コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


佐吉の友達〜焼き物な侵入者〜


「アレーヌさん、お疲れ様でーす」
「お疲れ様ですわ」
「お疲れ、アレーヌ。アフターにお茶でもどぉ?」
「考えておきますわね」
 本日の公演も終わり、後片付けやパートナーである動物の世話をしている仲間たちの間を悠々と歩いているのはアレーヌ・ルシフェル。人気項目の一つである空中ブランコの(自称)花形である彼女は、着替えが優先と、自分のテントに向かい一直線に歩いていく。


 後ろから小さな、珍妙な影がついてきているとも気づかずに――



「さて、今日はこの後何をしようかしら。かわいい動物たちと遊ぶのもいいですけれども、声もかけられましたし彼女たちとカフェに出かけるのもいいですわね」
 ステージ衣装を脱ぎながら、この後の楽しみの時間に心をはせるアレーヌであったが、ふと鏡越しに見えた影に気をとられた。ものさし大のそれに一瞬、大きな鼠かとも思って身構えたが、形的にそれはおかしい。
(筒状のものに見えましたけれども……小道具の置き忘れかしら?それにしては動いていた気がしましたわね)
 一応サーカス団員なので、鼠などの小動物では驚きはしないが、サーカス内の動物が驚いたり、食糧や小道具等が荒されたりする場合もありうる。そうなると、明日からの興行に支障をきたすので今のうちに駆除するなり、捕獲してどこかへ放逐するのがベストだろう。
「ネズミ退治なんて華麗なるわたくしのやることではございませんが、発見してしまったもの仕方ありませんわね」
 鼠だと決めつけてしまったがために着替えもそこそこに、影のあった方へ近づくアレーヌ。
 だが、それが間違いであった。
 最初に見たとき、鼠にしては形状が変だということをもっと追究していれば着替えを優先にして近づいただろうに。
「さぁて、覚悟をなさいまし!このわたくしに見つかって逃げられるとでも思って……!?」
 ばっ!とカーテンを勢いよくかき分けたアレーヌは鼠かと思っていたものの正体を見て唖然とした。
「な、なんだよ。そんな怖い顔すんなよな、勝手に付いて入ったのは悪かったけどよ」
 日本に来たばかりのころ、博物館とやらで見たことのある焼き物。
 しかも、意思を持っているようで、多少しどろもどろになりながらも話している。
 しかし、アレーヌも退魔師。これしきの不思議生物くらいでは驚きはしない。むしろ、意思あるものがここに一緒に入ってきたという事実を突き付けられたことに驚きを隠せない。そして今は侵入したのが鼠かと思っていたので着替えが途中の状態。
「わ………」
「わ?」
「わたくしの着替えを覗いた不埒者は例え人外でも許しませんわ!」
「ええ!?」
 羞恥のあまり、顔を真っ赤にしたアレーヌは近くにあった手品用の剣を抜き、問答無用で侵入者を真っ二つにした。
『もんどーむよーすぎーーー!!』
「結構しぶとい焼き物ですのね。粉々にしなければなりません?……あら?あらあら」
 半分ずつになった焼き物の真ん中にゴムバンドで束ねてある紙があるのを発見したアレーヌがそれを摘み上げると、なんと近所の商店街にある肉屋で使える和牛ロース引換え券(1枚につき50g)であった。
「あなた、生きてる宝箱か何か?」
『良いものからどーでもいいものまで出るって言うとこはそーかもなー。とりあえず、くっつけてくれると嬉しいぞー』
 ごとごとと小刻みに揺れて、修復を訴える焼き物に対し、アレーヌは「そうですわね」と、思案する。
 本来ならば自分の着替えを覗くなんて下賎な行為をしてくれた輩には容赦する気はないのだが、この和牛チケットだけ手に入れておくというのも人道を外れてしまう気がしてならない。
「わたくしの後をつけてきた理由を素直に言うのであれば、この和牛チケットに免じて直してさしあげますわ」
『おー、言うぞー。別に隠してたわけじゃないしなー』
 存外素直な侵入者に呆れたアレーヌは、とりあえず約束は守ってもらうときっちり言い渡し、接着剤を探すのであった。






「では何です?貴方はわたくしとお友達になりたくてついてきたというの?」
「おー、そうだぞ。アレーヌのブランコすごかったし、どうやったらあんな綺麗に飛べるのかなーって」
 着替えを済ましてから、体の中央を接着剤とその辺の土でくっつけたその焼き物―佐吉という名前らしい―はどうやら家出焼き物らしく、友達を作りに外に飛び出て、たまたまこのサーカスを通りかかったときに、人の出入りが多いのに気づいて入ってきたのだという。
 そのとき、偶然にもアレーヌの出番で鮮やかな空中ブランコの技に感動して、付いてきてしまったというわけだ。
「サーカスなんてテレビでしか見た事ないからな」
「まぁ確かに。この国ではどこでもやっていると言う訳ではありませんものね。佐吉が珍しいというのもわかりますけれど、レディの後をつけるという行為は許しがたいものですわ。保護者が厳しくて外に出れないのには同情いたしますけれど、外に出てお友達がほしいというのならばもう少し常識を身につけるまで一人歩きは自粛なさった方がいいのではないかしら?」

 聞けばまだ3年しかこの世で稼動していないというこの焼き物に、この世界はまだ危険なものでしかないだろう。ヒトに化けられないその身では何処かの好事家に売られてしまったり、それこそテレビで見られる見世物小屋かなんかに捕獲されそうだ。
 好奇心旺盛な年頃ではあるのだろうけれど、そこはまだ保護者の必要な年頃でもあるのではないだろうか。

 アレーヌは握り締めたままの和牛チケットを見、それから佐吉を見て嘆息付いた。ここまで説教たれて、一人で帰す訳にはいかなくなっているのに気づいたからだ。
「仕方がありませんわ。わたくしもまだ保護すべき年齢の幼児を放っておける程冷たい人間ではありませんもの。佐吉、今日はもうお帰りなさい。送っていって差し上げますから」
「えー?もう帰らないといけないのか?」
「当たり前ですわ。まだまだ保護者が必要な子供は暗くなる前におうちに帰るのが常識です」
「つまんねー」
 後ろで手を組んでぶーたれる佐吉。
 本当に3歳児らしいその仕草に苦笑が誘われる。
「ただし、あなたのおうちに帰る前に色々買い物がございますの。わたくしの着替えを覗いた罰としてそれに付き合いなさいな。よろしくって?」
「えーと、それってまっすぐうちには帰らないってことか?」
「そうなりますわね」
「アレーヌ、遊んでくれるのか?」
「お友達になりたいのでしょう?それには相互理解が必要ですもの。色々お話しながらわたくしをきちんとエスコートしてくださいまし」
「えすこーとって女のヒトと一緒にどっかいくことだよな!やった、ありがとアレーヌ!!」
 アレーヌの小さな心遣いに感激して両手をばたばたし始める佐吉。
 エスコートの解釈がちょっと違う気がするが、そこは幼い子供の精一杯の知識として微笑ましくスルーしておこう。
「それでは参りましょう」
 佐吉を抱き上げかばんの中に入れ、アレーヌのアフターは決定したのであった。







 アレーヌが佐吉を連れてやってきたのは、都心にあるアーケード……ではなく、サーカスが留まっているところからすぐ近くにある昔ながらの商店街。真っ先に向かったのは佐吉から出てきたチケットを使える肉屋であった。
「佐吉、あなたのご家族は?」
「俺と有人とブレス」
「皆様男性なのかしら?」
「うん、うちは男所帯だぞー」
「と、言うことは多めの方がいいですわね。これだけチケットもありますし、ケチケチしてはいけませんわね。ご主人、これだけのお肉をくださる?」
「こらまたたくさん券を持ってるね、お嬢。景気よくもらさせてもらうぜ」
「どうもありがとう」
 肉屋で大量の和牛肉を交換したアレーヌは今度は八百屋の方へ向う。
 ここまで来ると佐吉も何か察したようで。
「なぁ、もしかしてうちで飯食うのか?」
「ええ、そうでしてよ。和牛引換券はありがたいですが、わたくしだけでは期限内にこんなに使いきれるかわかりませんわ。なので、出したあなたにも食べる権利がおありでしょうからこうして材料を買いつつ、あなたの家に向かっているのですわ」
「あと何買うんだ?」
「そうですわね……もうこの季節ですし、寒さ収めとしてすきやきにしようと思うのですけれども」
「すきやきかー!だったら卵とか野菜かー?あ、でも白菜と椎茸はうちで有人が作ってるから買わなくてもいいぞー」
「椎茸も……ですの?」
 東京郊外に家があると言っていたので、家庭菜園は都心よりはできるのだろうが、椎茸とは家庭菜園で一朝一夕でできるものなのだろうか。
 床にする木であるとか、湿度や温度の調節など難しいものであるような気がするのだが。
「変わったお家ですこと」
 郊外は郊外でも山の中にあったりするのだろうか、等と思ってしまうアレーヌであった。


 だから、佐吉が自分の家だという『霞谷有人』と最初に名前の彫られている表札が掲げられた家に着いたとき、アレーヌは少しほっとした。都心に比べると、建物が低く、やや緑が多いだけで、想像してしまったよりは町であったのだから。
「これで佐吉、と読みますのね」
 表札の一番上がこの家の主で、二番目に彫られているのが―英語表記なのでアレーヌにもわかりやすかった―佐吉と同じく居候をさせてもらっている異国の人間、そして、最後に書かれている二文字が佐吉の名前らしい。
「有人がつけてくれたんだぞ。それよりアレーヌ、俺、すっげー腹減った!」
「お子様は自分の欲求に正直ですこと」
 商店街で買い物を終えたとき、予め佐吉の家族には連絡をしておいたため、アレーヌが佐吉を送ってくることと、すきやきの材料を持っていくことは伝えてある。先方も佐吉を保護してくれたお礼がしたいのでアレーヌのすきやき鍋パーティの申し出に快く承諾してくれている。
 すでに準備は万端。
「さて、お邪魔させていただきましょう」
 アレーヌは佐吉を鞄から出して抱きかかえると、霞谷家のインターフォンをならした。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【6813/ アレーヌ・ルシフェル / 17歳 /サーカスの団員/退魔剣士【?】】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

アレーヌ・ルシフェル様

 はじめまして、そして発注していただきましたのに多大に納品遅延してしまいましたことを深くお詫び申し上げます。
 本当に申し訳ありませんでした。
 お待たせした分、楽しんでいただけたら幸いです。
 まことにご迷惑おかけしました。