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<東京怪談ノベル(シングル)>


■月がどれだけ照らしても、屋敷の中には光はない。 第二章


  ガッ!!
「ぐっ!」
 腹を蹴られる。
 高科のブーツが遠慮なく、鬼鮫の腹にめり込んだ。
「なによ。ワザワザ変装させてまで殺って来いなんて言うから、どれだけ強いのかなんて思ったじゃないの」
 我慢しろ、超常能力者だとしても、たかが小娘じゃないか。
 怒りに狂いそうになる自分を必死に抑える。
「‥‥ねぇ? なんで、抵抗しないの‥‥?」
 うっとりと。クスクスと。楽しげに笑う彼女は美しい。
  ガスッ!
「ぐっ!」
 また、腹を蹴られる。
 女にしては、力がある。
 そんなかよわい細い足から、よくこんな力が出るものだ。
 メイド服に似合わないブーツ。
 あれに、なにか仕込まれているのかもしれない。
  ぐっ。
 すごい力で吊り上げられる。
 高科の。赤くひいたルージュから、もれる笑み。
 艶やかな。男を誘うかのような笑み。
 そんな慣れた笑みを浮かべる彼女は。
 ‥‥本当に男を知っているのだろうか。
 組織で鍛えられたとか、そういう感じではないだろうか。
 男を誘惑するにはもってこいの身体。顔。服の着方。
 だけれども、その武器を使おうとはしない。
 あくまでも、真っ向勝負、体力勝負。
 超能力があるからこそ、今までは大抵の男相手でも勝って来ていたのだろう。
 実際、鬼鮫を倒すように依頼を受けた彼女。
 ベッドにでも誘って、毒でも盛らせた方が、成功率は高かっただろう。
 そう言われて来たのかもしれない。
 しかし、その手段は取らなかった。
 何故か。
 慣れてない・したくない・するつもりはない・自分の腕に自信がある‥‥エトセトラ。
 どっちにしろ‥‥彼女の気高い性質の証明だ。
 ぐぐっと。彼女の超常能力で持ち上げられる。
 ああ、殴る蹴るで解らなかったが、あの力強い力は‥‥超常能力から来ていたのかもしれない。
  ごすっ
「ぐは!」
 腹に重い拳。
 口から落ちるのは‥‥血。
「あら、汚い」
 クスクスと楽しそうだ。
 ‥‥そんなに、力強く殴られたか‥‥? 否。
 鬼鮫の内臓を、傷つけたのだ。高科は。
 殴るのは、その方が楽に超能力が使えるからか、威力が増すからか。
 超常能力者。
 使うな、やめてくれ、思い出させるな。
 鬼鮫の心が黒く染まっていく。
 怒りで、赤黒く染まっていく。
  ごすっ!
「ざけんなっ!」
 腹にヒットしたその拳。小さな手。細い腕。
 鬼鮫は、その腕を引っ掴み、驚いた高科は鬼鮫にかけていた力を霧散させた。
 鬼鮫は怒りで両手を縛る力に勝ったのだ。
 姿勢が崩れる高科。
 わき腹、下腹部。――――ガラ空きだ。
「ぐ!」
 蹴り。
「ぐは!」
 パンチ。
 何度も何度も叩き込む。
「ぐはあああっ!!」
  ずささっ!!
 殴った勢いで、高科は壁まで下がる。
「‥‥なんで? 内臓とか、ボロボロのはずなのに」
「俺は、トロールの遺伝子を宿しててな‥‥火傷も含む全ての負傷から、身体欠損もを再生させられるんだよ。治るんだよ、そんなもん」
 悲しい事実だけどな。
 寂しそうな瞳を見せ、視線を逸らす鬼鮫。
 高科は。隙が出来た、と思ったのだろう。
 一発入れた拳。
 楽々と鬼鮫は受け止めて。
 もう片方の手で、もう一発。
 その手を掴んだ鬼鮫の目は、寂しく笑い。
 一瞬後には狂気の色へと変える。
「馬鹿が!!」
 高科に食らわすのは、まず、腹に蹴り。
「ぐは!」
 続けて頭突きを。
 額・胸、と高科は受けて。
 何度も何度も受けて。
 鬼鮫は、目をつぶり、高科の顔を見ることを避けて。
 悲し気だった表情は、狂気の笑みへと変わる。
 捨てたはずの、過去の自分へと戻るのを‥‥鬼鮫は感じていた。
 そんな事は知らない、気付かない高科は。
 鬼鮫の思いの込めた攻撃を受けて。
「ごふっ」
 血を吐いて。
 ズルズルと、崩れていく。
 鬼鮫に腕を掴まれたまま――――崩れていく。






END