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<東京怪談・PCゲームノベル>


コモリウタ

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「……えぇと」
「説明したとおりだ。頼んだぞ」
「……あの」
「17時には戻ると言っていた。あと……5時間ほどだな」
「あ、そうなんですか。……いや、あの」
「では、私は作業があるので戻る」
「……あ。…………」
 ポツンと一人、取り残されて沈黙。
 遠くなっていくジャッジの背中を見つめるだけ。
 何事かと思った。急に呼び出されたから。
 しかも場所が場所だ。時計台に呼び出されるなんて。
 何か問題でも起きたのかって不安になった。
 でも、まさか。こんな用件だとは……思いもしなくて。
 無邪気な笑い声で、ハッと我に返る。
 腕の中、楽しそうに笑いながら小さな手を伸ばす……幼子。
 どうしよう……。頼んだぞって言われても。

 長い5時間の始まりを告げる、正午の鐘の音。

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 おそるおそる、壊れ物を扱うかのような動き。
 ぎこちない動きのまま、クレタは、ひとまず居住区へと戻って来た。
 クレタが腕に抱いているのは、とても可愛らしい赤ちゃん。
 外界に暮らすジャッジの知り合い、その子供らしい。
 仕事で、どうしても面倒を見ることが出来ない状況になった為、知人はジャッジに頼み込んだ。
 古くからの付き合いである知人に頼まれては、断れない。
 子守なんぞ自分に出来るのだろうかと不安に思いながらも、ジャッジは頼みを引き受けた。
 そう、無責任に引き受けたわけではない。
 ジャッジは、子守をするつもりでいたのだ。
 けれど、ジャッジんも緊急の仕事が入ってしまった。
 一刻の猶予もない、とても大きく重要な仕事だ。
 事情があり、その詳細を明らかにすることは出来なかったけれど。
 その結果、子守の役目がクレタに回ってきたと。そういうことだ。
 どうして、クレタなのか?
 それは、わからない。
 他にも仕事が休みで居住区にいる時守は数名いる。
 でも、ジャッジは迷うことなくクレタを選び指名した。
 適任だと、直感でそう思ったのだろうか。


 居住区へ戻ったクレタを、一番に出迎えたのはハルカだった。
 おかえりなさい、どこへ行ってたの? その質問を途中で放り出し、ハルカは目を丸くする。
「どうしたの。その子」
「……ジャッジに、頼まれて」
「あらまぁ、そうなの。女の子かしら」
「……うん。ミリーっていうんだって」
「ふふ。可愛いわねぇ。抱かせてもらえるかしら」
「……うん」
 おぼつかない手つきでミリーを離し、ハルカの腕の中へと移動させたクレタ。
 ハルカは、ゆっくりと左右に揺れながら嬉しそうに微笑んだ。
「懐かしいわねぇ……。あの子たちにも、こんな時期があったわ」
「セラと……シラ?」
「えぇ。こんなに大人しくなかったけどねぇ、あの子達は」
「……そうなんだ」
 思い返しながら微笑んで話すハルカ。
 クレタは、その優しい表情に吸い込まれそうになった。
 表情だけじゃない。ハルカの所作は、どこをとっても優しさに満ちている。
 ミリーの表情も、自分が抱っこしている時より、リラックスしているかのように見える。
 LDスペースに移動しながら、クレタはジッと観察を続けた。
 自然な立ち振る舞い。ハルカが見せる、子守のお手本。
 首の角度や、ゆりかごを思わせるかのような動き。
 その全てを、ハルカは丁寧にクレタへ伝授した。
 自分の腕へと戻ってくるミリー。
 柔らかくて、温かくて、小さな身体。
 教えてもらったとおりにやってはみるものの、緊張は拭えない。
 赤ちゃんに触れるだなんて、触れ合うだなんて、そんな機会はこれまでになかった。
 想像よりも、それはずっとずっと、大変なことだった。
 そんなに重くないのに、ずっしりと……命の重みを腕に感じる。
 どこから香ってくるんだろう。この、ミルクのような甘い香り。
 鼻をくすぐる、この香りは、僕の心を穏やかにする。
 初めて会ったのに。また、会って間もないのに。
 どうしてだろうね。とても、懐かしい気持ちになるんだ……。
 ミルクの用意をしに、ハルカがキッチンへと向かう。
 それと入れ替わるかのように、LDスペースに、ヒヨリがやって来た。
 書類整理を終えて来たばかりなのだろう。普段は掛けていない眼鏡を着けたままだ。
 擦れ違いざまに、ハルカへ紅茶の用意を要求したヒヨリ。
 ソファに座るクレタを見つけ、ヒヨリはクスクス笑った。
「何だ。また、厄介なこと押し付けられた感じ?」
「……ううん。そんなことないよ」
 首を振って微笑むクレタの隣に座り、ヒヨリは言った。
「へぇ。可愛い顔してるね。将来有望だなぁ。どれどれ、俺にも抱かせて」
「……うん」
 先ほどと同じように、ミリーを離してヒヨリの腕へと送るクレタ。
 クレタよりもぎこちないヒヨリの手付き。
 そうじゃなくて、とアドバイスしようとした、その矢先。
「ふぇぇ……ふぇぇぇぇぇん」
 それまで大人しかったミリーが、急に泣き出した。
 その泣き声は、激しさを増していくばかり。
「ちょ、何、何、何?」
 オロオロしながら、咄嗟にミリーをクレタの腕へ返したヒヨリ。
 泣き止まないミリー。だが、クレタが慌てることはなかった。
「……大丈夫。大丈夫だよ、ミリー」
 目を伏せて、優しい声で名前を呼びながらトントンと背中を叩く。
 ハルカに教えてもらった、ゆりかごの動きを交えながら。
 大丈夫。怖くないよ。ここにいるよ。どうしたの?
 不安? 不安なの? 大丈夫だよ。ここにいる。
 放り出したりしないよ。そんなこと、絶対にしない。
 理由もなく悲しくなることって、あるんだよね。
 僕にもあるよ。今でも、時々。むしょうに寂しくなる時がある。
 どうしたの? って訊かれても、答えることが出来ないんだよね。
 だって、自分でも理解らないから。どうして自分が泣いているのか。
 ひとりにしてほしいわけじゃないんだ。その逆。
 傍にいてほしい。誰かに、傍にいてほしい。
 理由は訊かず、ただギュッと抱きしめてくれれば。
 いつしか涙は止まって、心があったかくなる。
 大丈夫だよ、ミリー。
 抱きしめてあげる。きみの涙が止まるまで。
 きみの不安が晴れるまで、ずっと抱きしめてあげる。
 ねぇ、ミリー。僕の胸の音、聞こえるかい?
 僕には、聞こえるよ。きみの鼓動。
 謙虚に、小さく、それでも強く歌う、きみの鼓動。

 *
 *

 たった5時間。されど5時間。
 あっという間に過ぎてしまった気もするけれど、
 とても長い時間、一緒にいたような気もする。
「またね、ミリー……」
 本当のママに抱かれ、遠くなっていくミリーへ。
 クレタは、何度も何度も呟きながら手を振った。
 二度と会えないわけじゃないのに。また、いつでも会えるのに。
 どうして、こんなに切なくなるんだろう。
 どうして、こんなに寂しくなるんだろう。
 ポロポロと涙を零すクレタ。
 ヒヨリとハルカは、何も言わずにクレタの頭の撫でた。
 どうしたの? なんて訊かないで。
 理由もなく寂しい。
 それだけだから。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ハルカ / 36歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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