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<東京怪談・PCゲームノベル>


 桜花に歪めば

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「闇に舞う桜ってのもオツなもんだなぁ」
「……呑気なこと言ってないで、書類上げてよ」
「お前ね、たまには気を休めたほうが良いと思うぞ」
「休めるわけないでしょ。問題なんだから、これ……」
「そういうことじゃないんだよ。気持ちっていうかね」
「いいから、早く上げて。また怒られるわ」
「あぁ、もう。可愛くない。可愛くない女だね、お前は」
「えぇ、知ってるわ」
「……ほんと、可愛くないわ」
 ヒヨリの部屋、いつもの言い合い、いつもの光景。
 けれど窓の外は、桜吹雪。漆黒の闇を舞う、桜の花びら。
 せっかちな桜前線は、歪みが引き起こしているもの。
 春先に頻発する、特殊な歪み。
 各外界の春が、待ちきれずにこの空間を桃色に染める。
 春という名の歪み。還すには、少し惜しい……優美な歪みよ。

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「んじゃあ、それぞれ担当区域に移動」
「皆、よろしくね」
 ヒヨリとナナセの言葉に頷き、四方八方へと散っていく時守たち。
 闇夜に舞う桜の花びら。桃色の絨毯が敷かれたクロノクロイツ全域。
 時守たちは、それぞれ別の区域を担当することで効率良く還そうと試みる。
 綺麗だと見惚れてしまうのは無理もない。
 けれど、この桜花も歪みの一種。
 在るべき場所を見失い、彷徨っている春の歪み。
 Jと組むことになったクレタは、桃色の絨毯の上を嬉しそうに跳ね歩く。
 楽しそうな背中へ、Jは微笑みながら尋ねてみた。
 返ってくる答えを知ってなお、尋ねてみた。
「クレタ。どうして俺と組みたいって言ったの?」
「……。本気で聞いてるの? それ」
「さぁ、どうかな」
「今日も意地悪だね」
「それほどでもないよ」
「褒めてないよ?」
「知ってるよ?」
 クスクス笑いながら歩く二人。担当区域へ向かう最中。
 いつもはJの後ろを謙虚に付いて行くけれど、今日は先頭を。
 Jの前を歩いて、彼を導くようにしてクレタは歩く。
 僕ね……春、好きなんだ。桜、好きなんだ。
 新しい何かが始まる、そんな期待でいっぱいの季節。
 別れの季節だと言う人もいるけれど、別れの後には出会いがあるから。
 嬉しくなっちゃうんだ。こうして、春を感じられることを幸せに思う。
 ちょっと前まではね、こんなこと思わなかったよ。
 四季なんて、あってないようなものだった。
 桃色に染まる春も、青空が爽快な夏も、紅葉が綺麗な秋も、白銀の冬も。
 ただ横目に。過ぎていく季節に感情を抱くことをしなかった。
 心のどこかで、当たり前のことなんだからって思ってたかもしれない。
 いちいち喜ぶような、そんな大層なものじゃないよって。
 でもね。あなたと再会してから、変わったよ。僕は変わった。
 過ぎていく季節に、幸せや切なさを覚えるようになった。
 何もかもが貴重なものに思えるんだ。かけがえのないものに思えるんだ。
 ねぇ、J。綺麗だね。桃色のクロノクロイツ、綺麗だね。
 理解ってるよ。お仕事だよね。うん、理解ってる。
 でも、ほら、こんなにも綺麗なんだ。
 少しくらい見惚れても……良いでしょう?


 春を待つ、各世界の生命の為に。僕が、僕達が出来ること。やらねばならぬこと。
 眼帯を外して、辺りを舞う桜の花びらを両目でしっかりと捉えたクレタ。
 花びらは、一見すべて同じものに見えるけれど、形や色に違いがある。
 世界によって、春の色は少しずつ違うんだ。
 チョコンとしゃがんで、一枚。花びらを手に取ってみたクレタ。
 不思議な感触。温かいような、優しいような不思議な感触。
 クレタは淡く微笑み、話しかけるようにして花びらに口付けた。
 きみたちを待ってるんだよ。世界は、春を待ってる。
 それなのに、どうしてこんなことしちゃうのかな。
 悪戯のつもり? ちょっとした抵抗のつもり?
 僕達はね、正直なところ……ちょっと嬉しい。
 クロノクロイツでは、桜を拝むことなんて出来ないから。
 もしかしたら。もしかしたらだけれど。
 きみたちは、この世界にも春を告げに来てくれたのかな。
 漆黒の闇、殺風景なこの世界を桃色で彩って、告げてくれたのかな。
 もうすぐ春だよって、伝えにきてくれたのかな。
 花びらは言葉を発さない。
 尋ねてみたところで、返答は返ってこない。
 けれど、ふわふわと舞う花びらの動きが "返事" のように思えた。
 クレタは微笑みながら、ゆっくりと立ち上がって摘んだ一枚の花びらを離す。
 ありがとう。嬉しいよ。僕だけじゃなく、皆も喜んでると思う。
 面倒くさいことしてくれやがってって文句を言ってる仲間もいたけどね、
 そんなこと思ってないんだよ。本心じゃないんだ。きっと、ううん、絶対に。
 僕達の為に、わざわざありがとう。とても綺麗だよ。
 このままずっと見惚れていたいくらい。
 でも、それは出来ないんだ。還してあげなくちゃ。
 僕達だけ春を独占するなんて、贅沢だから。
 微笑みながら指を踊らせ、光の壁を構築したクレタ。
 舞い踊る桜の花びらを包み込み、ふるいにかけるようにして揺らす。
 どの世界の春か、どこに在るべき春か、意識を集中して分けていく。
 仕分けが完了したら、クレタの出番は終わり。後はJに、おまかせ。
 ニコリと微笑み、振り返って頷いたクレタ。
 言葉はなくとも、何を言わんとしているか理解る。
 Jは苦笑しながら黒い剣を手元に出現させ、クレタの隣へ。
「消すんじゃなくて還す……か。初めてだな」
「ふふ。よろしくね」
「うっかり消しちゃうかもよ。闇の彼方へ」
「そんなことしないよ」
「自信満々だね」
「そんなこと、出来ないもの。あなたは」
「どうかな?」
 そうやって悪戯な笑みを浮かべて曖昧な言葉を返すけれど。
 あなたは優しい人だから。ちゃんと還してあげるんだ。
 消しちゃうかもよ? なんて言うのは照れ隠しでしょう?
 自分には、こんな綺麗な仕事似合わないって思ってるんでしょう?
 そんなことないよ。そんなことないんだよ、J。
 だって、ほら。あなたは、こんなにも綺麗だから。
 桜の花びらと一緒に踊る、あなたは、こんなにも綺麗。
 漆黒の剣で、クレタが構築した光の壁を斬り刻んでいくJ。
 クレタが仕分けた、その仕切りを縫うようにして。
 斬り裂かれた順に、桜は……春は弾けて、在るべき場所へと還っていく。


「ん? どうしたの、クレタ」
 春の歪みを還し終えて、仲間との集合場所へと戻る最中のこと。
 前方でしゃがみこみ、動かないクレタ。
 首を傾げながら歩み寄れば、クレタはニコリと微笑んで顔を上げた。
 その手には、鮮やかな桃が一枚。
 還りそこねたんじゃなくて……これはきっと、おみやげ。
 この花びら、持って帰っても大丈夫かな。部屋に置いておきたいんだ。
 桃色の記念日。その証として、残しておきたいんだ。
 あなたと一緒に過ごした、春の記憶、そのひとつにしたい。
 キュッと花びらを握り締めて微笑んだクレタ。
 Jは、そんなクレタの頭を撫でて言う。
「そういうことなら、半分、俺に頂戴?」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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