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<東京怪談ノベル(シングル)>


 獣の咆哮(2)

 女は髪を乱して息を切らせていた。
 目から涙腺が壊れたのか涙が滝のように流れ、よだれと血が口からとめどなく溢れていた。
 まるで行為でもしたかのようだったが、生憎そんな色っぽいものは趣味ではない。
 女は身体のあちこちに青あざを作っていた。涙腺の壊れた目は、腫れて先程ほどの大きさで目を開く事は叶わない。
 顔は腫れ、服は所々裂けていた。
 美しい。それはぞくりとする程に美しくいい女だと思った。


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「うぐっっっ……」
 俺が技をかけ、何度も締め付け、女の意識が落ちそうになった。
「誰が落ちていいと言った?」
「……ひぃっっ」
 俺が女の耳元でそうドスを効かせて言ってやると、女は俺を涙腺が壊れたまま睨み付けた。
 どこから出るのか、細くなった目でも眼光はギラギラ輝き、女は美しい。
 女にとっては俺が油虫か爬虫類にでも見えているのだろう。
 ゾクゾクする。
「まだ俺を楽しませてくれ、なあ?」
「………」
 女の涙腺は壊れたまま、よだれと血は出たままだった。
 しかし女の目から、温度が抜けた。
 その視線は、人間ではなく、人形のようだった。
 どうした?
「……好きに……しなさい」
 息も絶え絶えにそう言った。
「何だ? 降参か? それで許すと本気で」
「勝手にしたら……? 私は……お前に屈さない。……身体はどうなろうとも……心だけはお前の自由には……ならな」
「黙れ」
 俺は女の顔を床に押し付けた。
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ」
「うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ、うぐっ」
 床はどんどん血溜まりができていった。
 鼻の折れる鈍い音がした。女は悲鳴を上げたが、さっきまでの絶叫とは程遠い、魂の入っていない声だった。
 女は反射的に自分を守ろうと、身体をエビのように曲げ、俺から難を逃れようと丸めた。
 俺はその女の上に馬乗りになって乗りかかった。
 女は機械的に息をしてはいたが、先程まで露骨に拒絶を示していた鳥肌はなくなり、拍子抜けした。
 俺は女の尻を殴った。
 さっきみたいに鳴け。わめけ。泣き叫べ。そして懇願しろ。「許して下さい」と。
 ドグッドグッドグッドグッ。
 女の柔肌はまるでタイヤを殴っている感触だった。先程から殴り続けているせいで腫れ上がり、既に本来の女の柔肌は消え失せていた。何度も殴り続ける内にスカートが女の身体の無自覚な抵抗で、捲り上がった。女の身体は青あざだらけで腫れ上がっていた。
「ガハッガハッガハッガハッ」
 女はラマーズ呼吸法のように、定期的に悲鳴を上げるが、絶叫はしない。
 ただそれは機械的だった。
 俺は女を転がし、仰向けにした。
「誰が死んでいいといった?」
「………」
 俺が女の耳元でそうドスを効かせて叫ぶが、もう先程のような反応はしなかった。
 女は眼光だけがギラギラしていたが、何の反応も示さなかった。
 女は心を肉体に埋めやがった。自尊を守るために。
 何て強情な、いい女だ。
 殺してやるにはもったいない位だ。
「歯ぁ食いしばれ。そして舌は絶対噛むな」
「………」
 俺は女の頬を力いっぱい殴りつけた。
「ガハァ……」
 女の口から何かが飛び、床に落ちた。
 血か痰かと思ったら、それは女の歯だった。
 女は射殺すような目で見るばかりで、何の反応も示さなかった。
 俺は執拗に女の頬を殴り続けた。
「ガハァ、ゴフゥ、ウウ……」
 女の肌は、固く変質していった。
 鼻は曲がり、目は開かず、口からは締まりなくよだれと血が溢れ出す。
 最後に俺が女の頬を同時に拳を合わせて殴ると、鈍い音が聞こえ、女が痙攣する様が見えた。
 俺は再度女の脚を掴んだ。そして、アキレス腱を力いっぱい引っ張り上げた。
 最後に俺は女の両脚を掴み、クロスして持ち上げ、体重をかけて技で落とした。
 女を床に捨てる。
 女は身体で息をし、ゲホゲホゲホと咳をしながら身体を丸めていた。
 ただ、女はこちらを向いた。
 殺してやる。殺してやる。殺してやる。
 女は何の表情もない顔で、目だけは怒りで爛々と輝いていた。
 腫れ上がり、開かない目。
 しかしそれでもなお、目の光だけは消えなかった。

<了>