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<東京怪談ノベル(シングル)>


blow.V

 信じられない。まさかこんなに強いだなんて…。完全に私の見誤りだわ。
 瑞穂は苦痛に悶絶しながらも、そう心の中で自らの浅はかだった判断を呪っていた。
 臀部に数回に渡り攻撃をされ、頭の芯にまで達するようなズキズキとした痛みに顔が自然と歪んでしまう。
 このままここでやられる訳にはいかない。せめてこいつのデータだけでも取っておかなければ…。
 瑞穂は眉間に皺を寄せ、苦痛に歪む顔で鬼鮫を睨み上げた。
 こともあろうか、当の鬼鮫は苦痛に悶絶を繰り返す瑞穂を見てニヤニヤと意地悪く笑うばかりでそれ以上の攻撃を仕掛けてこようとはしない。一体何を企んでいるのか、皆目分からなかった。ただ分かる事と言えば、完全に自分はなめられてるという事。瑞穂は心の中で舌打ちをした。
「おいおい、いいのか? そんな無様な姿で終わっちまっても」
 屈辱的な言葉を浴びせられ、瑞穂は唇をかみ締める。
 冗談じゃない。どうしてこんな奴に打ちのめされなければならないの。私の力はまだまだ…。
「口先だけでピーピー騒ぐだけ騒いでおいて、今更声も出せず攻撃も出来ない。許して下さい、とは言わねぇだろうな?」
 嘲笑うかのように、鬼鮫はそう言葉を投げかけてきた。
 判断ミスでここまで追い込まれるなんて…。
 瑞穂は己の未熟さを思い知らされたように、きつく唇を噛み締めながら鈍痛の走る臀部を庇いつつよろめきながらゆっくりと立ち上がった。
 どことなく足元がおぼつかない。臀部と腹部に喰らった攻撃が、ことのほか脱力させるほどの威力を持っていたのかと、瑞穂は考えていた。
 腹部も脈打つほどの痛みを感じ、押さえずにはいられない。
「そうだよなぁ。あれだけデカイ口叩いたんだ。立っていてもらわねぇとこっちとしても面白みにかけるんだよ」
「…っく…。そ、そうね。なかなか…面白くなりそうじゃない…」
 口の端を無理やり引き上げ、脂汗を流しながらも瑞穂はそう呟いた。
 ただの強がり? いや、そうであったとしても認めたくは無い。こんな男の前に私がかしずく姿など想像すらしたくもない。でも、限界が近いのは事実…。
 何度も心の中で自問自答を繰り返しながら、瑞穂はゆっくりとではあるが再び攻撃の態勢を取る。
「い、行くわよっ!」
 渾身の力を込めて拳に意識を集中し、瑞穂は鬼鮫の顔面目掛けて拳を唸らせた。が、いとも簡単に避けられてしまう。続けて瑞穂はこめかみを狙い回し蹴りを繰り出すも、これもまたあえなく避けられ空振りに終わってしまう。
 負けじと再び足を振り上げ、脇腹に蹴りを入れようとするがそれすらも避けられてしまった。どうしても攻撃が当たらない。
 無用にスカートだけが宙を舞い踊り、大腿部と臀部が惜しげもなく露になるだけ。
 続け様に攻撃されたダメージで精細さを欠いてしまい、思うように攻撃が出来ない。瑞穂はギリギリと歯を噛み鳴らした。
「くっくっく…何だその攻撃は。攻撃ってのはなぁ…こうするんだよっ!」
 ニヤついていた鬼鮫は言葉の語尾を強め、がら空きの瑞穂の脇腹めがけブンっと拳を唸らせた。
 ズガンッ! とめり込む拳の重さに、瑞穂は身体を曲げ脇腹を押さえ込んだ。身体の芯が異様に痺れる。あからさまに骨が折れたのが分かった。
「あ…あぁ…ぐぅ…」
「おらおら、どうしたどうした!」
 鬼鮫は攻撃の手を休める事無く、瑞穂の顎をアッパーカットで打ち抜いた。
 ガツンと言う音が響き、目の前がチカチカする。下から突き上げる攻撃に思わず舌を噛んでしまい、口から血を流した。
 この女、もう体力がねぇのか?
 鬼鮫の目がそう瑞穂に言っている。
 お前が先に挑発してきたんだ。このまま引き下がれると思うなよ!
 鬼鮫は更に瑞穂の顔面目掛け拳を振るい落とす。ガードするように手でその拳を阻もうとしたが、抵抗虚しく弾き飛ばされまともに喰らった。胸を突き出し仰け反るようにその場に膝をついてしまう。
 瑞穂の頭を押さえ込み、その胸倉に膝蹴りを入れるとグニャリとした胸の押し潰されるような感覚と共に、ゴツッと骨にぶつかる感覚があった。瑞穂は瞬間息が詰まったのか深くむせこむ。
「ぐぅぅ…」
 くぐもった声音を吐き、きつく瞼を閉じたまま苦しげに息を継ぐ。
 手も足も出せない…。一体どうしたら…。
 瑞穂は頭の中でそう考えてはいるものの、自分の意に反して身体は動かなくなりつつあった。
 防御するので精一杯。何てこと…私、この男に負けるの?
 悔しさに瑞穂は唇を噛んだ。
「まだ終わりじゃねぇぜっ!」
 そう言うが早いか、瑞穂の腹部にズズンっと重い蹴りをお見舞いする。
「ぐえぇっ!」
 ヒキガエルが大きく鳴くように、瑞穂の口からは女性とは思えぬ醜い声が上がった。腹部をきつく抱きしめるように押さえ、深く咳き込みながら涎を吐いた。
 もはや立っているのもやっと。瑞穂の足はまるで酔っ払いのようにフラフラとし、千鳥足状態になっていた。
 もう駄目だ…。立っていられない…。
「あぁ、そうだ。礼をしておかないといけなかったな」
 フラリ…フラリとよろめきながらも何とか体勢を保とうとしている瑞穂を見、何かを思いついたように意地悪く口の端を引上げて笑う鬼鮫は、目の前でふらつく瑞穂の頭部目掛けて足を振り上げると勢い良く振り下ろした。
 ガッチンっ! と固い何かがぶつかり合う様な痛烈な音が響き、瑞穂は頭の先から足先まで電気が走り抜けた。
 頭上に落ちた衝撃に、瑞穂は目を見開いて断末魔に似た叫びを腹の底から搾り出した。
「ぎゃああぁぁぁあぁぁぁあぁっ!!」
 振り下ろされた衝撃で頭部が切れ、血が流れ出す。瑞穂は額から流れる血を拭う事も出来ずグラリ…とよろめいた。
 膝の力が急激に抜け、瑞穂はその場に崩れ落ちるように倒れこむ。が、運悪く倒れこもうとした先には鬼鮫がいる。当然の事ながら抱き止める事などなく、意味深にニタリと笑うと鬼鮫は倒れこんで来る瑞穂の肩を鷲掴み、問答無用で顔面に膝蹴りを食らわした。
「ひあぁっ!!」
 あれだけ調子付いて俺を本気にさせやがったんだ。その落とし前はつけてもらう。
 鬼鮫は非常にも瑞穂の顔面に2度、3度と膝蹴りを繰り返し加える。瑞穂の顔面はもはや見るに耐えられないほど赤く染まり、青痣をあちらこちらに作っていた。
 ピシ、パキ、メリ、と頬骨や鼻が折れるような音も聞き取れる。
 続け様に、鬼鮫は膝蹴りの位置を変え腹部への殴打を繰り出した。ドス、ガス、ボス、とくぐもった音を立て、その度に瑞穂は血反吐を吐きながら自然と零れ落ちる涙を散らした。
 何度目かの殴打の後、鬼鮫はまるでゴミを捨てるかのように肩を掴んでいた手を離すと、瑞穂の身体はグシャリと鬼鮫の足元に崩れ落ちる。
「あ、ああぁぁぁ…」
 苦痛に呻き、全身を襲う強烈な痛みに何度も意識が遠のきそうになる。
 顔面を押さえ、腹部を押さえながら悶える瑞穂の振り乱した髪は地面に広がり、息を吐く細い肩と胸は小刻みに何度も震えながら上下する。
 力の入らなくなった足は淫らに投げ出され、両足共ニーソックスの下がり切ったその長い美脚もまた、包み隠す事も無く惜しみなく曝け出された。
 いつの間にやら千切れたように所々切れたメイド服からは、仄白い肌が覗き見える。
 こんな…、こんな事って…あり得ない…。
 瑞穂は霞む視界の先にいる鬼鮫を見やりながら、ただひたすら心の中で悔しさに唇を噛む事しかできずにいた。