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<東京怪談・PCゲームノベル>


『居間にて〜バレンタイン〜』

 風の強い日だった。
 窓は閉めてあるから、家の中に吹き込んでくることはないけれど。
 吹き荒れる風の音が笛の音のように響いている。
 炬燵に入って、煎餅に手を伸ばしながら朝霧・垂は友達を待った。
 部屋の隅には、ゴーレムの水菜がちょこんと座っている。
「水菜、炬燵入ったら?」
 誘ってみるが、水菜は首を左右に振った。
「大丈夫です。ここが私の場所なんです。皆が見れてとても楽しいんです」
「そっか」
 時雨の方は玄関に出ている。そろそろ……。
「ただいまー!」
 元気のいい声が響く。ゴーレム達の作り主、呉・水香のお帰りだ。
「ただいま」
 おっとりした声も届く。妹の苑香の声だ。
 水菜が戸を開いて迎えに出、垂は炬燵に足先を入れたまま、体を伸ばして顔を玄関に向ける。
「お帰り〜」
「なんだ、来てたんだ」
 靴をぱぱっと脱いで、コートを時雨に渡すと水香は居間に入ってきた。
 垂の向かいに座り炬燵の中に足を伸ばす。
「あたっ」
 邪魔と言わんばかりに足を蹴られ、垂は笑みを浮かべる。水香は悪戯気な笑みを浮かべていた。
「いらっしゃい、垂さん」
 苑香も炬燵に入り、その後からやってきた時雨は、水香の斜め後ろに座った。
「何? 私の時雨達と話があるんなら、外でどうぞ〜。それなら許可する」
 と言って、水香は風が吹き荒れる庭を指差した。
「窓あけっぱなしでいいなら」
「……いいよ、炬燵に潜るから」
「炬燵も開けっ放しでいくし」
 2人の軽口に、場の雰囲気が和んでいく。
 苑香も手を伸ばして、煎餅を取る。
「垂さんが来る日って、何故か煎餅があるのよね。偶然なんだけど」
 朝霧・垂は煎餅を呼ぶ女のようだ……!
「あははっ。無くても持ってくるから大丈夫だよ。ん、今日はね、煎餅じゃなくて」
 垂は紙袋の中から、箱を幾つか取り出す。
「はい、これ、バレンタインね!」
 取り出した箱を、水香と苑香に2個ずつ。そして、時雨と水菜にも2個ずつ手渡した。
「なに? チョコレートだよね。これを誰にあげろと?」
「違う違う、1個は私から。もう1個はフリアルから皆に」
 呉家には色々とお世話になっているから……それは2人からの感謝のプレゼントだった。
「うわぁ、ありがと垂さん。あげる一方の日だから、もらえて凄く嬉しい。フリアルさんもありがとうございます」
 苑香は垂の目の奥に、軽く頭を下げた。
 垂は頷きで答えておく。
「……なんか、これって……嫌な予感が」
 水香は礼よりも先に箱をあけた。
「やっぱし!」
 彼女が受け取った箱は丸い箱だった。
 中身は垂の定番『煎餅』。ただし、チョココーティング版。
「ほらっ、ポテトチップスにチョココーティングした物もあるしさ、案外いけるかもよ?」
 笑う垂に、水香も吹き出した。
「ったく。粗目も美味しいし、不味くはなさそうだけど。……でも何でこっちも丸いの? フリアルからだよね?」
 水香が受け取った箱は両方丸い。
 答えを聞く前に、水香は中を開けて確認する。
「海苔煎餅型のチョコ……」
「はははは、一緒にいるうちに、私に似てきたみたいで」
「うそっ!? それは嫌、それは嫌、それは嫌ー!」
「冗談冗談。ほんの遊び心だよ。そういう余裕は出てきたみたいで」
 驚く水香に、垂は笑いながら答える。
「来年はハート型にしてよね」
 水香は垂の目の中を軽く睨む。
 それから2人のチョコレートを引き寄せて……。
「煎餅2枚、受け取っておく。ありがと」
 と小さく笑った。
「私のは星型ね。ご飯食べてから戴こうかな」
 苑香も中を確認した後、笑みを浮かべながらそっと蓋をして包装しなおした。
「垂さん……お兄さん、ありがとうございます」
 水菜はぺこりと頭を下げた後、時雨に目を向けた。
「感謝します」
 時雨も箱を手に頭を下げる。
 彼の中にジザス・ブレスデイズが入ってから随分と時が流れたけれど……相変わらず、容姿と中身に多少の違和感を感じる。
「それじゃ、ご飯にしよっ!」
 苑香が立ち上がる。
「食べてくでしょ?」
 水香の言葉に垂は首を縦に振る。
「もっちろん〜」

 呉家の夕食に両親はいなかった。
 だけれど、今日は垂がいたから。
 彼女1人いるだけで、いつもより沢山話題があって。
 いつもよりずっと話が盛り上がって。
 明るい明るい時間を過ごした。
「泊まっていってもいいんだよ」
 水香のぶっきらぼうな言葉に、垂はちょっと考えて……でも、首を横に振った。
「今日は用事あるから。こんど泊めて」
「うん、苑香が学校行事でいない日なんか特に歓迎だから。ほら、ベッド余ってるしね。それだけの理由だけど」
 素直じゃない言葉に、満面の笑みで答えて、垂は呉家を後にすることにした。
「それじゃ、また来るね〜♪」
 風は少し治まっていた。
 だけれど、外は相変わらず寒くて。
「うう寒っ」
 コートの襟を掴んで、垂は軽く震えた。
「気をつけて」
「お返し忘れたらごめん」
「いいよ、お返しは。……いつものように、煎餅用意しておいてくれれば!」
 笑い合った後、苑香と水香に手を振って、垂は帰路につく。

 早足で街を歩いていた垂だが、突如速度を緩める。
「あ〜、今日は疲れたぁ。フリアル、悪いけど家までお願いっ!」
 突如、自分の中にいるフリアル・ブレスデイズに体を委ねる。
「……垂様?」
 困惑しながら、自らの体に語りかけたのは、フリアルだ。
 垂の意識はとても深い場所にある。彼女は眠りに落ちていた。彼女自身の意思で、そうしたらしい。
「そう疲れは感じないのですが……」
 疑問に思いながら、フリアルは街角で煎餅を買い足した後、垂の暮す家へと向かった。

 鍵を開けて家に入り、コートをハンガーに掛けた後。
 フリアルはテーブルの上のものに気付いた。
 包装された箱。チョコレートのようだ。
 それから、一通の手紙……。
 手紙は、自分宛だった。
 不思議に思いながら、手を伸ばして、手紙を開いた。
『いつもありがとう、今後ともヨロシクっ!』
 手紙は彼女らしい元気な文字で、そう書かれていた。
「少し、水香様に似ていらっしゃる」
 そう密かに笑った後、フリアルは目を閉じて心の中に語りかけた。
『こちらこそ、よろしくお願いいたします。大切な聖女様――』

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6424 / 朝霧・垂 / 女性 / 17歳 / 高校生/デビルサマナー(悪魔召喚師)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
賑やかで楽しいバレンタインを書かせていただき、ありがとうございました!
煎餅にチョココーティングって……どんな味でしょうね。それ用に焼いた煎餅なら結構美味しいのかもしれません……?
また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします。