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<東京怪談ノベル(シングル)>


Heartless battle.X

 俺は深い溜息を吐き出した。
 正直、ここまで手こずらされた人間はこれまで出会った事がない。
 冷たく見下ろす俺の目の前で一人呻きながら動き回る瑞穂の姿に、心底嫌気がさした。目の前でこうして動いている姿を見るのもうんざりする。
 もんどり打つ瑞穂の身体に足を掛け、乱暴にゴロリと向こう側に転がすと一度小さく鳴いた。
 そのくせ、視線だけはやたらと攻撃性を秘めているのが鼻について仕方がない。
「…っち」
 ここで手を差し伸べてやるような俺じゃねぇ。覚悟しろ。
 一度俺は右足を後方に振り上げ、さながらサッカーボールをゴール目掛けてロングシュートするように思い切り瑞穂の身体を蹴り上げた。
 バスンっ! と砂袋を蹴った時のような音と感覚。瑞穂の身体は蹴り上げた衝撃で大きく揺れ動いた。
「ぐぇっ!!」
 ガマ蛙のように潰れた醜い声だ。痛みのあまりに顔はおろか、声までも醜く変わったらしい。無様すぎて笑える。
「まだ鳴く気力はあるみたいだな? どうだ、助けてくださいと言ってみる気になったか?」
 失笑にも似た笑みを浮かべながら問いただしてみるが、荒い呼吸以外瑞穂からの返事はない。
 うつ伏せに倒れこんでいる瑞穂の髪を鷲掴みにし、無理やりその顔を引上げると骨が折れて曲がった鼻と、原型を留めない歪な形の顔が露になる。
 鼻血を拭う事もできず、自分の意思で泣いたのか、それとも自然とあふれ出た物なのかは分からないが、頬を伝う涙を拭う事もなく垂れ流したままだ。
「汚ねぇな…」
 小馬鹿にしたように笑いながらそう訊ねた。
 瑞穂は短く呼吸を刻み、震える唇を僅かに開きながら吐き出す息と同時に言葉を漏らすが、それはとても小さく、耳に届き辛いものだった。
「………い…」
「あ?」
「………さい…」
「聞こえねぇな」
「……うる…さい…」
 掠れ切った声で、しかしハッキリと瑞穂の口からそう発せられた。
「っざけんじゃねぇっ!!」
 苛立った俺は掴んでいた髪を乱暴に突き放すと、勢いがついて途中で止めるほどの力がないのか、瑞穂は地面に顔面を強打した。
 俺は続け様に何度も砂袋のような感覚の身体を蹴り上げる。その度に瑞穂の身体が激しく揺れ動いた。
 一方的に蹴られる瑞穂の手は身体を抱きしめ、その身を出来る限り丸めて最後の抵抗とも取れる防御の体制を取っている。
「ふ、ぐぅっ!」
「そろそろくたばりやがれ! このアマ!」
 何度目かの蹴りの後、ガツンと音を立て、俺は自分の足を瑞穂の頭を踏みつけた。その衝撃で瑞穂は口の中を切ったのか口の端に血を流している。
 俺は瑞穂の髪を再び鷲掴みにして乱暴に目線の高さまで引上げた。
 醜く歪み切った顔は、もはやどんな表情をしているのかも分からない。
「俺はお前のような超能力者が大嫌いなんだよ!」
 今一度、身体全体を使い、顔面目掛けて拳を唸らせた。
「あがぁっ…!」
 ひしゃげた顔の中心に拳が気持ちいいほどストレートに食い込み、その勢いに押される形で瑞穂の身体は後方の壁に吹っ飛んでいった。
 ガスン! と鈍い音を立て、壁に弾き返される。瑞穂の身体が壁にぶつかった衝撃でガラガラッ! と音を立て壁が崩れる。それと同様に瑞穂の身体もいよいよ力が抜けたかのようにダラリとなり、地面に足を伸ばして座り込む形で崩れ落ちた。
 俺は瑞穂に近づくと、力の入らないその右腕を乱暴に掴んで引上げるが、もうさすがに顔を上げる余裕もないのか俯いたままだ。
「偉そうに大口叩いてばかりいねぇで、もう少し早く助けを求めりゃここまでならずに済んだかもしれねぇのになぁ? あぁ?」
 スッと腕を持ち上げ拳を握り締めると、視界の端にそれが映ったのが見えたのか、はたまた気配で察したのか瑞穂はピクリと反応を示した。
「っひ…!」
 小さいが、確かに怯えたかのように鳴いた。
「…や、やめ…れぇ…」
 もはや呂律も回っていない。今になってやっと助けを請うような、懇願する言葉が出てくるようになった。しかしもうこうなった以上遅かったがな。
 俺は口の端を上げ嘲笑すると、上げていた拳を下げた。すると安堵したかのように瑞穂の身体から僅かに力が抜ける。
 そんな姿に、俺は口の端を引き上げほくそえんだ。
「…甘いんだよっ!」
 こんな手に簡単に引っかかるとはな。完全にお前の敗北だ。
 深く、抉り込むようなパンチをその腹部にお見舞いすると、瑞穂はもはや声にならない声を上げて気を失った。
 俺は乱暴に掴んでいた右手を放り投げるように離すと、力の入っていない腕は精巧に作られたような人形のように、ダラリと地面に落ちた。
 気を失ってはいるものの、身体は小刻みにピクピクと痙攣を繰り返し、時折大きく反応を見せることもあった。
 正体を見破られる前の瑞穂と、今の瑞穂はまるで別人のようになっている。
 目鼻立ちがハッキリとし、バランスよく整って小奇麗だった顔は、今ではもはやただの肉の塊と言っても過言ではないほどにひしゃげ、まるで原型を留めていない。
 赤黒く腫れ上がった頬や、整っていたはずの鼻筋は歪に歪み、ハッキリとした二重の瞼も今では酷く腫れ上がった事で一重になっている。
 悩ましいほどに細く、道行く男たちの視線を釘付けにしていた美しく色気があり滑らかなラインをしていた腰周りもまた、赤黒く腫れぼったくなり、多くの拳を受けた事で腫れ上がりブヨブヨになっていた。
 白く豊かな胸は多少の痣を残し、それ以上の傷が見当たらないだけに異様にそこだけが浮かび上がり、不自然さをかもし出している。
 形が整いキュッと引き締まっていたはずのヒップラインもまた、顔や腰周り同様に赤黒く、蹴り潰された為に異常な腫れ方をしてブヨブヨしていた…。
 俺はそんな瑞穂を眺めながら鉄の味のする唾を地面に吐き捨てる。
「しぶとい奴だったぜ…」
 正直疲れちまった…。手こずらせやがって…。
 俺はこのままこの女をこの場に残して立ち去ろうとした。しかし、ふと足を止めた折れ込んでいる瑞穂を振り返る。
 ここにこいつをこのまま残して置いても別段問題はないように思うが…とりあえず幹部に報告と引渡しをしておくか。
 俺は瑞穂の右腕を再び掴むと、そのままズルズルと引きずり地下室を後にした。
 相手は気絶をしている。どの道段差があっても気づきはしないのだからとそのまま引きずり歩いた。
「あぁ〜、まったく、冗談じゃねぇぜ。めんどくせぇ仕事をしたもんだ」
 地下室からの階段を上る度にガン、ゴン、と所々身体をぶつける衝撃音が聞こえて来る。
 片腕だけで引っ張り歩いている間に、あちこちぶつかる衝撃も加わって瑞穂の肩の関節が外れたような感覚が伝わってくるが、俺にはもう関係ない。
「とりあえず、美味い飯でも食って、しばらくはゆっくり休ませてもらおう」
 俺は何度も首と肩を回しながら暗く長い廊下を歩いて行った。


 その後、瑞穂は鬼鮫によって幹部への引渡しがされたが、それからの先の消息はどうなったかは分からなくなった。
 そのまま息絶えてしまったとも、幸いにも一命を取りとめ、命拾いをしたとも聞かない。
 近衛特務警備課の面々は、いつもなら無事に任務を終えて戻ってくるはずの瑞穂が、いつまで経っても戻らない事から任務に失敗したと察知し、瑞穂の捜索を今だ続けている。