コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


学者の気まぐれ

-----------------------------------------------------------------------------------------

「ん? 何だ、このバアさん」
 放課後の職員室にて。
 雑誌を捲る藤二の手がピタリと止まった。
 止まったページには、占い師のような風貌のお婆さんの写真。
 いくら藤二でも、ここまで歳を重ねていては "対象外" だ。
 それならば、何故。彼は、手を止めてしまったのか。
 その理由は、掲載されている情報にあった。
「遂に正体が明らかに……。マーカ・リーサ独占取材。……誰、これ」
 隣で爪の手入れをしていたヒヨリに質問してみた藤二。
 ヒヨリは、キュキュッと爪を磨きながら笑った。
「知らないの? ものすごい人気の学者さんだよ」
「へぇ。この婆さんがねぇ……」
「生徒たちの間でも評判になってるみたいだよ」
「あぁ。そういや、授業中に話してる奴等がいたなぁ」
「でも、学者っていうよりは、作家としての人気が高いかも」
「作家? 本でも出してんのか?」
「魔術書専門だけどね。図書室にも、たくさん置いてるよ」
「図書室なんて、まず行かないし。俺」
「うん。知ってる」
「で、この正体が明らかにってのは、どういう意味?」
「その写真が、本邦初公開のマーカの素顔ってことだよ」
「はぁ。これまでは、名前しか出してなかったって感じか」
「そうそう。可愛らしい人だよね」
「……そうかぁ?」
 俺は、そうは思わないな。何つうか……意地が悪そうだぞ、この婆さん。
 二重人格とまではいかないかもしれないけど、外面だけ良さそうな気がする。
 まぁ、平凡な学者よりかは、癖があるほうが魅力的だとは思うけどな。

 マーカ・リーサ。
 年齢性別を問わず、大人気の学者兼作家。
 HAL校内も、彼女を話題に盛り上がりを見せている。
 その中でも特に生徒達の話題に上るマーカの情報は、
 未発表の魔術書があるらしい、というもの。
 この噂に関しては、学校外の一般人の間でも評判だ。
 本当なのか嘘なのかは、理解らない。
 だが、理解らないからこそ盛り上がる。
 理解らないからこそ、知りたくなる。……らしい。
 そんな話をしながら、藤二とヒヨリは、職員室でマッタリ。
 あらゆる意味で "好奇心旺盛すぎる" 生徒がいるとはツユ知らず。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 マーカの魔術書は読破した。
 その内容は、斬新と言うほかないものだった。
 魔術そのものを根底から覆すかのような。
 極めた人だからこそ出来ること。
 未熟者には、こんなことは出来まい。
 誰よりも魔術を知っているのに、誰よりも魔術を疎むなんて。
 けれど、毒舌ばかりということもなくて。
 厳しい言葉の裏に、優しさも垣間見えていたりする。
 何だかんだで愛しているんだ。この人は、魔術そのものを。
 だから、こうして諭す。気安く踏み入るべからずと訴える。
 興味を引くには、十分すぎるものだった。
 同時に、もっともっと知りたいと思う。
 この、マーカ・リーサという人物を。
 そして叶うのならば、教えて欲しいと願う。
 魔術のあり方を。その全てを。可能な限り。

 未発表の魔術書が存在する。
 その噂は、学校内外で目耳にしていた。
 食いつかないはずがない。霊祠は、もはや魔術マニアなのだから。
 しかも、マーカも死霊術のエキスパートだ。要するに大先輩にあたる。
 もう一度言おう。食いつかないはずがないのだ。

 *

 霊祠の家、邸宅。現在時刻は、午後三時。おやつの時間だ。
 自室にて、巨大プリンを前に目を輝かせている人物がいる。
 ウィリアムだ。まぁ、サングラスのせいで目の輝きはハッキリと確認できないだろうけど。
 スプーンで突いて、ぷるんぷるんと揺らす。この瞬間が、たまらなく幸せ。
 すぐにガッつくのではなく、こういう時間も満喫するのが、おやつの時間というもの。
 とはいえ、そろそろ限界だ。ウィリアムはゴクリと唾を飲み込み、プリンにスプーンを……。
 ピリリリリリリリリ―
「ふぉぉぅっ!?」
 刺そうとした矢先に携帯が鳴った。
 飛び跳ねて驚いたウィリアム。見やれば、着信の表示。
 ウィリアムは、スプーンを持ったまま、空いたほうの手で応じる。
「はいはい。どうしました、坊ちゃん?」
 電話をかけてきたのは霊祠。
 ウィリアムが応じるや否や、霊祠はペラペラと用件を伝える。
『ウィルさん。すぐ来て下さい』
「はいはい。どこにですか」
『えーと。ここは、どこでしょうか〜』
「えぇ、はい。当然ながら、存じかねます」
『あっ。学校の近くにある公園です』
「はいはい。で、何があったんです?」
『ゲットするのですよ』
「何ですか。あぁ、噂のRPGですか? あれなら発売が夏に延期に……」
『違いますですよ。本です、本。マーカさんの未発表文献です』
 その言葉を聞いて、ウィリアムはすぐさま事態を把握した。
 あちこちで噂になっている。今や知らぬ者なんぞいないだろう。
 まぁ、坊ちゃんなら言うと思いましたけども。予想よりも早かったですね。
 やっぱり、学校に通っていると、ある程度は情報通になるもんなんですかね。
 部屋に篭りっきりだった、少し前までとは大違いですよ。
 坊ちゃん、ワンセグって何? って訊きましたからね。覚えてないでしょうけど。
 マーカ・リーサという人物に関する情報は、ひととおり頭に入っている。
 けれど、ウィリアムは無関心だ。未発表の文献? だから? そう思っている。
 でも、他ならぬ霊祠からの呼び出しとなれば無視は出来ない。
 ウィリアムはスプーンをテーブルに置き、
 巨大プリンを冷蔵庫へしまって、いそいそと霊祠のところへ向かった。

 当然のことながら、マーカ邸宅周辺は人でごった返していた。
 未発表の文献、それが事実なのかを知りたがるマスコミやら、
 霊祠と同じように、噂の文献を拝めやしないかと押しかけたファンやら。
 おしくらまんじゅう状態の中、ウィリアムはキュッと眉間にシワを寄せた。
「……暑苦しいですね」
「我慢なのです。もうちょっとで順番が回ってくるのです」
 一体どういうことなのか。霊祠の発言について説明しておこう。
 この、てんやわんやの状況を自室の窓から確認したマーカが提案したのだ。
 私を笑わせることが出来たなら、望む情報を与えてやろうじゃないか、と。
 本気なのか冗談なのかは定かじゃないけれど、提案されたなら乗るまで。
 押しかけた連中は、順番に邸宅へと入り、マーカを笑わせにかかる。
 だが、無理難題のようだ。
 今だに、マーカを笑わせることができた者は一人もいない模様。
 まぁ、無理もない。マーカはミステリアスがウリの学者・作家。
 彼女を笑わせるのは、かなり難しい。
 だからこそ、この提案を飛ばしてきたのだろうけれど。
 マーカは、ひねくれた性格でも有名だから。

 さてさて。そうこうするうちに順番が回ってきた。
 待ってましたといわんばかりに、ピョンピョン飛び跳ねながら邸宅へと入る霊祠。
 ウィリアムは、スーツの乱れをピピッと直しながら霊祠の後を追う。
 通されたのはリビング。マーカはソファに座り、優雅に紅茶を楽しんでいた。
 何というか……独特の雰囲気だ。気圧されてしまいそうになる。
 憧れの人物と対面できたことが嬉しくてたまらない様子の霊祠。
 目的を見失いかけている霊祠に、ウィリアムは言った。
「で、坊ちゃん。どうやって笑わせるつもりですか。強敵ですよ、あれは」
「あっ、大丈夫ですよ。ちゃんと作戦を考えてきたのです」
「そうですか。ここに来る前に教えて下さい」
「はっ。そうでした。ごめんなさい」
「いえいえ、もう慣れました。で、作戦というのは?」
 部屋の隅でコソコソ話をする霊祠とウィリアム。
 マーカは、退屈そうに欠伸をした。
 霊祠が怯む様子はない。寧ろ、自信満々だ。
「ふっふっふ。凄いですよ。これこそ、完璧な作戦です」
「ふむ」
「パーフェクトプランと名付けます」
「PPですね。了解です。内容は?」
「ふふふ……」
 僕は、怖がらせたことなら何度もあります。
 怖がらせろって話ならば、簡単です。でも今回は笑わせねばなりません。
 とはいえ、僕にお笑いのセンスはありません。確実にスベります。自信があります。
 そこで、ウィルさんの出番なのです。大丈夫ですよ、まかせっきりにはしません。
 アルくんにも協力を御願いします。あぁ、アルくんっていうのは、僕のお友達で……。
 説明しながら魔方陣を描き、その中心部をコツンと指で叩いた霊祠。
 すると、真っ黒な影がブワリと出現する。
 アルくんとは、邪神アルケイマスのこと。
 とある事情で、霊祠に無理矢理 "友達" にされてしまった邪神。
 正式な契約はしていないが、使い魔のような存在だ。
 アルケイマスは強欲なる邪神。
 彼ならば、マーカがどんな笑いを欲しているかも理解るはず。
 そう思った霊祠は、アルケイマスに協力を願った。
『我を何だと思っておるのだ……』
 召びだされたアルケイマスは不愉快そうな顔。まぁ、当然だ。
 そんなアルケイマスに同情しながら、ウィリアムは頷いた。
「なるほど。邪神さんの言う通りにマーカさんを笑わせろってんですね」
「そういうことです。さすがです、ウィルさん」
「うんうん。すごいすごい。さすが、坊ちゃまです」
「ふふふふふ……」
「どうやったら、こんな無茶振り考え付くんですかね」
「ふふふふふ……ん?」
「ゾンビと一緒にいすぎて、脳みそ発酵しちゃったんですかね」
「…………」
「冗談ですよ。冗談じゃないですけど」
「うぅ。どっちですか……」
 苦笑する霊祠を横目に、肩を竦めてウィリアムはアルケイマスと作戦会議。
 さてはて……マーカが求めている笑いとは、いかなるものなのか。
 というか、そんなことまで理解るものなのか?

「何でやねんっ」

 ビシッとアルケイマスにツッこみを入れたウィリアム。
 いや……何をやっているのかというと。漫才である。
 何でも、アルケイマスが言うには、マーカはベタな笑いを求めているらしく。
 即興で漫才をやった。で、ツッこみまで終えたところだ。
 漫才の内容? いや、それは伏せておこう。
 ただひとこと、寒いということだけ伝えておこう。
 大っぴらにするには、あまりにも不憫な出来だったと……そういうことだ。
 シンと静まり返るリビング。
 ただ一人、霊祠だけはケラケラと笑って拍手を送る。
 どうにも、笑いのツボがおかしいらしい。普通ならば、ここで笑えない。
 何ともいえぬビミョーな空気。ウィリアムは沈黙したままマーカを見やる。
 笑っている様子は……ない。当然のことながら、まったくもって無表情。
 手ごたえのなさにゲンナリしながらアルケイマスを見やるウィリアム。
 アルケイマスは目を逸らした。自分の所為ではないと言わんばかりに。
 どうやら、ベタな笑いを欲している、というのは嘘だったようだ。
 強欲なる邪神にも、マーカの欲は見えなかったらしい。
 理解らないのなら理解らないといえば良かったのに。
 嘘までついたのは……召び出されたことに対する責任感のようなものだろうか。
 邪神なのに。向こう(魔界)では、誰よりも畏れられる邪神なのに。
 すっかり使い魔と化している。邪神なのに。何だ、その責任感は。
 いやはや何とも。さて、どうしたものか。
 どうやって笑わせればよいのか、さっぱり理解らない。
 どうしようかな……と首を傾げて考えるウィリアム。
 と、そこへ思慮外の言葉が。
「あんたも死霊師だね」
 ポツリと呟いたマーカ。その目線は、霊祠に向いている。
 霊祠は涙を拭いながら(←笑いすぎ)立ち上がって一礼した。
「あっ、はい。そうです。あなたの足元にも及びませんけども、はい」
 霊祠の言葉に、マーカはクスクス笑った。
 ……笑った。
「珍妙な小僧だね。あんたの望みは、これかい」
 笑いながら、手元に真っ黒な表紙の本を出現させたマーカ。
 タイトルのない、その本を見た瞬間、霊祠は悟る。
 それこそが、未発表の文献であることを。
「み、見せてくれるのですかっ」
「構わんよ。現に、私は笑った」
「ありがとうございます〜!!」
 ピョンピョンと飛び跳ねて喜びながらマーカの傍へ駆け寄る霊祠。
 かなり興奮しているのだろう。帽子が外れて床に落ちた。本人は気付いていない。
 床に落ちた帽子を拾い、ウィリアムは大きな溜息を落とした。
 坊ちゃんの為ならば、どんなことでもしますよ。
 そりゃあね、何だって、こんな無愛想なババァを笑わせにゃならんのだとは思いましたよ。
 でも、坊ちゃんに御願いされたら頑張りますよ。私は。
 漫才なんて初めてやったのに。あんなに虚しい気持ちになったのも初めてだったのに。
 いったい、何の為に私は、あんな恥行を……。
 三時のおやつまで棒に振ったのに……。
 ゲンナリしている様子のウィリアム。
 その隣で、アルケイマスも大きな溜息を落とした。
 邪神の溜息。これほど珍しいものもない。
 まぁ、何だかんだで嬉しそうな霊祠の笑顔が、全てをチャラにするのだけれど。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7086 / 千石・霊祠 /13歳 / 中学生
 6961 / 藁科・ウィリアム /18歳 / バトラー
 NPC / マーカ・リーサ / 62歳 / 学者
 NPC / アルケイマス / ??歳 / 邪神

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 ウィルさんの霊祠くんへの態度が可愛すぎです。
 楽しかったです^^ 気に入って頂けたら幸い。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------