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<東京怪談・PCゲームノベル>


難聴少女が求むもの

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 微かになら……聞こえるの。
 それだけでも十分じゃないかって言う人もいるの。
 少し前までは、あたしも、そう思ってた。
 でもね、今は違うの。
 あたしも、音を知りたい。
 音というものを、感じたいの。
 生まれつきの病気だから、どうにもならないことは理解ってる。
 でもね、どうしても欲しいの。音が欲しいの。
 だからね、頂戴。
「これ、頂戴……」
 そっと、僕の耳に触れながら言った女の子。
 スーッと伸びてきた腕に、迷いや躊躇いはなかった。
 心から、純粋に欲しいものを求める手。
 耳に触れる、女の子の指先は冷たくて。
 どうしてだろう。涙が零れた。

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 冷たい……ここが、氷の世界だからとか、そういうことじゃない。
 小さな手、その指先が、あまりにも冷え切っていて……胸が痛くなる。
 どうしてかな。初めて会ったような気がしないんだ。
 きみとは、いつかどこかで……遠い記憶の中、会ったことがあるような気がする。
 無関係じゃない。そんな気がするからこそ、放っておけないよ。
 外界、アステリアスカへと赴いたクレタ。
 ヒヨリから命じられて、歪みの発生を事前に防ぐ為。
 対象となる人物は、いま、クレタの耳に触れている少女。
 少女の名前は、ノア。数年前、事故で音を失った女の子。
 何の前触れもなく、突然奪われてしまった音。
 一切の音を失ってから、ノアは死んだ魚のような目をしていた。
 クレタの耳が欲しいと告げる、乞う、その声には、どこか迫力のようなものがある。
 何というか……少し、怖い。もぎ取らんとする勢い。そんな気がした。
 でも、どんなに悲しい顔で見られても乞われても、
 その願いを「わかった」と言って叶えてあげることは出来ない。
 クレタは優しく微笑み、ノアの手を取った。
 身を屈めて目線を合わせ、繋いだ手に口付けを落とす。
 そのまま、手を耳へと持っていって。
 ノア自身の耳を触れさせて教える。
 きみの耳は、ここにある。
 ちゃんと、ここにあるよ。
 聞こえないから何?
 使えないものは要らない?
 そんな悲しいこと言わないで。
 この耳も、きみの身体の一部。きみ自身なんだ。
 音がなくなってしまって心細い気持ちは理解るよ。
 僕もね、一時期、音という音が聞こえなくなった時期があったんだ。
 不安になったよ。世界にひとりぼっちになったような……寂しい気持ちになった。
 でもね、ひとりなんかじゃないんだ。ねぇ、ほら、僕の手……あったかいでしょう?
 こうして、きみに触れてる。僕は、ここにいるし、きみも、ここにいる。
 きみに触れてくれる人、いるでしょう?
 音がなくなってからも、変わらず、きみに触れてくれる人いるでしょう?
 その手の温もりを、ちゃんと感じてる?
 あたたかいって、そう感じてる?
 ニコリと微笑み、クレタはノアの手を引き、導くように舞った。
 上手ではないけれど。ぎこちないいったらありゃしないだろうけれど。
 クレタは踊る。慣れないステップで、ノアと一緒に。
 足踏み、手拍子、リズムに合わせて。雪の降り注ぐ世界で二人。
 耳だけが音を感じるところじゃないよ。身体全体で感じるんだ。
 そうそう、上手。上手だね、ノア。僕より、ずっと上手だ。
 拍手を贈って褒めながら、クレタは踊った。
 褒められているのは、何となく理解る。
 クレタの顔や動きを見ていれば理解る。
 ノアは、相変わらず無表情だったけれど、目を逸らすようになった。
 それは、照れ臭い。そういう感覚の現れ。
 外でダンスを満喫したら、今度はお家の中で遊ぼう。
 暖炉の前、スケッチブックを開いて。
 二人は並んで寝転び、お絵かきを始める。
 ノアは、隣で絵を描くクレタの手をジッと見つめていた。
 鮮やかなクレヨンで描かれていく綺麗な花。
 氷の世界では、花を拝むことはできない。
 ノアの視線を感じながら、クレタは描き続けた。
 鼻歌しながら、楽しそうに。
 その姿に触発されて、ただ見ていただけのノアもクレヨンを手に取る。
 絵を描くなんて初めてのこと。上手になんて描けない。
 クレタのように描けないことにイラついている様子のノア。
 クスクス笑いながら、クレタはノアの手を握った。
 そして、一緒に描く。まる、さんかく、しかく。
 上手に描けるようになったら、お花の描き方を教えてあげる。
 一緒にお絵かきしながら、クレタは懐かしい感覚を覚えていた。
 絵を描こうと思ったのも、実際に絵を描いたのも久しぶり。
 ノアのおかげ。ノアのおかげで、また絵を描こうって思えたんだ。
 やっぱり楽しいね。上手じゃなくていいんだ。楽しければいい。
 思うがまま、好きなように、真っ白な世界を彩っていく。
 この過程が、たまらなく楽しいんだ。
 世界を自分が作るようで、何だか大層なことをしているような気がするけど。
 実の兄妹のように、仲良く並んでお絵かきするクレタとノア。
 その姿を見やるノアの両親の笑顔は、とても柔らかなものだった。

 ねぇ、ノア。また来るから。
 きみが嫌だっていっても、僕、またここに来るから。
 きみに会いに来るよ。会いたいんだ。一緒に遊びたい。
 言葉はなくても会話は出来るよ。こうして、一緒にいるだけで。
 失った音を取り戻すことは出来ないし、僕にはそんなチカラないけれど。
 新しい感覚を見つけてみよう? 音の代わりに、もっと素敵な感覚。
 一緒に探していこうよ。僕と一緒に、探していこう?
 心を閉ざすなんて、そんな悲しいことしないで。
 お人形さんのように可愛いんだから、笑わなきゃ。
 きみの笑顔が、いつか見れますように。
 僕と、お友達になってよ。ノア。駄目かな?

 クレタの言葉に、目を背けたノア。
 恥ずかしそうに俯く、その姿にクレタは微笑んだ。
 戸惑っている様子のノアの頭を、クレタが撫でた瞬間。
 クロノクロイツで、カタチにならんとしていた歪みが煙となって消える。
 その様子を確認したヒヨリは、満足そうに微笑んだ。
 そんなヒヨリの横顔へ、ナナセが呟く。
「もう終わったの?」
「みたいだね」
 書類整理を再開するヒヨリの表情は、満足そうだったけれど。
 どこか、寂しそうな……辛そうな表情にも思えた。
 黙っていても実感させられる、成長度合い。
 クレタが立派な時守として成長していくにつれて、
 ヒヨリを始め、他の時守らの気持ちは沈んでいく。
 その理由が明らかになるのは、もう少しだけ先の話。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ノア / 11歳 / 難聴の少女
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守
 NPC / ナナセ / 17歳 / 時守

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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