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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 蒼の記憶〜カメオに宿る面影〜


「‥‥見つけた」
 アンティークショップ・レンに入ってきた全身黒尽くめの青年は、迷うことなく店奥のカウンターへと足を運んだ。そして高い位置に展示されていたカメオのブローチを手に取り、じっと見つめる。
「‥‥それに目をつけたか。でも悪いね、それは売れないんだ」
「‥‥売れない?」
 店主碧摩・蓮の不思議な言葉に青年、蘇芳・聖は眉根を寄せる。売り物だから展示してあるのではないのか。
「曰くつきの代物でね‥‥ってここにあるのはそんなのばかりだが。それはとある大財閥からの預かり物なんだよ」
「‥‥櫻ノ宮」
「あんた、『視えてる』ね?」
 蓮は聖の手の中にあるカメオを見た。霊力の無いものが見ればただのカメオ。だが霊力のある者が手にすれば、まるでカメオの中から立ち上るように女性の姿が浮かび上がる。この女性の姿は、やはり力ある者にしか見えない。
 残留思念なのだろうか、女性は小柄で肩口で切りそろえられた栗色の髪は内側にカールしていて。まるで少女の人形のようだ。
「そのカメオは『待ってる』んだよ。待ち人が来るまで、他の人の手には渡せない」
「‥‥それが俺だと言ったら?」
「なら、証拠を見せな」
 蓮は三日後にまたここに来るように、と聖に告げた。

 *------*

「売った、だと?」
「ああ。一般人に売ったよ。だから取り返してくれ。カメオに秘められている強い霊力に耐え切れず、恐らくその女性は近いうちに殺戮衝動に耐えられなくなる」
「‥‥それを分かってて?」
 三日後に律儀にショップに現れた聖に告げられたのは驚くべき事実。この店主が何を考えているのは分からない。
「‥‥女性も無事なままでカメオを取り戻してきたら、『待ち人』だと認めるよ」
 ふぅ、と煙を吐いて、蓮は口元を歪めた。



 一瞬、何が起こったのかと思った。
 樋口・真帆が『それ』を理解したのは、頬にピリリと痛みが走ってからだった。
 きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!
 周りの人ごみの中から女性の悲鳴が上がった。この光景を見た誰かがあげたのだろう。
 目の前でナイフを握っている女性――あれはペーパーナイフだろうか、随分と切れ味の良い――はどこか鬼気迫った顔で真帆ににじり寄り。
 反対に周囲にいた人々は大きく輪を描くようにして真帆から遠ざかっていった。
 常ならざる出来事にまず働くのは防衛本能。正義感が働くのなんてそのずっと後。
「きゃっ」
 女性から目を離さぬようにして後ずさっていた真帆は、何かにつまづすて尻餅をついてしまった。
 まずい。
 女性がこれ幸いにと真帆に馬乗りになり、ナイフを振り上げ――

 シュッ――!

 真帆が己の力で自衛を考えたその時、ナイフの動きは止まっていた。



 ペーパーナイフとはいえ思い切り振り下ろせば立派な凶器となる。女性が凶刃を振り下ろそうとしたその時、その腕をぐい、と黒ずくめの男性――聖が掴んだ。殺戮衝動のせいか女性とは思えない力を出していたが、それくらい抑えきれぬ彼ではない。
「良く我慢したね、おねーさん。今助けてあげるからね」
 反対に少年は女性に背後からきゅっと抱きつき、右手を当てる。そうしているうちに剣呑だった女性の表情が柔らかな物になり――ぱたり、女性は少年に体重を預けるようにして気を失った。霊力に当てられ、普段使わない力を使ったのだ、疲労困憊していてもおかしくない。
「そっちのおねーさんも大丈夫?」
 尻餅をついている真帆を見て、少年は笑む。聖は凶器となったペーパーナイフに少し血が付着しているのを見て、少女の頬に軽い擦り傷が出来ているのに気がついた。
「ねーねー今の何あれ?」
「何かの撮影?」
「あの子、ちょー可愛い」
 最初は通り魔でも出たと思っていたのだろう、遠巻きに怯えるようにしていた人々の表情が好奇心交じりの物に変わっていく。
「‥‥まずいな。周りが騒ぎ出した。場所を変えたい」
 呟くと聖は女性を抱き上げる。
「おねーさん、はい」
 少年は真帆に手を差し出し、立ち上がるのを手伝ってくれた。
「それならば、私の幻術で――」
 真帆の言葉とその直後に行使された力に、少年――月代・慎と聖は驚かされた。
 彼女も、常ならざる存在なのだ。



 真帆の幻術のおかげで何とか人の包囲を抜けた慎達は、もうすぐ陽が落ちるという事で人気のない公園へと退避していた。ベンチに女性を座らせ、真帆が濡らして来たハンカチを女性の額に当てる。
「一体この人はどうしちゃったんですか?」
「これのせいだよね」
 真帆の問いに慎が示したのは、女性の胸元についているカメオ。慎はぱぱっとそれを外し、聖へと差し出す。
「あ、人のものを勝手に‥‥」
「人のものといえば人のものなんだけど」
 困ったように聖を見上げる慎に、彼は小さく溜息をついて。カメオを受け取って掌に載せた。
「‥‥このカメオは強い霊力を宿している。分かると思うが‥‥視えるか?」

 ――聖の掌の上で夕闇に浮かび上がるのは、女性の姿。小柄で肩口で切りそろえられた栗色の髪は内側にカールしていて。まるで少女の人形のようだ。

「視えます」
「うん。視えるよ」
「彼女の霊力が、一般人には強すぎて、殺戮衝動を引き起こさせてしまう。俺はそれを止めてカメオを取り戻しに来た訳だが‥‥」
 聖がちら、と慎を見ると、彼はポケットから取り出した別のブローチを女性の胸元につけている最中だった。
「この人が起きたら僕が『倒れていたんで心配しました』とか巧く言おうと思うけど、聖ちゃんに聞きたい事があるんだ」
「何だ」
「聖ちゃんはどうしてそのブローチが欲しかったの?」
 霊力のあるものならばカメオの霊力に当てられて暴走する事はないだろう。もしかして逆にその力を増幅させたりするのかも――

「――大切な女性(ひと)の遺品だからだ」

 非常に簡素に、聖は答えた。
「そんな危険な遺品、どうするのですか?」
「無論‥‥アンティークショップの店主に奪還完了を告げ、譲り受けてもらうつもりだ」
「貴方が持つことで危険はないのですか?」
 真帆の言葉に聖はふ、と口元をゆがめて。
「俺を待っていたモノが俺に害を加えるとでも?」
 どうやらその心配はないらしいが‥‥この男はどこか危険な雰囲気を持ち合わせている。
「アンティークショップに行くんですよね? 私もついていきます。危険がないと判断できるまで」
「‥‥‥」
「私でも何かお手伝いできることあると思います。‥‥それに、巻き込まれちゃいましたらから、無関係じゃないですよね?」
 真帆は強引にでもついていく気だ。
「じゃあ聖ちゃんのことは頼んだよ。僕はこの女性を介抱するからここでバイバイだね」
 慎はベンチで眠っている女性の傍にちゃっかりと座り込んでいる。女性が目覚めたら、色々恩を売ってあわよくば泊めてもらえないかと考えていたりもした。
「縁があればまた会えるかもね」
「‥‥ふん」
 慎の無邪気な言葉に、聖は鼻を鳴らして背中を向けた。



「おや、戻ってきたね」
 アンティークショップレン。店長は聖が出かけた時と同じ様に煙を吐き出していた。
「‥‥これで認めてもらえるんだな?」
 聖の掌にはカメオ。その言葉とは裏腹に、彼の指がカメオを優しく扱っている事に真帆は気づいた。
「ああ、約束通りそれはやろう」
「あのっ‥‥!」
 真帆は意を決して蓮と聖の会話に割り込む。蓮は聖の後ろからひょっこり出てきた真帆を見て「ん?」と小首を傾げて。
「本当にこれを彼がもつことに危険はないのですか?」
 カメオの力の持つ危険さは、先程彼女は身を持って体験したばかりだ。
「ああ、霊力の強い者が持てば支障はないさ。それに、見てごらん」
 蓮が示したのはカメオを見つめる聖と、カメオに浮かび上がった女性の姿。
 聖の瞳は、それまでの事が嘘の様に優しい物になっていて、彼女をじっと見つめている。
 カメオに浮かび上がった女性も、漸く待ち人に会えたとでもいうように、嬉しそうに微笑んでいた。その様子は今にも、彼に語りかけそうなほどだ。
「あたしがこれを預かった時に櫻ノ宮から聞いた話ではね、これは前当主の持ち物だったらしいんだ。前当主には二人の息子がいた。それとは別に、彼女は一人の少年を息子の様に育てていた。だがその少年はある一定の年齢になると櫻ノ宮家から姿を消し――当主の死に目にも会えず、形見分けのときにも現れなかったらしい」
「‥‥‥では、このカメオは数年を経て、漸く聖さんと出会えたわけですね?」
「そういうことだね」
 それならば、危険はないのだろう。
 何よりも互いを見詰め合う二人の表情が――それを示していた。



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・6408/月代・慎様/男性/11歳/退魔師・タレント
・6458/樋口・真帆様/女性/17歳/高校生/見習い魔女

■ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 出来得る限り気に入っていただけるようにと心を籠めて執筆させていただきました。
 楽しんでいただけましたら幸いです。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音