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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


四つ辻の神隠しの噂


 閑静な住宅街の外れにその辻はある。
 山を切り開いて造成したニュータウンと、その中でほんの少しだけ残された山の部分が交わる場所に二本の道路が十字を形作っている。そのうちの南西に延びた道は林に繋がる形でほぼ行き止まりになっており、住宅とも少し離れていて、子供が遊ぶには丁度良い場所だ。
 だから、その日も近所の子供が四人ほど集まって遊んでいた。
 だるまさんがころんだ、で遊ぼう。一人がそう言い、残りの子供も賛成した。
 鬼になった子は舗装の途切れた先、林の杉の木に顔を伏せて声を上げ始める。

 だるまさんがころんだ。

 時には早口で、時には精一杯語尾を伸ばして。
 何度か鬼が交代する頃には日はもう大分傾いていて、振り返るたびに影が伸びる。
 影が身長の倍ほどにもなった頃、何度目かに振り向いた鬼の子供は奇妙な違和感を覚えた。
 日が暮れ始めたせいか、視界が妙に狭く感じる。俯いた皆の顔が夕日に照らされて強い影になり、よく見えない。それに、何だか、人数が違うような。何だか……増えて、いるような。
 急に怖くなり、子供は反射的に木に顔を伏せた。

 だるまさんが――

 何も気づかなかったように遊びを続けようとしたが、そこで言葉を飲み込んだ。
 背後にざわりと気配が忍び寄る。少し動けば触れてしまいそうな距離に何かがいるのが判る。
 ぬるりとした空気とかすかな生臭さが体を包み、子供は唇を噛んだ。
 ……こんなのは気のせいだ。後ろにいるのは友達だ。早く残りを言って、それで振り返らないとまた鬼が続いてしまう。
 子供は大きく息を吸って、言った。

 ――ころんだ。


「……それきり、その子たちは消えちゃったんだって」
 抑えきれない好奇心に大きな目を輝かせて、瀬名雫は楽しげに語った。
 ありがちだ、怪談のテンプレじゃないか、そもそも皆消えたならその様子は誰が伝えたんだ。
 今まで黙って聞いていた怪談好きの仲間たちから一斉に突っ込みが入るのを軽く流して、雫は一台のPCの画面を指差した。
「今の話は噂だけどー、でもほら、子供の行方不明事件は実際起こってるんだってば」
 一同の視線がPC画面に吸いつけられる。
 『小学生四人が行方不明』『近所の道路で遊んでいたが夕方になっても帰らず』『不審車の目撃等はなく手がかりなし』
 ニュースを読むに、場所や状況は雫の話と符合するようだ。一同に向かって雫は得意げに微笑む。
「調査する価値はあり、でしょ?」
 皆が考え込むように顔を見合わせる中、一人の少女が立ち上がる。
「スザクが行くわ」
 柔らかそうな黒髪を結い上げたツーテールと、モノトーンでまとめたロリータファッション。腕には細身の黒い傘を大切そうに抱えている。
 ごちゃごちゃとしたネットカフェにはなかなか似つかわしくない姿だったが、顔見知りらしく、雫は満足げに頷きながら少女を――黒蝙蝠スザクを手招いた。
「じゃあ、スザクちゃんを調査隊に任命するよ」
「まかせて」
 小首を傾げて微笑むとスザクは雫の隣の椅子に腰を下ろし、詳しく聞かせて、と雫の手元のPCを覗き込む。
「うーん、詳しくって言っても、今話したことでほとんどなんだよねー」
 噂だからさ、とマウスを滑らせて、雫はブックマークからマップサイトを呼び出す。なめらかなタイピングで手早く番地を入力すると、整然と区画整理された住宅街の航空写真が現れた。
 パステルカラーの屋根が立ち並ぶ中に灰色の道路が升目上に延びており、そのうちの何本かがわずかに残った森の部分へ吸い込まれるように消えていた。
「このあたりかな。近いよね、日帰りで行けそうじゃない?」
 升目のように交差する十字路の群れ。見ていると目がちかちかしてくる。目を細めるスザクを振り返って雫は尋ねた。
「何か他に知りたいことある?」
「そうね……。噂の出所が判れば知りたいかな」
 ありがちな筋の話ではあるが、現実の事件とリンクしているところを見るとただの噂と片づけるのも躊躇われる。
「雫ちゃんは誰に聞いたの? その人の話も聞いてみたいな」
 よくある話なのに? と首を傾げる雫に、確かにそうだけど、と前置きして言う。
「でも、妙にリアルって言うか、ディテールに凝ってる感じがしない? こう言うの気になるの」
 よく耳にする、恐怖を断片的に切り取ったような噂とは違い、まるでよくできた怪談のような――実際、怪談として語られているわけだが――わざとらしいほどにまとまった話だ。
 こう言った話は定型化した都市伝説か、全くの創作か、それでなければ語り手が経験した真実か。そのどれかだ。
 ふうん、と雫は分かったような分からないような相槌を返して、制服のポケットから携帯を取り出した。
「これ、実はクラスの子から聞いたんだよね。多分暇してると思うから、今呼ぶよ」
 雫の言ったとおり暇を持て余していたのか、連絡してから30分もせずに噂の主は現れた。
 自動ドアをくぐって現れた少年を雫が手を上げて招く。少年は目線でそれに応えると近寄ってきたが、スザクの姿を見て戸惑ったように目をしばたかせた。
「悪いねー、わざわざ」
「いいよ、どうせ暇だし」
 雫はスザクと少年を向かい合わせるように座らせる。
「この人が、さっき言ったスザクちゃん。話お願いできる?」
 よろしくね、とスザクが微笑んで見せると、少年は照れながら頷いた。
「……えっと、小学生が四人行方不明になったってのは、知ってます?」
「うん、さっき聞いたわ」
 少年は俯いて、少し表情を暗くした。
「いなくなった子って言うのが妹の友達なんですよ。俺んちはあの住宅街からはちょっと離れてるんだけど、小学校は一緒なんで。それで、もちろん、俺も家族も誘拐だと思ってたんですけど、ばあちゃんだけ違うこと言うんですよね」
 そこで少年は反応を伺うように一度言葉を切った。
「……ばあちゃんは、神隠しだって言うんですよ。冗談かと思ってたら、本気で言ってるみたいで」
 そう言う少年の表情もごく真剣だ。
「聞いてみたら、小さい頃にあのあたりで従妹と遊んでたら、目を放した隙にいなくなっちゃったことがあったらしくて。で、結局その従妹は今も見つかってないみたいなんですけど。……それ聞いて、親も小さい頃に近所の子がいなくなって見つかってないって言い出して。今まで結構そう言う行方不明事件があって、解決してないみたいなんですよ」
 一気に話し切って、少年はスザクと雫を見比べるように視線を動かした。
「……怖い話ね」
 スザクが同意すると、少年はほっとしたように頷いて見せる。
「結果があるなら、必ず原因もあるものだわ。神隠しなのか誘拐なのか、スザクがちゃんと調べて来てあげる」
 唇に指を当ててかわいらしく微笑むスザクに、少年は照れたように笑って、期待してますと軽く頭を下げた。


 神隠しか、それとも誘拐事件か。
 スザクの中では答えは出ている。神隠しだ。
 新しい住宅地と、古い林。十字路。行き止まりの道。黄昏時。
 「境界」が何重にも重なっているのだ。その、何が起こっても不思議ではない場所での「だるまさんがころんだ」。童遊びは、古の神事の形式が子供の模倣の遊びの中に残ったものだとも言う。何か、良くないものを呼び寄せてしまったのだろうことは想像に難くない。
 夕暮れの住宅街はひっそりと静まり返っていた。
 行方不明事件のせいで住民は過敏になっているのだろう。子供はおろか、大人の姿もほとんどない。ましてや、例の事件の現場ともなればなおさらだ。
「……なんだか、思ってたよりすごいわね」
 本来流れていくべき力がせき止められてわだかまり、異様な重さの空間を作り出している。近づくと暗い濃度の空気が足元に纏わりつき、一歩一歩が重い。
 一人では少し荷が重いかもしれないな、とスザクは眉を寄せて考え込む。
 おそらく相当の年月が積み重なったこの淀みは、スザク一人で打ち払うには骨が折れる。となれば、何か味方となるものを探さなければならない。
 この場所にもかつて「道標」となるものが存在しただろう、としばらくあたりを探索すると、ちょうど林と道路の境目あたりに小さな道祖神が祭られているのを見つけた。杉の枯葉にうずもれていて、一見ただの石としか思えないが、良く見ればうっすら人の形が彫られているのが判る。
「……お願い、力を貸してね」
 杉の葉をどけて周りを綺麗にすると、スザクは道祖神の前にしゃがみこんで手を合わせた。
 そのまま、目を瞑る。
 道をつなげる方法はやはり、童遊びだ。
 スザクは目を閉じたまま両手で顔を覆って、か細い声で歌い始めた。

 かごめ かごめ 籠の中の鳥は

 本来ならば、しゃがんで目隠しをした一人の周りを数人が回る遊びだ。
 それを一人でやれば、どうなるか。

 いつ いつ 出やる

 周りに気配を感じる。
 一人、二人。……たくさん。そして一人。
 感覚を尖らせても、数えているうちに気配は分散し、またひとつになり、別れ、一定しない。
 それは足音も立てずにスザクの周りを回り始める。

 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった

 気配はだんだんと間隔を縮め、スザクに近づいてくる。
 空気がぬるりと濃くなり、纏わりつく。
 髪の毛の先を時々吐息のような生臭い風がかすめる。

 うしろの正面 だあれ

 最後の旋律が尾を引いて消える。
 ――と、同時に、スザクはくるりと振り返って立ち上がる。
 冥い。
 黄昏のひと時は時として夜よりも暗いが、それとは比べ物にならない。
 家々も、杉の林も、暮れかけた空も見えず、ただ目の前には凝った黒い塊があった。それは愚鈍な動きでスザクに近寄ってくる。スザクが後ずさると、黒いものは生臭い息を吐き出しながら呻いた。
 距離をとりつつ、あたりを見回す。
 そこは異界だった。
 何もかもが暗く淀み、湿っていて、足元から得体の知れない寒気が這い上ってくる。そこここで時折、不気味な色の光が生まれてはすぐに暗闇に溶けた。
 その中で、黒い塊がいくつものろのろと蠢いている。
 ――鬼、なのかしら。
 じりじりと近づいてくる目の前のものを警戒しつつ、スザクは考える。
 混沌とした黒い塊。頭も手足も判らないような、蠢くだけの気配。スザクの思う鬼とは大分違うが、どちらにせよ、人に害を為すものには違いない。
 スザクは手のひらを塊に向けて構えると、言った。
「……子供たちを返しなさい」
 もちろん答えは返らない。意味をなさない呻きが漏れただけだ。
 塊は尚もスザクに近づこうとにじり寄る。
 スザクは、今度は後ずさることなく、構えた掌を大きく開いて気丈に塊を睨みつけた。
 ぽ、とスザクの小指に黒い火が点る。続いて薬指、中指。
 五本の指すべてに火が点ったかと思うと、黒い炎は大きく揺らめき、五本の螺旋を描いて立ち上った。
「燃えちゃいなさいっ!」
 炎を投げるように腕を振ると、五つの炎は絡み合って球体となり、塊にぶつかるとその体を侵食し始めた。焦げる臭いが鼻に届き、スザクはわずかに顔をしかめる。
 炎に体を巻かれて、それでも塊はスザクに近づいてこようとする。熱さや痛みは感じないようだ。
 最後に小さな呻きだけを残して塊は燃え尽きた。食い尽くされて灰も残らない。
「…………」
 仲間が殺されたのだ。当然周りの塊は襲ってくるだろうと身構えたが、予想に反して反応はなかった。塊たちは相変わらず愚鈍な動きで這いまわっているだけだった。
 それに不快感を覚えてスザクは目を細めた。
「……!」
 ――が、細めた視界の隅に塊とは違う影が映り、スザクは慌てて目を見開く。
 一際大きな塊の一つに手を引かれるようにしてのろのろと歩く子供の姿があった。うつろな目で虚空を見ている。
 スザクは勢いをつけて走り出した。途中、いくつかの塊がスザクに気付いてにじり寄ってこようとしたが、さすがに追い付けない。
 子供は四人。行方不明になった数と一致する。
 どの子もぼんやりとした目で遠くを見つめ、一列になって手を繋いでいる。まるで、「だるまさんがころんだ」で捕まったとでもいうように。
 そうして、子供たちの足元には白いものが転がっていた。特徴的な形のそれは――骨だった。
 ぞくりと背中が泡立つ。
 スザクは一息に子供たちの側まで駆けて行くと、黒い塊に纏わり付かれている手を握り、塊を振り払った。
「大丈夫? しっかりして!」
 スザクの呼びかけに子供たちは答えない。
 代わりに、塊が反応するように蠢いた。
「くっ……」
 とにかく、逃げよう。
 子供たちの手を取りそっとその場を後にしようとしたが、気付いた塊が相変わらずの鈍い動作で追いかけてくる。スザク一人の足なら楽に逃げ切れるが、自失している子供たちを――しかも四人も連れていては、なかなか思うように逃げ切れない。
 しかもこの場所、出口が判らないのだ。
 どこまで走っても前方は暗く淀み、光は見えない。
 気がつけば先ほどの塊だけではなく、ばらばらに蠢いていたはずの塊が皆こちらへ向かっていた。
 ――まずい、かも。
 そう思った瞬間に、頭上から一筋の光が指した。
 それは瞬く間に広がってスザクと子供たちを包み込み……気がつくと、元の通り、杉林の手前に立っていた。
 スザクの目の前には、小さな道祖神がある。
「……助けてくれたの」
 スザクの呟きに答えるように、一陣の涼しい風が吹いた。
 見上げれば、日は西の空に落ちて、空は紺色に染まり始めている。境界線の時間は終わりを告げ、辻はつかの間の平穏を取り戻して静まり返っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7919 / 黒蝙蝠・スザク / 女 / 16 / 無職】