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【歪みの館】月夜の晩餐会
「最高だ。料理の準備も滞りなく、庭の草花も機嫌良く咲いている。これならばお客様も満足して頂けるだろう」
此処は歪みの館。
どこにあるとも知れず、現実世界とは違う理が働く不可思議な場所。魚は風に乗って泳ぎ、猫のぬいぐるみは屋根の上で昼寝、台所のティーカップはお茶が熱過ぎると騒ぎ立てる。
「まずい。……肝心のお客様に招待状を出すのを忘れていた」
館を管理しているのは一枚のトランプ。表にあるべきマークはダイヤであったりスペードであったりと、表情宜しく変化する。
「便箋は此処にある。足りないのはペンだ。誰か、大急ぎで誰か白い羽根ペンを呼んでくれ。お前がいないと招待状が書けない、と。あぁ、この時間なら大時計とチェスをしているはずだから」
失敗に気付いたトランプは机の上を飛び回り、大声で屋敷の者を呼ぶ。一羽の鴉があなたの元へ招待状を届けに現れたのは、それから数日後のことだった。
■
「ようこそいらっしゃいました、紗枝様」
墨を流したような夜空に、満ちた力のある月が浮かぶ。月光を背に受けながら姿を現した紗枝に、案内役のトランプはゆるりと会釈をした。常ならばカードの姿で客人を出迎えるトランプだが、どういう気紛れか今宵は女性の姿をしている。柔らかそうな赤い髪を後ろで纏め、黒を基調としたゴシック系のドレスに身を包んではいるが、紗枝より十は年下だろうか。見かけだけはまだほんの子供だというのに、落ち着き払った態度と年に合わぬ大人びた口調が妙な雰囲気を創り上げている。
「招待状ありがと。気晴らししたい気分だったので、丁度良かった。……あ、これ。忘れるところだったね。これ、お土産」
食堂の席に落ち着いた紗枝は、シルクハットから淡く光る細身の瓶を二本取り出す。コルクでしっかりと封がされているが、果実とアルコールの濃厚な香りが辺りに漂う。本来あるはずのない場所から取り出されたそれは、不思議なことに違和感なく紗枝の手に収まっている。奇術は時として下手な魔術よりも美しい。
「これはこれは……ありがとうございます。林檎とそれから何か魔力の煌きを感じますな。魔法の心得がおありで?」
「どうだろ。ご想像にお任せするわ」
悪戯っぽく紗枝は笑った。食堂の長い白テーブルには次々と料理が運び込まれ、静かで花のような艶がある音楽がどこからともなく流れてくる。春野菜を使った温サラダには、素材の味を楽しむ為にシンプルな味のドレッシングが使われているようだ。ほうれん草とベーコンのクリームパスタには新鮮なミルクがたっぷり。ティーカップに注がれたのは香り高い珈琲で、口に含むと苦味と共に心地良い酸味が感じられる。
「ところで、あの子は元気かしら?」
デザートのチョコレートケーキを食べ終えてしまうと、紗枝は傍らで給仕するトランプに尋ねた。一体誰のことだろうかと首を傾いだトランプだったが、ぱちんと指を鳴らす音が室内に響き、それに遅れること数秒。紗枝の腰掛ける席の近くに無骨な鉄で作られた檻が現れた。中には白い体躯の一角獣、ゆるく頭を振ると酷く不機嫌そうに低く啼いた。
「紗枝様のお望みとあらばと思い召喚しましたが、あれは気が昂ぶっております。お気をつけください。……肌に傷が付きます」
年若い猛獣使いの身を包むのは薄布で作られた団員用の衣服だ。見目で人の気をひく事も含めて作られている為に肌を外気に晒す部分が多く、女性らしい丸みを帯びた身体の輪郭を最大限に利用出来るデザインを採用している。
紗枝は片手をひらりと振り、そんなトランプの制止など聞かずに近付いて行く。
「こんにちは。久しぶり、か。……私のこと、覚えてるかな」
一角獣はちらと一瞥をくれただけで、開かれた檻の扉から出ようとしない。
「……こうすれば、おぼえてくれるかしら?」
薄く笑みを浮かべ、紗枝は一角獣の目の前でがに股の姿勢を取る。日焼けのしていない白い脚が折り曲げられ、惜しげもなく獣の前に晒された。
「はい、貴方は2本足で立つようになる」
ほとんど抑揚の無い声が響くと、一角獣は定まらぬ虚ろな瞳で言葉に従う。突然召喚されたことで怒り昂ぶっていた気も静まり、猫のように大人しくなってしまった。
催眠術の次は猛獣使いの本領発揮とばかりに、紗枝は取り出した鞭を握り締める。これは好機だ。相手が現実には存在しない幻獣となれば、猛獣使いの血が疼く。
催眠術で従順にさせた一角獣を相手に紗枝はショーを始める。倒立、肩車、サボテン、飛行機と次々に組体操を成功させた。観客は歪みの館の住人たち。騒ぎを聞きつけてやって来たのか、食堂にはトランプ以外にも黒い背表紙の本やインク壷、羽の生えた万年筆など奇妙なモノたちが集まり始めていた。
そしてついにショーの最後、紗枝は一角獣の頭上に逆さまの状態で股を開き締めとした。
■
「食事よりも、紗枝様のショータイムに心奪われてしまいましたな。楽しい時間ほど過ぎるのは早いもの。礼を言わせて頂きますよ」
トランプを始め、館の住人たちが紗枝を送り出す。
空には来た時と同じような月。もしかしたら此処には時間の流れなど無意味なのかもしれない。
「ん……?」
皆と挨拶をすませたところで、先の一角獣がついと進み出る。
やりすぎたと怒られるのか。そう思って紗枝が身構えるが、一角獣は予想に反して大人しい。紗枝の前で頭を下げると、革のロングブーツに鼻先を寄せた。仕草からするに、染み付いた匂いでも嗅いでいるのだろうか。気性の荒いあの獣がと思い紗枝は少しだけ笑うと、名残惜しいながらも館を後にした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6788/柴樹・紗枝/女性/17歳/猛獣使い&奇術師【?】】
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■ ライター通信 ■
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ご参加どうもありがとうございます。頂いたプレイングを元にしましたが、如何でしたでしょうか。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
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