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病姫
その姫様に魅入られた者に――未来は存在しない。
人目を引く赤い紅を引き、艶やかな黒髪のその女性は『病姫（びょうき）』と呼ばれる妖怪の一種である。
「‥‥何処か、具合でも悪いのか‥‥？」
雨の中、電信柱の所で蹲る女性に草間武彦が話しかけると「‥‥優しいのね」と蹲りながら女性は草間武彦を見上げる。
「私が此処に座り込んでから一時間以上が経つけれど、声を掛けてくれたのは貴方だけだったわ」
妖艶に笑みながら呟く女性だったが、草間武彦は言いようのない不気味さを感じて一歩後ずさる。
「私――貴方が凄く気に入ったわ、だから一緒に行かない？」
女性が呟いた瞬間、草間武彦はクラリとその場に膝を着く。
「お兄様！」
そこへ零が慌てて駆け寄ってきて「‥‥妹？」と女性は首を傾げながら顔色を真っ青にしている草間武彦を見つめる。
「まぁいいわ、最後にお別れしてね。三日後、貴方の命は私が貰い受けるわ。一緒に永劫生きていきましょうよ」
女性はそのまま何処かへと去り、草間武彦は原因不明の高熱にうなされ、意識不明となっていた。
「‥‥今日が三日目、誰か、誰かお兄様を助けて‥‥」
視点→黒・冥月
「怪奇誘引体質め、自業自得だ」
彼女――冥月が草間興信所にやってきて、寝込んでいる草間武彦を見ながら最初に呟いた言葉がこれだった。
しかし、当の本人から言葉は返ってこない。普通ならば『好きで巻き込まれているわけじゃない』とか『俺はハードボイルドな探偵なんだ』とか反論して来る筈なのに。
だけどそれも無理はなかった。何故なら草間武彦は妙な女と関わったばかりに意識不明となっているのだから。
「返事がないな、本当に意識がないのか」
冥月は草間武彦の顔を覗き込みながら呟くと「あれからお兄様の意識は戻りません‥‥」と零が悲しそうな表情で話しかけてくる。
零は目を覚まさない草間武彦の看病などで疲れたような表情をしており、それ以上に草間武彦を心配する気持ちの方が強いようだ。
「正直、草間はどうでもいいが零を独りにする訳にもいかんな」
冥月はため息混じりに呟き「詳しく状況を教えてくれ」と零に言葉を返した。
「お兄様を‥‥助けて下さい。お願いします‥‥」
零は深く頭を下げながら冥月に話しかけると「目の前で死なれても寝覚めが悪いからな」と再びため息を吐いて言葉を付け足したのだった。
「とりあえず、詳しく話を聞かせてくれ。何も情報がないと此方としても対処し難いからな」
冥月がソファに腰掛けながら問いかけると「私も詳しくは分からないんです」と申し訳なさそうに零が言葉を返してくる。
「直ぐそこ‥‥窓から見える電信柱の所に女の人が蹲ってて‥‥お兄様が様子がおかしいと言って降りていったんです――ですが」
戻りが遅いので様子を見に行ったらお兄様は倒れていました、零は悲しそうに目を伏せ、俯きながらポツリ、ポツリと言葉を呟く。
「つまり、詳しい能力は分からないという事か――厄介だな」
ため息混じりに冥月が呟くと「お役に立てなくてごめんなさい」と零は申し訳なさそうに言葉を返してきた。
「いや――聞く必要はなさそうだ、本人が来ているみたいだからな」
冥月が興信所入口の方を険しい表情で見ながら呟き「え？」と零も視線を其方に移す。
すると――‥‥冥月にとっては初対面、そして零にとっては見覚えのある女性が壁に寄りかかりながらにっこりと微笑んでいた。
「こんにちは、声は掛けたんだけど返事がなかったから勝手に入っちゃったわ」
ごめんなさいね、と言葉を付け足しながらも全く悪いと思っていなさそうな表情で女性は二人に話しかけてくる。
「‥‥名前くらい名乗ったらどうなんだ」
冥月が眉間に皺を寄せながら女性に問いかけると「ヒメと呼んで、そういう貴方は？」とヒメと名乗る女性が冥月を訝しげな表情で見る。
「そっちのお嬢さんは妹だったわよね、貴方は？ もしかして――あの人の恋人？」
ヒメは冥月を草間武彦の恋人だと勘違いしたのか「彼は渡さないわよ」と敵意を見せながら睨むように冷たい視線を突き刺してくる。
「‥‥零、今の私の正直な感想を言っていいか？」
冥月の言葉に「何ですか？」と零は首を傾げながら聞き返す。
「助ける気が失せた」
勝手に恋人と勘違いされ、冥月は心から迷惑そうな表情を露骨に出しながら短く呟く。
「え、えぇっ！ そ、それは困ります‥‥」
零が慌てたような表情で言葉を返してくるが「‥‥冗談だ」と冥月はため息混じりに答える。
（「‥‥本気８割で冗談が２割だけどな」）
冥月は心の中で毒づきながら「勝手にあんな男の恋人にしないでくれ、不愉快極まりない」とヒメを睨みながら冥月が話しかける。
「あら、じゃあ私の恋路を邪魔する理由はないでしょう？ とっとと引っ込んでいて下さらないかしら？」
ヒメがにっこりと笑みながら呟くと「そうもいかないんでね」と彼女も壁に寄りかかりながら「アイツを元に戻してもらおうか」と先ほどより威圧感を乗せた視線を向けながら冥月がヒメに話しかける。
「私は――「お前の事情は一切考慮する気はない、あの馬鹿を解放してさっさと帰れ」――‥‥」
ヒメが何かを言おうとしたが、冥月が言葉を遮って言葉を紡ぐ。途中で言葉を遮られたせいか、ヒメから笑みが消えて「‥‥人の話くらい聞いてくれてもいいんじゃない？」と感情を感じさせない表情で言葉を投げかけてくる。
「どうせロクな事じゃないだろう。聞くだけ時間の無駄だ」
「酷い人ね、人の恋路を邪魔して‥‥私はただ好きな人と一緒にいたいだけなのに」
「一応聞くが、お前は『何』だ」
冥月が問いかけると「私は病を司る妖怪、愛する者を病気にさせ、魂を喰らい、愛する人と永劫を生きるもの」と暗く不気味な笑みと共に呟く。
「‥‥随分と趣味の悪い妖怪なんだな」
「何とでも言いなさい、私達はずっとその方法でしか人を愛する術を知らないもの」
「ちなみに、アイツを元に戻す為にはどうしたらいいんだ？」
冥月が問いかけると「私が病を解除するか、私が死ぬか――かしらね」とヒメは笑って言葉を返してくる。
「そうか。なら死ね」
淡々と呟きながらソファに座り、目を伏せてそのまま影の能力を使用してヒメの首を刎ねる。
「きゃっ‥‥」
零の呟きが部屋の中に響き渡り、それと同時に床に首がドスンと落ちる音が響く。
「‥‥‥‥酷い事をするのねぇ、普通なら死んでるわよ。これ」
手で首を拾い上げながらヒメが口から出る血を拭い、じろりと冥月を見ながら呟く。
「‥‥へぇ、生きてるのか」
「そうね、私達は限りなく不死に近い一族なのよ。首を刎ねられたくらいじゃ死にゃしないわ」
ヒメは呟き首を元の位置に戻す。
「それじゃあ、此方の番ね――‥‥悪いけど愛する人を蝕む病だけじゃないのよ、私が使えるのは」
ヒメが呟き、攻撃を仕掛けようと構えた瞬間――冥月はヒメの耳以外の全身を影で覆って拘束して影内に沈ませる。
「手を引かぬのならそこに独りでいろ、永遠にな」
脅すように低い声で冥月が呟くと「いや、いやよ‥‥折角出会えた人なのに」と震える声でヒメが言葉を返してくる。
「折角出会えた優しい人、私の身を案じてくれる人、何で邪魔をするの――私はただあの人を好きになっただけなのに」
「もう一度言う、手を引かぬならそこに独りでいろ、永遠にな」
影内は一つの次元になっており、決して脱出する事は出来ないというものだ。
「‥‥いや、私はあの人に愛されたいの、愛したいだけなのに――」
ヒメは震える声ながらも拒否の言葉を呟き、そのまま残った体部分も影の中へと沈んでいき、やがて影に飲み込まれて消えていった。
「‥‥周りが見えていない女の激情ほど厄介なものはないな、病で人を死に至らしめる愛し方があってたまるか」
ヒメには届かぬと分かっていながらも冥月は呟いたのだった。
「今回は世話になったようで‥‥」
あれから草間武彦が目を覚まし、命を救われたという事を零から聞かされた草間武彦は頭を下げながら礼を言う。
「そう思うなら命の恩人に茶と菓子くらいは出せ。お前のせいで私は物凄く不快な事を言われた」
思い出しても腹が立つのか冥月は拳を「ぐ」と強く握り締めながら低い声で呟く。
「何だ、男女とでも言われたのか？」
草間武彦が言葉を返すと同時に布団の中へと彼の頭がめり込む、それは冥月が頭から押さえつけたせいだ。
「それが命の恩人に言う台詞か？」
結局、いつもの草間武彦と冥月のやり取りに零は安心したように微笑みながらその様子を見ているのだった。
ＥＮＤ
――出演者――
2778/黒・冥月/20歳/女性/元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
―――――――
黒・冥月様＞
こんにちは、再びご発注頂きありがとうございました。
終わり方一任と言う事でしたが、内容の方はいかがだったでしょうか？
気に入って頂ける内容に仕上がっていると嬉しいです。
何かご意見やご感想などありましたら、聞かせて下さると嬉しいです♪
それでは、今回は『病姫』にご発注くださり、ありがとうございました！
2009/3/13
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