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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


最後の願い〜煙草と酒と嘘ひとつ

 夜とも昼ともわからない薄暗い店内。ぽわりと浮かぶ仄かなランプの明りの向こうで、店主の碧摩蓮が怪しげな笑みを浮かべてなにやら見つめている。
 オリエンタルなそのデザインは、まるでアラジンに出てくる魔法のランプのようだ。使い込まれた感は否めないが、雑に扱われてきたわけでもない。
 曇り、輝きを失った金色はどこか侘しさも感じさせる。
 蓮が困惑しているのは何もランプが薄汚れているからではない。
 白い煙が蓮の手元から立ち上り、きつい香の匂いが纏わりつくように店内へと広がっていく。
 現れた魔人はゆっくりと告げる。

 最後の願いがまだなのだ、と……──。

 来生十四郎は、小さく唸り、
「ネタにはちょうどいいがなぁ……。なあ、蓮。お前どこからこんな物仕入れてくるんだ」
 見上げた先にナイスボディを惜しげもなく晒す、オリエンタル美人がいる。ただし、蓮の店らしく女は白煙に包まれ……浮いていた!?
 来生はポリポリと眉間を掻き、
「最後の願いってヤツを聞けばいいって言われてもな、代償に命やら魂を寄越せって言わねえよな?」
「言わないさ。あたしは早く厄介払いしたいだけだから」
「そんなモンを素人に頼むなよ」
 そう一人ごちたが、危ない橋でもそれに見合うネタなら許容範囲である。
 にっこりと蕩けるような微笑を浮かべた魔人の女が、濡れて光る唇を開けた。
「命をくれなんて言わないわ。私は自由を手にしたいだけ」
「とか言っといて願いが叶った後に、適当な理由つけて命をもらうってんじゃ詐欺だぜ?」
「嘘かどうかは叶えてからにしない?」
 ウィンクしながらしなを作る魔人。
 唸りながら腕組みをして数分。覚悟を決めた来生は、自分を鼓舞するように太腿を平手打ちした。
「その願い。インタビューに答えてもらうってことでいいか? まあ、俺の願いなんだからイヤとは言わせねえけどな」
 言いながら踵を返す。後ろの魔人に向け、人差し指をクイクイと動かした。魔人は小首を傾げた後、自らランプを手に持ち、来生の後を追った。
「じゃあ、頼んだからねぇ」
 呑気な店主の声に、来生は軽く手を振って答えた。

インタビューはホテルの一室で――と言いたいところだが、生憎そんな持ち合わせはない。新宿にある安価なショットバーへ行き、カウンターの一番奥に陣取った。
 中東らしくワインでも、と思ったが性に合いそうにないなと、来生はバーボンの101プルーフを注文した。魔人に飲み物を訊ねたら、
「私を酔わせてどうするつもり?!」
と、ドン引きしそうな答えが返ってきた。
 ソフトドリンクを頼み、インタビュー開始だ。皮革製の手帳を取り出す。
「まずはランプに閉じ込められた経緯ってヤツを、教えてもらおうか」
 背もたれのない丸いスツールに腰を下ろしながら、訊く。魔人も同じように隣席へ腰を下ろした。
 そうね、と指先を唇へ宛がい、天井を見上げる。妖艶に組み替えた足に、周囲の男共の視線が集中する。
「魔人ていうのは、私以外に何人もいるの。初めはそれぞれが勝手に動いていたんだけどね、その内、組合が出来たの」
「組合ぃ?!」
 思わず頓狂な声を出してしまう。そんな人間臭いものがあるとは――面白い。来生は口角を僅かに上げて、ニヤリと笑った。
 正式名称を魔道人道協同組合といい、略して「魔組」なんだそうだ。
「ランプの存在定義はなんだ?」
「必ずしもランプというわけじゃないのよ。担当地域によって、媒体の形状は変わるから」
「媒体?」
 メモを取る手がピタリと止まる。
「人間と契約する為の、ね。だから中東を担当する私はランプだっただけで、日本に派遣されていたら急須にでも住まわされていたかもね」
 ふふふと笑い、カウンターに置かれたフレッシュジュースを一口含んだ。
「なるほどな。ランプは契約の為の媒体に過ぎず、その形態は担当地域によって変わる……と。それで? 肝心の閉じ込められたっていう理由は?」
「えー。どうしても話さないとダメなのぉ?」
 オリエンタルコスプレ女は、上目遣いで甘ったるい声を出した。
 そこを話してこそ最後の願いだろうが。思いはしたが口にはしなかった。
「しょうがないなあ。自慢できるような話じゃないんだけど」
「自慢話が聞きたいわけじゃねえから、気にせず続けろ」
 魔人は、「えー」と口を尖らせたが、渋々話し始めた。
「上司のムスターファに閉じ込められた」
「……誰に、じゃなくて理由を言え。組合なだけあって、ちゃんと上司っているんだな。一応メモッとくか」
「えー」
「えー、じゃねえ。話せ。じゃないと最後の願いが完遂できねえぞ?」
「なんで? ランプに閉じ込められたのは上司に怒られたからなんだから、叶ったも同然じゃない」
「同然じゃダメだろうが。……そこか、理由は。お前、叶え方が大雑把過ぎて閉じ込められたんだろう」
 図星だったようで、ぐうの音も出ない様子。
「2、3回命令を無視したぐらいで謹慎処分なんて。厳しすぎると思わない? ぐすん。今夜のお酒は目にくるわ。なんか汁が出てくるもの」
「お前のそれはジュースで、目から出てんのは涙だろ? 間違えンな」
 黙っておこうかとも思ったが、つい突っ込んでしまった。
「おかげで100年間表に出られなかったから、営業もできなくてね。つまんなかったぁ」
 来生のツッコミを軽く無視して、魔人は話を続ける。
「営業って……人間との契約のことか。それを叶えることで何の利を得るんだ?」
「一時の自由。得られる時間の長さは叶えた願いの質によるんだけど、それを査定するのが上司のムスターファってクソ野郎でね」
 おいおい上司に向かってクソ野郎はないだろう。わかるけどな。
 ボールペンで意味のない図形を手帳に書き込みながら、小さく笑う。
「私の査定は特に厳しいのよ。だからその短い自由時間の中で次の契約者をみつけて、願いを叶えなきゃ、すぐに終わっちゃうの」
「質より量か、お前の魔法は」
「大事なのは結果よ、結果。叶えたっていう結果が重要なのよ。内容の密度なんて人間の裁量で変化するんだもの、そんなのですべてを計られてちゃ割りに合わないわ」
 魔人が言うことに理解はできる。来生は微苦笑を浮かべながら、潰れかけた煙草を取り出して火を点けた。
「じゃあ、次の質問な。そのランプ……媒体はいつ、誰が作ったんだ」
 煙草を指に挟んだまま、目尻を掻く。
「いつ、かはわからないけど。作ったのは魔組設立時の組合長と各地区を治める組合区長よ。アジア、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパの5人で作成したっていう話。私は新参者だから、その時代を知らないの」
 ますます人間臭い話だと思った。しみじみ思いながら、来生は手帳を閉じる。
「子供向けのミステリーにはちょうどいいかな。煙草代くらいは出してもらえるだろ」
 最後の一服で、煙草をフィルター近くまで吸い、灰皿へ押し付ける。残ったバーボンも一気に煽り、席を立った。
「これで俺の願いは叶った。後は証拠品として取材メモといっしょにランプも渡す。――いいな?」
 魔人はソフトドリンクのグラスを高く掲げ、スツールをくるりと回した。来生へ向き直った彼女は、褐色の足をゆっくりと組み替える。
「いいわよー。後は貴方が心の中で、満足したと思ってさえくれればいい。それで私の自由時間の長さが決まるから。頼んだわよ」
「それは俺がもらう報酬次第だな」
 ちっ、と魔人はレディらしからぬ舌打ちを打った。

「信じる信じないは、そちらさんの自由だ」
 編集長と呼ばれるデスクにだけ明かりが灯る、薄暗い編集室で来生が楽しそうに言った。
「うちは子供向けじゃないんだがなぁ」
 禿頭をぺちっと叩きながら、男が嫌味な微笑を浮かべつつ答える。胡散臭い証拠の品を指先で弾き、
「まあ、少し大げさなくらいが面白いからな。どんな記事になっても文句は言うなよ?」
「言わねえよ。それなりの報酬がもらえりゃ、俺はそれで満足だ」
 来生は手帳の一部をちぎり取り、ポイと机上へ放り投げた。
「振込みよろしくー」
 じゃ、と軽く右手を振り、編集室を後にした。

 ランプとネタ帳を渡してから一週間程経った頃。慌てた声で携帯に掛けてきた禿げ編集長の言葉に、来生は、「うまいな、その話」と笑った。
「ふざけんな。夜な夜なランプから女が出てくるんだぞ? 美味い不味いどころじゃねえよ」
「いい女なんだろ?」
 来生の脳裏には、艶っぽい魔人の姿が浮かぶ。
 そうか、ちゃんと自由になれたんだな。じゃあ今は次の契約者探ししているのか?
「遠慮しないで願い事叶えてもらえばいいじゃねえか。自分の身を削ってネタにする。さすが編集長ともなると、やることが違うね」
「バカ野郎! 俺が独身ならいいよ。嫁の前でも出てくるんだから、サイアクだ」
「嫁の前でも遠慮なしか」
 またえらく強引な営業だな。そんなだから謹慎させられるんじゃねえのか、と思ったが、すでに自分の手を離れたランプのことなど知るものか。
「逃げられたら、魔人に戻してもらえばいいじゃねえか。それで願いがひとつ叶えてやれる」
「おお、いい案だな、……って元はといえばテメーが持ってきたネタのせいじゃねえか!」
 ぎゃあぎゃあと生ゴミの日に集まるカラスみたいに叫ぶ男からの電話を切り、ついでに電源も切る。あの調子だとしばらく連絡を取らないほうがいいだろう。
「俺がいくら満足したとか思っても、あんな営業じゃぁ、また謹慎処分だな」
 くしゃくしゃになった煙草の箱から、1本取り出し、火を点ける。報酬で買ったシングルモルトの栓を開け、グラスにそのまま注いだ。
 少し値の張る買い物だったが、棚ボタで手に入れた金である。使ってもさして惜しいとも思わない来生は、蜂蜜色のスコッチを一気に煽る。
 今夜も魔人は現れるのだろうか。
「ガンバレ……」
 歪んだ笑みで呟いた。それが誰に向けてのものかは不明である。