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<東京怪談・PCゲームノベル>


イクシオネ

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「ごめんなさいね。でも、あなたの力が必要だから」
 申し訳なさそうに言ったナナセ。
 もう、何度聞いただろう。ごめんなさいって、その言葉。
 朝早くに部屋を訪ねてきたナナセ。
 イクシオネっていう名前の花を摘みに行きたいんだけど、
 自分ひとりじゃ摘むことが出来ないから付いてきてくれないかと御願いされた。
 思い返してみれば、部屋を訪ねてきた時から様子がおかしかった。
 思い詰めているかのような、悲しい瞳。
 そんなに何度も謝らないで。
 ねぇ、ナナセ。何かあったの?
 口にすることはなく、心の中で問い掛けた。

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 もういいよ、ナナセ。もう、謝らないで。
 そんなに悲しい顔で……何度も謝らないで。
 頼りにしてるんだ。ナナセのこと。今まで、何度も助けてもらった。
 そんなナナセの御願いを、僕が断るはずないじゃないか。
 どうしてなの。どうして、そんなに謝るの。
 今更だよ。水臭いよ。ナナセらしくないよ。
 いつだって、ちょっと勝気で……でも、頼りになる。
 そういうナナセが、僕は好きなのに。
 今日のナナセは、別人のように弱々しい。
 声も、表情も、何もかもが弱々しくて。
 今にも消えてしまいそう。不安になるよ。
 何なんだろう。この、何ともいえない不安な気持ち。
 思い詰めている、その理由を聞かせてくれたらなら理解りそうだけど。
 きっと……教えてはくれないね。何もないわ、って。そう返すだけだね。
 訊きたいけれど、訊かず。沈黙したまま、クレタとナナセは果てへと向かう。
 漆黒の闇、クロノクロイツの果て。黒い霧が立ち込める、不気味な場所。
 ランタンを持ってきたけれど、無意味だ。
 立ち込める黒い霧が、光という光を飲み込んでしまう。
 ただ唯一、クレタが指先に灯す光だけは別。
 人工的な光ではないからなのか、その辺りは不明。
 指先に白い光を灯し、それで先を照らしながら進むクレタ。
 後ろをついてくるナナセに、確認を取りながら。
「こっちで良いの……?」
「えぇ。このまま、真っ直ぐ」
「うん。わかった……」
 顔を見なくても理解る。小さく、震えて、篭った声。
 ナナセは俯いてる。俯いて……泣いてる。
 その涙の理由を知りたい。知りたいけれど……訊けずにいる。
 いいや、違う。訊けないんじゃなくて、訊かない。
 訊くべきではないと思うから。ナナセが話してくれるまで待つから。
 クレタは沈黙したまま、スッと後ろに腕を伸ばす。
 手探りで探す、ナナセの手。
 見つけた、その手をキュッと掴む。
 嫌だって言っても、離さない。
 このくらいは、させて。

 手を繋いだまま、会話することなく歩き続けて、どのくらいの時間が経過しただろう。
 延々と続く黒い霧の中を歩き続けて……やがて、黒い霧が晴れる。
 いや、晴れるというよりは、その場所だけが眩く光輝いていたというべきか。
 光の中心には、百合によく似た白い花が咲いていた。
 この花こそが、イクシオネ。
 ここに来た目的。ナナセが欲しているもの。
 手を繋いだまま、クレタは吸い寄せられるようにイクシオネに歩み寄る。
 温かな光。どこか懐かしいような……不思議な感覚。
 まるで、イクシオネが自らの光で黒い霧を払っているかのよう。
 光に包まれて、すやすやと寝息を立てているかのようにも見えた。
 ぼんやりとイクシオネを見つめるクレタ。
 ナナセは手を離し、イクシオネの傍にしゃがむ。
「見てて」
 そう言って、ナナセは、あらゆる方法を試した。
 引っ張ってみたり、持ってきたハサミで茎を切ろうとしたり。
 けれど、摘むことが出来ない。どんな手段を用いても、イクシオネはビクともしない。
 ナナセがクレタに同行を願った、その理由は、これだ。
「クレタくん、摘んでみて」
 立ち上がり、目を伏せて言ったナナセ。
 クレタは頷き、イクシオネの傍にしゃがんだ。
 スッと伸ばす腕、指先が触れた。その瞬間、イクシオネの茎が音もなく折れた。
 掌の上に、導かれるように手折れたイクシオネ。
「…………」
 どうしてなのか。何故なのか理解らないクレタは首を傾げた。
 そんなクレタの隣にしゃがみ、ナナセは語り始める。

 イクシオネという花は、この区域にしか咲かない花。
 条件を満たした時にだけ、ここに一輪だけ咲くの。
 ねぇ、その花。名前を、何度も復唱してみて。
 イクシオネ。イクシオネ。イクシオネ。
 気付いた? そう、名前が混じってるの。
 クレタくんも私も、よく知っている人物の名前。
 イクシオネって名前をつけたのはね、ヒヨリなの。
 もっと言えば、この花を欲しているのは私じゃなくて、彼。
 何の為に必要なのかって? それは、言えないの。
 ううん、違うわ。言えないんじゃなくて、言いたくないの。
 口にしてしまえば、抑えられなくなりそうだから。
 自分の気持ちを、日増しに募る、この気持ちを。

 呟くように語ったナナセ。
 クレタは、摘んだイクシオネを見つめながら沈黙。
 言いたくないんだと言われたら、訊けない。訊けるはずがない。
 けれど気になる。ナナセの声が、あまりにも沈んでいて。
 ちょっとの救いにもならないのか。もどかしさから目を伏せたクレタ。
 クレタが目を伏せた瞬間のことだった。
 ひんやりと冷たい手の感触が、クレタの首元に。
 クレタの首に両手をあてがったナナセは、
 何も言わず、その手にチカラを込めていく。
(……ナナセ)
 呼吸を奪う、命を絶つ行為。
 首を絞められてもなお、クレタは目を伏せたまま。
 暴れることも抵抗することもなく、おとなしく、されるがまま。
 ナナセが沈んでいる。その理由は、もしかして自分自身なのか。
 沈ませているのは、僕自身なのか。
 どうしてなのかは理解らない。
 でも、問おうとも思わない。
 どうしてこんなことするの、だなんて……訊けない。
 どうしてって? どうしてって……知っていたから?
 ナナセが沈んでいる、その理由を……僕は、知っていたから?
 クレタは、淡く微笑んだ。どうして笑んだのかは、自分でも理解らない。
 その笑みを目にし、ナナセは、首に添えた手を離す。
 我に返ってパッと離したわけじゃない。
 名残惜しそうに、躊躇いながら離した。
 ごめんなさいと謝ることもしない。
「戻りましょう」
 ナナセは立ち上がり、背を向けて言った。
 クレタは、絞められていた首に残る感触を指で辿りながら頷く。
「……うん」

 私が、この手で終わらせることも出来るけれど。
 それじゃあ駄目なのよね。それじゃあ、納得しないの。
 誰も納得しない。寧ろ、何てことしてくれたんだって蔑まれてしまう。
 それだけは避けたいの。みんなに……彼に拒まれるのは嫌だから。
 もう少しの辛抱よ。黙っていても、終わるんだから。
 全部、終わるんだから。何事もなかったかのように。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ナナセ / 17歳 / 時守

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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