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<東京怪談ノベル(シングル)>


【猿神村】猿神神社へ



「ねえ、ミネルバ。あの女の子、一体何者なのかしらね」
 車の運転をするミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)に、助手席に座っている碇・麗香(いかり・れいか)が疑問を投げかけた。
「わからない。でもこの村に起こっている異変の事を知っている。この村にいた子の幽霊か、もしくは守り神か」
 ミネルバはそう答えながらも、慎重に自動車を走らせた。
 隠れていたミネルバ達の前に現れ、村人を助けて欲しいと、そう言って消えた紅い着物を着た少女。彼女はミネルバ達の思考に村の地図を送り込んだ。何とも不思議な感覚だが、おかげでミネルバ達は、村の構造を理解し、その裏道を抜けて目的地である猿神神社を目指すことが出来るのである。
「この村の守り神って言えば、猿神様でしょ?ほら、入り口付近で見かけた」
 麗香が後部座席に座っている、他に捕らえられていた3人の女性達を気遣いながら話を続けた。その3人にあの少女の存在は見えていないらしい。だが、彼女達は戦闘技術もなくこのような事態に不慣れである為、完全にミネルバ達にくっついて判断も自分達に任せると、3人口を揃えて言ったのだった。
 ミネルバ達を含め、一度は幽閉されたが皆無事であるが、3人の女性は少々疲労している様子であった。今は黙ったまま、後部座席に座り車の振動にぼんやりと揺られている。
「その猿神様の化身じゃない?」
 麗香が推測を立てていた。確かに、猿神とやらが村の守り神であるのなら、その化身がミネルバ達の前に現れてもおかしくはないかもしれない。
 気なるのは、ミネルバが露天風呂で感じたあの邪悪な、かつ、欲望に満ちた気配だ。明らかにあの少女とは違う何かが、この村に潜んでいる気がしてならないのだ。その正体が何なのであるかは、ミネルバにもわからない事であるが。
「そうだといいんだけどね」
 ため息混じりに、ミネルバは答えた。
「猿神がこの村の守り神である事には違いないと思うけど。あら」
 ミネルバの視界の先に、木々に囲まれた石で作られた鳥居が見えてきた。夜明けの時刻になろうとしていたが、まだまわりは暗かった。夜でも参詣出来る様にしてある為か、鳥居に脇には小さな照明がつけられており、そのおかげでそこが猿神神社である事が判断出来た。
「ついたわ」
 ミネルバはあまり神社に近づき過ぎない様にして、大きな木が立ち並んでいる場所を探し、村人たちに見つからないように、静かに脇に車を止めた。鳥居の奥に、木造立ての社が見えた。まわりを森林に囲まれている神社で、田舎の神社にしてはなかなか立派であった。
 目的地はここであるが、油断は出来ない。ここにも村人達が来ているかもしれない。
「麗香、一度偵察してくるわ。誰かいるかもしれないから」
「わかったわ。私はここで、少し」
 そう言って、麗香が女性達に目をやった。
「彼女達を休ませるわ。少しでも休ませなきゃ。普通の人には、きつい事が連続で起こっているんだもの」
「有難う麗香。じゃ、ちょっと行って来るわね」
 ミネルバはグルカナイフを手に取り、車の外へと出た。外は静まり返っていた。ミネルバはどこか異様な気配を感じた。それは明らかに人間の気配ではない。ミネルバは慎重に、物陰に隠れながら神社の近くへと歩み寄って行った。
 空の向こうが少し明るみ始めてた。夜明けがくれば、自分達が見つかるのも時間の問題だ。早くしなければ。ミネルバは少し焦っていた。



「ミネルバさんは、大丈夫なのですか?」
 車内でコーヒーを飲みながら、眼鏡の女性が麗香をじっと見つめる。
「大丈夫よ。あのミネルバって子は、戦闘経験はあるからね。私よりもずっと強いし、こういう状況にも慣れている」
「そうか。道理で落ち着いていると思ったよ。彼女と一緒で良かった。あたしら、きっと助かる」
 ショートカットの娘もコーヒーに口をつけた。
「ほら、あんたも飲みなよ」
 彼女は、スーツを着た娘にコーヒーを渡した。スーツの娘は、あまりの事にショック状態になったか、牢獄を出てから一言も言葉を発していない。無理も無いだろう。彼女を含め、霧の中で迷子になり、村人に誘拐され、ようやくここまで脱出してきたのだ。
 スーツの娘は無言でコーヒーを飲み干した。麗香が持ってきたコーヒーは、もうあとわずかしか残っていない。魔法瓶に入れておいた為、コーヒーを麗香の自宅で入れてからかなり時間がたっていたが、それでもコーヒーは温かく、疲れを癒してくれるかのようであった。
 車内の明かりは消している。つければ遠くからでも目立ってしまうからだ。
「早く自体を解決しないとね」
 麗香が笑顔を作りそう答えた時、ミネルバが戻って来た。
「この先に見張りがいるわ。やっぱり、先回りされていたようね」
「そう。それじゃ、やっぱり」
 麗香はミネルバと同じ事を考えていた様であった。
「でも、何だか見張りもちょっとだらけている感じ。まさか、全然関係ない方向であるここに、私達が来るなんて夢にも思ってないでしょうね。いくなら今しかないわね」
 ミネルバは一呼吸つき、自信のある表情で麗香や3人の女性を見つめた。
「排除しましょう」
「え、でも」
 泣きそうな顔をして、眼鏡の女性が声を上げた。
「大丈夫、貴方達は私達についてくればいいわ。でも、作戦は立てないとね」
 ミネルバは、物陰からの奇襲攻撃を提案した。暗がりに混じって行動し、背後から忍び寄って確実に敵をしとめていく。
 ただ、少女の話では村人達は何者かに操られているそうだから、命までをしとめる事は出来ない。手加減も必要だ。ミネルバは、その作戦を皆に説明した。
「さ、いきましょう。そうだ、皆も攻撃出来る様、袋にそこらの石を詰めておいて」
 そう言って、ミネルバは、もともとは旅行の衣服をつめていた袋をトランクから取り出し、皆へ渡した。
 麗香以外の女性は少し動揺している様子であったが、今はミネルバに付いていくしかないと感じたのだろう。ミネルバ、麗香に続き、女性達は車を降りて神社へと向かって歩き出した。



「私が先行するから。いい、奇襲攻撃をするのよ。さっきも言ったけど、物陰から忍び寄り、相手を攻撃する。私が合図をするまでは、動いてはダメ」
「OK、頼りにしているわミネルバ」
 麗香が親指を立てた。彼女も、ミネルバの戦闘能力には一目置いている事が伝わってきた。彼女達は自分を頼りにしている。ここは、失敗は許されない。
 神社へ入るには、道は1つしかない。その道に村人数人がおり、見張りをしていた。いささかだれている感じがするのは、ここにはミネルバ達が来ないだろうと思い込み、油断しているのだろう。中には、そこいらの石に腰掛けて休んでいる者までいた。
「だれているわね。でも、私達には好都合」
 そう呟いた時、村人の1人がこちらへと近づいてきた。岩の陰に隠れているミネルバのすぐ横に立ち、あたりを見回して大あくびをし、やがて座り込んだ。いかにも、眠そうな顔であった。
「何だか緊張感ないけどね」
 ミネルバはその男の横に飛び出した。
「あっ!」
 さすがに男はミネルバに気づき、目を覚ましたようであったが、声を出される前にミネルバが頭をに一撃をかけ、男は地面に伸びてしまった。
「ミネルバさん凄い!」
 眼鏡の娘が驚きの声をあげた。
「静かに。まだ敵はいるからね」
 ミネルバは麗香達を誘導した。草むらに隠れながら、匍匐前進をするミネルバであったが、麗香達はその状況に慣れていないらしく、胴体とつけたまま、ずっと地面を這うのは辛そうであった。
「頑張って。辛いのは今だけよ」
 ミネルバは女性達に声をかけ励ます。皆、無事に帰る為には、今は全員の力を合わせて協力しあうしかない。
 視界の先に、別の男が立っていた。その男はタバコを吸っており、箒を握っている。おそらくは、武器として持っているのだろう。箒などはそれほど威力の高いものではないが、それでもあれで殴られればかなり痛い。ミネルバの予測する限り、自分達を捕らえても傷つけるつもりはないのだろう。致命傷を負えば、子供を産むことなど出来ないのだから。
 さて、どう動くか。ミネルバがそう考えた時、男がタバコをミネルバ達の方へと投げた。火がついたまま投げたのだ。いわゆるポイ捨て、をしたのだろう。それでここが火事になるかもしれない、ということは考えていないようであった。
「きゃっ!!」
 スーツの女性が、声を上げた。火のついたままのタバコが自分の目の前に落ち、驚いたのだろう。
「誰かいるのか!」
 見つかってしまった。男はあと数秒でこちらの姿を発見するだろう。ミネルバは立ち上がり、男に向かっていった。
「女がいたぞー!」
 男は声を上げ、箒をミネルバに向かって振りかざした。しかし所詮、男は戦闘の素人でミネルバは男の箒をかいくぐり、男の腹に膝で一撃を食らわし、さらに肘で男の頬を直撃した。その勢いで男は後ろへ飛び、地面に倒れた。
「皆、急いで!」
 ミネルバは女性達を引き連れ神社へと走った。見張りは他にもいる。ミネルバ達の方へすぐに集まってくるだろう。
 地面に倒れた男は、立ち上がって追跡しようとしていたが、麗香が気を利かせ、逃げる前に麗香や他の3人の女性で囲んで蹴り上げ攻撃を食らわし、すっかり男は動けなくなってしまった。
「皆、やるわね」
 ミネルバが女性達に親指を立て、グッドマークを見せた。
「あそこにいる!」
 目の前から2人の男が走ってくる。
「あいつらを切りぬければ、突破出来るわ」
 ミネルバが先程確認した限り、ここにいる男は4人だ。あの2人で最後のはずである。
「皆、石を投げて!」
 ミネルバの合図の元、麗香達が一斉に石を投げつけた。ミネルバが渡した袋に、ここへ来るまでにある程度の石を拾って詰めてもらっていた。麗香達4人の石の雨に、男達は驚き身を翻す。
「攻撃やめ!あとは私に!」
 逃げ腰になっている男に、後ろから強烈な蹴りを食らわし、1人はその勢いでそばの池へと落ちた。もう1人はミネルバが怖くなったのだろう、悲痛な声を上げて逃げ出してしまった。
「さ、このまま神社へ行くわよ!」
 ミネルバが皆に叫んだ。もう見張りはいないはずだ。道を走りぬけ鳥居を潜り、ミネルバ達は猿神神社へと辿り着いた。
 ミネルバが予想していたよりも、綺麗な神社であった。手入れが行き届いており、きちんと掃除をしている事が予測できた。それほど、村人はこの猿神に熱心な信仰をしているのだろう。
 しかし、今はそこから神聖な空気は感じられなかった。普通の神社のような清浄な感じはせず、淀んだ生暖かい空気がミネルバ達を包み込んでいた。何かが潜んでいる、そんな気がした。
 その時、ミネルバは再びあの視線を感じた。露天風呂で感じた、欲望に満ちたあの視線だ。何者かに見つめられているが、その視線の先を降り返っても、誰もいない。
「おや、ここで会うとは。やはり、おぬし達はこの村の嫁になる運命のようじゃの」
 神社の奥から、村長が現れた。刀を持っているところを見ると、手厚く歓迎、というわけではなさそうだった。
「猿神様にお伺いを立てにきたのじゃが、さすがは猿神様じゃ。おぬしらにこうして引き合わせてくれた」
 村長が口元に笑みを浮かべた。
「そのようね。だけど、私達は村の嫁なんかにはならないわよ」
 ミネルバは村長を睨みつけ、そして近づいていく。
「麗香、彼女達を頼むわね」
 村長が刀に手をかけた。が、一歩ミネルバの方が早く行動に出た。グルカナイフを手に取り、SASで取得したクロース・クォーターズ・コンバットを仕掛ける。中国武術等を基礎として生まれたその格闘術を用い、グルカナイフを一振りかざし、村長の刀のガードを弾き飛ばした。
 村長は驚きのあまりミネルバに反撃しようとするが、ミネルバのさらなる足への一撃を食らい、バランスを崩してその場に倒れた。操られているといえども、老人である。ミネルバは手加減をして攻撃をしたが、その考えが甘かったのか、村長は再度立ち上がり、ミネルバをじっと見つめた。
「はて、わしは何をしていたんじゃかったのう」
 村長が眉をひそめた。その瞳に、先ほどまであった、獲物を捕らえるようなギラギラとした光はなくなっていた。
「あの」
 ミネルバはそれでも警戒を解かずに、村長に話しかけた。
「何をしていたって、その」
「ん、おぬしらは確か」
「もしかして、元に戻ったのかしら?」
 村長の足元に刀は落ちているが、拾うともしないし、今は隙だらけであった。ミネルバは麗香達を呼ぶと、村長に再度言葉を投げかけた。
「私達を閉じ込めて、村の嫁にしようと。私達に村の男達との子供達を産ませようと、貴方はそう計画していたのよ」
「わしらがそんな事を?何かの間違いじゃろう。確かに、村に嫁が来てくれたらどんなに有難いかとは思っていたが」
 村長はミネルバの言葉を否定していた。演技などではなさそうであった。おそらくは、ミネルバの一撃で操られていた状態から正気に戻ったのだろう。
 ミネルバは今までの、自分と麗香がこの村に迷い込んでから、これまでの事を村長に話した。操られていたとはいえ、自分達の行動にショックを受けているようであった。
「まさかわしらがそんな事をしていたといのか」
「村長さんには罪はないかもしれないけどね。でも、おかげで私達はいい迷惑よ」
 追い討ちをかけるように、麗香が鋭く言った。
「すまぬ。まさか本当にこんなことになるのとは。わしは猿神様に」
「村長さん、どうしてこんなことになったのか、覚えているところだけでも教えてくれない?」
 顔を伏せている村長に、ミネルバが尋ねた。
「この村の女達が都会に出てしまったのは、本当の話じゃ。おかげで、この村から子供の声はすっかり消えてしまった。どこでも子供は宝じゃろう?いつか、この村を次いでくれる者がいなくなってしまうと、色々と悩んだのじゃ。この村はどうなってしまうのかと、それが悩みじゃった」
 あたりは静まり返っていた。空はかすかに明るくなってきている。
「この村の良さを外部の者にも伝えようと、観光に力を注いだが、こんな田舎には皆興味が無いらしく、村はどんどん廃れていったのじゃ。わしは村長としてどうにかせねばならないと、毎日ここへ来て猿神様に、この村を助けて下さいと願っていたのじゃ。じゃが、ある日」
 村長の声のトーンが下がった。表情は真剣なものへと変化していた。
「いつもの様に神社へ参拝にいこうとしたその時、猿神様が目の前に現れたのじゃ」
「猿神が?」
 今度は麗香が声を上げた。彼女は編集者としての習慣なのだろう。村長の話を全てメモに記していた。
「そして、わしに言ったのじゃ。この村を救ってやろう、と。それから先の記憶はあまり覚えていない。まるで、頭にもやがかかったかのようになってしまったのじゃ」
「まさか、そんな事が?」
 ミネルバが答えた。その話からすると、その猿神が村長達を操っていたに違いない。だが、どういうことなのか。猿神とやらの目的は何なのか。村人達を操り、その猿神が企んだ事とは。
 その時、生ぬるい風が吹いた。空気が急に、よどんだような感覚を覚えた。次の瞬間、ミネルバの目の前に黒い影が現れた。
「来たか‥‥俺の女共よ」
 身長は3メートルはあるだろうか。巨大な猿の化け物であった。こいつが猿神なのだろうか。露天風呂やこの神社へ来た時に感じたあの欲望に満ちた視線を、今、ミネルバは目の前にいる怪物から感じ取っていた。
「貴方が何なのか知らないけど、私達は貴方の女になんか、ならないわよ」
 ミネルバは静かに、その怪物へと答えた。(続)