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<東京怪談・PCゲームノベル>


カラートリック

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「あぁ、ごめんね。急に呼び出したりして」
「いえ。構いませんけれど。用事っていうのは……?」
「ちょっとした実験に付き合って貰おうと思ってね」
「実験ですか……」
「うん。じゃあ、選んで。この中から、好きな色を」
「…………」
 テーブルに並べられた小瓶。
 中に入っている液体が異なる、三本の小瓶。
 この中からひとつを選んでくれと、J先生は言う。
 いや、別に構わないのだけれど。選ぶくらい。
 でも何だろう。その目を見ていると……嫌な予感がする。
 首を傾げて含み笑いする、その姿。う〜ん……嫌な予感。
 選ぶだけで終わり……ってことは、ないんだろうなぁ。

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 怪しい。あからさまに怪しい。
 どうせ、ロクでもないことになるんでしょうねぇ……。
 まぁ、逃げられそうにもないですし、来てしまった僕も悪いですし。
 お付き合いしましょう。う〜ん。どれにしましょうか。う〜ん。
 並ぶ小瓶を見やりながら、悩む霊祠。
 悩みながらも霊祠は言った。ちゃっかりしている。
「あぁ、そうだ。今度、僕の研究も手伝って下さいね」
「ん? あぁ、いいよ」
「絶対ですよ。約束ですよ」
「わかったわかった。で、どの色にするんだい?」
「う〜ん。悩みます。どれにしましょうか。うぬぬぬ……」
「っくく。そんなに悩む?」
「駄目なんですよねぇ、僕。こういうの」
「選択肢があると困るタイプなのかな」
「そうなのですよ。選ぶって行為が苦手なのですよ」
「ふぅん。そうか。じゃあ、俺が決めようか」
「……うぬぬ。それも、どうなんでしょうね」
「っふふ。我侭だね」
「むぅ〜……。わかりました、お任せします」
「はい、了解。じゃあ、これにしよう」
 クスクス笑いながら、Jが手に取った小瓶。
 それは、青い液体が入った小瓶だった。
 蓋を開けながら微笑むJ。霊祠は、その様をジッと見つめる。
 その眼差しにゾクゾクする。
 警戒していないわけではない。その微妙な眼差しにゾクゾクする。
 笑いながら、Jは指示した。
「ちょっとだけ、目を閉じててもらえるかな」
「あ、はい。わかりました」
 言われるがまま、スッと目を伏せた霊祠。
 長い睫毛が綺麗に並ぶ両目。
 Jは嬉しそうに微笑みながら、垂らした。
 霊祠の頭の上に、ポタリポタリと青い液体を。
 額を伝い、睫毛を揺らして落ちていく青い液体。
 身動きせずにジッとしている霊祠の頬を撫でてJは囁いた。
「見せて。キミの過去」
 その言葉が頭の中に響くと同時に、霊祠の意識は遠のいた。
 深い深い、眠りに落ちるかのように―

 *
 *

 覚えていますよ。もちろん。忘れるはずもない。
 あの日、僕は殺した。この手で、大切な人を。
 覚えていないだなんて、そんな言い訳をするつもりはないんです。
 ただ、ところどころ記憶が曖昧なところがありまして。
 一番に彷彿するのは、赤く染まった魔術書。
 最後に彷彿するのは、雨模様。
 優しい人でした。父も母も。
 愛されていたと思います。
 幸せだと感じていましたよ。
 惜しみない愛情を注がれて……。
 貧乏でも、幸せだったんです。確かに、幸せだった。
 愛されるからこそ、愛してもらったからこそ、恩返ししたいと思った。
 父も母も、喜んでくれました。次々と学んでいく僕を。
 はじまり、キッカケは、父が読んでいた分厚い魔術書。
 黒い表紙の、その本に触れたことがキッカケになった。
 興味はあったんです。父が、どんな本を読んでいるのか。
 毎日毎夜、読み耽るほどに面白いものなのかと。
 だから触れた。父のことを、もっと知りたいと思ったから。
 触れた瞬間、生暖かい感触が僕の手を包んだんです。
 誰かに捕まれるかのような、不思議な感触。
 気味が悪いと、思わなかったんですね。
 寧ろ、その感覚を心地良いと思ってしまった。
 あの時、すぐさま本から手を離していれば……なんて思うこともありましたけど。
 所詮は、後の祭りなんですよね。もしもの話なんて、意味がない。
 あの瞬間から、僕は魅入られた。引きずり込まれて、闇の世界へ。
 闇の魔術は、実に奥深いものです。今でも終わりが見えない。
 死の先に、終わりの先に始まりがある。何て神秘的な世界。
 死霊術を学び出してからの僕は、それこそ本の虫でした。
 そんな僕を、父と母は優しく包み込んでくれたんですよ。
 嬉しかったんでしょうね。親子揃って、同じことに熱中するってことが。
 楽しかったです。親子で学ぶ、毎日が充実していた。
 食べることもままならない生活でしたけれど、必要なかったんです。
 学ぶことが出来れば、他には何も要らなかった。
 食事も、睡眠も、不要なものだったんです。
 僕達は飢えた。親子で、魔術に飢えた。
 死霊術を極めることに貪欲になり過ぎたのかもしれません。
 いつしか、会話はなくなりました。それぞれが夢中になって。
 自分の世界に入り込んで、没頭した。
 お互いに、それを求めたからこそ邪魔はしなかったんです。
 学ぶことができれば、必要なかった。会話も、肌の温もりも。
 薄々、感づいてはいたんです。父と母が焦っていることには。
 僕だけが、あらゆる知識を吸収していく、その様に両親が焦っていたことは。
 でもね、それがまた嬉しかったんです。心地良かった。
 自分が、誰よりも勝っているような、そんな気がしたんですよ。
 思えば、既に魅了されつくしていたんでしょうね。心さえも。
 忘れられぬ過去が出来たのは、そんな日常の最中。
 何年ぶりかに、僕は聞いたんです。両親の声を。
 放たれた言葉は、酷く醜いものでした。嫉妬の言葉。
 どうして、お前ばかりが成長していくのか。
 悔しかったんでしょうね。
 自分達には限界があるのに、僕には限界がなかったから。
 見るもの、読む事柄、知識を次々と吸収して成長していく。
 死霊術師としての壁を、ヒョイヒョイと越えていく僕を妬んだんでしょう。
 僕はウンザリしました。今更何をわかりきったことで妬んでいるのかと。
 壁を越えることが出来ぬのなら、やめてしまえばいいと。
 知ってはいたんです。やめろと言われてもやめられぬことは。
 それだけ、魅力的なものなんです。死霊術は、人の心を魅了する。
 だから、救ってあげることにしたんです。僕はね。
 やめることも出来ず、もはや息子を妬むことしか出来なくなった不憫な両親を。
 容易いことでした。
 闇の世界へ葬ってあげるだけで良いんですから。
 僕は告げました。さようなら、と。
 そして、自らの身体を闇世界の番獣へと変えた。
 すぐに済みましたよ。
 覚えています。温かい血液、冷たい身体。その矛盾。
 三人で暮らすには狭すぎた、四畳一間の部屋。
 山のように積まれた魔術書を染めた血液。
 全てを終えて、窓の外を見やれば雨が降っていました。
 外の景色を見たのも、久しぶりだった。雨を見たのも、いつ以来か。
 降りしきる雨音を耳に、僕は拭ったんです。
 大切な魔術書に飛び散った両親の血液を、汚らわしいと嫌悪して。

 覚えていますよ。もちろん。忘れるはずもない。
 あの日、僕は殺した。この手で、大切な人を。
 立派な屋敷に暮らすようになった今も忘れない。
 忘れないんです。僕は、いつまでも忘れない。
 雨音に鳴き声を誤魔化して、両親の血液を拭い続けた、あの夜を忘れない。

 *
 *

 霊祠の頬を、涙が伝う。
 どうして泣いているのか、わからない。
 どうしてこんなに悲しいのか、わからない。
 心の奥底を引っ掻き回されたかのような感覚。
 わけもわからず、目を開けた次の瞬間、霊祠はJに抱きついた。
 しがみ付いて泣きじゃくる霊祠の背中を撫でやりながら、Jは微笑んだ。
 見なければ良かっただなんて、そんなこと思わない。
 見れて良かった、見せてもらって良かったと思ってる。
 涙の理由を問うことはしなくて良いから、そのまま泣いて。
 その涙が枯れるまで、俺の腕の中で泣けば良い。
 忘れたフリをしているだけ。キミは覚えてる。
 覚えているからこそ、そんなにも悲しくて、こんなにも涙する。
 掘り起こされた記憶に、どうしようもなく悲しくなることが、
 この先、何度もあるだろう。数え切れぬほど、あるだろう。
 その時は、ここにおいで。俺の傍においで。
 俺しか知らない、キミの悲しみを抱きとめてあげる。
 その為に、教えてもらったんだから。キミの過去を。

「……。あれ。……僕、何して。あっ、ごめんなさい」
「いえいえ」
 ハッと我に返った霊祠は、すぐさまJから離れた。
 どうして抱きついていたのか。いつから抱きついていたのか思い出せない。
 おもむろに自身の頬に触れてみれば、涙の痕。
 泣いてた? 僕が? どうして? 何で?
 思い出せないからこそ、妙に気恥ずかしい。
 俯いて戸惑う霊祠にクスクス笑い、Jは拭ってあげた。
 垂らした青い液体を、微塵も残らぬように、綺麗に拭き取ってあげた。
 愛おしく慈しむように拭い取る、その優しい所作に、再び涙が霊祠の頬を伝う。
 デジャヴ。過去の自分の姿を重ねているとは気付かずに。
「……。研究、僕の研究も手伝って下さいね」
「うん。もちろん」
「絶対ですよ。約束ですよ」
「はいはい」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7086 / 千石・霊祠 /13歳 / 中学生
 NPC / J / ??歳 / HAL:保健医

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 青で過去で。今の御両親は実の両親じゃない…っていう。
 そんな捏造。アリですか?(;´∀`)
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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