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blow.T
「雇って下さい。きっと良い働きをしてみせますから」
そう言って瑞穂はとある屋敷のメイドとして雇い入れられる事となった。
掃除の行き届いた贅沢な造りの屋敷の長い廊下を突き進み、案内された先は今日から瑞穂が使用する部屋だった。
大きな扉を開けば、目の前には大きな窓が一つといかにも高そうな薄絹のカーテン。質素ながらそれでも普通の物よりは値の張りそうなベッドと洋服ダンスが一つ。いささかただのメイドに勿体無いような部屋だった。
持ってきた大き目のボストンバッグをベッドの上に置くと、ここへ案内した案内人がいない事を目線だけで確認し扉を閉めた。
「ちゃっちゃと準備しましょ」
そう言いながら瑞穂は頭の上に一つで結い上げていた髪留めを解くと、長い茶色の艶やかな髪がフワリとその肩を滑り落ちた。
バクンっとボストンバッグの留め金を外して開いた。中には事前に確認して設えて置いたこの屋敷で着られているメイド服が綺麗に折り畳まれ入っている。
瑞穂は肩に垂れ下がった髪を後ろへ払い流し、着てきた洋服を脱ぎ始める。
ボタンを外し、ブラウスがスルスルと彼女の白い肌を滑り落ちる。露になるうなじと肩は、思わず息を呑むほど色白で細く色気があった。
肩紐のない白のブラジャーで、うっかりすれば零れ落ちてしまいそうなほど大きな胸が包み込まれている。
瑞穂は手際よく着ていた服を全て脱ぎ捨てると、鞄の中から持参したメイド服に手をかけた。
少しでも激しく動けば丸見えになってしまうのではないかと言うほど、短いミニスカートのアンジェラブラックメイド服。
「メイド服ねぇ…私、着た事ないのよね」
メイド服を着ての任務は、瑞穂にとって初めての事だった。扉の入り口に常備されている全身映る鏡を前に立ち何気に当ててみる。何度か角度を変えて見ている内にまんざらでもないと言った表情を浮かべ袖を通し始めた。
ヒップラインの高い引き締まった瑞穂の尻の上に、ガーターベルトを付け真っ白なレースのペチコートを履いた。ほどよくついた筋肉で引き締まった艶かしいウエストラインでボタンを留め、その上からメイド服を着込む。
背中に手を回し、色香の漂う姿勢を取りながら背中のチャックに手をかけるとゆっくりとそれを引上げる。すると普通の女性ではあまり見られないほど大きく、しかし型崩れをせず上を向いている胸は洋服に僅かながら締め付けられ多少の息苦しさを感じた。
襟元に赤いリボンを付けて白いエプロンをまとうと、まずこの屋敷では他にいないであろうほどに色気たっぷりなお姉さま風のメイドが完成する。
瑞穂はガーターベルトに合わせた白いニーソックスを、細くしなやかな足にスルスルと巻き上げ先に付けておいたガーターベルトから垂れ下がるクリップでそのソックスを留めた。
頭にはエプロン同様にたっぷりのフリルがあしらわれたカチューシャを付け、履きなれた編み上げのロングブーツを履く。
「とりあえず、グローブはまだ嵌めるのやめておいた方がいいわね」
そう言うと瑞穂はグローブをポケットの中に捻じ込んだ。
鏡の前で何度か身体を捻りおかしな場所が無いかチェックを済ませると、開いていたバッグから一枚のカードを取り出す。
そこにはある男の写真と特徴が書かれていた。
「鬼鮫…。随分と横暴な殺戮を繰り返してる男らしいけど、私が来たからにはお前も終わりよ。フフフ…」
瑞穂は意味深に笑いながらそのカードにキスをした。
彼女の目的は、鬼鮫のデータを完成させる事だった。名前、顔、そして過去にどれほどの殺戮を繰り返して来たか。その対象の多くは超能力者だった。
過去に鬼鮫と対峙した者は皆行方を眩まし、戻ってきてはいない。そんな情報ばかりで決定的なものは何一つとして手元には入ってきていないのだ。
瑞穂の所属する近衛特務警備課としては、そんな人間をのさばらせる訳には行かない。もしも同様に任務失敗に終わったとしてもデータだけは入手するようにしなければならない。
今回、その為に任務を課せられたのが瑞穂だったのだ。
瑞穂はカードを鞄の中に仕舞い込むと、軽快にスカートを翻し部屋を後にした。
瑞穂がメイドに扮して屋敷に潜入してから、今日で丸5日が過ぎた。
他のメイド達と同様に仕事をこなしながら、瑞穂はその視線で鬼鮫の様子を窺い続けるも特別目立った行動は見られない。
同僚と共にぶっきらぼうながらも談笑をし、屋敷の見回りや何気ない日常生活を繰り返している。見た感じ、ただの男としか見れなかった。
(なんだ。上がってきてたデータとは違うじゃない。人当たりもまぁまぁだし…。ガタイは確かに良いけど…見かけだけって感じ。大したことなさそうね)
瑞穂はいつしかそんな鬼鮫を見下したような目で見るようになっていた。
そう確信したこの日、瑞穂は行動を起こす事にした。鬼鮫が一人になる機会を窺い、こっそり後を付ける。
鬼鮫は長い廊下を延々と歩き、地下室へ向かう階段の手すりに手をかけゆっくりと階段を下りて行った。
(お前のデータ、今日でキッチリ取らせてもらうわよ)
瑞穂はポケットに入れていたグローブを嵌めると鬼鮫の後を追い階段を下りて行った。
螺旋状に渦巻く階段を下へ下へと下りていくとやたらと埃っぽく、くもの巣が所々張っているようなまるで人気の無い地下室へとやってきた。
古ぼけた木戸が二つ並ぶ内の一つが僅かに空いており、そこに鬼鮫がいる事を知らせている。
靴音を響かせ、その木戸に手をかけて中へ入ると、およそ4畳半ほどの狭い部屋の中で鬼鮫は置かれている書類か何かを手にとって見ていた。
「何か用か?」
振り返る事もせず、書類に目を通しながら鬼鮫は背後に立っている瑞穂に声をかけた。
「ここは掃除の必要はねぇぞ」
「掃除しに来た訳じゃないわ。お前に用があるの」
「……どういう事だ?」
怪訝そうな表情を浮かべて振り返った鬼鮫に、瑞穂は自信に溢れ完全に見下したような目つきで鬼鮫を睨みつけ、口元には笑みを浮かべた。
「鬼鮫。お前の事を調べていたわ」
「…ほう。そんな事なら勝手に調べればいいだろ。俺は別にお前のようなメイドに興味はないがな」
そう言うと鬼鮫は再び瑞穂に背を向け、再び書類に目を通し始めた。
瞬間ムッとしたような表情を浮かべる瑞穂だったが、すぐに気を取り直したかのようにほくそえんだ。
「あら、そんな風に言い逃れして…私と拳を交えるのが怖いのかしら? 図体はでかい癖に、肝は小さいのね」
「………。どう言うつもりか知らないが、お前はお前の仕事をやれ。俺はお前に取り合ってる暇などない」
この言葉で、完全に自分が相手にされていない事を察すると、瑞穂は非常に苛立った。任務遂行の為にこのままはい分かりましたと引き下がる訳にはいかない。
背を向けたままこちらを振り向こうともしない鬼鮫に、腰を低く落とし攻撃の姿勢を取る。
「戦う意思がないのなら、その気にさせてあげるわ!」
瑞穂はそう言うと、地を蹴り振り返りざまの鬼鮫の脇腹に抉るような鋭い肘打ちを喰らわせた。意標を突かれた鬼鮫はその攻撃をまともに喰らい、手にした書類をバラバラと床に取り落とし、脇腹を押さえながら瑞穂を睨み付けた。
「どう? 私と戦う気になったかしら? 臆病者さん」
「…ってめぇ…」
鬼鮫の額に血管が浮かび上がり、完全にこちらに意識が向いた事を確認できた。
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