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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆玄冬流転・肆 〜冬至〜◆



 迷いのない足取りで、八重咲悠は歩いていた。
 目的地――クロからのメールにあった『封印解除』の場まではもう幾らもない。
 そこに待つであろう人物を思い描いて、悠はくつり、と笑んだ。
 彼女が自らの意思で願い、行動する――その道を作りたいと悠は考えている。けれど、きっとクロはそのようなことを悠が考えているなどとは全く思ってもいないのだろう。
 自らに対する異常なほどの関心の薄さは、他者が向ける関心にも思いが及ばないということなのだから。
 そのようなことを考えているうちに、悠は『封印解除』の場――ひっそりと忘れ去られたように存在する廃屋に辿り着いた。
 日の光が乏しいだけが理由ではなく黒く染まったそこに、足を踏み入れる。予想通りの人物が、自らが汚れるのも厭わずに床に文様を描いているのを目にして、口元を緩ませた。
 常と変らぬ無表情で黙々と作業をこなしていたらしいクロは、ふと顔を上げて悠を見る。そうして平坦な声で「……こんにちは」と呟いた。
 悠はゆるりと笑みを浮かべ、クロに礼をする。
「こんにちは、クロさん。――こうして約束してお会いすると、少々新鮮味があるものですね」
「そう……? わたしは…よく、わからない……けど…あなたが言うなら、そうなの、かな……」
 軽く首を傾げたクロは、しばらく何かを考えるように黙り込む。
 屋内に視線を走らせた悠は、彼女以外の人影がないのを確認して、どうやら当主はまだ来ていないらしいと結論付けた。その考えを読んだようにクロが口を開く。
「当主、は、『解除』が終わったら来る……らしい、から。訊きたいこと、あったら……そのとき訊くといい、と、思う……」
「そうですか、わかりました。――『解除』の際、何か私に出来ることはありますか?」
 クロは一瞬悩むように目を伏せて、それからまた悠を見た。
「具体的に、できることはわからない、…けど……ここに、いてくれるだけで、いい……」
 それが当主に告げられた答えだったのか、それともクロがそう願ったのか――それは悠には判断しかねたが、どちらにしろ否やがあろうはずもない。
 了承を示して、笑みを浮かべた。
「じゃあ、……『解除』、終わらせる…から……ちょっと、待ってて」
 告げられた言葉に頷き、邪魔にならないような位置に移動した。初めて会った時のことを考えれば悠がどこにいようが大した違いはないかもしれないが、念のためだ。
 悠は『封印解除』や『儀式』を邪魔したいわけではないのだから。
 クロが立ち上がり、描いた魔法陣を数秒眺める。納得するように小さく頷き、どこからともなく鈍く銀に光る短剣を取り出した。そしてそれを自らの腕に押し当てる。
 そこでふと、クロは僅かに首を傾げた。
 何か思い悩むような間の後、短剣を肌に滑らせる。
 黒の世界の中。白い素肌に、紅が伝う。
 ゆるりと腕を伝った紅は重力に従い、魔法陣の描かれた地面に――落ちる。
 瞬間。
 ――ぞわり、と。
 怖気が走る感覚を、悠は覚えた。
 クロと関わるうちに随分と慣れ親しんだように思う異質さが増したのを感じながら、以前よりも濃密な気配に、その理由へと思いを巡らせた。
 『封印解除』を重ねるごとにこの『異質』さが増すのは、殆ど疑いようのないことだろう。
 その『異質』さは、以前のクロの言と、メールに書かれていた内容からして、内から湧き出るものではなく外から取り込むものだ。
 理を捻じ曲げるだけの力を身に宿そうとするために、この『異質』は発現されるのか、それとも別に理由があるのか――その答えを導き出すには、まだ情報が足りない。
 魔法陣の中心で、微動だにせず床に落ちる血を見ていたクロが、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
「どうやら無事終わったようだね」
 唐突に声が響く。声の聞こえた方に顔を向ければ、恐ろしいほどに整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物がいた。
 悠と視線を合わせて、その人物は軽く会釈した。興味深げに目を細め、悠を見遣る。
「初めまして。八重咲悠くん、だったかな? クロから話は聞いているよ。随分良くしてくれているみたいだね。私は――そうだね、とりあえず『式』と名乗っておこうか。ハク達一族の『当主』だ」
「知っていらっしゃるようですが、私は八重咲悠といいます。……先日は、質問への返答を有難うございました」
 悠の言葉に当主――式は軽く首を傾げ、それからああ、と頷いた。
「お礼を言われるようなことじゃないよ。クロが私に頼みごとをするなんて滅多にないからね。むしろ感謝しているくらいだ」
 そう言って式が笑う。クロが不思議そうに目を瞬いた。
「せっかく直にお話をできる機会に恵まれたので、少々お訊ねしたいことなどもあるのですが――その前に、」
 言って、悠はクロに――正確には未だ血を流し続けるクロの腕に目を遣った。
「クロさんの手当をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
 その言葉に式は僅かに目を瞠り、クロはどこか居心地悪げに視線を彷徨わせる。
「――構わないよ。どうせなら手当てをしながら話してくれるかな。私はあまり長い間外に出ているわけにはいかないからね」
 微笑みとともに紡がれた言葉に、悠は了承の意を返した。

◆ ◇ ◆

「ああ、そうだ。君の質問を聞く前に、私も君に訊ねてみたいことがあったんだ。先に訊ねさせてもらってもいいかな」
「ええ、どうぞ」
 式と悠のやり取りに口をはさむことなく、クロは俯いて悠に腕を預けている。
「君は、クロのことをどう思ってる?」
「『友人』だと、思っていますが」
「そう。なるほどね……じゃあ、君にとってクロは『必要』かな?」
 意味ありげな笑みとともに向けられた問いに、悠もまた笑みを浮かべて躊躇なく答えた。
「いいえ」
 それはどうやら式にとって少々予想外のものだったらしい。少しばかり意外そうに、そして面白そうに、式は先を促した。
「クロさんがいなければ、私の願いが叶わない――そのようなことはありませんから」
 貴方とは違って、と言外に告げた悠に、式は僅かに目を細める。
「ですが、」
 クロも式も口を開かない。悠がクロの腕に包帯を巻く音、――そして悠の紡ぐ言葉だけが空気を震わす。
「初めて会った日、クロさんは人が『死にたくない』と思うが故に痛みを恐れるのではないか――そして自分は身体や命を大事にしないから痛みが『分からない』のだろう、と言いました。それはつまり、クロさんは『死』――自らの存在の消失に関して何も思うところがなく、恐れることもなかったということでしょう。……けれど、」
 大人しく手当てを受けるクロに視線を向ける。クロが僅かに首を傾げるのに笑みを返して、悠は言葉の続きを紡ぐ。
「そんなクロさんが先日、自分の存在がとけて消えそうだと言ったのです。――自らを代償として『玄冬』となるはずの、クロさんが」
 クロが、どこか戸惑ったように悠を見上げる。式は思案気に沈黙を保っていた。
「友人として、その不安や苛立ちを和らげたいと――そう思っただけです」
 それに、と続けて、悠は深く笑んだ。
「クロさんとの一時はとても楽しいものです。出来ればクロさんにもそう思って欲しい……そんな打算もあります」
 本人を目の前にしての大胆ともいえる発言に、クロが助けを求めるように視線を彷徨わせる。その頬が僅かに上気しているように見えたのは、恐らく見間違いではないだろう。
「――…うん、成程。大体わかったよ」
 式は、何の感情も含まない笑顔を浮かべた。その心中がどのようなものなのか、悠に推し量る術はない――否、ないことはないが、それをするつもりはない。
 代わりに、式への問いを口にした。
 悠は、クロが――クロの一族が為そうとしていることは、恐らく神か死者か、そのどちらかを『降ろす』ことなのだろうと予測している。シャーマンが霊媒としてそれを行うように。
 しかし決定的に違うのは、クロを含む『封破士』は一度降ろした後、永劫その『器』としてのみ存在するのだろうということだ。
 『玄冬になる』というクロの言葉からして、
 それを、『当主』――式は望んでいる。そしてクロの一族は、今に至るまでその願いを叶えてきたのだろう。
 その推測を元に、悠は訊ねる。
「『玄冬』は貴方に犠牲を強いるほどに、貴方のことが必要だと思いますか?」
 その問いに、式は軽く目を見開き、――そうして一拍後に笑い声をあげた。
「ふふ、……は、はははっ、あはははははっ! ……ああ、これでも一応、いろいろな問答をシミュレートしてきたつもりだったけれど、まさかその問いを向けられるとは思ってもみなかったよ。――その答えは、」
 式は心底愉しげに、それでいてどこか古傷を抉られたかのような痛みを瞳の奥にちらつかせて、告げた。
「『ノー』だ。――…思う、などという生易しいものではなく、私はそれを厳然たる事実として知っているからね。『玄冬』は私を、私が『玄冬』に向けるようには想ってくれなかった。必要とはしてくれなかった。『玄冬』だけでなく、『朱夏』も『白秋』も『青春』も。……故に私は、こんなことを始めたのだから」
 式の声の端々に滲み出た狂気に、悠は悠然と笑んだ。
 一見して『異質』を纏っていないようにみえる『当主』の、強烈なまでの『異質』さ――綺麗に覆い隠されていたそれを知ることが出来たのは、収穫だった。
 彼の中に静かに存在する『狂気』と、クロが纏うより――『封印解除』時に感じるよりも強い『異質』の気配。
 それらの源こそが、全ての始まりなのだろう――そう考えて、悠はまた、くつり、と笑んだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
 「玄冬流転・肆 〜冬至〜」へのご参加有難うございます。

 クロとの4度目の接触、如何だったでしょうか。
 クロが変わってきてたり、当主が揺さぶられたりな感じで、色々と加速してきてるんじゃないかな、と。
 だんだんクロが迷ってきています。いい感じに影響されてきているようです、

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。