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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ漆



「はぁ……、はっ」
 息を吐き出しながら樋口真帆は走っていた。
 再び一ヶ月もの間、雲母の姿を見かけなかった。
 やっと今日、バイト先に現れたということをその店の店員に聞いて真帆は慌てて追いかけたのだ。
 追いつけるかもしれない。
 今なら。
「っ、」
 きょろきょろと周囲を見回す。見当たらないけど……。
(あ、そ、そうだ)
 あの公園になら、居るかもしれない。
 公園への道を真帆は走り出す。



 やっと公園が見えて、そこをうかがう。
 ブランコに腰をかけ、軽く揺らしている人物がいた。深くフードを被った、細身の人物。
(あ!)
 雲母だ。
 真帆は入り口で呼吸を整えると、中に踏み込む。
「雲母ちゃん!」
「…………」
 声をかけると、その人物が顔をあげてこちらを見てきた。そして動きを止め、ブランコから降りて肩をすくめながら立ち上がる。
「こんばんわ」
 ただの挨拶のように軽く言われて真帆は困惑した。
 彼女は、本当に雲母なのだろうか?
 吸血鬼化が雲母に何か悪い影響を与えているのはわかる。肉体の変化よりも、心の変化のほうが問題なのだ。
 闇に染まれば自我を保つのも難しい場合だってある…………まさか。
(そうだとしたら、雲母ちゃんを元に戻さないと)
 近寄る真帆を、腰に片手を当てて雲母は待っていてくれた。
「今日、バイトに出たんだね、雲母ちゃん」
「うん。休んでばっかりは悪いから」
 フードの奥で、雲母がニッ、と笑ったのが見える。
 周囲は不気味な静けさで支配されていた。それが真帆に余計なプレッシャーを与えている。
 真帆は彼女を見つめる。
(血が欲しいって……言わないの?)
 やけに落ち着いている雲母が妙だ。
 もし、血を求められたら……与える覚悟はあった。けれど同時に、その理由も訊く用意があった。
(変わった……のかな)
 どこが、とはっきりは言えない。
 彼女は超常の力を得て、それで高揚しているだけなのではないか?
「あのね」
「ん?」
「ほら、前に一緒に見たじゃない? 星とネオン。猫たちとダンスもしたよね」
「ああ、うん」
 はっきりと憶えているという様子で雲母は頷く。記憶はなくなっていない? では……。
「なんか、雲母ちゃん変だよ」
「そうかな?」
「やっぱり夜とか、闇とか怖い? それだけじゃないよ。それに今の雲母ちゃん、なんか……」
「なんか?」
 真帆の不安を読み取っているかのような口調だった。
「変、っていうか。別人、みたい」
 はっきり言うと、雲母はちょっと思案して、それから笑った。
「本当に、忘れてないよね?」
「さあね。忘れてたらどうする?」
 その瞬間、反射的に雲母の横っ面を引っぱたいた。
 小気味いい音が鳴る。
 勢いに任せて叩いたほうの手が痛い。そうだ。いつだって、叩くほうだって痛いものなのに。
 はらりと、被っていたフードが落ちる。
 綺麗な淡い紫の髪と、その前髪から見える赤い妖しい色の瞳。整った顔立ちの少年だった。いや、青年?
「……痛い」
 小さく、不服そうに洩らす彼に真帆は驚くしかない。
(お、おおおおお男ーっ!?)
 なんで! 何がどうして!
 心の中で絶叫をしてしまう。
 華奢な体躯ではあるが、間違いなく男だ。おかしい。雲母は女の子だ。女性のはずだ!
「ひどい」
 頬を膨らませて恨めしげに見てくる雲母らしき男は、真帆の手を軽く掴まえる。
「あ、あなた誰!」
「誰って、雲母だよ」
「雲母ちゃんは女の子です!」
 混乱のままに叫ぶと、ああ、と彼は納得した。
 人懐こい笑顔をふわんと浮かべた。こういう照れたような笑みは間違いなく雲母のものだ。
「女の子のほうが、いい?」
「はあっ?」
「でも私、男の子のほうがいい」
 明るく言う雲母はパッ、と手を離すや真帆をぎゅぅっと抱きしめた。
(きゃああああああああああーっっ!)
 大絶叫。ただし、心の中で。
「女の子同士だと、血を吸うと変にみられる」
 そう言って、真帆の首にちゅ、とキスをしてくる。
(いやああああぁぁぁぁっっ!)
 セクハラ! セクハラだ!
 真帆は力ずくで雲母から離れようとするが、できない。腕力が違うのだ。
「ほんと、真帆ちゃんて肌が綺麗。もちもちしてるし、すべすべしてる。ふふっ。かわいいなあ」
 とんでもなく危険に聞こえる……。雲母は無邪気に発言しているというのに、真帆には下心があるように聞こえてならない。
「は、離れて……っ!」
「どうして?」
「あなたは雲母ちゃんじゃない!」
 途端、抱きしめられていた手が離される。
 視線をあげると、ものすごい不機嫌な顔をしているのが目に入った。
「ひどい」
 唇まで尖らせる。
 ここまでくればもはや雲母ではない。別人だ。
 確かに顔立ちは雲母そっくりだ。骨格が男性のものではあるが。
「雲母ちゃんを返して」
 毅然として言い放つと、彼はむっと顔をしかめた。
「雲母だって言ってるのに!」
 急に声が高くなった。そして一瞬で姿が雲母のものに変わる。いや、骨格が女性のものになっただけだ。瞳の色も紫色に戻った。
「あ……」
 驚きに硬直している真帆は、背後で足音がして振り返る。
 漆黒の、闇を固めたような長刀を携えて彼女は現れた。
 真帆は身構える。
(遠逆未星さん!)
 未星はゆっくりと闇の中からこちらを見据えた。感情の浮かばない目で、警戒する真帆ではなく……真っ直ぐに雲母を見ている。
「時は来た」
 彼女の声は冷たく、真帆の耳には突き刺さる氷柱のように思える。
「今こそ、依頼を果たす時」
「冗談でしょ」
 雲母が真帆の背後で小さく笑う。
「薄汚い退魔士め。妖魔の血肉を金に換える亡者どもが」
 突然背後から抱きすくめられる。
「遠逆が残虐非道だってのは知ってる。人間を人質にされても、人質ごと殺すってね」
「雲母ちゃ……」
「目の前で貪られる姿を見ても、顔色一つ変えない、いびつな人間の集団」
「よくわかっているわね」
 冷淡に未星が返した。彼女は一歩ずつこちらに近づいてくる。かつ、こつ、と足音が辺りに響いた。
「だから無駄よ。その人間ごときでは、盾にすらなりはしない」
「フ、はははははは!」
 哄笑をあげる雲母の腕が、ゆっくりと男性のものへと変わる。
「盾! なんていう考えだろう! 愚かなり、退魔士! そんなことだから取り逃がすのだ」
「………………」
 無言で返す未星のその美しい顔には何の感情も浮かんではいない。
 ビッ、と耳元で何か変な音がした。ちら、と音のしたほうを見た真帆はゾッとする。
 雲母が真帆の首に回していた右手が斬り落とされていたのだ。
 どさりと地面に落ちたそれ。雲母の切断された腕からは赤黒い血が流れ落ちる。
「人質など無意味、と言った」
「…………」
 雲母は自分の手を見て、眉をひそめる。
「き、雲母ちゃ……」
「……痛い」
 真帆の声に、不機嫌な声で応じるが、落ちた腕が霧のようになって消え去ると、元の腕へと集まって再生した。
 ゆっくりと手を開いたり閉じたりしていた雲母は、すっと目を細めた。その瞳が禍々しい赤色に染まる。
「痛いじゃないか」
 真帆の肩や首に回された手に力がこもった。
 見れば、雲母の手の爪がいつの間にか伸びている。その不気味さに身が震えた。
「私がいなかったら、真帆ちゃんがケガしてた。ひどいぞ、退魔士」
 雲母の言葉に怯むことなく、未星は長い刀を構えている。未星との距離は5メートル以上は離れている。それなのに、攻撃はこちらに届くと言わんばかりの……いや、実際、届いた。
 未星が現れたら退治を妨害しようと思っていたのに……。こんなに攻撃が速いとこちらは手を出せない。
「メロム=スプリング。ここでおまえは死ぬ」
「…………やだ」
 子供っぽく軽く、言う。
(メロム?)
 疑問に思う真帆を、背後から雲母が抱きしめる。その手は優しく、力強い。
「はいそうですか、って納得するわけないじゃない。こんな私にも、真帆ちゃんは優しくしてくれた。闇の住人が恐ろしくないって、言ってくれた」
「…………」
「嬉しかったよ? そりゃ、真帆ちゃんはふつーの人間じゃないもんね。でもさ、ひとりぼっちの吸血鬼には、効果覿面だった」
 歌うように、囁くように雲母は言う。
「怖がってる私に優しく手を差し伸べてくれた。あぁ、友達っていいなあ。もっとこの子と一緒に居たいなあって思った」
「メロム」
「ずるいよ。偽の人格は構ってくれても、真帆ちゃんは私を怖がるんだもん」
 にせの、じんかく?
 真帆は緩く首を動かし、背後の人物を見上げる。そこに居るのは、男性の姿はしていても雲母に違いない。
「雲母、ちゃんは?」
「さあ?」
 にこやかに微笑む彼。真帆は視線を未星に移動させる。
「…………藍靄雲母は、半年前に死亡が確認されているわ」
 未星の言葉にショックを受けて棒立ちになっていると、雲母がけらけらと明るい笑い声を洩らした。
「おいおい、曲げた言い方するんじゃない、退魔士。ここに、彼女は生きている」
「喰った人間になりすましていた外道が」
 一瞬後には、未星が真帆の目の前に居た。彼女の俊足に風があとから追いつき、真帆の髪を揺らす。
 漆黒の刃が真帆の首ごと斬られる直前に、それを食い止めたのは雲母だ。未星の手首を掴んでいる。
「人間如きが……私に敵うと本気で思っているなら!」
「っ、」
 未星の手首が妙な方向に曲がり始める。彼女はそちらに視線を遣り、素早く武器を放して雲母の手を振り払った。そして一瞬で距離をとる。
「本気で来いよ、退魔士! おまえも化物ならっ!」
 雲母の挑発に、未星の無表情が怒りに染まった。彼女の冷たい瞳に、憤怒の炎が揺らめく。
「いいだろう、吸血鬼よ。今宵がおまえの死ぬ時だ。――血反吐を撒き散らして命乞いをしろ」
「ははははは! そうこなくちゃ!」
 途端、雲母は真帆の首に牙を突き立てた。痛みで真帆が顔をしかめる。
 血液が吸い取られていく。激しい虚脱にめまいがした。
 最後に軽く、傷に口付けをして雲母は真帆から手を離した。力が抜けた真帆はそのまま地面に座り込んだ。
「あー、ごめんね真帆ちゃん。大丈夫、すぐ終わるよ」
 柔らかい微笑を浮かべた雲母を、真帆は顔をしかめて見上げる。噛まれた傷が痛い。
「ここで戦ったら真帆ちゃんが巻き添えになる。場所を移そう、退魔士」
「………………」
 雲母を睨みつける未星はちら、と真帆を見遣るがすぐに視線を雲母に定めた。
「さあ! 決着をつけようか、退魔士!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや・きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 問答無用に血液をとられてしまいました……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。