|
Broken sword - 2
「なぁに? 酔っぱらいの分際で私と戦いたいとでも言うの?」
受け答えて、瑞穂は挑発的に笑った。
「酔っぱらっちゃいねぇよ。……いや、ちょっと酔ってるかもしれねぇな。だが女子供をひとりブチ殺すぐらい、目をつぶってたってできるぜ」
「子供を殺したことがあるわけ?」
「そりゃあるさ。俺は能力者ってヤツが嫌いなんだ。ガキだろうとカンケーねぇ。むしろ、よろこんで殺すぜ。それが俺の仕事だからな」
得意げに鬼鮫は答えた。
その途端。瑞穂の目が細くなり、瞳の奥で炎のような怒りが揺れ動いた。
「どうやら、手加減する必要はなさそうね」
「ああ。全力でかかってこいよ。そうじゃなけりゃ、酔いざましにもならねぇ」
「死になさい。後悔するヒマもあげないわ」
言い放ちざま、瑞穂はサーベルの柄に手をかけた。左手に鞘を、右手に柄を握り、鬼鮫に向かって弾丸のように走りだす。目にも止まらぬ速度。凄まじい敏捷性だった。その攻撃半径に敵をとらえた瞬間。居合い抜きの要領で瑞穂はサーベルを抜き放った。
剣光一閃。シャッ、という鞘走りの音が空気を切り裂き、鬼鮫のジャケットの裾が千切れ飛んだ。その下から血がにじんで、シャツが赤く染まる。
斬られる寸前、鬼鮫は後ろに飛びのいていた。そうでなければ、腹を真っ二つにされていたに違いない。比較的浅手で済んだのは、酔っ払いらしからぬ反射神経によるものだった。
「マジかよ。いきなり殺しにきやがった。連行するんじゃなかったのかよ、てめぇ」
言いながら、鬼鮫はさらに後ろへさがった。
さがったその分を、瑞穂が容赦なく詰め寄った。鞘は左手に持ったままだ。右手の剣を水平に構えて、真正面から肉薄した。獲物を狩る獣のような目つき。
「死体だっていいのよ」
言うのと同時。横一文字にサーベルが薙ぎ払われた。キン、と鍔鳴りをたてて弧を描く銀色の光芒。
避けきれず、鬼鮫の肩から血が噴き出した。動脈が切れたのだ。さらに一歩つめて、瑞穂はサーベルを突き出した。鬼鮫は体をひねったが、瑞穂の素早さが遥かに上回っていた。
するどい剣先が、鬼鮫の太腿をざっくり貫いた。安物のジーンズはたちまち血に染まり、バランスを崩して鬼鮫は壁に手をついた。どう見ても一方的な攻防だった。
「なぁに? 逃げまわってるだけ? さっきの威勢はどうしたのよ」
刃の血を振り払って、瑞穂は言った。
鬼鮫は太腿の傷をおさえながら、「俺は丸腰なんだぜ」と冗談っぽく応じた。
「子供を殺すような奴にかける情けは持ってないのよ」
「わるかった。じつはガキなんか殺してねぇんだ。ありゃ冗談だぜ。冗談」
「ふざけたヤツね。ぜったい殺すから。いまのうちに念仏でも唱えておきなさい」
「やめとけって。ムリだぜ。ホントに」
鬼鮫がその言葉を言い終えるより先に、瑞穂は動いていた。
とどめをさそうと跳びかかる、肉食獣のような動き。やや前のめりになって、瑞穂は低い姿勢で突撃した。右手に握った剣は、まっすぐ突き出したままだ。修道服の裾がひるがえり、ストッキングにつつまれた足が影のように黒い残像を作った。ビデオ映像の早送りのような動き。人間離れした足さばきだった。その手元から伸びた刃が太陽の光を照りかえして、一瞬オレンジ色の炎のように輝いた。
鬼鮫は、かわそうとしなかった。あるいは、できなかったのかもしれない。そのかわり、彼は両手を使って剣を止めようとした。左右の手が、絶妙のタイミングで刃をつかみ──、何本かの指を切り飛ばして、サーベルの切っ先は鬼鮫の胸に突き刺さった。
これだけでも普通なら致命傷だが、瑞穂はまだ止まらなかった。刺さった剣を引き抜くや、彼女は鬼鮫の喉元めがけてとどめの一撃を放った。ぶしゅっという音がして、噴水のように血が噴き出した。常人なら即死を免れない致命傷だった。
「口ほどにもないわね。このクズ」
吐き捨てて、瑞穂はサーベルを抜こうとした。
抜けなかった。
血を吹きながら、鬼鮫が冷笑を浮かべた。
瞬間。瑞穂の血が凍りついた。致命傷を与えたのに、この男は笑っている。ありえないことだった。何の能力者なのか──。
瑞穂はあわてて後ろへさがろうとしたが、すでに遅かった。剣を握っている右腕の手首がつかまれていたのだ。つかんでいる鬼鮫の手には指が何本か欠けていたが、それでも振りほどけないほどの握力だった。
鬼鮫が、つよく腕を引いた。瑞穂はどうにか踏みとどまろうとしたが、不可能だった。膂力の差は歴然としていた。
引きずりよせられたとき、瑞穂の足がもつれた。そこへ、鬼鮫の右腕がうなりをあげて襲いかかった。
ボグッという音が、辺り一面に響いた。まるで鈍器のように、鬼鮫の腕が瑞穂の腹部にめりこんでいた。あまりの苦痛に、瑞穂は悲鳴さえ出せなかった。
カタン、と音をたてて鞘が落ちた。自由になったその左手で、彼女は腹をおさえた。いつのまにか、コルセットの紐がゆるんでいる。そんなどうでもいいことが気になった。
次の瞬間。すごい衝撃と痛みが彼女の顔面を襲った。鬼鮫の頭突きが命中したのだ。
「あぐ……っ!」
涙と鼻血を流しながら、瑞穂は後ろへのけぞった。その拍子にヴェールは遠くへ転がり、真っ白なケープには赤いしずくが飛び散った。
それでもまだ、鬼鮫は手を離さなかった。背中をそらせてのけぞる瑞穂の体を、鬼鮫はもういちど引きもどした。ガクンと膝を折りながら、瑞穂は前に倒れこんだ。そこへ、二発目の鉄槌が叩き込まれた。ふたたび、腹をえぐる音。
「げふっ!」
血液と唾液を吐き散らして、瑞穂はつんのめった。それでもどうにか壁に手をついて彼女は倒れることを拒否したが、とどめとばかりに後ろから臀部を蹴り上げられるとその努力も水泡に帰した。
ガキッ、とサーベルが床に落ちた。つづけて、瑞穂の体も床に崩れた。ウイスキーの空き瓶ばかりが転がる床だった。
両腕で腹部をおさえながら、彼女は芋虫のようにのたうちまわった。乱れた修道服の裾から覗く足はひどく艶めかしかったが、あいにく鬼鮫がそれに気をとられることはなかった。
「どうやら、くたばるのはおまえのほうだったな」
サッカーボールでも蹴るようにして、鬼鮫は瑞穂の腹を蹴り飛ばした。かばっている腕の骨が軋むほどの蹴りだった。
「っ……!」
声にならないうめきを漏らして、瑞穂は悶絶した。血と涙と汗にまみれて苦痛にゆがめられたその顔は、もはや別人のようでさえあった。平穏な午後のティータイムは、もはや二度と手のとどかない場所に遠のいていた。
|
|
|