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<東京怪談・PCゲームノベル>


見えない手

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「……!」
「うぉっ。何だ。どうした?」
「あ。ううん、何でもない……」
 嘘だ。何でもないだなんて、そんなの嘘。
 ガタンと突然席を立っておいて、何でもないだなんて。
 でも、何でもないって言うしかない。そうすることしか出来ない。
 だって、見えないんだから。

 一体、何なんだろう。この感覚。
 この妙な感覚は、今朝から。起きた瞬間から。
 頬を、首を、耳を、腰を、背中を。
 誰かに触られているような感覚。
 気のせいなのかと思っていたんだけれど……。
 どんどん、あからさまになってきているような気がする。
 始めの内は、そっと……探るような感じだったのに。
 今は、隠そうとせずに、躊躇なく触れてくる。
 気持ち悪い、この感覚。
 見えない手。
 誰……?
 触れてくるのは……。

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 目を泳がせながら紅茶を口に運ぶクレタ。
 ヒヨリは笑いながら、肩を竦めて目を伏せた。
「クレタ。隠しても無駄だって。どうした。言ってみ?」
「…………」
 今朝からずっと、誰かに触れられているかのような感覚を覚えている。
 その感触は、手。ひんやりと冷たい、指先の感触。
 気のせいだなんて、紛らわすことなんて出来ない。
 もう限界だ。気持ち悪くて、吐きそうになる。
 クレタは、俯いたまま、今朝から続いている状況を説明した。
 何かをね、探しているかのようにも思えるんだ……。
 僕が持っているもので、何か欲しいものがあるんじゃないかって。
 そう考えた時にね、ふっと一番に頭に浮かんだものがある。
 それはね、砂時計。いつしか、懐中時計と一緒に僕のポケットに入ってる……漆黒の砂時計。
 これを手にした時にも、同じような感覚があったような、そんな気がしてるんだ。
 もしも、この件にも侵入者が関わっているとしたら……笑い事じゃないよね。
 触れてくる状況はね、本当にお構いなしなんだ。
 朝は、少し躊躇ってたような気がするんだけど。
 今は、躊躇いなんて微塵もない。
 もしかしたら、手の主に僕の様子は見えてないのかも。
 一人でいる時だけなら理解るけれど、
 こうしてヒヨリと一緒にいても、お構いなしに触ってくるからね……。
 バレても構わないと思ってるのか。バレても問題ないって自信があるのか。
 その辺りはわからないけれど……。侵入者の仕業なら、黙っていられないよね。
「無理すんなよ」
「……うん。大丈夫」
 スッと目を閉じ、意識を集中するクレタ。
 あちこちに触れる、触れられる、その感覚は不快以外の何物でもないけれど。
 見えないものを肉眼で捉えて捕まえるのは不可能だ。
 こうして意識を集中し、心で捉えるしかない。
 手の存在を辿る。瞼の裏に、ふわふわと漂う白い手が見える気がした。
 意識の中で、見えない存在を追いかけて。
 自らの身体に触れようとする、その瞬間を狙う。
 白い手の動きは、一見すると、蝶のようだ。
 ひらひらふわふわ、ひらひらふわふわ。
 不規則に動いているかのように思える。
 でも、意識を集中し続ければ、判明する。
 複雑に見えて、実に規則的な動きであることが。
 堪えて観察を続ければ、自ずと見えてくる。
 白い手、細い、その指先が次に触れようとする場所が。
「……っ」
「クレタ。大丈夫か」
「……だ、大丈夫」
 目を伏せたまま、掠れた声で返したクレタ。
 ゾワッと背中を走った、これまでにない感覚。
 まるで、クレタを惑わすように、白い手は想定外の箇所に触れた。
 首だ。
 冷たい指先が、首筋をなぞる。
 愛でるように動く指先は、楽しんでいるかのように思えた。
 過敏に反応し、堪えようと頑張ってもビクリと揺れてしまう身体。
 クレタの、そんな反応を楽しんでいるかのように思えた。
(……ダメ。……そこは、ダメ)
 今すぐに、触れるのを止めて。
 ねぇ、聞いてるの。聞こえてるんでしょう?
 そもそも、J以外に触られたくないんだ。
 ねぇ、聞いてる? 本気で……本気で怒るよ……。
 溜息を吐き落としたクレタ。指先の動きは止まない。
 そっとタッチしてみたり、スススとなぞってみたり。
 不愉快だと訴えるクレタの姿を楽しむかのように踊る指先。
 我慢の限界。
「……やめろって言ってるんだ」
 低く、それでいて迫力のある声を放ったクレタ。
 キレると同時に、クレタは意識の中で掴んだ。
 ガッと、逃がすまいと、白い手、その細い手首を掴んだ。
 久しぶりだよ。こんなに冷たい気持ちになるのは。
 いい加減、姿を見せなよ。いつまで隠れてるつもり?
 絶対に離さないから。ほら、出てきなよ。さぁ。
 グィッと引っ張り、引き寄せる。
 意識の中、とっ捕まえて引きずり出した犯人。
 犯人は、勢い余って、その場にズサッと転がった。
 ようやく捕まえた犯人。何よりも投げ掛けたい質問。
 何の為に、こんなことをするのか。 
 不満や怒りも含めれば、言いたいことは数知れず。
 けれど、クレタは声を発することを躊躇った。
 いいや、放つことが出来なかったというべきか。
 意識の中、クレタは目を丸くし、ただ呆然と立ち尽くす。
 何故って?
 捕まえて引き摺り出した犯人が、ヒヨリにそっくりだったから。
 いや、そっくりだとか、そんなレベルじゃない。
 纏っている服にしても、雰囲気にしても、何もかもが "同じ" だった。
 唯一、異なるところと言えば……その "声" だけ。
『やっばいなぁ。見つかった。怒られるなぁ、これ。 あ〜あ……』
 ゆっくりと身体を起こしながら、ヒヨリにそっくりな男は笑って言った。
 ところどころにノイズが混じった、機械的な声。無機質な声。
 その声に、クレタは恐怖を覚えた。何故かは理解らないけれど。
 たまらなく怖くなって、その場に膝をつく。
 震える身体を押さえることに必死になって。
『ははっ。さっきまでの威勢は、どこ行ったの?』
 笑いながらクレタの頭にポンと手を乗せ、
 ヒヨリにそっくりな男は、続けて言葉を放つ。
『見なかったことにして― なんて、無理だな。……じゃあ、またね。クレタ』


「……クレタ! おい、クレタ!」
 乱暴に、クレタの肩を揺らしながら名前を呼び続けたヒヨリ。
 その声でハッと我に返り、クレタは目を開けた。
 目の前には、心配そうな顔で自分を覗き込むヒヨリの姿。
 いつもと変わらない、柔らかくて温かい声。
「ごめん……。大丈夫だよ……」
「ビックリさせるなよ、マジで。 で、どうだった?」
「うん……」
 意識の中、捕まえた手。捕まえた犯人、その姿。
 確かに目にしたそれらを、クレタは告げることをしなかった。
 嘘をついて、はぐらかした。捕まえることが出来なかったと。
 不思議なことに、触れられている感覚は消えている。だから、もう大丈夫だと。
 淡く微笑みながら、そう偽った。
「それなら良いけど……。一応、調べておくよ」
「うん。……ありがとう」
 偽った、その理由は自分でも理解らない。
 言うべきだったと、伝えるべきだったとは思うけれど。
 またねって、その言葉が……口封じの役割を成していた。
 どうして増えていくんだろう。
 仲間に、愛しい人に、告げることが出来ない。
 そんな事柄ばかりが、どんどん増えていく。
 嘘を嘘で、どこまで偽れば良いの。
 いつになったら、全てを明かすことが出来るの。許されるの。
 大丈夫か? と何度も尋ねてくる、優しいヒヨリに微笑みを返すクレタ。
 その耳の奥、意識のずっと奥深く。
 温度の無い、無機質な声が執拗に残り続けた。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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