」)
0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。納品までにお時間を頂き、本当に申し訳ありません。
途中のパートを江戸時代のナレーション風に仕上げた今回の作品、いかがだったでしょうか?

プレイングを盛り込んでいく過程で、用意された依頼目的とは違う方向に進めました。
とっさの思いつきでしたが、皆さんのプレイングを反映するにはこの方が面白いと判断しました。
個人的にはきれいにまとまってると思います。またご感想などをお聞かせいただけると幸いです。

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!