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■月がどれだけ照らしても、屋敷の中には光はない。 第一章
「月がきれいだな」
星も見える。
雲ひとつなく、透き通る風が通っていく。
霧嶋は、屋敷の窓から空を見上げた。
星も見える。
こういったキレイな空の日は、死んでしまった、妻と娘を思い出す。
見上げていれば、ひょっこりと顔を出すんじゃないかと、馬鹿なことを思う。
そんなセンチメンタルな気分にさせてくれる、夜。
「ガラじゃねぇな」
苦笑して、ミネラルウォーターを口にした。
月が光る、その下に。
暗い森と、ぽつり、と大きな暗い屋敷がそこにあった。
その、屋敷の中。
霧嶋徳治‥‥鬼鮫は、屋敷の巡回をしていた。
そこで。
高科瑞穂と会う。
地下に潜り込む者は少ない。
過去の帳簿や色々あるが、今の仕事には関係ないものが積まれているからだ。
そんな所にいるのは、スパイだとか、巡回中だとか、迷子とか。
そういう者しか居ない。
メイド服に身を包んだ彼女は。
地下の倉庫に居た。
「‥‥おい、何をやっている?」
警戒心をもって近付く。
「いえ、何でもありませんわ」
優しく美しく。笑う彼女は‥‥ミニスカートのアンジェラブラックメイド服、ガータベルトのニーソックス、膝まである編み上げの皮のロングブーツとグローブ。
鬼鮫は、溜息をついた。
屋敷に侵入するのはいい。
しかし、明かにメイドの役は初めてだと言わんばかりに、胸や足をさらけ出した服。
男を誘惑しやすいように、と。組織が用意したのだろう。
ここの屋敷の服を盗んだのか、どうかは知らないが、確かに間違いなくここの屋敷のメイド服だ。
しかし‥‥仕事中のデザインではない。
ここの屋敷のメイドだとして、男との密会。就寝中に手洗いに行きたくなったから、の、理由も考えられる、が。
‥‥だったら、なんでロングブーツだのグローブだの。
メイドが着ないような物を身につけているのか。
組織が用意したメイド服。それに、自分が持っていた装備を身につけたのだろう。
アンバラス。ちぐはぐだ。
敵なのはわかる。しかし、初心者なのも解る。
堂々とそこにいるのだから、それなりに自信はあるのだろう。
見た所‥‥娘が生きていたら、あれぐらいの年齢だったのではないかと思う。
そんな娘が、メイドの格好さえ、まともに真似できず‥‥いくらなんでも、女中だのなんだの見て真似ればいいものを‥‥グローブを手にしているあたりで、明らかに敵だと言っているというのを‥‥気付いていないのか、ワザと気付かせようとしているのか。
グローブ。
なら、彼女の武器は銃や剣という物だろうとは推測できる。
少し注意をはらえば、避けるのは容易いだろう。
鬼鮫は‥‥娘と変わらぬ年齢の彼女と戦いたくはなかった。
「ったく。迷子になったのか? 出口はこっちだ」
ドアから身体を離し、彼女が逃げやすいように、と。道を作る。
しかし。
「迷子じゃないわ」
彼女の、赤いルージュが艶やかに笑みを作る。
「鬼鮫。おまえを殺す為に、ここにいるのよ」
バン!
高科の手から放たれる銃弾。
鬼鮫は、少し身体をずらして、やすやすと避ける。
「あら‥‥やるわね」
これはどうかしら、と。
ドアが勝手に動き。
ごん!
見事に鬼鮫の額に命中した。
勝手に。
ドアが。
「‥‥超常能力者か」
くらり。と、頭が沸騰しかける。
抑えろ。
忘れろ。
妻や娘が殺された日は――――遠い昔だ。
彼女は関係ない。
娘と年は変わらない。
超常能力者。
それだけで、鬼鮫の怒りは沸きあがる。
手を血で染めて喜んでいたのは、遠い昔だ。
アイツと組むまでの話だ。
「そうよ、正解」
高科の。
勝ち誇ったような上品な笑いが。
うずくまる鬼鮫の耳に聞こえた。
END
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