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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ捌



 目が、かすむ……。
 樋口真帆は小さく息を吐き出した。
 手を伸ばす。けれども、届かない。
 なんで。
 どうして。
 こんなことになっちゃうの……?
(二人を止めないと……)
 どっちが勝っても、いい結果になんて……ならないもん。
 雲母は助ける。未星だって、傷ついて欲しくない。嫌だ。
(……メロム……だって)
 彼女? 彼? どちらでもいい。メロムにだって、傷を負ってほしくない。
(足に力が入らないよぉ……)
 情けない。悔しい。
 唇を噛み締め、真帆は膝に力を入れて踏ん張る。だが動けない。



「シッ」
 未星の抜刀の風圧でメロムの右腕が斬り落とされた。
 それを見て雲母はうんざりしたような、それでいて腹立たしい表情を浮かべた。
「……ひとの話聞いてたぁ? 場所を変えようって言ったはずだけど」
「場所などどうでもいい」
「あーらら。退治屋のくせに、相変わらず節操ないな、遠逆ってのは」
 いや、わかっている。メロムには。
(前は油断してた。まさかあんなところで攻撃されるとは思ってなかったからな)
 メロムは「食事中」だったのだ。ずかずかとやって来た人間には気づいてはいた。気配を隠しもせずに、普通の歩みで……いや、明らかにどこかへ帰る途中のような様子の歩き方だったのだ。
 だから、油断した。
 いっそ喰ってやろうか、などと考えたのがいけなかった。
 見れば美しい娘ではないか。口の中が唾液と血液と肉片で混じり、恍惚となった。
 美味そう。
 ただそう感じだ。
 様子をうかがっていると、娘は唐突にこちらを向いた。本当に、いきなりだった。
 目が合ってぎょっとして身を引く自分。同時に娘の、演技の仮面が消え去った。
 娘はいつの間にか手に弓を持っていた。矢をつがえて。
 気づいた時には遅い。
 どこかで聞いた。恐ろしく強い残虐な退魔士がいるのだと。
 特徴は、『漆黒の武器』。
 気づけばメロムの全身は矢に貫かれ、動けなくなっていたのだ。
 本当に、指一本動かせなかった。動かせたのは、残っていた左の眼球だけだ。
 その残った眼球で相手を見た。長い髪の娘。彼女は人間とは思えないほどに冷たい瞳で、こちらを見下ろしていた。
「…………おまえのようなタイプの吸血鬼は厄介だ」
 女はそう言った。
「…………」
 無言で、こちらを見てくる。その瞳が怖かった。
 ――思い返し、メロムは舌打ちしそうになった。
 あの時の自分は「美味そう」などと思ってしまったが、どこも美味そうじゃない。
(不味そう……)



 視線がこちらに向いている。気づいた真帆は怪訝そうにする。
 視線の主は未星だった。本当に一瞬だけだったが、彼女はこちらを見た。
(?)
 雲母が動き、そこから跳躍して去ろうとする。だが。
 未星が再び真帆を見据えた。
(っ、殺気)
 背筋が震えた刹那、未星の攻撃が真っ直ぐこちらに伸びていた。首が刎ね飛ぶイメージが強烈に浮かぶ。
 それを庇ったのは雲母だった。逃げようとした足を止め、真帆の前に飛び出してきたのだ。
 首が半分、斬れる。
 雲母が憤怒に顔を歪めた。だが、未星は怒りを消し去った瞳で呟く。
「手段は選ばない」
 その言葉に真帆は震えた。雲母を殺すためなら、真帆も殺すつもりなのだ!
 首についた傷が治っていく雲母を、真帆は見た。真っ赤な目が未星を殺すことでいっぱいだ。
 手を伸ばして、衣服の裾を握る。雲母が振り返った。
「真帆ちゃん?」
 深く、呼吸。
 幻を作り出す。闇夜に降る、雨のような花びら。七色に輝くそれは、まるでこの夜に咲く虹のようだ。
「もう、おはようの時間だよ、雲母ちゃん」
 精一杯の気持ちを込めて、そう囁く。
 偽の人格でも、雲母と出会った事実は消せない。メロムの中に存在しているのは確かだ。
(お願い、目を覚まして……!)
 雲母ちゃんに戻って!
 みんなの笑顔が見たい。信じれば、きっと!
「…………」
 雲母が何か言おうと口を開き、――――。
 雲母越しに未星が矢をつがえているのが見えた。
 あ、と真帆が思う。その時には、矢が雲母の頭を貫いていた。続けて3本、胸、首、腹、と射抜いていく。
 雲母は真帆の言葉で揺らぎ、動きを止めた。だが、未星にはその理由がない。未星が待ってくれる義理などなかったのだ!
「雲母ちゃんっ!」
 悲鳴をあげる真帆の前で、雲母が貫かれた左目から血を流す。
 隙あらば未星は雲母を殺そうとする。それが彼女の仕事。それを忘れていた!
 未星は正義感でここに居るわけじゃない。仕事で来ていたのに!
「…………いたい、って」
 唇の端から血が零れる。
「言ってるだろうがぁ!」
 爪が瞬時に長く伸び、未星へと向かう。未星はそこに居なかった。
 真帆の背後に居た。
 漆黒の長槍を構え、真帆ごと雲母を貫こうとする。
 気づいた雲母が真帆を突き飛ばした。そして、槍に心臓を貫かれる。血を吐き出す雲母が顔を歪めた。
「雲母ちゃ……」
「っ」
 ぎり、と真帆の声に応えるように雲母が歯軋りをして踏ん張った。
 ……と。
 真帆は転倒した。
「?」
 何が起こったのか、わからなかった。
 けれども、視界が真っ赤。
(赤い……)
 赤い瞳が見える。
 真帆の幻が消し飛んだ。
 未星が薄く笑っているのが見える。さっき、あっちに居たのに。
 もう、こっちに居る。あれ?
(私、なんで倒れてるんだろう?)
 あれ? あれれ?



 真帆は立っていた。
(あれ?)
 あれ?
 真帆は不思議になる。倒れたはずだ。でも、倒れているのは雲母だ。
(――あれ?)
 しかも倒れているのは男性の雲母……メロムではない。女性の雲母だ。
 どうなっている?
 対峙している未星の首がない。
 あれ?
 刀を構えたまま微動だにしない未星の首からは鮮血が飛び散り、辺りを赤に染めた。
「み、未星さ……」
 呟く真帆は、怪訝そうにする。
 ゆっくりと未星の肉体が倒れた。どさり、とまるで荷物が落ちるような音をさせて未星だったものは転がった。
 首は?
 辺りを見回すと未星の首が転がっていた。長い髪がぐるぐると頭に巻きつき、表情は見えない。
 あれ?
 手を見下ろす。あれ? 真っ赤だ。
(え?)
 赤色の液体に染まり、べったりしているそれに真帆は青ざめる。
 あれ?
 視線を未星の胴体に戻す。
 あれ?
 冷や汗が噴き出した。嫌な想像が固まってきて、真帆は追い払おうと必死になる。
「やったね」
 声が聞こえてそちらを慌てて見遣る。
 立っているのは見たこともない男だった。ひょろりと背の高い、真紅の瞳の男だった。淡い紫の髪をしている。
 綺麗な男ではあるが、まるで幽霊のようだ。立体的ではない、というか……存在が希薄? なんだか真帆としてはうまく説明ができなくて、もどかしい。
「やったよ」
 両手を広げて嬉しそうに男は言う。
「え、な、なに……?」
 理解できなくて、真帆はごくりと喉を鳴らしてから問い返す。言っている意味がわからない。わかるように説明して欲しい。
「だ、だれ?」
「メロム。メロム=スプリング」
「は?」
 瞬きをしている真帆に、彼は笑った。
「やっと倒せた。本当、邪魔だったよ、遠逆の退治屋は」
「…………?」
「殺してくれて、ありがとう」
「………………ころした?」
 だれが?
 赤い手。これは……もしかして。
「ありがとう、真帆ちゃん」
 決定打のセリフに真帆は膝から力が抜ける。
 座り込んだ真帆を彼は見つめた。
 どういうこと? 誰か説明して!
 メロムは人差し指を立て、口元に移動させる。静かに、という合図だ。
「静かにしないと、キララが起きちゃうよ」
「?」
「いやぁ、実に助かった。まんまと騙されてくれて。思い込みの激しい人間って、ほんと助かるよ」
 ゆっくりと動き、死んでいる未星に近づいた。
「君もそうだけど、幻を使う人間ってのは暗示とか催眠にかかりやすい傾向もあるからね。幻って言っても、種類とか色々あるし。
 それにさ」
 未星の傍に立つメロム。
「コレが現実だって証拠、ないでしょ?」
「え……」
「ていうか、そこで転がって眠ってるキララも幻じゃないなんて、証拠とか確信とかないでしょう?」
 視界から、きつく瞼を閉じて倒れていた雲母が消え去った。
「全部お芝居だったかも。どこから嘘で、どこからが本当だったのかな。その境界線は? ていうか、本当に君は樋口真帆?」
 見下ろすと、肉体が雲母のものだった。
「ぜーんぶ、アイモヤ・キララの作った都合のいい夢だったかも。ほら」
 手に、いつの間にか本がある。何度も読み返したような文庫だ。表紙に「紅月の夜」と書かれていた。
 開くと、主人公である藍靄雲母のことが書かれている。
「それとも、樋口真帆のための夢?」
 肉体が元に戻っていた。けれども周囲は夕焼けだ。さっきまで夜だったのに。
「本当の君はどこかで眠ったままかもね。捕まえて眠らせてある、とか?」
「なんの、ために……」
「そりゃ、この退治屋さんを騙すため」
「そこまでして……?」
「なにせ催眠も暗示も幻影も幻覚も、なに一つ効かないんだよ。参ったよね、これには」
 足元の死体を蹴り付けるメロムに、真帆が目を見開いた。
「よっぽど特殊な訓練でも受けてるのか……人間じゃないよね、もはやこれは」
「未星さんを殺すため?」
「そう。アイモヤ・キララなんて存在も、居るの? 居ないの? 簡単だよねー、演出するのって。ほら、人間ってのは、想像するの大好きだから、手本となるものなんてそこらに氾濫してるし」
 再び、いつの間にか彼は手に文庫を持っていた。人気の作家のものだと、真帆にもわかる。
「無関係の君に殺してもらうためには、なかなか骨を折った」
「私が……殺せるわけない」
「ふつうならね。でも、君は幻が得意だろう?」
「…………」
「キララを目覚めさせようだなんて、健気だね。おかげで、幻の重ね塗りで退治屋さんは少々混乱してくれた。そこにまた、オレが幻を流し込んだ」
「私……」
「君にも暗示を入れておいたんだけど……効いたみたいで助かっちゃった」
「暗示って……なんの?」
「ん? 君がもし、キララを助けようとするなら退治屋を攻撃してもらうってやつ」
 無邪気に笑うメロムが近づいてくる。夕焼けの中、背後に月が見える。オレンジじゃない……赤色の月だ。
 夜だ。夜のはずなのに……!
 あまりにも月の色が紅過ぎて、真帆は恐怖に動けないでいるしかなかった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや・きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 本物のメロムが登場です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。