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<東京怪談ノベル(シングル)>


■本の中・森の中・お菓子の国!


 今日もティレイラは配達の日々。
「いつもありがとう」
 届けに行った所のおばさんが、にっこり笑って。
「そうだ、息子から貰ったんだけどね。私はこういうのは苦手でね。あげるよ」
 いらなかったら、他の人にあげてね、と。
 貰ったのは本。

 魔法の本。

 寝る時に枕元に置くと、一晩本の中の世界に潜り込める、らしい。
 本の内容は、山の上の城に住む魔王を倒しに行く話。
 勇者は来る道来る道、モンスターを倒し、今も目の前に巨大蜘蛛のモンスターが。
 絵本になっているその本は、そのページで止まっていて。
 次のページは真っ白。
「この続きを書けばいいのね」
 こういう風にしたい、こうする! とか、その次のページに書いて寝れば、そういう夢が見れるって、はじめのページに書いてある。
 1人、1晩、1ページ。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
 好きな夢が見れるというのに、このまま蜘蛛を倒す夢なんて面白くない。
 ううん。
 それも、面白いんだけど、気合が入らないというか、なんというか。
 なら、どんな夢が見たいかな、と思うと。
「お菓子、いっぱい食べたいよね!」
 えへへーと。笑って。
「蜘蛛退治は次の人に任せちゃお!」
『お菓子の森になっちゃった』
 そう書いて。

 ティレイラは布団の中へ。



「お菓子がいっぱい〜〜♪」
 木からキャンディがなってるし。
 花の中にはクッキー。
 葉っぱだって、食べてみれば、あまーい匂いが立ち込めて。
 泉は飲むたびに、味が変わるジュース。
 紫の翼を広げ、空を飛ぶ。
 雲。雲・雲・雲も。あまーい、綿菓子。
 山の上にお城が見えるけど。
「魔王さんとかいるんだよね、きっと」
 闘いたいワケじゃないし〜♪
 ほくほく笑って、マカロンの木を食べる。
 おいしいもの食べると、幸せになるよね〜♪
 おとぎの国。
 どこから見ても、幸せほわほわの、おとぎの国。
 なのに、一箇所、古びた小屋がある。
「う〜ん?」
 魔女が住む小屋。って所かな?
 魔女かぁ‥‥魔女‥‥。
 どうせ、これは夢だし。大丈夫!
「いい魔女とか、小人さんとか、だったりするかも♪」
 翼を羽ばたかせて、ティレイラは小屋に向かって、のんびりと飛んでいった。


  カチャ
「おじゃましまーす」
 開けると。
 あま〜い匂いが漂っていた。
 ひょこっと、小屋の中に入ってみる。
 机の上に、素っ気なく置かれている木で出来たお菓子入れ。
 中はカラ。
 カラだけど、甘いにおいがする。
 ティレイラは手にとって、
  ぱり。
 割ってみた。
 香ばしい、甘い匂いがする。
「パイだぁ」
 食べてみる。
 うん、おいしい。
 ほくほくーとしてると、人の気配がした。
 人の‥‥人の。
 後ろを振り向くと。
「へ」
 予想から大きく外れて、小屋ぎゅうぎゅうに真っ白い蜘蛛が。
  ばん!!
 お菓子の小屋は。大きな音を立てて‥‥割れた。


「うっそぉ!?」
 逃げるティレイラ。
 甘い匂いのする、巨大蜘蛛が追いかけてくる!
  ビュッ
 飛んでくる糸。
「ひえぇぇっ」
  ぼおおお!!
 ティレイラの手から火が放たれる。
 燃える、香ばしい匂いが漂う。
「この匂い‥‥マシュマロ?」
 蜘蛛といえば、前のページで出ていた‥‥あの、あの、蜘蛛〜〜っ!?
 お菓子の森なんて書いたものだから、蜘蛛までお菓子になったとかっ!?
  ビュンビュン!!
 放たれる糸。
 ティレイラは、木の上まで飛び上がる。
「〜〜どうしても、倒さなきゃならないワケッ!?」
 こんな事なら『蜘蛛を倒したら、そこはお菓子の森だった』とか。書いておくんだった。
 がっくりと項垂れて。
 剣とか盾とか装備とか。ゼロ状態だけど。
「私には、火があるんだからねっ!?」
  ごおおおお!!
 巨大炎。
 蜘蛛は、意外にも敏捷な動きで逃げて避けて。
 周りが焼ける‥‥というか、溶ける。
  ぼとり。
 現実であれば燃えるはずの葉は‥‥砂糖で出来てるから溶けて。クッキーだった部分は黒ずみになって落ちる。
 あまーい匂いが漂う。漂うけど。
「もったいなーい!!」
  しゅるっ
「へ」
 翼に嫌な感覚。
 振り向くと、翼に、糸が。
 下に、蜘蛛が。
「い・いやああああ!!」
 逃げようと、木の上から飛び降り‥‥れない!
 引っ張られて、必死に木の枝にしがみつく。
 というか。
「いた‥‥」
 翼がぐいぐい引っ張られて痛い。
 これは。
 これは、手を離した方がいいかもしれない。
  ビュッ シュルシュルッ
 手が、糸で枝に縛り付けられる。
  シュルシュルッ
 足にも糸が巻きついて。引っ張られる。
 痛い。
 よく考えれば、ここは夢。
 なのに、なんで、こんなに痛いのだろう。
 ティレイラの目に涙が浮かぶ。
 ねっとりとした、その甘い糸。
 がぶり、と噛み付くと、やはり、甘くふんわりとマシュマロの味。
 全く手が動かないって事もない‥‥ない、なかったのに!
 絡み付く糸は固まっていき、身動きも、噛み付くことも出来なくなって。
  シュル‥‥
 今度は静かに、おなかに巻きつく糸。
 ずいっと、後ろに引っ張られる。
 後ろ。後ろは‥‥いつの間にか、蜘蛛の巣が。
 糸が柔らかい内なら、なんとか逃げられるかも!!
 暴れて、逃げようと。逃げようとするけれど。
 ‥‥糸が。糸が、どんどん身体にからまっていく。
 糸が、糸が‥‥固まっていく。
 炎だ。
 炎で焼き尽くせばっ!!
 手の周りの糸を焼く炎。
 甘い匂いが霧散して、手は枝から離れる。解放される。
  ぼよん。
 しかし‥‥背後の蜘蛛の巣に引っ張られ。
 いや。
 両手が解放されたんだ。
 ――炎、全開ッッ!!
  シュルシュルシュルシュル!!
 ティレイラが出す炎よりも早く蜘蛛の糸が両手に絡みつき。
 小さかったけれども出た炎は、糸を溶かしながら消えていった。
 両手も、蜘蛛の巣に張り付けられ。
 もう一度!
 強く念じるティレイラよりも、蜘蛛の糸がグルグルと身体に巻き付いていく。
 暴れても、暴れても、糸は固まっていく一方で。
 ――ティレイラの炎は、もう効かない。
 長い髪は蜘蛛の巣に絡みつき、頭を振ることも、近付いて来る蜘蛛から目を離す事も出来ず。
 蜘蛛は。
 ぐん、と。
 糸を引っ張って。
「痛いっ!!」
 ティレイラは、背中の翼がもぎ取られたのを知った。
 上げた悲鳴がうるさかったのだろう。
 しゅるしゅると、口元に糸が絡みつき。
 もう、声も、出ない。
 目の前。
 蜘蛛は手に持った糸の塊を、パリ、と割る。
 あれは、ティレイラの翼だ。
 見慣れた紫の翼が、回りにある糸と共に真っ二つに割られる。
 翼の‥‥断面は。ほわほわ白いモノが詰まっていた。
 あれは、きっとマシュマロ。
 マシュマロの糸に包まれて、マシュマロへと変わる。
 蜘蛛は‥‥おいしそうに、その翼を食べた。
 血が引いていくティレイラ。
 炎が出せない。暴れることも出来ない。悲鳴を上げることも出来ない。
 出来るのは。
 目を、瞑る事だけ。
 本の、効力が切れるのを、待つ、だけ。






END