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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Accident ―きつねの宝玉―


 シリューナ・リュクテイアの営む魔法薬屋。そのとき、店内には店主であるシリューナしかいなかった。
 綺麗な装飾品や調度品を眺めたり触れたりしてその美を堪能し、笑みを浮かべる。お客はいないので不都合はない。
「お姉さま、お邪魔しますっ」
 空間を包む静けさを破り、弾んだ声で店内に入ってきたのはシリューナの弟子であるファルス・ティレイラ。
 彼女がこうしてシリューナの元を訪れるのは珍しくないことだ。妹のように可愛がったり、時折玩具にしたりしている彼女を拒む理由はシリューナにはないので、笑顔で迎える。
「いらっしゃい、ティレ」
 挨拶を交わし、少しの雑談の後、シリューナはふと思い出したようにティレイラに告げた。
「そういえば、そろそろ倉庫の整理をしようと思っていたのだけど……ティレ、頼める?」
「もちろんです!」
 力いっぱい頷いたティレイラに微笑んで、シリューナは倉庫へと弟子を連れて行くために立ち上がった。

  ◇

 様々な品々が所狭しと置かれた倉庫に足を踏み入れて、ティレイラは小さく「よしっ」と呟き気合を入れた。大体の手順を頭で組み立て、くるくると立ち回り整理を始める。
 元気に整理を行うティレイラをシリューナは満足げに眺め、しばらくしてからおやつの準備をするために倉庫を立ち去った。
 残されたのは楽しげに鼻歌など歌いながら整理を続けるティレイラ。もちろん、シリューナが見ていないからといって手を抜くなんてことはしない。
 そうして幾許かの時間が過ぎ――。
「……よしっ」
 倉庫内をぐるりと見回して、ティレイラは笑みを浮かべた。
 整理は終わったのだからここですることはもうない。シリューナの元へ行こうと踵を返したティレイラは、ふと倉庫の片隅に置かれていた石像に目を留めた。
 それは狐を模した石像のようだった。今にも動き出しそうなほど精巧に作られたそれの口に、何か光るものが銜えられているのに気付き、好奇心の赴くままに近づく。
 近くで見ると、それは美しい球体だった。透明なそれは水晶のようにも、他のもののようにも思える。
 狐がそれを銜えている様は、まるで大事な宝玉を守っているかのようだ。その綺麗な宝玉が気になり、つついてみるティレイラ。
「あ……っ!」
 触れた瞬間にころりと宝玉が転げ落ちて、ティレイラは驚いて声をあげる。やばいと思い、元に戻すために慌てて宝玉を拾い上げた。
 と、ティレイラの全身を奇妙な感覚が襲った。
 くすぐったい、というよりむず痒い。何なのだろうと思った次の瞬間、ティレイラは驚愕した。
 曰く言い難い感触と共に、自分の身体から尻尾と耳が生えてきたからだ。まさしく『きつね色』のそれは、見た目も感触も本物にしか思えない。
 そう考える間にも変化は進み、手や足も狐の持つそれへと近づいていく。
 咄嗟に抵抗しようとするティレイラだったが、抵抗といってもどうすればその進行を止められるのかすら分からない。
 そうしているうちに変化は口の辺りまで進んでしまい、狐とも人間ともつかない姿へと変わってしまう。
 一体何が起こっているというのか。恐らくは狐の石像と、それが銜えていた宝玉が関わっているのだろうことは分かるものの、どうすればこの状況から抜け出せるかなど検討もつかない。
 どうすればいいのか分からずあたふたしていると、唐突に狐の石像が動いた。
 いくら精巧であるとはいえ、間違いなくただの石像であったそれが動いたことに目を瞠るティレイラ。その石像だったものは野生の狐そのもののしなやかな動きで、ティレイラの中に入ってきた――否、『乗り移って』きた。
 途端、狐の石像と同じ姿になるかのようにティレイラの身体も石化し始める。
 それまでと比べ物にならないくらいの自らの危機を感じて、ティレイラは闇雲に身体を動かしもがいてみるものの、石化は止まる様子を見せず、そう時間の経たないうちにティレイラの全身は石と化してしまった。
 そうして、狐の石像の代わりのように、手に美しい輝きを放つ宝玉を持ち、己の身に起こった事象への驚きと焦りを顔に浮かべた、人間のような狐のような姿の石像がそこには残されたのだった。

  ◇

 妙な魔力を感じてティレイラの元へと向かったシリューナは、倉庫内にいるはずの弟子の姿が見えないことに小さく首を傾げた。
 ティレイラが声もかけずに帰ったなどということは考えられない。不思議に思いながら倉庫内に足を踏み入れ辺りを見回す。そして、片隅に佇む妙な石像に気がついた。
 人間のような狐のような、どちらともつかない姿の石像。遠目に見た限り見覚えのないものだ。つまりシリューナが入手したものではない。
 石像に近づいたシリューナは、その姿にふとひっかかるものを感じてじっと見つめ――そして気付いた。
 石像の顔もまた人間と狐の混じった不可思議なものだったが、シリューナにとってよく見知った顔――探し人であるティレイラのものとよく似ていることに。
 そして、その石像が手にしている見覚えのある宝玉を目にしたシリューナは、この場で何が起こったのかを一瞬で察知した。
 度々このような目に合っているというのに学習しないらしい己の弟子に、くすり、と笑う。
 そっと指先で触れてみれば、石特有のざらりとした触感と、染み入るような冷たさが伝わってくる。
 鼻先が触れるほどの距離から、驚きと焦りを露にしたティレイラの表情を眺め、シリューナは甘やかな笑みを浮かべた。
 普段の表情がころころ変わり、元気に動くティレイラも可愛いけれど、時が止まったこの瞬間にしか見せてくれない姿も可愛いと思う。
 石化を解除するのは容易いことだが、すぐにそうするのはもったいないと考えて、しばらくこのままにすることに決めるシリューナ。
 熱のこもった視線を石像と化したティレイラに注ぎ、いとおしむように頬を撫でる。普段であればやわらかくあたたかいそれは、石化した今は冷たく硬い。
 生来ティレイラが持つ愛らしさと、石像と化したからこそ見ることができる一瞬の美が絶妙なバランスで同居した石像は、シリューナの目をとても楽しませる。
 思いがけず出来た可愛い弟子のオブジェに満足げに笑んで、シリューナはしばしの間その造形美を堪能することにしたのだった。