|
獣の咆哮(3)
女は仰向けで倒れていた。
息も絶え絶え。髪は床を転げ回ったせいで絡まり乱れていた。
顔は青あざだらけで、血とよだれと涙と床の埃で赤黒くなっていた。
既に最初の百合の花のようだった女の姿は、今や枯れる間際のそれに等しかった。
「まだ、懇願はないのか? 許して下さい。助けて下さい。それはないのか?」
耳元でドスを聞かせる。
「……れが」
糸のように細くなった目は、それでもなお眼光を保っていた。
生気はなくなってしまったようにも見えるが、眼光は怒りで爛々と目障りな位に眩しい。
俺は馬乗りで女の上に再度乗り、女の首を引っ掛け、脚を絡めた。
そのまま締め落とす。
女はビクビクと痙攣をしたが、もう悲鳴も絶叫も上げなかった。
「何か言え! 俺に言う事は何もないのか!?」
何度も手を変え品を変え、技を変えても、もう女は何の反応も示さなかった。
息を身体全体でしている。
身体が痙攣して呼吸する音がおかしい。
女のよだれの匂いがする。そして汗。涙。しょっぱい匂い。
糸のような目をして、それでもなお睨んでいた。
ああ、分かった。
痙攣して呂律が回らないのか。
俺は不思議と安堵した。
俺は女を転がして仰向けにした。
女と目が合った。
女は糸のような目で、爛々と俺を睨んでいた。
痙攣しても、呂律が回らなくても、血とよだれにまみれても、それでもなお俺に逆らうと言うのか。
俺は女の頭を抱えた。
激しく頭突きをする。
びちゃり。
血とよだれの匂いがした。
これは女が衝撃で吐いたものではない。
俺に向けて、故意で吐いたものだ。
俺は頭に血が昇った。
女に何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も頭突きをした。
女はとうとうギラギラした目が開かなくなった。
俺はほっとした。
……ほっとした? 何故?
俺はこの女に負けていない。最初から。
俺は、女を睨んだ。
女はもう、何の反応も示さなかった。
俺は最後に、女を抱えた。
そして、壁に打ち込んだ。
それこそ、何度も、何度も、何度も何度も。
/*/
気が付けば、女は壁から下半身が生えていた。
俺は力任せに女を壁に埋め込んだらしい。上半身は見えなかった。
死んだか?
俺は女の髪を無造作に引っ掴んだ。
「……きは……すんだ……?」
弱々しい声が聞こえた。
女は、生きていた。
「まだ生きていたか? 俺はようやく気が済んだ。今なら俺に許しを請えば半殺しで済ませてやっても構わないぞ?」
女は唾を吐いた。
びちゃり。
それは既に唾ではなく、血の塊であった。
「ことわる」
女は鼻が折れ、歯が折れ、何度も頭を打たれてまともにしゃべることは叶わないはずだったが、それだけはっきり言った。
「わたしをいかしたこと……こうかいするわよ……そしておまえは……わたしをころしたあとも……こうかいしつづけるのよ……えいきゅうにね」
ギラギラした光が見えた。
女の目は既に腫れ上がってもう開かないにも関わらずだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
叫んだ後、何度も女を平手打ちにした。
女の長い髪が俺の頬を叩く。
女はもう反応しなかった。
ただ、女はうっすらと笑っていたのである。
勝ち誇った顔で。
俺は女を壁から引き抜き、髪を掴んで引き摺っていった。
女を引き摺った痕は赤黒い血が彩っていた。
この女をどう始末するか考えながら。
/*/
東京近衛特務警備課。
そこにある人材ファイルの1枚に、新しい文字が赤く書き込まれる事となった。
「高科瑞穂、消息不明」
軍服を着た、美しい女性であった。
それは、百合の花のように。
<了>
|
|
|