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End-e
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HAL校内。中庭にて昼寝中の千早。
ポカポカと暖かい春の陽気。柔らかく甘い春の風。
お昼休みを存分に満喫する千早の周りでは、小鳥達が歌う。
さえずりは子守唄。千早は目を閉じたまま、夢と現実を往復。
熟睡できない体質の千早の睡眠は、非常にアンバランスだ。
カサリと音がした。夢の中か、夢の外か。
千早は、ふっと目を開けた。
虚ろな意識の中、千早の目にボンヤリと映る姿。
次第に鮮明になっていく、その姿は……慎だった。
焦点の定まらぬ千早をジーッと見つめ、クスクス笑う慎。
随分気持ちよさそうに寝てたね。起こしちゃってごめん。
でもさ、ちょっと話したかったんだ。クラス違うし、なかなか話せないから。
「食べる、よね?」
ポケットからチョコレートを取り出して差し出す慎。
コロコロとした小さな可愛いチョコレートを見て、千早はニコリと微笑んだ。
その柔らかい笑みの奥に潜むであろう、寂しさ、悲しさ、切なさ。
隠しているつもりでも、慎には理解る。痛いほどに。
「何かあったの?」
千早の隣に腰を下ろし、ブチブチと草を毟りながら尋ねた慎。
千早は、口に放ったチョコレートを飲み込みながら頷いた。
「夢を……見てた」
そう言いながら目を伏せた千早。
儚い横顔に、慎は見入ってしまう。
愛しい人の傍、愛しい人の膝、愛しい人の掌。
その感触に幸せを覚え、このまま時間が止まりやしないかと願う自分の姿。
二人を囲むように紅い花が咲いていて……辺りには甘い香りが漂う。
でも、幸せな時間は続かない。いいや、続かなかったというべきか。
愛しい人の手が、指先が冷たくなっていく。
その感触に顔を上げれば。愛しい人は血に染まっていて。
紅い花に溶け込むようにして、パタリと倒れる。
自分は慌てることも泣くこともしなくて。
動かなくなった愛しい人の頬へ、唇へ、何度も口付けを落とす。
口元には淡い笑み。ようやく、貴女を手に入れることができた。
その満足感と快感が、自然と口元を緩めてしまう。
愛しい人は笑んでいないのに。開眼したまま息絶えているのに。
その表情さえも、美しく思えて。
いつも、そこで目が覚める。夢の外へ放り出される。
アハハハハッて……大笑いする自分の背中を見つめながら。
ポツリポツリと呟いた千早。
最近は、この夢しか見ない。
目が覚めたとき、ひどく切なくて寂しくて。
それでも、また眠る。悲しい気持ちになると知ってなお。
逢えるから。どんなに切なくなったとしても、確かに逢えるから。
その為に、自分は眠るのかもしれない。睡眠の意味を、履き違えているのかもしれない。
初めて聞いた、過去の話。
千早が発した言葉を、慎は "過去" なのだと把握した。
夢の話じゃない。いま、千早が話したのは過去。
確かに経験した、彼の過去を聞かせてもらった。
聞いた後は? ふぅん、そうなんだで終わらせる? まさか。
千早が苦しんでいるのは明らかだ。声を聞けば、そのくらいすぐに理解る。
じゃあ、どうすれば良い? どうすれば、彼を救ってあげることができる?
膝を抱えて座り、沈黙したまま考え込む慎。
そんな慎へ、千早はひとつ、御願いした。
「慎。キミの右手で……解放してあげて欲しいんだ」
消し去って欲しいわけじゃない。放してあげてほしいだけ。
愛しい人は、今も自分の中に。自分と一緒に生きている。
でも、ずっと一緒だと……手を繋ぐことができない。触れることができない。
笑顔は記憶でしかなくて。現実のものじゃない。
触れたいんだ。最後に、もう一度だけ。
見たいんだ。最後に、あの笑顔を……もう一度だけ。
そう告げる千早の瞳には、強い決意が宿っていた。
その瞳に見つめられたら、嫌だなんて言えるはずもない。
慎は微笑み、千早の胸に右手をあてた。
千早の中、意識のずっと奥。
桃色の着物を纏った、黒髪の綺麗な女性がいる。
この人が、千早の愛しい人。どんな手段を用いても一緒にいたいと思えた人。
確かに、綺麗な人だね。花のような人だ。桜……に似てるかな。
どんな人なんだろうって思ってたけど。うん。
良いんじゃない? 好きになるの、理解る気がするよ。
クスクス笑いながら、トンと千早の胸を押した慎。
すると、背中から抜け出た。音もなく、千早の愛しい人が姿を見せる。
後ろを示して慎が頷くと、千早はゴクリと息を飲んで。ゆっくりと振り返る。
あの日と変わらぬ、可憐な姿。長い髪も白い肌も、何もかもが、あの日のまま。
無意識のうちに、千早は腕を伸ばして触れる。
その白い肌に、頬にそっと触れる。
下唇を噛み締めて見つめる千早に、女性は言った。
消え入りそうなほど小さな声で。
「どちらさまですか……?」
その言葉に、ビクリと千早の肩が揺れた。
突きつけられる現実。愛しい人は……長年、自分の中にいた愛しい人は。
一切の記憶を失っていた。自分のことも、千早のことも、何もかも。
ただひとつだけ。変わらないのは、その笑顔。
首を傾げて微笑む女性、変わらぬ優しさと柔らかさに涙が頬を伝う。
声を殺し、肩を揺らして泣く千早を見ながら、女性はそっと手をさしのべた。
俯き涙を落とす千早の頭を撫でて、いつかと同じ言葉を。
「どうしたの。男の子でしょう。泣かないの」
初めて会った日のことを思い出した。
そう、あの日も、貴女は、そう言って僕の頭を撫でた。
すべての始まり。貴女を愛しく想う、そのきっかけ。
千早はゴシゴシと目元を擦り、顔を上げた。
そして、愛しい人の目を、笑顔を見つめて……微笑み返す。
伝えたいのは、感謝の気持ち。
どうして覚えていないんだって掴みかかるような真似はしない。
ただ、ありがとうと。感謝の気持ちを、貴女に贈る。
幸せでした。貴女と過ごした時間。貴女に触れていた時間。
ワガママで欲張りだった僕を愛してくれて……ありがとう。
煙となって消えていく女性。
千早は、空を見上げて微笑んだ。微笑み続けた。
幸せそうに微笑む彼に、つられるようにして慎も笑う。
そんな顔、初めて見た。そんなに幸せそうな顔、初めて見たよ。
ちょっとだけ。ちょっとだけね、悔しいような気持ちもあるけどさ。
慎はニコリと微笑み、包み紙を解いて、チョコレートを千早の口に押し込んだ。
「むぐ……。何……」
目を丸くして驚いている千早。
慎はケラケラ笑い、千早の頭をワシワシと撫でて言った。
「ちーやんの笑った顔、可愛い」
「…………」
照れ臭そうに俯いて、不自然な瞬きを繰り返す千早。
慎はゴロンと寝転がり、視界を埋め尽くす青空にフフフと笑った。
似合うから。そういう笑顔のほうが、きみには似合うから。
もっと見たいな。可愛い笑顔。もっと見せてほしいな。
どうすれば見れるだろう。どうすれば笑ってくれるだろう。
目を伏せて、うーんと考え込む慎。
その隣に千早もコロンと寝転んだ。
パチリと目を開けて見やれば、交わる視線。
瞬きのタイミングが、あまりにも一致しすぎていて。
二人は笑った。まるで、鏡のようだと。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
7888 / 桂・千早 / 11歳 / 何でも屋
6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
シチュノベ発注、ありがとうございました。
End-e(笑んで) 悲しみへの終止符の意味合いも込めて。
不束者ですが、ぜひまた宜しく御願い致します^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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