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<東京怪談・PCゲームノベル>


縁の協心 - 透き通る水のごとく -



 腕時計を覗くとそろそろ予定時刻。
 遠く視線を飛ばした時、定刻どおりにバスの姿が現れる。エンジン音を唸らせ停留所に止まって扉が開く。
 未織は後ろから三番目の右側に腰を下ろす。
 ふらっと偶然乗り込んだバスの行き先は決めていない。行けるところまで行ってみたかった。
「未織」
「ひゃっ!」
 いるはずのない声にかけられて全身が驚いてしまう。まさか、と思いつつ左の後方へと振り返る。
 そこには現在、未織の心を独占している少年の姿。心がきゅっと締め付けられてドキドキし始める。
「ゆっ、祐君!」
「元気にしてたか? しばらく会えなかったもんな」
 頷くのが精一杯だった。
 祐は変わっていなかった、ほっと安堵する。
「どうした?」
 いつもとは違う未織を不思議そうに覗き込む。
「う、ううん。祐君が乗ってるなんて思わなくて。ビックリして心臓が止まっちゃうかと思いました」
 僅かに頬を赤らめる。
「驚かせてごめんな」
 ふるふると頭を左右に振る未織。ドクドクと血流が全身をめぐる。
「あの、あの……」
 次の言葉を出せない。からからに喉が渇いて緊張しているせいだ。祐は「なんだ?」と返してくる。
 以前、春が来たと友人にばれたことから、祐のことを根掘り葉掘り聞かれた未織。話し終わった後、その友人は祐が基本的に鈍感だと見抜く。未織を応援したい友人は言った。

『積極的に行動すべし!』
『印象的に映るよう頑張らなきゃ』

 などと未織の背中を押してくれた。
「あの……隣、座ってもいいですか? このままじゃ話づらいですし」
「ああ」
 銀の瞳が見つめ返す。
 その視線にいたたまれず、ガチガチになって移動する。
(うわぁっ、ますます緊張しちゃう)
 ぎゅっとスカートを握った。
「未織はどこかに行くのか?」
「え?」
「オレは待ち合わせてるんだ」
「そうなんですか。ミオは、遠くに行きたいなって思ってバスに乗ったんです」
 二人は景色が流れる前方をなんとなく見つめていた。
「遠いところ?」
 未織の横顔に首をめぐらす。
 何かあったのかもしれない。だから未織の気持ちがどこかで沈んでいるように見えたのだ。
「時々、誰もミオのことを知らない遠くに行ってみたいって思うんですよね。祐君もそんな時ありません?」
 二人は視線を交えた。
「そうだな……」
 窓枠にひじをかけて、手を顎に添える。重心を傾けた。
「無性に行きたいと思うことはある。置かれた現状から逃げたいとかじゃなくて気分を一新するためかな」
「ミオもそうなんです。何かと向き合うために力をためる、というか」
「そう言いながら蒸発すんなよ」
 意地悪そうに微笑む。
「しませんよ! 帰ってきたい場所ですから」
 二人で笑いあう。
 未織はこうして語り合えることが至福の時だ。

「さっき、待ち合わせてると言ってましたけど、誰とお会いするんですか?」
 遠慮がちに気にしていたことを聞く。
(……直球すぎたかな。女の子だったらって思うと、なんか)
「未織も知ってる。天理だ」
 その言葉に力が抜けた。
「封禅さん? 封禅さんとお会いするんですか?」
「ああ」
 封禅天理。それはいつの日か出会った祐の友人。太陽のように温かく、優しそうな人だった。
「……ミオも一緒に行っちゃダメですか? 封禅さんにお聞きしたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
 こくんと頷く。
 気になりつつもそれ以上、祐は追求しなかった。

   *

 車が行き交う橋の下が待ち合わせ場所だった。祐がいつもいるあの河川敷とは違う川。すでに天理が待っていた。
「天理、早いな」
 くすっと笑って。
「そうでもないよ。さっき来たばかりだから」
 祐の後ろで控えめに下がっている未織を一瞥して。
「今日は別の女の子か。モテるね」
「ば、ばか。そんなんじゃない」
(別の女の子?)
 なぜだか胸がざわついた。
 否定する祐を置いて天理は一歩進む。
「またお会いしましたね。確か未織さん……でしたよね?」
「はい」
「なんか天理に聞きたいことがあると言ってたぞ」
「何でしょう?」
 にこっと微笑む。
 未織は祐と一瞬目を合わせて、天理とぶつかる。
「あの、二人でお話できませんか?」
 少年たちは互いに顔を合わせた後、天理は頷く。祐は二人と距離を空けた。

「この前、言っていた噂のことを聞きたいんです」
「噂?」
 しばらく記憶をめぐらせて「あぁ!」と思い出す。
「ミオの噂って何でしょう? 変な噂じゃないと良いんですけど、ちょっと不安です」
 少し俯いて懸念する表情。
「変な噂ではありませんよ。安心して下さい」
「そう、なんですか?」
「ええ。ただ、可愛い女の子と知り合いになったとか、クッキーがお上手だとか、そういうことです」
「え? 上手?」
 未織は首を傾げる。
「まだ食べたことはないけど美味しそうだ、と自分のことのように自慢してました」
 ふふっと笑う。
 未織は顔中が真っ赤になった。友人から褒めてもらうのとは違う。祐からだと強烈に体がしびれる。
「あと、複雑な環境の中にいて思いつめることもあるけど、未織はきっと乗り越えられる、とも」
 はっとする。
「もちろん未織さんの詳細は聞いてません」
 祐が言うと本当にそうなるような気がしてくる。祐自身も大変なのに心配してくれていたのだ。
 じわっと涙腺が緩む。だが天理の前ということもあって無理やり押し込めた。
「未織さん、……諦めないで下さいね」
 何のことだろう、と瞳を瞬く。
 未織の耳元に口を近づけ、声をひそめる。
「祐は鈍感ですから。告白するのも一つの手ですよ」
「!!」
 びくっと体が反応した。
 気づかれていた。そんなに分かりやすい態度をしているのだろうか、としどろもどろになる。
 天理の目にそんな未織が微笑ましく映り、思わず笑みを広げた。祐を好いてくれる、それが一番嬉しかった。
「なんだか封禅さんって、ミオの亡くなった一番の上のお兄ちゃんにちょっと似てます。もちろん、封禅さんほど美形じゃなかったんですけど、何となく雰囲気が」
「そうですか、そう言って頂けて光栄です」
 優しく包むように微笑む。
 亡き兄を思い出して未織はまた涙が出そうになった。

 それから天理は祐と大事な話を終え、帰っていく。
 また鼓動の音が大きくなる。天理がいたから少しはおさまっていたものが目を覚ます。このまま、祐と別れるのも淋しい。いや少しでも離れていたくなかった。

『積極的に行動すべし!』

 友人の声が脳裏に蘇る。
 きゅっと手を握った。勇気を振り絞って。
「祐君、もし良ければ喫茶店に行きません?」
「喫茶店?」
「ミオ、ケーキと紅茶の美味しい喫茶店知ってるんです」
 琥珀の髪が風にそよぐ。
「未織は本当にケーキが好きなんだな」
「ほとんどの女の子はそうだと思いますよ。でもミオはパティシエになりたいから一つの勉強でもあるのかも」
「へ〜、努力家なのか。すごいよ」
 急に褒め言葉を貰い、また頬を紅潮してしまう。

 こうして、未織お勧めの喫茶店へと足を運んだ。
 奥の窓際を選び、向かい合って腰を下ろす。
 ささやかにピアノのBGMが店内を満たして。テーブルは半分のお客で埋まっていた。美味しそうなクリームの匂いが鼻腔をくすぐる。
 未織は自分の鼓動が聞こえてしまわないかと祐を覗き見る。当の本人はゆったりと座り、窓の外を眺めていた。
 初めて会った時の警戒心は薄れている。もうないに等しい。今こうして二人で同じテーブルについていることが当時では考えられなかった。
「どうした? 急に黙って」
「ううん、何でもないです」
 その時、注文していたケーキと紅茶が運ばれてくる。
「では、ごゆっくり」
 ウェイトレスが静かに下がった。
 目の前にはボリュームのある二切れのケーキ。未織は苺ケーキを、祐はレアチーズケーキを頼んだ。これで安めの金額、しかも甘さ控えめなのだから客が放っておくはずもない。

 お互いの近況や友人のことなどで話が弾みながら時間が過ぎていく。
(喫茶店でお茶とか、ちょっとデートぽいな)
 とても心が躍った。
 祐を見ると、カップに残った最後の一滴を飲み干すところだった。
 そんな時、周囲の内緒話が耳に入る。

「ねぇねぇ、あの二人、どんな関係なのかな?」
「さぁね。でも男の子がケーキを食べてる姿見るの久し振りだよ」
 明らかに未織と祐のことを言っていると予想できた。今、店内に男の子は一人しかいない。思わず、頬が赤くなる。
「私は兄妹だと思うんだけどな〜」
「なんで?」
「だって、あの女の子、小学生ぐらいに見えるじゃん」
 未織は固まった。身長が百四十二センチと低く童顔なため小学生に間違われることが多い。でも祐と一緒にいる今、そう勘違いされることはひどく嫌だ。つけられた傷が一気に体の熱を奪っていく。
「私は違うと思う」
 その一言にピクッとまつげが震える。
「あの女の子、恋してる顔だし、カップルじゃないかな」
「え〜本当に?」
「なんていうかな、大人の顔してる。きっと小学生じゃないよ」
「ませてる小学生もいるよ?」
「それでも」
 そうして話が別の方向へ逸れていった。
 未織を小学生ではないと断言した女の子は人を見る目があるらしく、相手は渋々納得したようだ。
 はっきり断定されるのも恥ずかしくて、祐の見えないところで手をもぞもぞと動かす。

 店を出て数歩歩くと、祐が急に立ち止まる。
「気にすんな」
「え?」
「未織は小学生じゃない」
 祐も気づいていたのだ。
 さりげなく少年はフォローする。これまで何度もそういうことはあった。近寄りがたい雰囲気をまとっていても、中身は全然違う。そして、未織は惹かれていくばかり。想いが加速することはあっても、冷めることはない。どこまで未織の心を惹きつけていくのだろう、と怖くなったが、もう止めることはできない。


 いつか、この想いを打ち明けたい。でもそれに比例して、恐れがある。
 こんなにも溢れているのに。
 もし……打ち明けたら、祐君はどんな反応をするかな?



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
 NPC // 封禅・天理 / 男 / 17 / 付属高校二年、一族次期当主

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■             ライター通信               ■
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式野未織様、いつも発注ありがとうございます。

お客の内緒話は始め、別ver.だったのですが変更しました。
片思いの時の感情などをリアルに感じて頂ければ嬉しいです。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝