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<東京怪談・PCゲームノベル>


学者の気まぐれ 

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「ん? 何だ、このバアさん」
 放課後の職員室にて。
 雑誌を捲る藤二の手がピタリと止まった。
 止まったページには、占い師のような風貌のお婆さんの写真。
 いくら藤二でも、ここまで歳を重ねていては "対象外" だ。
 それならば、何故。彼は、手を止めてしまったのか。
 その理由は、掲載されている情報にあった。
「遂に正体が明らかに……。マーカ・リーサ独占取材。……誰、これ」
 隣で爪の手入れをしていたヒヨリに質問してみた藤二。
 ヒヨリは、キュキュッと爪を磨きながら笑った。
「知らないの? ものすごい人気の学者さんだよ」
「へぇ。この婆さんがねぇ……」
「生徒たちの間でも評判になってるみたいだよ」
「あぁ。そういや、授業中に話してる奴等がいたなぁ」
「でも、学者っていうよりは、作家としての人気が高いかも」
「作家? 本でも出してんのか?」
「魔術書専門だけどね。図書室にも、たくさん置いてるよ」
「図書室なんて、まず行かないし。俺」
「うん。知ってる」
「で、この正体が明らかにってのは、どういう意味?」
「その写真が、本邦初公開のマーカの素顔ってことだよ」
「はぁ。これまでは、名前しか出してなかったって感じか」
「そうそう。可愛らしい人だよね」
「……そうかぁ?」
 俺は、そうは思わないな。何つうか……意地が悪そうだぞ、この婆さん。
 二重人格とまではいかないかもしれないけど、外面だけ良さそうな気がする。
 まぁ、平凡な学者よりかは、癖があるほうが魅力的だとは思うけどな。

 マーカ・リーサ。
 年齢性別を問わず、大人気の学者兼作家。
 HAL校内も、彼女を話題に盛り上がりを見せている。
 その中でも特に生徒達の話題に上るマーカの情報は、
 未発表の魔術書があるらしい、というもの。
 この噂に関しては、学校外の一般人の間でも評判だ。
 本当なのか嘘なのかは、理解らない。
 だが、理解らないからこそ盛り上がる。
 理解らないからこそ、知りたくなる。……らしい。
 そんな話をしながら、藤二とヒヨリは、職員室でマッタリ。
 あらゆる意味で "好奇心旺盛すぎる" 生徒がいるとはツユ知らず。

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 図書室にあったマーカの魔術書を読んだことがある。
 その内容は、斬新と言うほかないものだった。
 魔術そのものを根底から覆すかのような。
 極めた人だからこそ出来ること。
 未熟者には、こんなことは出来まい。
 誰よりも魔術を知っているのに、誰よりも魔術を疎むなんて。
 けれど、毒舌ばかりということもなくて。
 厳しい言葉の裏に、優しさも垣間見えていたりする。
 何だかんだで愛しているんだ。この人は、魔術そのものを。
 だから、こうして諭す。気安く踏み入るべからずと訴える。
 興味を引くには、十分すぎるものだった。
 同時に、もっともっと知りたいと思う。
 この、マーカ・リーサという人物を。
 そして叶うのならば、教えて欲しいと願う。
 魔術のあり方を。その全てを。可能な限り。

 未発表の魔術書が存在する。
 その噂は、学校内外で目耳にしていた。
 その魔術書が目的というわけじゃなく、ただ単にマーカと話したい。
 慎の目的は、その他大勢の一般的な目的から外れたものだった。
 授業を終えてすぐに向かったマーカ邸宅。
 マスコミやらファンやらで、邸宅の周りはごった返していた。
 これでは中になんぞ入れない。話すだなんて、もってのほかだ。
 それに、押しかけている人達と、自分の目的は一致しない。
 一緒にされては困る。そう思った慎は、人混みを掻き分けて抜ける。
 邸宅の裏へ移動し、キョロキョロと辺りを見回しながら塀をよじ登る。
 はたから見れば、というか……これでは完全に泥棒だ。
 警備員からすれば、熱狂的すぎるファンとして写る。
「あっ、こら!」
「わ。もう見つかったっ」
 慌てて塀をよじ登って、邸宅へと侵入する慎。
 違うんだよ。俺は別の目的で彼女に会いたいと思ってるんだ。
 押しかけてきてる人達と一緒にされちゃかなわないんだ。
 わかってくれないかなぁ。他の人とは違うんだってこと。
「こらー! 待て!」
 まぁ、当然。理解ってもらえないわけで。
 慎は、追いかけてくる警備員から逃げる。全力疾走で逃げる。
 捕まってしまえば、もう二度とマーカに会えない。
 だからといって、その他大勢と一緒に邸宅前で待っていても会えない。
 かなり強引な手段ではあるが、こうする他なかったのだ。
 大騒ぎになる邸内で、失敗したかもしれないと後悔しそうになる気持ちを、
 そうして自分に言い聞かせて落ち着かせていく慎。
 別に、大それたことをするわけじゃない。ただ、御話したいだけ。
 逃げながら、慎はもどかしいなぁと苦笑した。
 超人気を誇る学者の邸宅に侵入した時点で "大それて" いるのだけれども……。

 *

 逃げることに疲れた慎は、扉が開けっ放しになっていた部屋に非難した。
 さて、どうしよう。かなり大騒ぎになってるけども。
 それにしても、この屋敷……広すぎだよ。
 自分が今、どこにいるかもわかんない。
 こんなことになるなら、調べておけば良かったなぁ。
 せめて、マーカの書斎がどこにあるのかだけでも。
 俺の目的は、未発表の魔術書じゃなくて、マーカ本人だからね。
 まぁ、魔術書も興味あるけど。っていうか、拝みたいとは思うけど。
 知識は、どれだけあっても邪魔にはならないからね。
 俺が知識を蓄えることで、活気づく人もいるわけだし……。
 あれこれ考えながら、呼吸を整えていた慎。
 これからどうするか、それを考えることに夢中で気付いていなかった。
 背後に立つ人物。その存在に。
「!」
 ハッと気付いて、少々オーバーアクションで退いた慎。
 警備員だと思った慎は、ペコリと頭を下げて訴えた。
「違うんだ、俺はねっ」
 頭を下げた状態の慎。そこへ放たれる静かな声。
「騒動の元凶は、お前さんかい」
 その声に、慎はゆっくりと顔を上げた。そして目を丸くする。
 何故なら、目の前にいたから。マーカ・リーサ。本人がいたから。
「マーカ!」
「……口を慎め。追われているのじゃろう?」
「あっ。そうだったっ」
 慌てて口を押さえ、キョロキョロと辺りを窺う慎。
 何という幸運。非難した部屋こそが、マーカの書斎だったのだ。
 マーカは一日の大半をここで過ごす。彼女が、ここにいるのは当然だ。
 加えて、書斎は滅多に人の出入りがない。
 マーカが、入ってくるなと伝えていることもあって。
 マーカ本人から、それを聞いた慎は、ホッと安堵の息を漏らした。
 安心から脱力したのか、その場にペタンと座り込んでしまう。
 そんな慎へ、マーカは尋ねた。
「随分と突飛じゃが。お前さんの目的も、これかい」
 そう言いながら、マーカは一冊の本を手に取り見せた。
 それこそが、未発表の魔術書。だが、慎は、そこには食いつかない。
「えっとね。違うんだ」
「ほぅ?」
「それも気になるといえば気になるんだけど。俺の目的は違うの」
「ふむ……。では、お前さんの目的とは何ぞや」
「俺の目的は、あなた」
「…………」
「あなたと御話がしたくて。それだけ」
 ニコニコと微笑みながら言った慎。
 マーカは、手に持っていた魔術書を机に置き、肩を竦めた。
「変わり者よの」
「そんなことないよ」
「まぁ、良かろう」
「ほんとにっ?」
「私を笑ませることが叶えばな」
「笑ませ……。笑わせることが出来れば、ってこと?」
「そういうことじゃな。見たところ、お前さんも扱えるのじゃろう」
「えっと〜……。魔法?」
「それ以外に何があると?」
「あ、うん。使えるよ」
「では、それで笑ませてみよ」
 御話がしたいのであれば、笑わせてみろ。楽しませてみろ。
 ただし、魔法を用いて。魔法だけで、私を楽しませてみろ。
 交換条件を提示してきたマーカ。慎は、すぐさま立ち上がった。
 躊躇う理由なんてない。そういうことならば、全力で笑ませにかかるまで。
 知ってはいる。マーカは常に無表情で、滅多に微笑まぬことくらい。
 だからこそ、こんな条件を提示してきたのだろうけれど。
 慎は微笑みながら、これまでに見てきた術を応用して構築した。
 マーカの目の前に構築する小さな光のステージ。
 そこへ、あらゆる魔法を用いて役者や小物を配置していく。
 魔法で構築する、小さな演劇。
 別に大笑いさせる必要はないと思った。
 ほんの少しでも微笑んでくれれば、それで十分だと思った。
 無愛想にしているけれど、本当は可愛い人なのではないかと思っていたから。
 魔法演劇を構築し、スタートさせる。
 合間の良いタイミングで、慎は闇のスキルを織り交ぜた。
 恐怖の象徴である闇のスキルだが、一方では安らぎのスキルでもある。
 魔法で構築された役者が、ちょこまかと可愛らしく動く。
 その動きに合わせて乗ってくる闇のスキル。
 慎が監督を務めた魔法演劇は、癒しの効果を誇る。
 マーカが、どんな人であるか。人気の学者であり作家であることも知っているがゆえ。
 気疲れしているところもあるに違いない。
 押しかけて侵入した自分が言うのも何だけど、
 これで少しでも安らいでくれたなら。
 優しく笑みながら、魔法演劇を続行する慎。
 その淡い微笑みにつられるかのように、マーカは微笑んだ。僅かに微笑んだ。
 数年前に、この世を去った孫。その姿を慎に重ね合わせながら。
 もしも生きていたなら。ちょうど、このくらいだろうか。
 こうして、微笑むなんぞ、いつ以来だろうか……。

 *
 *
 *

「いや、本当。すんませんでした」
 ペコペコと何度も頭を下げる藤二。
 彼が謝罪している相手は、マーカ邸宅を護衛している警備員だ。
 どうして、失態をおかした平社員のごとく頭を下げているのか。
 答えは簡単。慎の突飛な行動に関して、藤二は謝罪している。
 侵入者がいると大騒ぎになったマーカ邸宅。
 警備員達は、侵入者が【慎】という名の少年であることを突き止める。
 そこからはもう、流れるような展開で……。
 慎がどこに住んでいるか、何歳なのかなど、あらゆる情報がバレた。
 その中に、HAL在学生だという情報もあり。
 結果、HALに被害届のようなカタチで連絡がいった。
 お宅の生徒さんが、とんでもないことをやらかしてくれている、と。
 その連絡を受けて、藤二とヒヨリは慌ててマーカ邸宅に向かった。
 で……。迷惑をかけて申し訳ない、と平謝りしていると。そういうことだ。
 藤二の謝罪効果で、難は逃れた。警察沙汰にはならずに済んだ。
 本来ならば、警察に突き出されても何らおかしくない状況だけど。
 HALに戻る帰路、その最中で藤二は慎の背中をパシンと叩いた。
「まったく。何をやってんだ、お前はっ」
 苦笑しながら叱る藤二。さほど怒ってはいないようだけれど、
 大騒ぎになったのは事実で、学校に迷惑をかけたのも事実。
 先生としては、ヘラヘラ笑ってばかりもいられない。
 ブツブツと説教をたれながら歩く藤二。
 だが、当の慎は、ニッコニコ。満面の笑みだ。
 その笑顔の理由は、手元にある。
 マーカが貸してくれた魔術書。
 未発表のそれを、マーカは慎に貸した。
 気に入られたといえばそれまでだけれど、
 マーカにとって、孫のような存在と化したのがデカい。
 あれこれと御話することも出来た。ためになる話ばかり。
 少し難しくて理解できなかったところもあるけれど、
 理解に苦しむ慎に、マーカは丁寧に説明してくれた。
 有意義な時間を過ごすことができた。
 確かに、突飛な行動だったとは思う。
 今思えば、かなり無茶をしたと思う。
 藤二が文句を言うのも頷けるし、申し訳ないとも思う。
 でも、そのおかげで有意義な時間を過ごすことが出来た。
 自分で有意義な時間を無理矢理にでも作った。そんな感じだ。
 嬉しそうに魔術書をギュッと抱きしめて微笑む慎。
 そんな慎へ、ヒヨリが耳打つ。
「ちょっとさ。俺にも貸してよ。読み終わってからで良いから」
「うん。いいよ」
 コソコソ話で交渉成立。
 そんな二人に気付いた藤二は、肩を竦めて笑った。
「お前ら。人の話、聞いてる?」

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 6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
 NPC / マーカ・リーサ / 62歳 / 学者
 NPC / 藤二 / 28歳 / HAL:教師
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / HAL:教師

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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