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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ドタバタ託児所ストーリー


 未来の娘とはいえ、一応はお年頃。欲しい物だって人並みにあるだろう。気持ちは十分にわかっている。
 そりゃよくわかるはずだ。現在、パパも17歳なのだから。娘が来る前から、お財布の中身に余裕がない。自分だってお小遣いで生活している高校生なのだから。インターネットで商売をしているエリート高校生とは訳が違う。こっちは一般人なのだ。
 パパは幾度となく娘に「自分だって未青年なんだぞ」と言って聞かせた。しかし親子の関係は、もはや揺るがしようのない事実。娘は日を改めて同じことを口にする。ここ数日、完璧なまでの堂々巡りが続いていた。

 娘・美菜は、少なくとも父・勝矢よりも機転が利く。同じ手を数回繰り返してもダメな時は、すぐさま別の手段を用意する。しかも似たような手口ではなく、ガラッと内容を変えてくるのだ。直球勝負を挑んでいた美菜は、ここで変化球を混ぜた。
 春休みのある日、勝矢の目の前にはアルバイトのチラシが置かれた。不思議そうに目を通す父を尻目に、娘は話を進める。

 「ということで、お互いに17歳だから〜。労働して稼ぎましょ!」
 「どこのバイトかと思えば、神聖都学園の託児所かよ。だいたいなんでこんなとこが募集かけてるんだよ?」
 「神聖都って、幼稚園から大学までずーっとクラスメイトが一緒になったりするじゃない。で、学生結婚しちゃうカップルも珍しくないんだって。最近はそれで忙しいらしいよ。」

 勝矢はマジメに話を聞いた。娘がこの部分でウソをつくことは稀だからだ。だいたい最後に大オチを持ってくるので、そこにさえ警戒しておけば問題はない。

 「子守りの免許とか持ってないけど、大丈夫なのかよ……」
 「子どもが嫌いじゃなかったらいいみたい。パパは大丈夫だもんねー。知ってるもん。」
 「なっ、お、お前! 未来の俺を参考にすんなよ! 今じゃないいつかの話かもしれないんだぞ、おいおい!」

 この話の流れは……勝矢の不安は的中した。すでに娘は託児所でのアルバイトを打診していたのである。いつものように頭を抱える父。

 「なんでこうなるんだよ……参ったな。」
 「みんなも一緒だから、楽しんでお金をもらえばいいよ!」

 アルバイトはさておき、結局はみんなで遊ぶための口実だったというわけだ。今回は子守り……いったい何が起こるのだろうか?


 3日後、エプロンを持って神聖都学園の託児所に行ってみた。暇な日に出てくれればいいとのことなので、美菜がこの日を選んでお世話になった格好だ。実際に子どもたちと触れ合いながら説明を……と職員に勧められて入ったお遊戯室には、すでに月夢 優名さんがいらっしゃるではないか。勝矢は熱心に仕事する彼女を見て、今さらながら娘の手際のよさにあ然とするしかなかった。

 「あら、勝矢さん。こんにちわ。」
 「お、おお。よう……お前な、こういう力をもーちっと勉強とかに傾けられないのか?」
 「ゆ〜な、ごめんねー。今日はゲームの話じゃなくって。熱心だね、ゆ〜な!」

 ゆ〜なのイメージは『マイペース』と表現されることがしばしばだが、今日の動きはなぜだか機敏に見えてしまう。これもまた彼女の中では普段と変わりのない『マイペース』なのだろう。勝矢も頭ではそう理解しているつもりだが、逐一メモ帳にペンを走らせるところを見るとやはり違和感は拭えない。そして表情も心なしか、引き締まっているように見える。
 勝矢は、そんなゆ〜なさんに恐る恐る声をかけた。

 「よ、よぉ。がんばってるみたいだな……みょ〜に。」
 「そんなことないですよ。お預かりするお子さんたちの事情を聞いてるだけですから。ところで勝矢さん、この子かわいいでしょ?」
 「お、おおー。このつぶらな瞳に見つめられるとなんとも……表情が崩れちゃうんだよなー。べろべろ、ばぁー!
 「うう、きゃっきゃ!」
 「いやぁ、いいなぁ! かわいいなぁ! 実にかわいい男の子だ!」

 「勝矢さん。その子、女の子……」

 悪意のない言葉と視線が交錯する託児所の中で、まず最初の犠牲者が出た。
 勝矢はそーっと抱きかかえたお子さんを床に座らせると、ゆ〜なの前できちっと正座し、まずは子どもに土下座で謝罪する。

 「すんませんでした。お嬢さんとは知らずに、ご無礼を……」
 「乳児から幼児の年齢や性別、アレルギーを含む持病や病歴、かかりつけのお医者さん。食べ物や遊びなどの好き嫌いに始まって、親御さんへの緊急連絡先や託児所内の遊具の安全や厨房の衛生まで気を配らないといけないんです。日本の将来を担うお子さんの命を預かるんですから。」
 「ゆ〜なは寮で赤ちゃんを預かったりすることがあったから、こういうの得意なんだって。力強い味方でしょ〜!」
 「力強い味方っていうより、どっちかっていうとスパルタ教師って感じが……うう。」

 実は『託児所の中で子どもと遊んでりゃいい』としか思ってなかった勝矢にとって、細やかな心遣いが必要だというゆ〜なの理にかなった説明は傷ついた心にグサリと来た。すっかり未来のパパは意気消沈。仕事に楽なものなんて、どこにもない。彼女の言葉をひとつひとつ納得しながら、自分なりに仕事の進め方を組み立てていくしかないのだ。

 「でも、ここには職員さんもいらっしゃいますし、わからないことがあったら聞けばいいと思いますよ。あとはあたしのメモを見てくださいね。わからないことは恥ずかしいことじゃありませんから。」
 「それはどうも。すっごくありがたいです、はい……」
 「パパ、元気ないね。どーしたの?」
 「そんなんじゃ子どもが不安がるでしょうが。ほらほら、子持ちセレブのあやこさんが丁寧に教えてあげるわ。確かに、子どもはかわいいわね〜。」

 あやこと名乗る女性の腕に抱かれた乳児はずいぶんとリラックスしており、もう今にも寝そうな雰囲気。どうやら『子持ちセレブ』を名乗る彼女のテクニックは本物らしい。珍しくマジメでマトモな面子が集まってるのを見て、勝矢は妙に緊張してしまう。美菜の仲間やら友達といえば、賑やかししかいないと高を括っていたのが裏目に出てしまった。
 それからは妙に落ち着かないせいか、それとも慣れないせいか、あらぬミスを連発してしまう。そのたびに周囲から逐一、指導を受ける。
 小難しいことは無理だと悟った勝矢は「それじゃあ、抱っこくらいなら簡単だろう」と張り切ってあやしていると、あやこから「あんまり揺らしすぎると、脳震盪を起こすことがあるわよ」と言われ、ゆ〜なには「必ず腕の中でおとなしくしてくれるわけじゃありませんから」と注意される始末。またそう言われるとその通りになってしまうのが、子育ての恐ろしいところ。勝矢は子どもの気持ちよさそうな表情にすっかり油断させられ、急な動作に対応しきれずわたわたしだした。そのフォローは誰かに任せればいいのだが、言われたとおりになってしまったせいかあやこやゆ〜なには言いづらく、どうしても言いやすい娘の美菜を頼ってしまう。ところが、これがいけなかった。美菜だってパパと同じ、何も知らないアルバイトである。結局は状況をさらに悪化させ、周囲を騒がせるだけの結果になってしまった。ふたりは決してこのアルバイトを舐めていたわけではないが、ここまで奥が深いものだとは思ってもみなかったらしい。

 そんな様子を見るに見かねた職員がふたりのために休憩時間を作ってくれたので、遊具の整った広場にあるベンチまで移動し、缶ジュース片手に親子並んでヘコんでいた。

 「さすがに……難しいなぁ。」
 「いくら人間相手でも、赤ちゃんとか子どもだもんね……はぁ。」

 この間もあやこは大活躍。いつの間にか運動着にブルマのいでたちで、幼稚園児ほどの子どもたちと一緒に元気よく遊んでいる。
 どこからか出てきたきれいな蝶を追いかけたり、定番の怪獣ごっこをしたり、しまいには電車ごっこまで始めた。このバリエーションの多さこそ、あやこの子守りテク。これくらいの子どもは何にでも興味を持つが、すぐに飽きてしまうのを見越しての作戦である。特に電車ごっこは、電車を作るところからスタート。電車は歯磨き粉の空き箱など、廃材を使うことでイマジネーションを養う。男の子は駅員で、女の子は主婦という役割を与え、それぞれにそれっぽく演じさせる。幸い、電車というのは意識しないと個々の役割が見えてこない。だから他のお友達からの正確な知識介入も少なく、非常にスムーズに進めることができて都合がいい。それこそ個々が思ったことをレールに乗せて走らせることができる便利な題材なのだ。あやこの三面六臂の活躍を目の当たりにし、ますますため息が出てしまうふたり。

 「がんばってんなー、あやこ。すげーわ。」
 「よしっ、こんなとこで休んでられない! あたし、ちょっと気分転換に行ってくるね! いい意味で、みんなに負けてらんないもん!」
 「おー、俺とおんなじこと考えてたな。俺もそろそろやんないと……ってさ。ゆ〜なの手伝いくらいはできるだろうし、ちょこちょこやってくわ。」

 気合いを入れなおした娘を快く送り出すと、勝矢はゆ〜なの元へと急いだ。彼女は厨房であやこの段取りで進めている蒸しケーキ作りをしていた。材料費はお安く済むし、トッピングも変えやすい。ここでも飽きのこない工夫がなされている。もう感心するだけはゴメンだと、勝矢も負けじと積極的に働く。そんな様子をゆ〜なが微笑み混じりに見守りつつ、一緒に作業を楽しんでいた。この時、ゆ〜なは改めて「ああ、親子なんだなぁ」と実感したという。それほどにふたりはそっくりなのだ。


 一方の美菜は気分転換へ外に出たはいいが、何をどうすればいいのかなどひとつも考えていなかった。何をやってもあやこやゆ〜なに勝てないのだから、後ろ向きな感情さえ捨てられればそれでいい。そんな軽い気持ちの散歩だった。
 ところが犬も歩けば、棒……ではなく、犬にあたる。
 そして猫にもあたった。まずは犬を散歩させている少女に出会う。この犬は真っ白な長毛種の大型犬だが、飼い主のことを気遣うかのようにゆったりと歩いていた。その飼い主は2日前、美菜から声をかけられていた。彼女は犬をかわいがりながら、託児所でのアルバイトを勧められたのである。飼い主である初瀬 日和はそれを引き受け、今まさに託児所へと向かっている途中だった。

 「あら、美菜さん。お迎えですか?」
 「え、あっ……う、うん。そんなとこ! あ、キミも一緒に来てくれたんだね! きっとみんなも喜ぶと思うよ!」
 「でも、本当に大丈夫ですか? 気は優しいんですけど、とにかく大きいですから。お子さんたち、びっくりしません?」
 「こんなに落ち着いてたら大丈夫だよ!」

 美菜の「大丈夫」に根拠はないが、ここまで明るく言われると日和も「大丈夫」と思ってしまうから不思議なものだ。その後ろから、今度は大袋を抱えた猫目の少年がやってくる。美菜とパパとの共通の友達である施祇 刹利だ。どうやら今回も愉快なことを思いついたらしく、たっぷりの素材を準備してきたらしい。

 「さすが刹利くん! いろいろ持ってるねー。」
 「えへへー、今日はこれひとつだけだよー。ボク、今日は黒猫タクシーするんだ。」
 「白くておっきいワンちゃんに、黒猫のタクシーかぁ。楽しくなりそうだね〜! さ、こっちこっち!」

 気分転換はどこへやら、ふたりを引き連れて託児所へと戻った。気分が落ち込んでいる時こそ、友達や仲間の存在が勇気付けてくれる。それは美菜も例外ではなかった。


 その頃、おやつが終わった託児所では、まだまだ元気な子どもたちが外ではしゃいでいた。食器の後片付けと皿洗いをしている勝矢の目の前に刹利が現れる。彼は「勝矢クンに手伝ってほしいことがあるんだけど……」とお願いすると、勝矢はうれしそうに外へ飛び出した。彼もまたいつもの調子を取り戻したのだろうか。
 外は悠然と構える大きな白い犬の登場で騒然となった。毛並みが白いのと長いせいか、ひとつひとつの立ち振る舞いにも気品がある。ある子どもは貴族のような振る舞いを真似たり、自分の身の丈もあろうかという犬に触れたりして、なんとかしてお友達になろうとがんばっていた。これを見た日和はみんなに犬の名前を教えてあげた。また彼も自分の名を聞くと、ゆったりと息を吐きながら頷く。日和の言葉どおり、とても優しい犬だ。子どもたちは言葉にできない、形に出ないものを感じ取ることに長けているのだろうか。ゆ〜なも子どもたちに名前を覚えてもらえるように「お名前は?」と何度も問いかけたりして盛り上げた。

 その後、日和の提案で安全な学園内を散歩することになったのだが、さすがに小さい子どもまでは無理……と思っていたら、刹利と勝矢が黒猫の形をしたタクシーをこしらえて持ってきたではないか。もちろん車輪つきで、前後にバーがあるので押し引きすることで簡単に移動させることができる。前は刹利、後ろは勝矢で十分だ。子どもたちの安全のためのシートベルトから座布団まで完備。これらはすべて、刹利が廃材を強化して作り上げたものだ。ただどうしても組み立てる際に問題があったため、勝矢にお願いしたのである。安全面はゆ〜なのお墨付き。こうして散歩は大きな犬が先導し、黒猫タクシーが後ろを守るという派手な行列となった。

 「しっかし、よく思いつくよなぁ。お前。」
 「子ども向けの映画を見てたらね、こんなのが出てきたんだよ。家に黒猫の気ぐるみずぎがあったから、『これだ!』と思って。」
 「それをやろうっていう根性がすごいよな。なんでも見ておくもんだなー。勉強になるよ。」

 構内を歩くにも黒猫タクシーの先導は小さな駅員さんたちがしてくれる。あやこの電車ごっこがよほど楽しかったのか、段差があると「ぴぴーっ」と声で合図したりしてくれた。さらにゆ〜なが視野を広くしてチェック。細かなケアをしてくれた。おかげで黒猫タクシーは無事にお散歩できる。
 その間、先頭を歩いている日和は子どもの知っている童謡を歌ってくれた。歌があれば、歩くことだって楽しくなる。ゆ〜なも美菜も子どもたちと一緒になって歌い、あやこも抱きかかえた赤ちゃんを曲のリズムで揺らしながら歩いた。実に賑やかな散歩は、周囲にも明るい雰囲気をもたらしてくれる。みんなの顔がほころぶ。こんな調子で続くアルバイトがうまくいかないわけがない。
 最後には刹利の猫芸まで飛び出した。彼の身軽さを活かした動きは、まさに本物の猫。その後ずっと、刹利は子どもたちからは「黒猫兄ちゃん」と呼ばれていた。


 お別れの時間が近づいてきた。親御さんのお迎えがあれば、その子から託児所を離れていく。ずっとお迎えを待つことになる子どものために、今度は日和がホットケーキを作ってくれた。もちろんゆ〜なやあやこもそれを手伝う。もちろん食べ過ぎないよう、ちゃんと量を調節して配った。
 お迎えの来た子どもは、今日だけ特別の黒猫タクシーで送迎。黒猫兄ちゃんと勝矢がせっせと車を押して、子どもたちの最後のお楽しみを演出する。あたりが暗くなったら、懐中電灯でライトアップする計画らしい。すでにその仕込みも終わっている。今日の子どもはいつでもどこでも楽しめるようになっていた。

 そんなこんなで最後の子どもまで帰路につき、めでたくアルバイトは終了となった。職員さんの話では「また来てほしい」とのこと。おそらく親御さんからもいい感想が得られるのではないかとのことだった。それを聞いたゆ〜なは一安心。自分の仕事を果たすことができてほっとしたようだ。あやこは女性陣に「いいお母さんになってね♪」と笑顔を振りまくと、日和も末っ子がゆえに思い切り楽しめたと感想を口にする。
 刹利は黒猫タクシーができただけでも大喜びだったが、勝矢から「こっちの都合だけど助かった。ありがとう」と言われると、さらに照れてニコニコ顔を見せた。そんな彼は今日もらうはずのアルバイト代を、自分の早業で秋山親子のポケットに入れてしまうことを心の中で決めていた。刹利自身あまりお金には執着がないので、使う人に使ってもらおうという心遣いだったが、後にこれが大混乱の元となってしまうことまでは気が回らなかったらしい。

 しかし、まだまだ解散には早いらしい。子どもたちに振る舞った蒸しケーキやホットケーキなどを食べながら、自然と打ち上げのような感じになっていた。
 託児所の明かりが消えるのはまだ早い。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2803/月夢・優名  /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
5307/施祇・刹利  /男性/18歳/過剰付与師
3524/初瀬・日和  /女性/16歳/高校生
7061/藤田・あやこ /女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです、市川 智彦です(笑)。ご近所異界の第5話でした。
今回は思いつきでやったんですが、皆さんのプレイングで勉強させていただきました。
子守りって、子育てって……難しいんですねぇ。秋山親子に苦労してもらいました!

ご参加の皆様、今回もありがとうございました。これからも異界はやりますよ!
また勝矢や美菜たちの巻き起こす珍騒動や別の依頼でお会いできる日をお楽しみに!