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<東京怪談ノベル(シングル)>


Heartless battle.T

 何日か前にこの屋敷へやってきた一人の女。いつもは他のメイド達とさして違いはないようにさえ見えるが、ふとした瞬間明からに不可解な行動を見せる。
 この女の名は、確か高科瑞穂と言っただろうか。
 その不可解な行動…他の連中がどう思っているかは分からないが、俺の目から見れば余りあるように見えた。
 そして行動以外にも不自然なところがある。いかにもメイドらしからぬ、変わった格好をしているのだ。
 ミニスカートのニコレッタメイド服、ガータベルトのニーソックス、膝まである編み上げの皮のロングブーツ…。ここまではいいだろう。しかし…普通のメイドがグローブなど嵌める必要があるだろうか。
 胸元の大きく開いたメイド服から覗く、絹のようにきめ細かで張りのある白い豊かな双丘は、寸分違うことなく形が整い綺麗な弧を描き、動く度にたわわに揺れ男どもの視線を常に釘付けにしていた。腰周りは女性らしく細くくびれ、余分な物は何一つ付いていないしなやかなラインをしていた。極度に短いミニスカートから、動いていると時折覗く尻もまた形が整い、申し分ない。そこらのモデルにも引けをとらない体つきだ。絹糸を思わせる長い茶色の髪は余程手入れを入念に行っているのだろう。ツヤがありサラサラとその肩や背中を良く滑っている。
 なるほど…。普通の女としては男どもは捨て置かないほどの魅力が十二分にある。…この女がごく普通の女であれば、の話だが。
 あまりに不自然な行動を見せる事がどうにも気になり、調べてみると疑わしい情報が入ってきた。
 自衛隊にある極秘裏に設置されたと言う特務警備課…。こいつは相当臭うな。
「おい」
 この日、一目を盗んでどこかへ向かおうとする瑞穂を呼び止める。いよいよ実行に移すつもりか?
「あまりウロチョロするんじゃねぇぞ」
 警告のつもりでそう言うと、瑞穂は顔色一つ変える事無く笑顔でこちらを見る。
「承知してます。それとも、何か私に良からぬ疑いでも…?」
「………」
 瑞穂はそう言うと便所のある方向へと向かい歩き出した。
 この女の言う事はどこか信用ならない。俺は長い廊下を歩く瑞穂の後を一定の距離を保ち気配を消しながらつけた。すると、瑞穂はふと足を止め警戒するように背後や左右前方の様子を窺いだし、いかにも怪しげな動きを見せた。
 こいつは“当たり”だな。その廊下の突き当たりにはIO2の情報と資料が保管してある地下室へと続く階段がある。高科は周りに誰もいない事を確認すると迷う事無くそちらに向けて歩を進めた。
 用心深く下りて行く瑞穂はバレていないとでも思っているのだろう。
 俺はそんな瑞穂の後を悟られないようそっと後をつけ、同様に地下室へと下りて行く。
「……こんなにたくさんの資料があるなんて」
 俺がつけているとも知らず、無防備にも地下室のドアを開けっ放しにしているのはこの女の大きな失態の一つだろう。
 背後から近づく俺の存在に気づくこともなく、瑞穂は綺麗に並べられた資料の入ったフロッピーを一つ一つ丹念にキャビネットから引き出している。
 足音を立てぬよう、ゆっくりと近づき肩に手を伸ばした。
 その瞬間、気配を感じた瑞穂は素早く翻るとその場を飛び退き、俺を睨み付ける。その手にはしっかりと数枚のフロッピーが握り締められていた。
「…コソ泥みてぇな真似してんじゃねぇ。そいつを返せ」
「ふん、それは出来ない話ね。残念だけど私にもやることがあるの」
「…何だと?」
「それにしても、まさかつけられているなんて私とした事が気づきもしなかったわ…。落ちたものね」
 自信に満ちた笑みを浮かべながら、ワザとらしく自分を自嘲してみせた。
 くだらない…。
「体格から見ても、お前はなかなかのやり手に見えるけど…。見掛け倒しって事もあるわね」
 小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らしながらクスクスと笑ってみせる。
 俺はそんな挑発に乗るような人間じゃねぇ…。自分に自信のありすぎる奴と若い奴ほど良く吠えるものだ…。
 瑞穂はフロッピーを手に腕を組み、嘲笑う。腕を組んだ事で、ただでさえ豊満な胸が両腕を抱きすくめるような形で寄せられ更に強調される。
 ただの男なら鼻の下でも伸ばして何も出来なくなるのがオチだろうが、こんな小娘の色仕掛けに絆されるほど俺は若くない。
 トントンとフロッピーの端を顎に当てながら少し考える素振りを見せ、靴音を立てながら俺の目の前を右に左に行ったり来たりしてみせた。
 そして何度目かの往復の後俺の真正面に立ち、すでに勝ち誇ったかのようににんまりと笑った。
「そうね…。これを取り返したいなら、私を倒して力づくで奪い返してみるがいいわっ!」
 言い終わるが早いか、瑞穂は素早く俺の背後に回りこみ両手を組んだ手を振りかぶって後頭部への打撃を浴びせられる。
 背後からの攻撃に俺は瞬間よろめいた。
「はあぁぁあぁぁっ!!」
 瑞穂は攻撃の手を休めることなく、よろめく俺に攻撃を浴びせかける。
 俺は攻撃をまともに喰らいつつも腕を振りかぶり、瑞穂に向かって腕を振り下ろす。しかし瑞穂は余裕の表情で俺の攻撃をかわし、振り下ろした俺の腕は傍にあった機材の乗ったラックをくの字に折り曲げ、周りにあった書物が激しく四散する。
「力はあるようだけど…スピードでは私の方が上ね!」
 瑞穂は腕を引き上げそちらを振り返ろうとした俺の懐に飛び込んでくると、ビュッと空を切る音と共に白く長い足が目の前に現れる。正直俺は面食らった。
 振り上げた足は避ける間もなく早い動きで俺の頭上に踵落としを喰らわせる。
 ミシリ…と奇妙な音が耳の奥で響き渡った。
 スピードでは断然的にこいつの方が遙かに上回っている。頭の骨を僅かに砕かれた。うかうかしていられねぇ…。
 頭上に鋭く突き落とされた踵落としにグラリと揺らめいて前のめりに倒れそうになる。そこをすかさず瑞穂は拳で顎をぶち抜いた。
 ゴキリと言う鈍い音。突然の攻撃に、俺は自分の舌を噛み口から血を噴出す。
 今度は後ろ向きに倒れこみそうになったところを、瑞穂は素早く背後に回りこみ背中に膝蹴りを繰り出した。
 ヨロリとよろめき、俺は2、3歩前に歩み出た。そして口に溜まった血を勢い良く地面に吐き捨てる。
「いてぇじゃねぇか…」
「そうでしょうね。当然よ」
「……っけんじゃねぇっ!」
 余裕綽々と言った顔がどうにも鼻についてならない。
 苛立った俺は振り返りざまに勢い良く拳を繰り出した。
「!」
 今度は瑞穂が瞬間的に面食らった顔をするが、腹部にめり込んだ俺の拳であっという間に部屋の片隅に吹っ飛ぶ。
 壁にヒビが入るほどの衝撃で打ち付けられた瑞穂は血反吐を吐き前のめりに倒れこむ。しかし並みの鍛え方ではないのだろう。すぐに腕を突いて起き上がると荒い呼吸を繰り返しながら口元の血を拭い去る。
 その様子から骨までの損傷はまだないようだ。
 俺は軽く舌打ちをした。
「ゆ、油断したわ…。でも、こんなまぐれで当たった攻撃なんて次は通用しないわよ!」
「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞっ!」
 先ほどとは打って変わり、殺気立ったような鋭い剣幕で俺を睨み付ける瑞穂は、ぐっと地面を踏みしめ素早く駆け込んでくる。唸りを上げて飛んでくる拳を、俺は腕でガードし弾き飛ばした。
 しかしすぐさま次の攻撃を繰り出してくる瑞穂の攻撃に、苛立ちと僅かな動揺に翻弄された。