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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【WD2009】ホワイト・オーケストラ

□Opening
 男はとても深刻な顔をしていた。
「なるほど、離れ離れになってしまった女性を探して欲しい、と」
「ええ。ホワイトデーには山ほど仕事が入っていると言うのに、あいつと来たら……。この町は初めてですので、珍しかったのでしょう」
「では、女性のお名前や特徴を」
 営業用の真剣な顔で草間武彦はメモを用意する。
「フルートのフェルシア。銀髪はベリーショートにしています。きっと、真っ白な衣装を着ているはず。あ、申し遅れました、私はアロンと申します」
「フルートのフェルシアさん。フルート奏者なのですね?」
 そう言えば、男の名詞に、オーケストラの名前があったと思い出した。
「いえいえ。フェルシアがフルートです。奏者は私。彼女が居なければ、オケに穴が開いてしまいます。うちのオーケストラは、女性への感謝を音楽にする。ホワイトデーには沢山の依頼が舞い込むんです」
「…………」
 男の話を聞きながら、なんとなく、武彦は嫌な予感がする。
 あれ、人探しって、普通の探偵業じゃなかったの? と言う、嫌な予感。
「聞いてます? ああ。フェルシアは綺麗な物が大好きなんです。この町は、高価な物も山ほど販売されているんでしょう? あいつ……オレのカードを持ち出したんだ。何て事だ! あいつの思うままに買い物をされたら、俺は破産だ」
「綺麗な物が好き、と」
 ぶわっと滝のような涙を流す男を極力見ないようにしながら、武彦はメモに必要な事柄を記述する。
「フルートケースに収まっているうちは良いんです。人の心を読んで音を奏でる優秀な楽器です。それが、ひとたび人の姿に擬態すると、何故あんなに高慢ちきな性格になるのか」
「………………」
「きっと、山ほど買い物をするために百貨店か商店街に行ったと思うんですが……。とにかく綺麗な物が大好きで、きらきら光る物と言うよりは、透き通った繊細なガラス陶芸などですね。手の込んだ物はより良いと言っていた事があります。私一人では探しきれない。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、彼女は湿気と不協和音が大嫌いです」
 なるほど、なるほど。
 つまり、男の相棒、人間に擬態したフルートを探す、と。
 なぁんだ。いつもの、アッチ系の依頼かぁ。武彦はアロンに気がつかれないよう、こっそりと肩を落とした。

□01
 話を聞いて黒・冥月は大きく、非常に大きくため息をついた。
「やってられるか阿呆」
「あ、……あほ」
 突然の冥月の怒りに、アロンは愕然とする。冥月は依頼主の様子など気にせず、武彦を蹴りつける。
「対象が何であれ実体も姿もあるんだ、普通の探偵業で十分な仕事だ」
 つまり、自分でやれ、と熊をも凍りつかせるような鋭い視線で睨みつけた。武彦はくじけない。蹴られた箇所を慣れた手つきで撫で、口の端を持ち上げた。
「……、いや、まぁまぁ、そう言わず。聞いただろ? 可愛い娘さんだそうじゃないか。兄さんの色香で誘い出せばイチコロ……」
 ガッと、重い音が響く。急所に重い一撃をはなったのだ。今度こそ、武彦は綺麗に空中で三回転して吹き飛んだ。フォローはない。
 冥月はくるりと依頼主アロンに向き直り、とても嫌そうに告げる。
「自分の“女”なら躾けろ。他のフルートでいい音が出せないなら音楽家なんぞ辞めてしまえ」
「そ…………」
 乱暴とも取れる言葉に、アロンは言葉を失った。
 代わりに、見事復活を果たした武彦が勢い良く首を横に振る。
「待て待て。良いか? 依頼主を追い返してどうする。春になって色々物入りなんだ。多少引っかかっても笑顔で対応しろ、な?」
 彼も必死だった。武彦に説得される形で、冥月はしぶしぶ黙りこんだ。
 栗花落・飛頼は、まずアロンのカードについて提案する。
「そういう事なら、まずカード会社に連絡した方がいいんじゃないかな」
「え、あ……」
 冥月と武彦のやり取りを見て唖然としていたアロンだが、飛頼の指摘ではっと顔を上げた。
「そうだ。あいつだって、全然現金を持っていないわけじゃないし……。カードを止めます」
「うん。本人からの電話だったら、すぐに対応してもらえると思うよ」
 アロンは飛頼の言葉を聞きながら携帯電話を取り出す。すぐさま、カード会社に連絡を取った。
「……はい。ええ、そうです。本人です。ちょっと……カードを紛失、ですね。はい……」
 カード会社に説明をするアロンを見ながら、武彦が飛頼をつつく。
「よく気付いたな」
「できるところから、対処した方が良いと思って」
 できるところから、か。
 武彦は飛頼の言葉に、またしてもがっくりと肩を落とした。奇妙な依頼で無ければ、最初に気が付いてしかるべき点だった。
 そう、奇妙な依頼、なのだ。
 またしても、奇妙な依頼……。武彦の体が傾く。それを支えるように、シュライン・エマが武彦のぽんぽんと背中を叩いた。
「元が何であろうが普通の人探し。ね?」
「まぁ、そうなんだけどなぁ」
 ここまで来たら諦めるしかないか、と武彦が唸る。
 シュラインは気分を変えるように柔らかく微笑んだ。
 人の心を読んで音を奏でる楽器とは、きっと……。
「きっと素敵で可愛らしい声なんでしょうね」
「ええ。あいつは高慢ちきで我侭で憎らしいのですが、音色は本物です。高音はどこまでも澄んで美しく心地良い、低音は深みがあり安らぎを覚えます。是非、聞いていただきたい」
 カードの停止申請が終わったアロンは、どこか誇らしげに語る。
「じゃあ、きっと見つけなくちゃね。フェルシアさんとはぐれたのはどの辺り?」
 シュラインは、周辺の地図を取り出し、アロンに見せた。
「ええと、興信所はここだね」
 地図を指差し、飛頼はアロンに場所を教える。
 フェルシアとはぐれた付近の店から確認しようと思っていたので、飛頼も一緒に地図を覗き込んでいた。
「ああ。この大きな通りです。俺がジュースを飲んでいるすきに、どこかに行ってしまったようで……。フルートケースは中から開けられていたから、持ち去られたとか拉致されたとかじゃないんですよ」
 アロンが指差したのは、興信所から二つほど離れた大通りだった。
 なるほど、目と鼻の先に百貨店や商店街が並んでいる。
 情報を整理し、それぞれがフェルシア捜索を開始した。

■04
 シュラインと武彦は地図を片手に実際はぐれた場所へとやってきた。好きな品物を物色中ならば、そんなに遠くまで移動はしていないだろう。その上、もし好きな物が見つかって買い物をしていたとしたら、それを発送せず自分で持っているのなら、かさばる荷物を大切に運んでいるはずだ。工芸品は壊れないよう丁寧に包装される反面とてもかさばる。加えて、フェルシアの外見や性格も印象深いとくれば、きっと人の記憶に残るはず。
 二人は早速、近くのコンビニへ入った。
 シュラインがレジ係に話しかける。
「あの、すみません。人を探しているんですが、銀髪の女性を見かけませんでしたか? 髪型はベリーショート。真っ白な服を着ているんです」
「うーん。私は、今シフトに入ったばかりなので……、あ、少々お待ち下さい」
 幸い、客の姿はない。
 レジ係りの店員は、店の奥へ確認に入って行った。
 大通りは沢山の人通りがある。けれど、その場にずっと留まっている人間はあまりいない。だから、ずっとその場所にいる人に聞くほうが良い筈だ。
 すぐに店の奥から男性店員が現われた。制服を肩に羽織っている所を見ると、休憩中だったのかもしれない。
「もしかして、日本人じゃない女性でしょうか?」
「ええ、ご存知ですか?」
 男性店員は、それなら、と話しはじめる。
「かなり前だったかな、道を聞かれたんですよ。何て言うか……強い口調の方で。大きなお店が良いとおっしゃっていたので、この先の百貨店区画を案内したんです」
「信号を渡った先ですか?」
「ええ。いくつも百貨店が並んでいる区画があるんです。ああ、そうだ。確か髪は短かった。真っ白いひらひらの服でね。まだ肌寒いだろうなって思ったんです。それで、印象に残ったのかも」
 話しているうちに思い出したのか、男性店員は頷きながらすらすらとフェルシアの特徴を並べる。
 間違い無いだろう。シュラインと武彦はお互い視線で頷きあった。
 丁寧にお礼を言ってコンビニを出る。
 信号を渡れば、大きな百貨店がいくつも並んでいる区画だ。方向が分かれば、少しずつフェルシアの足取りを追って行けば良い。
「やっぱり、探偵は地道な聞き込みだよな」
「……もう。何だか嬉しそうね? さ、行くわよ」
 聞き込みに、足取りの調査。いかにもな探偵仕事に武彦は心なしか満足そうだった。
 シュラインは緩みそうになる頬を引き締めて武彦をたしなめる。
 実際、百貨店の数は多くその中からフェルシアを探さなければならないのだ。二人は信号を渡り百貨店の区画を目指した。

□06
 聞き込みをしながら百貨店まで辿りついたシュラインと武彦は、インテリア雑貨のフロアまで上がっていた。
「この百貨店に入ったのは間違い無いよな」
「そうね。総合受付の方が記憶していたんだし、まだそんなに時間は経っていないはずよ」
 最初に工芸品を扱うブースがあるフロアへ向かったのだが、からぶった。
 他の百貨店へ移動する前に、インテリア雑貨フロアを確認しようと提案したのはシュラインだ。
「照明器具とか食器とか、最近、凝ってて素敵な物が沢山あるの」
「食器なんて、どれも同じだと思うがな」
 花びらを意識したカップを眺めながら武彦は唸った。どうも、ピンと来ないらしい。そんな武彦の様子に構わず、シュラインは目を細めて食器を眺めた。
 辺りにフェルシアの姿はない。
 不協和音が嫌いという事は、逆に、綺麗な音に興味を引かれるのではないだろうか。例えば、夏場なら風鈴とか。例えば、ガラス同士が当たって響く透き通るような音とか。
 リン、と、”そういう音”を鳴らしてみる。
 もう一度、小さく上品な音を。
 リン。
 リィン。
 シュラインの声は、並んでいる食器達が歌い出したのかと思うほど美しいガラスの音だった。
 ゆっくり歩きながら、涼しげな声を出す。
 すると、シュラインの背後に大きなテーブルランプがひょっこり現われた。
 いや。アンティーク調の品のある本体に可愛いガラスの傘をあしらったテーブルランプ……を持った女性だ。いつの間に、近づいてきたのだろう。あっと声を上げそうになる武彦を制し、シュラインがゆっくりと振り返る。
 テーブルランプを抱えた女性は、ベリーショートの銀髪で真っ白いドレスを着ていた。大きな瞳が興味深げにシュラインを見つめる。その視線を一身に受けて、シュラインは、それでも驚くことも慌てる事もせず穏やかに微笑んだ。
「こんにちは」
「あっ……。こ、こんにちは。あなた……。凄いわ。その音、完璧ね!」
 銀髪の女性は抱えていたテーブルランプを近くの棚に置き、くるくるとシュラインの周りを歩いて回った。声帯模写が気に入ったのか、しきりに感心している。
「あー。それはそうと、お前がフェルシアだな?」
 見るからに探していた女性なのだが、武彦は一応、そのように訊ねた。
「え。何、あんた……。不審者? どうして、私の名前を知ってるの?」
「……」
 フェルシアはさっとシュラインの背に回りこみ、武彦をにらみつけた。シュラインと自分とでは態度が違い過ぎると、武彦が顔を引きつらせる。
 その時、アロンと共に飛頼、冥月がやってきた。
「ああ、良かった。もう他の場所に移動しちゃったかと思ったよ」
 シュラインの背に隠れるフェルシアを見て飛頼が微笑んだ。
 電話でこの百貨店のフロアに問い合わせた時には、照明器具のブースにいると聞いたので先にそちらへ向かったのだ。同じフロアの食器コーナーへ移動しているとは思わなかった。けれど、見つかって良かった。
「な、なんなの?」
 一度に沢山の人間が自分を見ている。
 フェルシアは戸惑うように、皆を見た。
「フェルシア……! 探したんだぞ。この人達は、みんな、一緒にお前を探してくれたんだ!」
「アロン!」
 身を乗り出して険しくまくし立てるアロンに、フェルシアは一歩下がってぷいと横を向いた。
「何よ、ソレ。誰が探してくれって頼んだの? こんな大勢引き連れてきて、恥ずかしくないわけ? しかも、あなた一人じゃ私を見つける事ができないなんて、情けない! これが、私のパートナーだと思うと、がっかりだわ」
「そ……」
 何とも辛らつな言葉に、アロンは呆然と立ちつくす。
 何も言い返せないアロンの背後で冥月が小さくため息をついた。そして、影から見事なヴェネチアンガラスを幾つか取り出す。フェルシアは繊細で大胆なガラス製品を見て目を輝かせた。
「あ、あなた、凄いわ! ソレ」
 すっとワイングラスを持ち上げ、冥月は言う。
「もう好き勝手するな。言う事聞けばそれをやる」
 もしフェルシアが見つからなければ、これで誘い出そうと思っていたのだ。一緒にヴェネチアンガラスを眺めていた武彦が首をひねった。
「全然分からん。そのガラス、高いのか?」
「……昔報酬の代りにな。値段は知らんがその時の報酬は一億だ」
 食器類に興味のない武彦には、あまり価値が分からなかったのだろう。冥月の何気ない言葉に、顔色を変える。
「一億……ウォン?」
「……なわけないでしょ」
 ですよね。
 シュラインに小突かれて、武彦は肩をすくめた。
 ヴェネチアンガラスを眺めながらも、顔をしかめるフェルシア。それならばと、冥月は次に最高級のフルートを取り出した。
「なら今後アロンはこれでやる。お前はもう不要だ」
「「えっ」」
 アロンとフェルシアは同時に声を上げた。もうお前はいらないと言う脅し。フェルシアの不安をあおっているのだ。
 しかし、アロンもフェルシアも、気まずいのかそれ以上言葉が出てこない。
 見かねて飛頼が間に割って入った。
「せっかく彼女を見つけたのに、またはぐれてしまったら困るんじゃないかな」
「それは……」
「もし彼女が気に入った物があるなら、仕事が終わってからまた来たら良いと思うよ」
 実際、フェルシアは照明器具の売り場からテーブルランプを抱えてきていた。アロンは飛頼にそう言われると、ちらりとテーブルランプを見た。それは、この場所、食器売り場では取り扱っていない品物だ。フェルシアが抱えてきたのだろうと、想像がつく。
「……」
「ホワイトデーでもあるんだし、日ごろのお礼にプレゼントしてあげても良いんじゃない?」
 勿論、買える範囲でね、と飛頼は言う。
 アロンは飛頼の言葉に励まされ、ぎゅっと拳を握り締めた。
「これが、気に入ったのか?」
「……そ、そうよ。だって……綺麗だったんだもん……」
 相変わらずそっぽを向いたままだが、それでもフェルシアは幾分穏やかにそう答える。
「あ、そう。何だか意外だな……。君はもっと、大きな工芸品……リビングに飾るような、そんな物が良いんだと思っていたよ」
「そ……それは、そう、だけど……。私だって、もっと色んな色が乗った花の置物が良かったわよ……。でも、ここに来て、あのランプを見たら……。アロンのテーブルが暗いんじゃないかって思って……! か、勘違いしないでよ? 相棒のアンタが符面を読めなきゃ、困るのは私なんだから。だから……。だから……ごめんなさい」
 ごめんなさい。
 小さくてほとんど聞き取れなかったけれど、フェルシアは確かにそう言った。
 その頭に、照れくさそうにアロンが手を伸ばす。
 その様子を少し離れて四人は見守っていた。
「やれやれ、何とかなったか」
「何だか微笑ましいわね」
 腕組みをしてほっとする武彦と、頷くシュライン。
 その後ろで……。
「どうせ我侭言って彼に甘えてるだけだろう……幼い頃の私と同じだ」
 ポツリと冥月が呟いた。

□Ending
「皆さん、本当に有難うございました」
 百貨店を出て、大通りまでやってきた。
 ぺこりと頭を下げるアロン。
「……アロンを連れてきてくれてありがと」
 フェルシアは、早口でそれだけを言い捨てひらりとドレスを翻した。
 あっと思った時には人間の女性の姿は無く、美しい細工の施されたフルートがアロンの手の中に収まっていた。
 アロンは、ふいとフルートの頭部管に息を吹きかける。
 温かい息を管に吹き込んで音が鳴るように調整したのだ。
「失礼な態度ですみません。彼女も、本当はとても嬉しかったのだと思います」
 それから、アロンはフルートを構え、演奏を始めた。
 高音はどこまでも澄んで美しく心地良い、低音は深みがあり安らぎを覚える。
 いつかのアロンの説明通り。その音は、いつまでも心に残るような音楽だった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【7851 / 栗花落・飛頼 / 男性 / 19歳 / 大学生】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。無事フルートも見つかりましたし、一件落着だと思います。ホワイトデーということで、少しはそんな感じで終われたかな? そうだと嬉しいです。
 □部分は複数PC様描写、■部分が個別描写になります。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 何と、今回、フィールドワークの提案がシュライン様だけでした。と言うわけで、フェルシアさんに一番乗りでした。一緒に出かけた武彦氏があんまりお役に立っていませんでしたが、彼は探偵っぽい作業ができて満足だったと思います。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。