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あなたがいたから
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どうせなら。
どうせなら、腕の中を選ぶべきだっただろうか。
なんてね……本当に貪欲な心。この期に及んで後悔なんて。
無意味なものだと言い放ったくせに。後悔も、時間も。
不要なものだって言ったくせに。変わりように自分でも戸惑う。
過ぎ行く時間を惜しいと思えたことも、
過ぎ行く時間に幸せを感じていたことも、
全ては、紛れもなき真実。事実だよ。
幸せだと思えたから、僕は望んだんだ。
生きたいって、望んだ。
それはね、誰の為でもなくて。自分の為。
ちっぽけな自尊心。ここにいる、その存在を証明する為に。
愛されていたのも、愛したのも事実。心から。
求めることを知らぬまま過ごしていたら、こんなことにはならなかったんだろうか。
理解らない。問い掛けてみたところで、答えなんて見つからない。
問い掛ける人もいない。答えてくれる人もいない。
ただひとつだけ。
答えが返ってこなくても、訊いてみたいことがある。
愛しい人へ最後の質問。
あなたは、理解っていたんだろうか。
理解っていて、貪欲になれと言ったんだろうか。
去り行くであろうことも見据えていたんだろうか。
もしも。もしも返ってくる答えが「イエス」だとしたら。
何の為に教えてくれたの? 何の為に愛してくれたの?
最終的に遠くへ追いやるのなら、何の為に……。
あぁ、まただ。
また、貪欲になってしまった。油断すると、すぐこうだ。
答えなんて要らないって言ったくせにね。前置きしたくせにね。
求めてしまってる。答えを、言葉を求めてしまっている。
こんなところに、いるはずがないのに。
あなたは遠く。いつものように部屋で本を読んでる。
お昼ごはんの呼び出しが掛かっても、夢中になって。
そんなあなたを呼びに行くのが、僕の役目だった。
ごはんだよって。笑いながら、後ろから目隠ししてみたりして。
今日のお昼はね、シチューだったよ。キッチンから良い匂いがしてた。
ハルカとナナセが作るシチューは美味しいね。みんな大好きなんだよね。
他愛ない話をしながら、みんなで一緒に食べるごはん。隣に、あなた。
何気なくても、幸せだった。そういう、何の変哲もない日常に幸せを感じた。
ねぇ、J。早く行かないと……冷めちゃうよ。
僕はもう、呼びに行けないから。行かないから。
呼びに来るだろうって安心しちゃ駄目だよ。
ねぇ、J……。今、何してる?
やっぱり、本に夢中なのかな。
難しい顔して、読み耽っているのかな。
……ごめんね。自分でも呆れてしまうけれど。
あなたが部屋にいないことを望んでしまってる。
僕を探してくれてれば良いのにって思ってる。
どこにいるんだって、名前を呼びながら彷徨っていれば良いのにって。
それでね、見つからなくて、困ってれば良いのにって。
困って、泣きそうな顔しながらウロウロしてれば良いのにって。
そんなこと……考えてる。可笑しいね。
でも、あなたの所為でもあるんだよ。
僕が、こんなにも欲張りになったのは、あなたの所為なんだから。
あなたが教えたから。あなたが僕を育てたから。
あぁ、違うんだ。責めてるんじゃないんだよ。
恨んでなんかいない。そんなこと出来るもんか。
寧ろ、ありがたく思うよ。こんなにも人間らしくしてくれたこと。
あなたのおかげで、僕は、こんなにも立派に成長を遂げた。
欲張りになり過ぎたって自覚できるくらいに。
後悔なんて、もうしない。質問も、しない。
ただ、ありがとうって。その気持ちでいっぱいだよ。
一緒に過ごした時間、忘れないから。いつまでも。
あなたも忘れないで。僕と過ごした時間を。
……ほら、ね。まただ。また求めた。
一方的なお願い事。
本当、可笑しくって仕方ないよ。
こんなにも欲張りになれた自分が可笑しくて仕方ない。
幸せだったよ。本当に幸せだった。毎日が充実してた。
このままずっと幸せが続きますようにって毎晩お祈りしたよ。
怖くなって。幸せが、いつか音もなく消えてしまうんじゃないかって。
神様なんていないのに。誰に祈っていたんだろうね。
でも、そのくらい幸せだったんだ。失いたくないと思ったんだ。
この空間で生きる時間を。自分自身を、心から愛しいと思えた。
全部、あなたのおかげ。全部、全部、全部。
あなたがいたから。
遠く、遥か彼方。プツンと糸が切れるような音。
ハッと我に返り、Jは顔を上げた。読みかけの本を放って。
顔を上げた瞬間、目の前が真っ暗になる。闇に閉ざされる。
咄嗟に目を閉じてJは笑った。
「ごはんだよ」
悪戯っ子は、今日もそう言ってクスクス笑いながら、そっと手を離した。
Jは肩を竦め、ゆっくりと振り返る。
視界に飛び込むのは、いつもの姿。
小さく頼りない、いつもの姿。
自分が護らねば、傍にいてやらねばならぬと思わせる人。
絶対無二の存在。今までも、これからも、ずっと。
淡く微笑み、優しく頭を撫でてJは席を立つ。
そんなJの腕に絡み付いて、オネは笑った。
いつものように、無邪気な笑顔で。
楽しそうに笑うオネへ、Jは尋ねる。
「今日の昼ごはんは何かな」
「シチューだよ」
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7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
シチュノベ発注、ありがとうございました。
お疲れ様でした。いつかまた、どこかで^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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