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<東京怪談ノベル(シングル)>


花、墜つ。 (3)
 ずきんずきんと、痛む頭を押さえ、高科瑞穂は悶絶しているとしか言いようのない醜態を晒していた。
 はーっ、はーっ、と息を細く、長く吐くので精一杯だった。
 頭を押さえてはいるものの、身体は痛みからくる痙攣がひどい。もはや手を添えているだけの格好になっていた。


 ある屋敷の、ごくごく狭い部屋の中。
 そこでは、凄惨な肉弾戦が行われていた。
 いや、もはや肉弾戦などと呼んで良いものかも分からない。瑞穂が対峙した男は、圧倒的な強さを誇っていた。何も武器がないのに、だ。
 打撲の跡ばかりの身体、顔も赤く腫れており、普段ならば凛々しい瑞穂も、ただの敗北者だった。
 未だ瑞穂の顔を、眼前の男は掴んでいた。IO2のエージェントである、鬼鮫。がっしりとした体つきの、中年の男。
 しかし彼が普通の人間と違うのは、トロールの遺伝子を取りこんだジーンキャリアであるということ。
 傷を瞬時に再生し、人とは思えぬ腕力で敵をなぎ倒す。魔物の遺伝子を取りこむことは、思いもよらぬ副作用もあるが、それを受け、超えて手に入れた力は、とても「ただの人間」である、瑞穂には敵わなかった。
 圧倒的な戦力差に、瑞穂は敗れたのだった。
 なんとか―――なんとかこの状況を打破できないだろうか。そう思いつつも、身体が思うように動かない。
「他愛もない」
 鬼鮫の声が、どこか遠い世界から聞こえてくるような錯覚に陥る。
 両頬を掴んでいた手が離されたと思いきや、崩れ落ちることすら許さないとばかりに、両頬に拳がめり込んだ。
「い…あああ…っ」
 悲鳴を挙げるのも辛い。両側から殴られては、美しい表情も台無しとしかいいようがない。
 気づけば、潜入の為に着用したメイド服はボロボロになり、ヘッドドレスは取れてしまったのか、床に落ちていた。
 なのに、鬼鮫は衣服を少しも乱してはいない。コートの下のネクタイは緩むこともなく、シャツもしっかりと着込んでいた。
 まるで、赤子の手を捻る気分で、瑞穂を打ち負かしたに違いない。
 床に倒れ伏した瑞穂は、か細く呼吸を繋いだ。
 圧倒的すぎる。
 鬼鮫は、容赦がなかった。ボロボロの体で倒れている瑞穂の腹に、また一撃蹴りを入れる。重いそれに、思わず血を吐いた。グローブを嵌めた指先や、破れたニーソックスを穿いた足が、痙攣でびくりびくりと震える。
「…どんな気分だ?」
 声に見上げると、暗い目が瑞穂を見下ろしていた。
 もう一発、鳩尾に蹴りが入る。
「どんな気分なんだ?」
 答える代わりに、瑞穂は唾を吐いてみせた。髪が少し揺れ、そのでも目だけが一瞬、鋭く光る。
「ふん」
 鬼鮫が吐いた息の、真意を測る前に、彼のブーツが瑞穂を蹴り転がした。壁際に追い詰められ、仰向けになってはいたが、頭がぐらぐらして心なしか視界も悪い。
 無造作に、メイド服の端をつま先が捲りあげる。スカートはこの場にそぐわぬ華麗でふわりとした動きを見せ、また元の位置に収まった。
 そしてスカートの上から、太腿を踏み、ぐりぐりと踏みにじった。硬いブーツの裏が、スカート越しでも痛い。ニーソックスは殆ど破けてしまい、美しい足を曝け出していたが、隠す余裕などあるはずもない。
 内腿を蹴られ、関節が痛む。自然と足を開くような形になり、瑞穂は羞恥で消えてしまいたくなった。
「……まえ、は」
「ん?」
 激痛で途切れる言葉に、鬼鮫が聞き返した。
 少し蒼い顔。唇が、ゆっくり開いて、言葉を紡ぐ。
「おまえ、は…、なにが、したい…の…」
 あるいは、この状況だからこその、純粋な疑問かも知れない。鬼鮫がふっと、笑って見せる。
 そして鳩尾に踵を落とした。
「っぐああ!」
「なにがしたい、か」
 そう問われたことは、鬼鮫にとって何度かはあった。だが真面目に答える義務などどこにもなく、今までは―――大した返答などしていない。
 単純に気分が良かったからなのか。鬼鮫は答えを口にしていた。
 ゆっくりと、自分に言い聞かせるようなゆっくりさで。
「簡単な話だな。気持ち良いからだ」
 はじまりが何だとしても。
「ただの人間など興味はない。ただの軍人にも、だ」
 きっかけなんてどうでも良かった。今となっては。
 超常能力者を叩きねじ伏せ、屈伏させ、この手で命を奪うことが、鬼鮫にとって一番の快楽になっていたのだから。
 それがどれだけ、周囲から問題視されようと、それがすべてになっているのだから。
 実際、鬼鮫は強かった。剣の腕は我流だが、誰を相手にしてもひけを取らないだろう。対等の勝負ができる者が存在するならば、それはそれで面白そうでもあるが。
 その強さのために、問題視されようと、この力はどこかで必要とされてきたし、これからもそうだろう。そして、超常能力者といくらでも戦う機会は出てくる。
 今、こうしているように。
 話はそれだけだと示すように、腿を何度も蹴った。足の付け根や脇腹を踏みにじられ、靴底が胸元めがけて振り降ろされる。
「ぐっ、がはっ!」
 膝を折り、足を開いたまま、瑞穂は息が出来ずに床を掻き毟った。
 もう何度目になるだろう。激しく痙攣を繰り返し、胸を上下させながら、瑞穂はただ呼吸になっていない呼吸を、繰り返した。