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■お菓子とアスレチックとトラップと。
世の中にはアスレチックの難易度を上げたフィールドの中で、順位を競う番組がある。
「暇だな」
と呟いていたシリューナは、その番組を見て。鮮やかに、薄く笑みを浮かべた。
「ティレなら、軽々こなせてしまうな」
それなら。
「もう少し、難しいものをやってもらおうか?」
クスクス。
暖かい春の日差しのテラスで、優雅に紅茶を飲みながらシリューナは、ティレイラ‥‥もとい、自分が楽しむ為のアスレチック器具と工作の案を、
「こうした方が面白い」
ティレイラが引っかかる姿を思い浮かべ、楽しげに笑った。
真っ白のページ。装丁の厚い本。
その本に、シリューナの白く細い手がかざされる。
青白く、ほのかに光り。
光を吸い取った本は‥‥僅かながらに、光を放つ。
「お姉さま、お呼びですか?」
ひょいっと。
ベランダで本を読んでいたシリューナに、庭から声をかけるのはティレイラだ。
シリューナは、ニッコリ微笑んで手招きをする。
きょとん。
目を瞬かせるティレイラ。
机の上にある本が、僅かに光を放っているのが不思議だけども。
シリューナの手元にあるのなら、危ないモノであっても安全なんだろう、と。
ててて。と、ティレイラは師匠のシリューナに近付く。
その。手を。
柔らかく、シリューナは掴んで。
本の上に。
乗せた。
次の瞬間。
ティレイラの目の前に広がる緑の大地。アスレチック広場。
夏の日差しのように太陽は輝いている。
「お・お姉さま、どこですかっ!? というか、ここはどこ――――っ!?」
くすくすと、どこからともなくシリューナの上品で楽しげな笑い声が聞こえる。
『本の中だ。1時間以内にゴールに着けたら、デザートのフルコースが待ってるぞ?』
「フルコース!!」
それは、数々の種類のデザートが用意されているというコトでしょうか。
ティレイラは想像力を働かせ、うっとりと。ご褒美に心を踊らかせた。
しかも、それが、得意の体力勝負! となれば。
「楽勝〜〜♪」
てなもんで。
ばんざーい! と喜び飛び上がって、飛び回るティレイラ。
「やらせて下さい、お姉さま☆」
『やらせて下さい、お姉さま☆』
本の中から、可愛い弟子のティレイラの楽しげな声が聞こえる。
精製するのに時間はかかったが‥‥その甲斐はあったな。と。シリューナは満足気だ。
「ああ、がんばれ。それと、翼は出したら失格だぞ?」
『わかってますよー♪』
本の中では、鳥が鳴いて、その小さなクチバシと足で銃のトリガーをひく。
ズキューン!
スタート、だ。
本は、ティレイラを主人公に‥‥物語を綴っていく。
ぱらり。
綴られた分、自動でページがめくれていく。
本の横に置かれた水晶玉。
そこに、リアルタイムで、ティレイラの様子が映し出される。
ティレイラは可愛い。
外見もそうだが、動き、性格。何もかもが可愛い。
水晶でずっと眺めても飽きは来ず。
シリューナは、弟子の可愛いく動き回る様子を見。ゆっくり進む時間を満喫した。
フリークライミング。
「きゃあああっ」
失敗。
1メートルほど落ちて、そばにある石にしがみつく。
「あ、危なかったぁ‥‥」
ほぉ、っと溜息をついた。
石を強く握り締めて‥‥というか。
ワザと、外れやすく作られてたんじゃ‥‥。
「その方がやりがいがあるよね!!」
むん! と気合を入れて、ティレイラは、次は、どこの石に足を引っ掛けようかな、と。
‥‥その前に。
手の中にある石。
持ってたら邪魔だし、かと言って、この高さから捨てたら下にいる人が危ない。
‥‥ええっと。
いや、いないけど。たぶん。
思わず躊躇するのは当然である。
ティレイラは、手の中にある石をじっと見つめ。
じっと‥‥。
「あれ?」
いい匂いがする。
ふにふに。
掴んだ時は確かに硬かったそれは、今は柔らかい。
匂いをかくと、甘い匂いがする。
ぺろっと舐めてみると、あまい。メレンゲだ。
かぷ
中はスポンジ。
「おいしぃ〜〜♪」
幸せそうに、ほくほくとティレイラは食べて。
「もう一個♪」
今度は無理矢理、石をもぎ取ったのだが‥‥石は石のままだった。
「‥‥あれ?」
さっきの所は、たまたまだったのかな。
それとも、お菓子だったから、取れたのかな。
「うーん?」
掴んだ時は、硬かったし、石だと思ったんだけどなぁ‥‥?
「わ!」
ぼむ!
棒綱渡りで手を滑らせて落ちたティレイラ。
落ちたそこは‥‥マシュマロ。
「‥‥‥‥‥‥あれ?」
砂じゃなかったっけ。
くるり。と見回すと、記憶に間違いなく砂地。
ただ、ティレイラが落ちたそこだけ、マシュマロ。
水晶玉の向こうで、シリューナはクスクスと笑う。
愛しい愛しい、我が弟子、ティレ。
怪我をしないように、と。
シリューナは、彼女がミスった時に怪我しないように、お菓子になるようにしていたのだ。
用意しておいた妨害トラップはもちろん、柔らかいお菓子でティレイラを大事に包み込んで怪我はさせない。
もちろん。
ワザとミスったりした所で、お菓子に成り代わりはしないが。
「さすがに気付いたようだがな‥‥」
お菓子に気を取られていたら、時間が過ぎてくぞ、と。
くすくすと。シリューナは、楽し気に。
ワザとミスってみて、何も起こらず、うーんと首を傾げているティレイラを見つめた。
「とにかく、時間内にゴールすれば、お姉さまがデザートをくれるって言うんだから♪」
謎はあとあと〜。
ここにあるお菓子はおいしいけど。
お姉さまが用意してくれているデザートの方がおいしいんだから♪
ててて。と、がんばるぞー! と、ティレイラは手をグルグル回して走っていった。
頑張ったからといって、ミスが減るワケではない。
ミスったり、罠に引っかかればお菓子にありつけるとわかったものの。
結局は頑張らなければならないワケで。
――ずぼ。
「きゃああっ!?」
落とし穴!
すぐ、そこの壁に手を引っ掛ければ、落ちずに済む!
けれど。
やっぱり、このまま落ちたらお菓子が待ってるんだろうなぁ、とか。
とか。
とかとかとかとかっ!!
――――考えていると、そのまま落ちて行ってしまうワケで。
「おや」
ゴールに近付くにしたがって、ティレイラのスピードが下がる。
罠にかかるとお菓子に変わる仕組みに惑わされているのは解る。
ほら。
あっさり、最後のトラップ。
落とし穴に引っかかった。
どぼん!!
「う・うわあああ!!」
熱い!
なんか、妙に熱い!
翼出したら駄目って言われてたけど!! 無理! 無理だからっ!!
とっさに翼を出すけれど。
バタバタバタバタバタッッ
羽ばたかせるけどっ!!
「で・でれないっ!!」
甘い匂い。
チョコレート。
チョコレートが溶ける温度は、50度から。
お風呂の温度!!
大丈夫、火傷しないし、なんにしろ、お姉さまがそんな死ぬような危ない場所を作るワケがないし、何かあったら助けてくれるはず。
「うう‥‥びっくりした」
チョコレートの沼地。
ドロドロと身体が沈んでいって、浮き上がらない。
あまーい匂い。
だけど。食べたいけどっ。
「その前に、ここから脱出するのが先‥‥あれ?」
確かに、チョコレートが身体にまとわりついて動き辛い。だとか、とっさに出した翼もチョコレートがついて重くなったなぁ、とか思ったけれど。
これは、確実に。
動けなくなっている。
「うそぉっ!?」
なんとか、チョコレートの沼の淵に手をついて、身体を起こすものの、下半身が動かなくなるし、何やらズルズルと重くなって、どんどん沈んでいくし!
「ご褒美のデザート――――!!」
叫んで、ティレイラはそのまま、沼の中へ。
――――ブラックアウト。
本の光が強く青く光る。
パラパラパラ‥‥
ページがめくれるスピードが上がっていき。静かに本が閉じる。
ぼむ!
シリューナの目の前。
白い煙と共に現れるのはティレイラ。
チョコレートを身体中にまとい、かたまってしまったティレイラ。
きっと。また怒るのだろう。
可愛い顔で怒るのだ。
本気で怒ってないのが見え見えで。顔を赤く染めて怒るのだ。
ゴールは出来なかったが、褒美のデザートフルコースを差し出そう。
きっと、一瞬で可愛く笑って。デザートをシリューナの手からおいしそうに食べるのだ。
可愛いティレ。
今は、可愛く美しいお菓子の芸術品。
髪までしっかりチョコレートで。
「チョコが溶けてしまうのは‥‥もったいないな」
ティレイラの髪をシリューナはゆっくり撫でて。
柔らかい髪はいつでも触れれる訳だし、と。
今しばらくは、固まったままのティレイラを、目に焼き付けるように覚えようと、シリューナは微笑んだ。
END
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