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<東京怪談ノベル(シングル)>


玄冬想々・参



 そのメールが届いたのは、クロにアドレスを教えてから十日経った日のことだった。
 数日後に行うという『封印解除』の場所の詳細と前回尋ねたことへの当主からの返答、そして次の『封印解除』の際、『当主』が悠に会ってみたいと言っていること――それらを簡潔に告げる文面を思い返しながら、八重咲悠は歩を進める。
 向かう先は無論、メールに書かれていた『封印解除』の場。四度目の邂逅を果たすため、悠はそこに向かっていた。
 迷いなく歩む傍ら、目的地に居るだろう人物――クロと、彼女を取り巻く事象について思いを巡らす。
 以前尋ねた全てに返答が得られたわけではないが、それでも識ることを欲していた幾つかに返答を得られたことは、悠にとって歓迎すべきことだった。


 『玄冬』の封印は、『力』を補うために存在するのだという。
 『力』の馴染む地に、不足を補うだけの分を長い年月をかけて留める。そうして『封破士』が――『器』が選ばれた際、彼の者が『降ろし』に必要なだけの『力』を得ることができるようにと。
 封じられているのは『玄冬』の力。一人分では到底足りないというその力は、『どこ』から『どのように』して、封じられるのか。
 明言はされていないが――想像するのは容易く、そしてそれは恐らく間違ってはいないのだろう。
 『封印解除』の度に感じた『異質』の気配。それこそがクロの言うところの『引き寄せる力』なのだろう。
 つまり彼女の一族は、生まれながらに『異質』を抱き、更なる『異質』を取り込み、そしてそれを以って『当主』の願いを叶えるのだと考えられる。
 悠の推測が正しいとすれば、『当主』の願いは理を捻じ曲げなければ成し遂げられないもののはずだ。
 それを可能にするほどの力を、クロはその身に宿さねばならない。それが彼女の――『封破士』の役目である故に。
 『封印解除』を行う事で人としての『箍』を外し、自身が持てる力の上限を越える力を取り込んでゆく。それによって、クロはますます不安定になるのだろう。前回のクロの様子と言葉からしてもそれは確かだ。
 クロの状態を安定させるだけならば、『黙示録』の力を行使すれば容易いだろう。しかし、悠はクロから望まれない限りはそうするつもりはない。
 一族の在り様――『クロ』という『個』より『封破士』という『器』であるという存在意義がクロに根付いている限り、クロも望むことはないだろう。
 『降ろし』が終われば『玄冬』になるのだと、クロは言っていた。当主の願いを叶えた後、自分は『玄冬』になるのだと。
 『封破士』は『器』。故に『降りてくれば』『つくり変えられる』のだと。
 『降りて』くるのは何なのか。
 『つくり変えられる』という言葉が指し示すだろうクロの行く末を、悠ははまだ完全に理解できたわけではない。だが、与えられた情報を統合し推測することはできる。
 そうして考えられる彼女の行く末は、決して光溢れるものとは言えない。だが、悠はそれを否定するつもりはない。――それをクロが望むのであれば。
 クロは自分自身に対しての意識が異常に薄い。自分の行く末も何もかもどうでもいいと思ってるが故に、己に課せられた『役割』をただ遂行しているだけに思える。
 今自分に出来るのは、クロが『クロ』として自らの意思で願い、行動する――その道を作ること。例えその結末がどのようなものになろうとも。
 感傷こそあれど、クロが当主の願いに殉ずる事を選ぶのであれば、それを止めようなどとは、――やはり、思えない。
 それでも常のように、『傍観者』でいられなかったのは――もはやクロが単なる『知人』ではなくなったからなのだろう。
 そう考えること自体に、自身の変化を見出して、――くつり、と悠は愉しげな笑みを浮かべたのだった