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<東京怪談・PCゲームノベル>


おもてなしのココロ

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 とりあえずは、難しく考えなくて良いですよ。
 思うがまま、あなたなりの【おもてなし】を披露して下さい。
 念の為、もう一度だけ説明しておきましょうか。
 今から一人ずつ、もてなしを実施してもらいます。
 あなたがたがもてなすのは、私です。
 私が、扉を開けて入ってきますので、
 一人ずつ順番に、おもてなしを披露して下さい。
 ここは実際に使用されている応接室です。
 辺りを見回して御覧なさい。
 もてなす環境は整っていますよ。
 出席番号順に並びましたか?
 ……うん、良いみたいですね。
「それでは、始めましょうか」

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 事前準備として与えられた時間は10分。
 今から10分後、扉を開けてワンが入室してくる。
 千早は、とりあえず鏡で自身の身だしなみをチェックした。
 着衣に乱れはないか、爪は短く綺麗に切り揃えられているか。
 何よりも先ず目がいくであろう、自分自身を整える。
 自身のチェックが終わったら、次は部屋のチェック。
 ワンの身長を考え、自然と目がいくであろう場所に、花を持ってくる。
 見てくれといわんばかりに置くわけじゃない。
 あくまでも、スッと自然に視界に入るよう、さりげなく置く。
 テーブルやソファに汚れがないかもチェックし、室温も確かめる。
 春先の寒さと温かさ、その調和が取れる温度へ。
 テキパキと事前準備をすすめていく千早。
 手馴れているというか、隙がないというか。
 千早の動きに、部屋の隅で待機しているクラスメートは感心した。
 中にはメモをとっている奴もいる。それは一種のカンニングではなかろうか。
 準備を終えた千早は、今一度部屋を見回してウンと頷くと、扉の前へと移動。
 ドアノブが、ゆっくりと回る、その瞬間にペコリと一礼。
 入室したワンの目に、一番先に映ったのは、深々と頭を下げる千早の姿だった。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
 滑らかに頭を上げ、微笑んでお迎え。
 ワンも微笑み返し、ペコリと一礼を返す。
「やぁ、こんにちは。お招き頂き、有難う御座います」
「どうぞ、お入り下さい」
 微笑みを絶やさず、右手で室内を示すようにして誘う千早。
 ソファの前でピタリと一時停止し、振り返ってワンに告げる。
「こちらのお席へどうぞ」
 そう言いながら千早が勧めた席は、立派なソファの一番端。
 バランスというか、居心地が良いとは決して言えぬであろう、その場所。
 ワンは目を伏せ淡く微笑み、着席しながら尋ねた。
「どうして、この席を?」
「窓の外を御覧下さい」
「……あぁ、なるほど。美しいですね」
 窓の外、映る景色は、とても美しい。中庭にある大きな桜の木。
 校内を漂う魔力が関与しているのか、既に桃色に彩られている。
 ワンが座った席から見ると、その美しさに拍車がかかる。
 窓から視線を離しても、視界の隅でチラつく桃色。
 それは決して嫌味でなく、非常に心地良いもの。
 桜にさえも歓迎されている、そう思わせる。
 ニコリと微笑み、千早は確認した。
「紅茶と珈琲。どちらがお好みでしょうか」
「そうですね。では、紅茶を」
「かしこまりました」
 伏せ目がちに頷き、送る合図。
 千早から合図を受け取ったナナセが、紅茶とお菓子を運んでくる。
 クラスメートのチカラを借りて協力してもらうことは禁じられていない。
 千早は、事前にナナセに御願いしておいた。
 こうすれば自分が席を外すことなく、相手をもてなすことが出来る。
 人選も功を奏したようだ。
 ナナセの上品で控えめな所作が、場の良い雰囲気を一層高める。
 事前に用意してナナセに渡しておいた紅茶は、アールグレイ。
 ワンが一番好きな紅茶。授業中に、ちらりと匂わせた好みを、しっかりと記憶していた。
 お菓子は数種類用意。どれも一口サイズで、気軽に摘めるもの。
 とはいえ実際に "摘む" ことはなく。どれもフォークを用いて食べるもの。
 手が汚れることを嫌うワンの性格を配慮している。
 熱過ぎず、だからといって温くもなく、舌に優しい温度の紅茶。
 おいしいお菓子を適度に口へ運びながらの会話。
 自分のことは極力話さない。質問が飛んできたら返す程度に留める。
 主役はお客様。今回でいうなれば、ワンだ。
 千早は、授業中や昼休み、放課後、
 目耳にしてきたワンの趣味趣向を念頭に話題を振る。
 反応を窺いながら、謙虚に上品に、ワンが気持ち良くなれる話題を。
 次から次へと話題を変えるのは宜しくない。
 ひとつの話題が落ち着いてから、次の話題へ。
 そうして優雅なひとときを過ごし終えたら、先に席を立って扉の前へ。
 いきなりガバッと全開にするのではなく、チャッと僅かに開ける程度。
 帰ってしまうことを寂しく、名残惜しく思いながら。
 そして、ワンの動きに合わせて、ゆっくりと扉を開けていく。
 扉の外まで見送り、一礼。
「また、お越し下さい。本日は、有難う御座いました」
「いいえ、こちらこそ。素敵な時間を過ごせました。では、また」
 ペコリと頭を下げて立ち去っていくワン。
 階段を降りていく、その姿が見えなくなるまで見送る。
 完全に姿を確認できなくなったら一息ついて、扉を開けて室内へ戻る。


 待機していたクラスメートの最後尾に回って、チョコンと着席した千早。
 間もなくして、ワンが戻って来た。拍手しながら。
「よくできました。素晴らしかったですよ。千早くん」
「ありがとうございます」
「随分と手馴れているようだ。あなたの育ちの良さが垣間見えました」
「そんなことないですよ」
 照れ臭そうに淡く微笑んだ千早。
 クラスメートも、見事なおもてなしに拍手喝采だ。
 協力したナナセも、あまりの出来の良さに驚きを隠せない様子。
「逆に私が緊張したわ……」
「ナナセさん、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。お疲れ様」
「あなたが出番の時には、協力させて下さい」
「いいの? 嬉しい。是非」
 仲良く話す千早とナナセ。その会話に次々とクラスメートが乱入してくる。
 自分のときも協力してくれと口々に御願いしだすクラスメート。
 千早が協力したからといって評価が上がるわけでもないのに。
 どうやら、礼儀作法・マナー学は、他の教科と違って採点が厳しいようだ。
 真面目で礼儀正しい生徒の多いBクラスでこれなのだから、
 AクラスやCクラスは……もっと賑やかな(寧ろカオスな)感じになるのだろう。
 千早のもてなしが終わったところで、ちょうど半分。
 良いタイミングだからと、休憩時間を設けたワン。
 ソファに座り、クラスメートに囲まれる千早を見やりながらワンは微笑んだ。
 厳しいからか、慣れないからか、どうにも私の授業は生徒に嫌われるようですが……。
 何も難しいことはないんです。こうして、相手を思いやれば自然と良い結果が残る。
 礼儀・作法だ何だと言いますが、実際のところは "気配り" を育む授業なんです。
 無邪気に天真爛漫に元気に毎日を過ごすのも素敵なことだと思いますが、
 その心の片隅にでも、思いやりの気持ちは持ち合わせていて欲しいです。
 魔物の討伐、その響きは乱暴で些か下品ですから。
 だからこそ、優しくあって欲しいんです。
 討伐が愉しいだなんて、間違っても思って欲しくないですね。
 まぁ……。時期がくれば、必然的に難しくなるとは思いますが。
 だからこそなんですよ。その時が来るまで、ありったけ優しくなれるように。
 無意味な授業だなんて思わないで下さいね。
 あなたたちの未来に関わることなんですから……。
 淡く微笑みながら、愉しそうな生徒を見やるワン。
 そこでふと、ワンは気付く。
 物欲しそうな、千早の眼差しに気付く。
 千早が見やっているのは、テーブルの上に残されたお菓子だ。
 さきほどは授業中だったこともあり、千早は口にしていない。
 ワンが口に運ぶ様を、千早は微笑みながら見やっていただけだ。
 用意したお菓子の中には、ガナッシュがある。
 実はこれ、千早が好みで選んだお菓子だ。
 チョコレートに目がない千早にとっては、たまらない一品。
 千早の好きなもの、もちろん、ワンは知っている。理解っている。
 ワンはクスクス笑いながら千早を手招きした。
「休憩時間ですからね。どうぞ、お食べなさい」
「あっ、はい」
 今だかつてないスピードで即答し、
 自分を囲むクラスメートを掻き分けてテーブルへと急ぐ千早。
 目をキラキラと輝かせながらガナッシュを口に運ぶ様は、上品とは言い難いものだったけれど。
 ごく普通の、11歳の男の子。そのありのままの素顔を見ているようで、ワンは微笑んだ。
 育ちの良さが垣間見えたと言いましたが、同時に不安も覚えたんです。
 もしや、強要されてきたのではないかと。上品であることを、謙虚であることを。
 目を輝かせてお菓子を口に運ぶ、今のあなたは、とても可愛いです。
 下品だなんて思いません。ただ、可愛いと思いますよ。
 少し、切なくもありますが……。余計なお世話、でしょうかね。
 夢中でお菓子を口に運ぶ千早。途中でハッと我に返った千早は、
 慌てて姿勢を正し、礼儀正しく、さきほどのワンのように上品にお菓子を口に運んだ。
 その姿に、ワンは、またクスクス笑う。
「構いませんよ。そのまま、御好きなように召し上がれ」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7888 / 桂・千早 / 11歳 / 何でも屋
 NPC / ナナセ / 17歳 / HAL:生徒
 NPC / ワン / 25歳 / HAL:教師

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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