コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 Shame!

-----------------------------------------------------------------------------------------

(……あ)
 しまった、と思った時には手遅れ。
 階段で足を踏み外して、落下。
 ドサァッ―
 さほどの高さじゃなかったのが救い。
 加えて、階下にいたJが受け止めてくれたのも救い。
「……いたた。ごめん、大丈夫?」
 身体を起こし、打ち付けた肘を摩りながら確認する安否。
 返ってくる言葉は、容易に予測できた。
 何やってるのとか、しょうがないなぁとか。
 そう言って、呆れながら笑うだろう。そう思っていた。のに。
「だ、大丈夫。キミこそ、大丈夫だった?」
「……え?」
「な、何かゴメンね。思わず受け止めちゃったけど」
「……え?」
「へ、変なところ触ったりしなかったかな。大丈夫?」
「…………」
 絶句と言うに相応しい。何だろう、これは。
 笑うどころか、物凄い勢いで照れているではないか。
 恥ずかしそうに俯いて、目を泳がせて照れているではないか。
 別人。こんなの、Jじゃないでしょう。
 一体、何があったんだろう。これは、何事?

-----------------------------------------------------------------------------------------

 変なところって……打ったの、Jの方なんじゃないのかな……。
 僕は大丈夫。受け止めてくれたから、どこも痛んでないよ。
 かなり勢い良く落ちたからね……やっぱり、どこか打ったのかな、J。
 まぁ、Jに触れられて困るようなところなんてないんだけど……。
 オロオロしている様子のJをジッと見やるクレタ。
 まるっきり別人だ。いつもの意地悪なJは、どこへやら。
 普段からは想像できない姿なだけに、新鮮。
 きっと、一時的に記憶を失ったとか、そんな感じ。
 何だか、前にもこんなことがあったような気がするけど……気のせいかな?
 何だろうな、この気持ち……。慌てるべきなんだろうけど。
 不思議と落ち着いてるんだ、僕。 寧ろ、楽しくなってきちゃったっていうか。
 ちょっとだけ、からかってみようかな……?
「……肘。打ったみたい」
 俯き、痛むフリをしながら言ってみせたクレタ。
 するとJは、慌ててクレタが痛いと訴える肘に触れた。
 触れたのだけれど。すぐさま、パッと手を離してしまう。
 恥ずかしいのか。クレタよりも俯いて目を泳がせている。
(…………)
 Jの反応にクレタはクスクス笑った。
 可愛いなぁ……。本当、新鮮な感じ……。
 こんなの照れるまでもないのに。
 いつも、グイグイ腕を引っ張って、あちこち連れてってくれるのに。
 恥ずかしいんだね。触れることが恥ずかしくて、たまらないんだね。
 何だか脱力しちゃうけど……嬉しくもあるような。そんな気持ち。
 意地っ張りなJ。その殻が割れたみたいな気がして。
 別人だけど別人じゃない、いつもは隠してるだけで……。
 こういうところも、Jの素な一部分なんじゃないかって思う。
 可愛いけど……。うん、やっぱり、物足りないかも。
 いつもみたくワガママ言ってくれないと張り合いがないよ。
 翻弄されていたいんだ。僕は、あなたに。いつも翻弄されていたい。
 元に戻らないってことはないと思うけど……気分転換に、散歩でも行こうか。
 ニコリと微笑み、Jの手をキュッと掴んだクレタ。
 Jは目を見開いて、津波に踊らされるがごとく目を泳がせている。
 手、ちゃんと繋いでね。このまま、離さないでね。
 恥ずかしがっても、離さないから。ずっと繋いでて。
 どこへ行こうか。……そうだなぁ、時の大樹まで行ってみようか。
 思い出の場所。僕達にとって、かけがえのない場所まで。
 ちょっと遠いけど、大丈夫だよ。手を繋いでお話しながら歩けば、あっという間に着くから。

 手を繋いで歩き、居住区を出て行くクレタとJ。
 いつもと違う、その光景。クレタが手を引き歩いている、その光景。
 恥ずかしそうに顔を赤く染めて、モジモジしながらついていくJ、その姿。
 風呂上りで自室へと戻る途中、その光景を目の当たりにしたヒヨリは呆然とした。
「……何だ、あれ」
 バスローブ一枚、片手にビール。廊下の真ん中で突っ立っているヒヨリ。
 資料室から出てきたナナセは、その姿を見つけるや否や駆け寄って背中を叩いた。
「ちょっと。そんな格好でウロウロしないでよ」
「あ? あぁ、いや。お前も見た?」
「何をよ」
「手ぇ繋いでどっか行った、クレタとJ」
「いつものことでしょ。何言ってるのよ」
「いや、違うんだって。違ったんだって」
「あぁ、もう。いいから、ほら早く部屋に戻って」
「ちょっと待て。俺、付いて行ってみるわ」
「止めなさい。どうしたのよ。邪魔するなんて、らしくないわね」
「いやいや、だから変だったんだって。いつもと違ったんだって」
「はいはい。理解ったわ。とりあえず戻って。着替えて。あと、食べ歩きしないで」

 *
 *

 ねぇ、J。知ってる?
 春の星座ってね、へそ曲がりなんだよ。
 この空間の空は漆黒で、夜空ってわけじゃないから星は見えないけれど。
 僕にとって、あなたは星のような存在なんだ。
 傍にいると明るく感じて。迷わせないっていうか。
 あなたが照らしてくれるから、僕は歩いて行けるんだよ。
 あなたがいなきゃ、どこへ行っていいか理解らなくなってしまう。
 だからね、いつまでも。いつまでも、僕の星で在り続けて欲しいと思う。
 たまにならね、たまになら良いよ。こうして、僕が道しるべになってあげる。
 でも……いつもいつも、こうして手を引くのは嫌だな。
 面倒だとかそういうことじゃなくて。向いてないんだ。
 導くよりも導かれる存在でありたいと思ってる。
 甘え過ぎかな……。でも、僕をこんな風に育てたのは、あなたなんだよ。
 強くありたいとは思うけれど、あなたを超えたいとは思わない。
 あなたの中で。あくまでも、あなたの中で変化や成長を遂げたい。
 照れ屋さんなJも可愛いけれど……やっぱり、物足りないよ。
 ねぇ、笑って。いつもみたく、悪戯に笑んで名前を呼んで。
 どうしたいのって尋ねて。どうして欲しいのって訊いて。
 そうやって訊かれるのが幸せなんだ。
 理解ってるくせにって、ちょっと拗ねてみせるのが幸せなんだ。
 我侭かもしれないけれど。僕は、いつでも、そうありたいんだよ。
 甘えん坊でゴメンね。護られていたいだなんて、甘えん坊でゴメンね。
 淡く微笑む。時の大樹の下。
 クレタは、繋いでいた手をそっと離してJを見やった。
 頭ひとつぶん違う、愛しい人を見やる時は、いつも見上げる姿勢。
 同じ視線で御話出来るのは、ベッドの上だけ。
 容易に手が届くのは、ベッドの上だけ。
 クレタはクスクス笑いながら少しだけ背伸びして、Jの髪に触れた。
 そのまま指を伝わせて、耳を、頬を、首を辿る。
 どうすれば良いのか理解らず、戸惑うばかりのJ。
 いつもの僕の姿だ。それは、僕の真似?
 クレタは幸せそうに微笑み、ギュッとJに抱きついた。
 そして顔を上げて、背伸びしたまま、ぎこちない口付けを。
 いつか交わした、彷彿の口付け。よく似た甘さ。
 しがみつくように抱きつくクレタの背中に腕を回し、Jは耳元で囁いた。
「……たまには、こういうのも良いね」
 Jが発した言葉。いつもどおりの声。ちょっと低めのトーン。
 クレタは、何度も頷きながらJの胸元に頭を摺り寄せた。

 うん。やっぱり、こういうのが良い。
 いつでも、こう在りたい。ペットと飼い主みたいな……甘い関係で在りたいよ。
 時々ならね。時々なら良いよ。悪戯に、ご主人様を翻弄してみるのも、ね……。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------