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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Baby,Baby,Baby.


■オープニング

 「それ」は草間が煙草を買いに事務所の扉を開けたその目の前に置かれていた。
 最初、草間は「それ」が何かの繭のようだと思った。だが、普通の繭にしては大きすぎる。一抱えもあるのだ。
 だが、次の瞬間、「それ」が何であるのか思い至って、草間はぎょっとした。
 おくるみだ!
 おくるみにくるまれた赤ん坊なのだ!
 そうと解った瞬間、草間はおくるみをさっと腕に取った。無意識の行動だった。ただ一心に、無造作に置かれた赤ん坊を救おうとした。
 だが、そこで我に返る。この子はいったい、何処から?
 辺りを見回すが、その親らしき人影はない。
 しかし、赤ん坊を抱いてぼんやりと立っているわけにもいかない。大体、普通の親がこんな生まれて間もない赤ん坊を固い地面に無造作に置いていなくなるなんてことが有り得るわけがない。
 草間は最後にもう一度だけ辺りを見回してから、赤ん坊を抱いたまま事務所に戻った。
 …だが。
 悲しきかな独身男。さっきまではその場の勢いで気にならなかったが、赤ん坊をどう抱いていいのかすら解らず、ましてや不思議そうにつぶらな瞳で見上げてくる赤ん坊にどう対応していいのかも解らない。
「兄さん」
「…あ?」
 零が少しだけ咎めるような調子で呟いた。
 草間はギシリと固まったままの表情で零を見て、至極曖昧な返事をする。
「そんな怖い顔しないで下さい」
「…そうはいってもだな、お前」
 おろおろと右へ左へ視線を彷徨わせるしか出来ない草間。
「そんな顔してたら、泣いちゃいますよ」
「う…」
 草間はそう唸って、自分の腕の中にあるものに目を向けた。

 さて、どうしたものか。


■不動望子の華麗な午後

 不動・望子(ふどう・のぞみこ)が草間興信所を訪れたのは、取り立てて用もない非番の午後をどうやって過ごそうか迷った挙げ句だった。
 わりと有名なデパ地下の気になっていたスイーツをいくつか買い込んで、揚々と草間興信所へ向かう。久しぶりに草間や零とお茶を楽しむのも良いだろう。
 草間と望子の交流は、望子の所属する対超常現象一課が何度か草間興信所の調査協力を得たところから始まる。当然のように、同僚には警察関係者ではない草間たちの協力を快く思わないという者もいたし、望子も最初は戸惑った。民間人である草間たちの安全を考えれば当然のことだ。
 だが、結果としていずれの事件も結果として草間たちの力を借りることで速やかかつ犠牲もなく解決を見た。
 それ以来、望子は草間と興信所の豊富な調査員たちに一目置いているのだ。
 という最もらしい理由をつけてはいたが、所長の草間武彦は、理屈抜きに望子のちょっとしたお気に入りでもあった。
(だって草間さんって…)
 望子はきゃーといたいけな少女のように頬を染めて身もだえする。見た目は恋する女性のようだが、望子が草間に対して感じている感情は恋愛とははるかに次元の違うものであることを知る人間はこの場にいない。
 ふんふんふ〜ん♪と鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌に、足取りも軽く草間興信所の前に立った望子は、習慣でつい、ぽんと呼び出しブザーを押す。その途端、ビーッという身の毛もよだつような音量のブザーが鳴り響いた。
 一瞬、「まさか草間さんが居眠りタバコでもして火災報知器が鳴ったんじゃないかしら」と思うが、すぐに、ここの呼び出しブザーは元々殺人的な音量を誇るのだったと思い出す。よく見ればブザーのボタンの下に張り紙で「押すべからず」と書かれていた。
「ああ、やっちゃった…」
 暢気に小さく頭を抱える望子。この音が嫌いな(誰だって歓迎したくない心臓に悪い音量なのだが)草間に怒られることを覚悟した時、きぃと控えめな音がして興信所の扉が開く。
「望子さん…」
 扉の隙間から顔を出したのは草間の義妹、零だった。
「零ちゃん、ごめんなさいね。うっかりブザー押しちゃって…」
「いえ、それより、良いところに来て下さって…」
「え?」
 零が迎え入れるように扉を大きく開く。首を傾げた望子の目に飛び込んできたものは、すやすやと眠る赤ん坊を抱きかかえたまま、口をぽっかり開けて放心している草間の姿だった。 
「く、草間さん…」
 望子は目を見開いて、草間を見る。対する草間は、そこでやっと開け放していた口を閉め、目の前に望子がいることを認めた。
「ふ、不動…、これはだな!」
「まさか隠し子…ですか? 草間さんに限って…だって草間さんはてっきり…」
「ちがっ!誤解だ誤解!」
 ぶつぶつと独り言を言うように考え込んだ望子に、草間はふるふると首を振る。その望子の語句の端々に一部の女性たちの間で使われる不穏な専門用語が登場していることに気づけもせず、草間は必死に否定を続けた。
 望子が全ての事情を理解するのに掛かった時間はそう長くはなかった。
「…じゃあ、この子は事務所の前にいたのを保護しただけなんですね?」
 がくがくと首を縦に振る草間。望子は納得したように頷くと、今は零の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊を見た。その寝顔は天使のようで、望子も自然に頬が緩むのを感じるが、それを必死に抑えて真顔で草間を振り返る。
「そういう場合は警察に届け出るのが良いと思いますよ」
「あ、ああ…そう…そうだな…」
「ちなみに、こういった赤ん坊を保護した場合、警察に届けなければ、最悪誘拐に問われる可能性もあります」
 生真面目な顔で告げられた望子の一言に、草間はぎょっとする。思ってもみなかった「誘拐」という言葉が警官である望子の言葉で一気に現実味を帯びる。
 だが、望子はその草間の焦った顔を見て小さく吹き出した。
「もっとも、いくらお金に困っても草間さんが営利誘拐なんてするとは思えませんけれども…」
 クスクスと笑いながら言う望子。草間は大げさに…しかし切実に胸を撫で下ろす。
「やめてくれ、心臓に悪い…」
「とりあえず、本庁に電話して赤ん坊の捜索願いがあるか聞いてみますね」
 鞄から携帯電話を取り出した望子に、草間は力なく「頼む」と片手を挙げた。


■母を求めて…

「結果からお話ししますと、その子のことと断定できる案件はなさそうです」
 しばらく携帯と付きっきりでやりとりしていた望子が、ようやく携帯から顔を上げての第一声がこれだった。眠る赤ん坊をゆっくりとあやしながら待っていた草間と零は眉を顰める。
「つまり、この子の親はこんな乳飲み子が居なくなったっていうのに捜索願いも出してないってわけか?」
「そうですね…もしくは、捜索願いを出すことができない状況に陥っているか…」
 零の言葉に、シンとその場が静まりかえる。丁度、表を走る道路を大型トラックが走行したらしく、エンジン音と共に床が軽く揺れるのがやけに大きく感じられた。
「よく、寝てますね」
 望子が零の腕の中で眠っている赤ん坊を見つめて、呟いた。
「ああ、さっきのブザーの時も、起きて泣きだしやしないか冷や冷やしたんだが…」
 また訪れる静寂。それぞれに、何かを思い悩むように。
 そして、望子は決意したように視線を上げる。
「草間さん、鉛筆と消しゴムと…あと画用紙を貸してもらえますか?」
「ん? ああ…そうか…」
 合点がいったように、草間はそのへんに転がっていた鉛筆と消しゴム、そして事務用品を収めた棚から一つのスケッチブックを取り出し、揃えて望子に差し出す。
 望子はその一つ一つの状態を確かめると、すいとスケッチブックの上から目だけを出して草間と零を見た。
「かなりややこしいのですが、今からこの子の似顔絵を作成して、この子の記憶にある母親の顔を読み取ります。そこから母親の似顔絵を作成して、その読心を試みます。そうすれば、きっとこの子の母親が今どこで何をしているかが解るはずです」
 そう言いながらも、既に望子の手は動いていた。
 シャッシャッと小刻みに動かされる鉛筆が、画用紙の上に赤ん坊の似顔絵を浮かび上がらせる。
「…上手いもんだな」
 草間がぽつりと漏らしたのも無理はない。画用紙に描かれた赤ん坊の似顔絵は、鉛筆の濃淡も使って瓜二つに描かれていた。
 完成までにものの十分もかからなかっただろうか。望子は本物の赤ん坊の顔と似顔絵を見比べて、うんと頷くと、似顔絵に手をかざす。
「では、まずはこの子の母親の顔を読み取ります」
 そのまま、望子は軽く目を閉じ、心を凪にする。すると、すうと赤ん坊の思考が望子の中に流れ込んできた。その情報量は赤ん坊とはいえ並大抵のものではない。その情報の洪水の中から、必要な情報を検索し、つかみ取る!
「…見えました! このまま…母親の似顔絵を作成します」
 もどかしげにスケッチブックのページを繰ると、望子は先ほどの比ではないほどのスピードで鉛筆を動かした。読み取った思考が薄れてしまう前に、完成させなくてはならない。
 次第に、切れ長の目が、通った鼻筋が、形のいい唇が、艶やかな黒髪が現れる。
「…キレイなひと…」
 横からスケッチブックを覗き込んでいた零から感嘆の声が漏れた。
 と同時に望子は鉛筆を置いた。似顔絵が完成したのだ。
「…これが、この子の母親…」
 似顔絵の母親は絶世とも言える美女だった。あまりにできすぎていて、現実味がない程に、美しい。
 だが、確かに彼女は存在するのだ。
 望子はぎゅと手にしていた消しゴムを握りしめる。
「では、これから彼女の読心を始めます…」
 そう宣言して、先ほどと同じように手を似顔絵にかざし、心を凪がせる。ゆるりと彼女の思考が流れ込んできた。
 だが、次の瞬間。
「!!」
 ひくりと望子の指先が震える。
「不動?」
 その場で放心してしまったかのように目を見開く望子に、草間が声を掛ける。だが、その声には反応せず、望子はその場で視線だけを動かして零が抱いている赤ん坊を見た。そして、その赤ん坊の胸の辺りを指さす。
「その子の…おくるみの内側…」
「え?」
 零が不思議に思いながらもおくるみの胸元に手を入れる。すると、そこにこつりと何か硬いものが入っているのが感じ取れた。
「これ、なんですか?」
 零がおくるみの中から引き出したのは…。
「雪の結晶…のおもちゃ…か?」
 雪の結晶の形をしたクリスマスオーナメントのようなもの。だが、望子はふるふると首を横に振る。
「それを、しばらく冷凍室で冷やしてあげてください」
 冷凍庫? 草間と零は首を傾げて不思議がったが、とりあえず、とその雪の結晶を興信所の隅に置いてある年代物の冷蔵庫の狭い冷凍室で冷やし始めた。
「どういうことなんだ、不動? あの雪の結晶はなんなん…」
 冷凍室に雪の結晶を入れて、戻ってきた草間がそう疑問を口にしかけた時だった。
 しゅー…ぼうん!
 背後から気の抜けるような音がしたと思うと、白い煙と共に冷凍室のドアが吹っ飛んだ!
「な、なんだ!? なんなんだ!?」
 慌てる草間。目を丸くしている零。それらを尻目に、望子はふぅと溜息をついた。
「その子のお母さんは、ずっとその子と一緒にいたんですよ…」
 望子の言葉と共に視界を覆う白い煙が揺らぎ、そこから一人の女が現れた。切れ長の目、通った鼻筋、形のいい唇、艶やかな黒髪。似顔絵の母親と全く同じ顔をした女だった。


■晩春の雪女

「雪女!?」
「ええ、生まれは東北の山ですの」
 おほほ、と上品に笑いながら、その女―雪子と名乗った―は言った。その胸にはあの赤ん坊がしっかりと抱かれている。
「その雪女が、どうしてこの東京のど真ん中に…? むしろ、どうしてここに来たんだ?」
 冷凍室の扉の応急処置を済ませた草間がソファに戻りながら雪子に尋ねると、雪子はぽっと頬を赤らめた。
「私の生家を登山して迷われていた都会の殿方に、私すっかり心を奪われてしまいましたの…。彼も私が雪女と知りながら結婚までして下さりました。私たち、都会で暮らしていたのですわ。でも、さすがに夏が来る前にこの子と故郷の山の氷室に一度帰ろうと思ったのですが、思った以上に暑い日が続いて、力を使い果たしてしまいそうでしたの。ですから、かねてよりお噂を聞いていた『怪奇探偵』の草間さまにご助力をお願いしようと思って来たのですわ。…扉の前で力尽きて核だけになってしまった時は、どうなることかと思いましたけれども、不動さまのおかげで、こうやってまたこの子を抱くことができました」
 ありがとうございます、と深々と礼をする雪子。
 それと同時に、ひゅうと何処からか冷風が吹き付けてきた。思わず草間はぶるぶると震えて、両腕を抱く。だが、すぐに興信所の中はそれでは防ぎきれないほどの寒さになる。
 雪子はその冷風に乗るように、ふわりと浮き上がった。
「それでは、私たちはまた北に向かいますわ。何の御礼も出来ませんが、ご容赦下さい」 
「これからは、力尽きる前にちゃんとどこかで冷気補充しないと駄目よ。気をつけてね」
 望子が餞の言葉を送る。雪子はその美しい顔をほころばせて、頷いた。
「はい…!」


■数日後

「雪子さんの旦那さんからお礼状がきたんですよ」
 望子はそう言って、草間の前にその封筒を差し出した。中には簡潔ながら誠意が感じられる文章で雪子と子供―美雪というのだそうだ―を助けてくれたことの礼が書かれた手紙が入っていた。
 どうやら彼は雪子がそこまで弱っていたことを知らずにいたようだった。だが、今回のことで大分意識が変わったようだ。雪子の地元に引っ越して、そこで雪子と美雪が帰ってくるのを待つのだと書いてあった。元から会社勤めのサラリーマンではなく、草間や望子も名前は聞いたことがある、そこそこ有名な小説家という身分であったからこそ出来たことらしいが。また、冬になったら改めて三人揃ってきちんとした礼をしにくる、と手紙は締めくくられていた。
「これで、一件落着、ですね」
 零が嬉しそうに望子の買ってきたケーキに合わせたお茶を運ぶ。
「でも、あの小説家が雪子さんの旦那さんだったなんてびっくりだわー」
 望子も零からお茶を受け取りながら、うきうきとして言う。
「事実は小説より奇なり、だな」
 草間も満足そうに煙草を深く吸い込んだ。
 望子はケーキを一口頬張ってから、窓の外を見る。今日もうらうらと日差しが心地よい。だが、季節はすぐにうつろう。きっと、三人が揃ってこの興信所を訪れるのも、そう遠くはない。そう思うと、珍しく冬が待ち遠しいような、そんな気分になるのだった。


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3452/不動・望子/女/24/警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査】

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■         ライター通信          ■
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>不動・望子 様
はじめまして、ライターの尾崎ゆずりはです。
この度は「Baby,Baby,Baby.」にご参加ありがとうございます。
納品が遅れましたこと、申し訳ありません。

本当はもっと書きたいことあったのですが、
時間的にも文字数的にもこれが限界でした…ばたり。

季節外れの雪女のお話、どうでしたでしょうか?