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<東京怪談・PCゲームノベル>


警笛緩和 - 紅く燃ゆる桜色 -



「うん、これであとは焼いたら出来上がり!」
 ピッとオーブンのボタンを押す。
 ランプが点灯し、温まり始めた。生地が熱を持つ。
 待っている間、リビングのソファに腰かけ、お菓子の本をパラパラとめくる。けれど視覚から伝わる情報はただ頭の中を素通りしていくばかり。記憶として吸収されることはなかった。
 脳裏に蘇るのは、祐と告白を促す周囲の言葉だけ。

『積極的に行動すべし!』
『告白するのも一つの手ですよ』

 友人と天理の言葉が現れては消えていく。
 本を閉じて、う〜ん、と迷いながら。
「お友達や封禅さんはああ言ってたけど、告白ってした事ないし、考えただけでも緊張で気分が……」
 きゅっと胸が締めつけられた。じわりと手に汗がにじんでくる。
「でも、このまま胸に閉まってても祐君には伝わらないんだよね」
 そう、日々苦しくなるこの気持ち。会えば緊張するけど、会えないのはもっとつらい。
「思ってる事を伝えられないままでいるのは凄く後悔するって、ミオは知ってるから」
 目の前を掠めるのは兄たち。今もそばにいるかのようだった。
 けれど、笑顔で未織を元気にさせてくれる兄たちは、もう、いない。
 伝えたい言葉を飲み込んだために、兄二人へ何も言えなかった。亡くなってしまってから気づいても遅い。その時しかなかったのに、チャンスを逃した。どれほど悔やんだだろう。もう、あんな想いは二度としたくない。
 ――でも。
「でも、いきなり告白までは……」


 そのうち時間はすぎ、クッキーが焼き上がった。
 リボンを結んだ袋でラッピングして家を出る。

   *

 いつもの河川敷に来ていた。
「祐君……」
 今日会えるとは限らない。会えなければ何度でもお菓子を焼き、足を運ぶつもりだ。
 以前、天理が言っていた。祐が「美味しそうだ」と言っていた、と。だから想いを込めて作ってきた。

 地平線まで届きそうな河川敷を海に向かってゆっくり歩く。
 会ったらどうしよう? どう話そうかな、と想いがめぐる。ますます、鼓動が大きくなった。

 あと数メートルで公園が見えてくる。
 ここは祐が天理の連絡を待っていた場所。ベンチで携帯を握り締めていた、あの時。


 大きな声が公園に響き渡る。
「オレに渡せ! よしっ!」
「おにいちゃーん、こっちこっち!」

 ドクンッ

 聴き慣れた声。それだけで、雷が落ちたように全身が痺れる。
 考える前に駆け出していた。

 公園には数人の子供たちに混ざって、一人、年の離れた少年。
 目が釘付けになった。
 少年と子供たちが一緒にサッカーで走り回っていた。

「もうすぐゴールだよ!」
「わたさない!」
 敵チームの子供がボールの先で邪魔をする。
 だが、祐はふっと笑って、子供の脇を素早く駆け抜けた。子供は「くそっ」と悔しがる。
 祐はそのままゴールまで突っ走る、と思わせて。サイドに隠れていた味方へパス。
 瞬時に決着がついた。
「ゴール!!! 三対一!」
 祐は味方の子供たちと喜びあい、「よっしゃー!」と叫んでいた。
「もう一回、勝負しろ!」と敵チームが言い放つ。
 「あははははっ、やだね」と味方全員が笑い飛ばす。心から楽しんでいた。

 祐はふと、自分に向けられる視線に気づく。
「未織……」

 子供たちに振り返り。
「お前たち、また遊ぼうな!」
「えー! にいちゃん、やんないのー?」
「また来るから、今度誘って。じゃあな!」
 未織の元へ走っていく。

「未織!」
「すごく楽しかったみたいですね」
「ああ、久し振りに思いっきり遊べた」
 息を乱しながらも笑顔が輝いている。過去から吹っ切れたかのように。
 とても意外だった。祐は基本的に人を寄せ付けない。来るな、と言わんばかりに。なのに今日はいつもと違う。
「でも抜け出してきて良かったんですか……?」
 未織のためにやめたのなら、気を遣わせてしまったことになる。
「いいよ。すぐ終わるつもりだったんだ」
 未織のせいじゃない、と言外に伝えていた。
 祐は公園を通りかかったところ、怖い者知らずな子供たちにサッカーに誘われた。最初は断っていたが、どうしても! と頼まれるので嫌とは言えなかった。そのうち楽しくなってきて、休憩を挟みながら遊んでいるうち仲良くなってしまったという。
 こんな面もあるんだ、と祐の新しい側面を知って未織は嬉しくなる。

「ヒューヒュー!」
「おにいちゃんの彼女〜?」
 二人の後ろが騒がしくなった。
 子供たちがにやにやと笑っている。
「ばっ、見るんじゃない!」
 未織に「あっちに行こう」と促す。
「おにいちゃん、また遊んでねー!」
 祐の背中にかける声。振り返らずに手を振った。


 公園から離れて、河川敷を二人肩を並べて歩く。
「祐君、いい意味で変わったんだね」
「そうか?」
「うん、前は子供たちと遊ぶなんてなかったと思います」
 しばらく逡巡して。
「そうだな。初めてだと思う。でももし変われたとしたら、未織のおかげだ」
「え?」
 祐の横顔を見つめる。
「未織が話を聞いてくれたから、軽蔑しないでくれたから……」
「それはミオも同じです」
 少女は温かく微笑む。
「「ふっ……」」
 二人はくすくすっと笑った。


 未織は足を止める。
「あ、あの」
 控えめに尋ねた。祐も足を止め踵を返す。
「なんだ?」
 手に持っていた小さな紙袋を目の前にかざす。
「パティシエを目指してる割にミオの作るお菓子は味がいまいちで、ガッカリしちゃうかも知れないけど、クッキー焼いてきました」
 ほのかに香ばしい香りが漂ってくる。
「受け取ってくれますか?」
 この数秒間は未織には長く感じられた。もし断られたら……。
 祐は未織と視線を交差させる。
「いいのか?」
 逆に問われ、「は、はい!」とガチガチになって返事を返す。
「ありがとう」
 同時に未織から紙袋を受け取った。
 少女からホッと力が抜ける。緊張が幾分和らいだ。
 そのためか、兄たちの姿が頭の中で揺らいで見えた。言いたかった言葉を最後まで伝えられずに終わった悲しみと悔しさが溢れだす。
「今はまだまだだけど、もっと勉強して祐君に美味しいって言ってもらえるようなお菓子を作ります。だから、それまで傍にいてくれますか?」
 その言葉に祐は目を見開く。

「……ミオ、祐君の事が好きなんです」

 未織ははっとして顔を上げる。
(ミオ、今なんて言ったの!?)
 お互い固まった。
 祐は聞き間違いではないかと疑い、未織は頭の中が真っ白になる。
「あ、あ、あ、あの! ごめんなさいっ」
 何か言わなければ、と混乱して、なぜか謝ってしまう。
「って、勢いあまって言っちゃいましたけど、なんて言うかお兄ちゃん達の事が脳裏を掠めて! ミオ、お兄ちゃん達が天国に行った時、言いたかった事言えなくて後悔したの覚えてるから、だからなんて言うか……!」
 何をどうしゃべっていいのか、分からなくなっていく。
 祐の姿がぼやけて、全身が熱い。
「もう頭の中がぐちゃぐちゃで意識が遠くなっちゃいます!」

 しばらく二人は何も言えなくなった。
 祐はどう返したらいいのか思考が追いつかない。

 そこに、音楽が鳴る。
 二人はビクッと体を震わせた。
 祐はおかげで硬直が解ける。ポケットから携帯を取り出すと、音が鳴り止む。メールだった。一瞥しただけで、また携帯をしまう。

「そ、その、……そこに座らないか?」
 未織はやっとで頷く。
 近くにあったベンチに二人は腰を下ろす。微妙に空いた隙間が今の状況を語っていた。

 二人とも全身真っ赤に染まって。
 また数分の時が過ぎ。

「「あ、あの!」」
 沈黙に耐えられず、偶然声をそろえる。
「ゆ、祐君からどうぞ?」
「そ、そうか? じゃあ……」
 二人のそばを風がすっと通り過ぎた。
「あのな、未織は……、なんでオレを……」
「それは……」
「答えにくい、よな」
 頭を左右に振って、琥珀の髪が揺れる。
 でも面と向かってでは何も言えなかった。
「返事は、いつでもいいか?」
 大きく頷く。
「未織は?」
「え?」
「今、何か言おうとしただろ?」
「う、ううん、何もないです」
 言うはずだった言葉は先に言われてしまったから。


 それから二人は出会うたび、ぎくしゃくしていた。
 喉がカラカラに渇いて、自然に言葉が出てこない。





 未織はなんだか兄たちが笑ってる気がした。
 「頑張ったね」と。





 そして、祐の返事は数日後に持ち越された。
 あの公園で、また新しい物語が始まる――――。



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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式野未織様、いつも発注ありがとうございます。

これで二つ目です。一つの完結を迎えました。
はたして祐はどう応えるのか、二人の関係は!?
未織さんとのその後が非常に気になりますね。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝