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<東京怪談・PCゲームノベル>


右目の違和感

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 チリチリと焼けるような痛み……。
 寝不足なのかなと思ったけれど、違うみたいだ。
 痛みは、右目にしか感じない。
 自分の身体の一部なのに、この違和感は何だろう。
 覚える違和感に首を傾げながら、向かった場所。
 いつもどおり、コツコツと扉を叩く。右目を隠すように覆いながら。
「どうぞ。開いてるよ」

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 扉の前、立ち尽くしたままのクレタ。
 縋りつくがごとく、ここに来たのに。
 いつもどおりの声を耳にして、不安が募る。
 どうしてなんだろう。どうして、こんなに右目が痛いんだろう。
 のた打ち回るような、そういう激しい痛みじゃないんだ。
 でも、痛い。すごく痛い。胸を抉られるような痛み。
 目じゃなくて……心が痛いような気がする。
 原因不明の現象に覚える恐怖。
 自分の体に、一体何が起きているのか。
 とてつもなく恐ろしいことが内部で起こっているような気がして怖い。
 どうぞ、と言ったのに入ってこないクレタ。
 Jは首を傾げながら移動し、カチャリと扉を開けた。
 視界に飛び込むのは、涙目で見上げるクレタの姿。
「…………」
「あのね……。あのね、J……」
 自身の右目を手で覆いながら声を震わせるクレタ。
 Jは微笑み、クレタの手を引いて部屋へと招き入れた。
 その横顔が、妙に儚く思えて。クレタの不安は、一層募った。

 僕にとって、この右目は命と同じくらい……。
 ううん、それよりも大切なものなんだ。特別なものなんだ。
 あなたに貰った、あなたの一部だから。
 特別と呼ぶに相応しい、大切な宝物なんだよ。
 悔やんでいるかって? そんなこと、あるわけがないよ。
 あなたと、仲間と、一緒に暮らす、この世界の為に譲り受けたものなんだから。
 こんなにも大層なものを、僕なんかが貰って良いのかって不安になったことはあるけど。
 重いだとか、要らないだとか、そんなことを思ったことはないよ。
 なかなか慣れなくて違和感が残っていたけれど、今は全然。
 寧ろ、鏡越しに、この右目を見る度に幸せな気持ちになれる。
 海のように、澄んだ青。吸い込まれそうなほどに綺麗な青。
 鏡に映る、この目にそっと触れると満たされるんだ。
 いつしか、眠る前の習慣みたいになってる。
 おやすみって言うんだ。綺麗な青へ。あなたへ毎夜。
 ……不安なんだ。不安で堪らないんだ。
 ねぇ、僕の右目……どうなっちゃうのかな。
 痛くて痛くて、我慢出来なくなりそうになるんだ。
 こんなに痛いのなら、いっそのこと抉り取ってしまえばって、そんなことを考えてしまうくらい。
 大切なものだから、特別なものだから、そんなことしたくないんだよ。
 でもね、このまま痛みが続くようなら……思いに任せて、酷いことをしてしまうんじゃないかって。
 後悔以外の感情を抱かない、そんな行動を取ってしまうんじゃないかって。
「……どうすれば良いの」
 俯いたまま、小さな声で呟いたクレタ。
 ひとりごとのように呟き吐き出した不安と恐怖。
 それらを耳にしたJは、何も言わずに沈黙したまま。
 何の反応もないことが、余計に不安を募らせる。
 怒らせてしまったのかもしれない。怒るのも無理はない。
 貰った、譲り受けた、あなたの目を抉り取ってしまおうかだなんて……。
 沈黙の恐怖に、カタカタと小刻みに肩を揺らすクレタ。
 御願いだから。何か言って。何でもいいから。
 怒ってもいいから。何も言わずに沈黙するのだけは止めて。
 息が出来なくなる。呼吸の仕方を忘れてしまうから。
 ギュッと固く目を閉じて祈るように心の中で呟くクレタ。
 ずっと沈黙を続けていたJが、ようやく口を開く。
「クレタ」
 名前を呼んで、その小さな頭を胸元に押しやって。
 背中をポンポンと撫でながら、Jは小さな声で呟く。
「その右目。見えてる?」
「…………」
 Jの問いかけに、不安が一掃された。
 その代わりに胸を占めるのは、恐怖。恐怖だけ。
 ずっと隠してきた。右目の視力喪失。色を失った世界。
 あの日から、右目は機能していない。ただ、そこにあるだけで。
 気付いていたの? いつから気付いていたの?
 見えてないってこと、僕は必死に隠してきた。
 あなたが悲しむから、隠し通してきたつもりだった。
 でも、気付いていたんだ。あなたは、全部知っていたんだ。
 僕は何て残酷なことをしてきたんだろう。
 必死に隠す僕の姿に、あなたがどんな想いでいたか。
 ごめんね、ごめんね、J。
 あなたを悲しませぬようにと隠してきたけれど。
 あなたを悲しませていたんだ。結局、悲しませていただけなんだ。
「ごめんなさい……」
 ポロポロと涙を零しながらしがみ付き、何度も謝るクレタ。
 もしかして、あの日。視力を、色を、この目が喪失したことが関与しているのか。
 そうだとしたら、手遅れなのではなかろうか。
 もっと早くに伝えていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
 悔やんでも悔やんでも。もう遅いのかもしれないけれど。
「僕の目……見て」
 クレタは、ゆっくりと顔を上げてJを見やった。
 交わる視線に、思わず目を逸らしてしまいそうになるけれど堪えて。
 ここへ来る前、鏡で確認したときは、特に異常はなかったけれど。
 Jに見てもらえば、何か理解るかもしれない。
 原因が理解るとしたら、きっと、これしかない。
 目を逸らしてしまいそうになる、その衝動を堪えながら見上げるクレタ。
 Jは、クレタの右目尻に、そっと指をあてがった。

 知りたいかい?
 今、キミの右目がどんな状態にあるか。知りたいかい?
 ……ごめんね。キミがどんなに求めても、教えてあげることは出来ない。
 いいや、違う。教えてあげられないんじゃなくて、教えたくないんだ。
 キミは今、不安で怖くて堪らないんだろう。どうなってしまうんだろうって。
 でもね、俺はもっと不安なんだよ。キミの何倍も不安で堪らない。
 そんな……縋りつくような目で見ないでくれよ。
 縋りつきたいのは、俺のほうだ。
 どうしてなんだって、キミを強く抱いて問いたい。
「……?」
 不安そうな表情で見上げ、少し首を傾げたクレタ。
 その眼差しに、Jはいつもの淡い笑みを浮かべた。
「大丈夫。元に戻るよ。視力も、色も。痛みも、引いていくよ」
「本当……?」
「あぁ。嘘なんて言わない」
「良かった……。良かった……」
 ホッとした表情を浮かべて、安心から脱力してしまうクレタ。
 へにゃりと身体に凭れかかるクレタを抱きとめ、Jは目を伏せた。
「ごめん……。何か、チカラが抜けちゃって……」
「いいよ。このまま。もう少し、このままで」
「……え?」
「喋らないで。このまま」
「……うん」
 言われるがまま、おとなしく目を伏せたクレタ。
 小さな身体を抱きとめ、ギュッと抱きしめ、Jは眉間にシワを寄せた。

 知りたいかい?
 今、キミの右目がどんな状態にあるか。知りたいかい?
 ……ごめんね。キミがどんなに求めても、教えてあげることは出来ない。
 いいや、違う。教えてあげられないんじゃなくて、教えたくないんだ。
 言えるもんか。キミの目、その青が……退色しはじめているだなんて。
 言えるもんか。それは "煩わしい" という感情の表れなんだよ、だなんて。
 次第に強く、痛みを伴うほどに強く抱きしめるJ。
 クレタは、その痛みに心地良さを覚えながらも首を傾げた。
(……J?)
 この体温を信じて良いんだと、安心させてくれよ。
 嘘だと言ってくれ。夢なら醒めてくれ。今すぐに。
 御願いだから。嘘だと言って。

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 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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