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<東京怪談・PCゲームノベル>


 セツナカウラ

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 生活必需品の買出しに、都の繁華街へ。
 買い忘れた物はないかと思い返しながらメインストリートを行く。
 その最中、鐘が鳴り響いた。都全域に響き渡る、正午を告げる鐘の音。
 少し、のんびりし過ぎた。午後からの仕事に備えて準備せねばならないのに。
 急いで戻ろうとした時、ふと目に飛び込む薄暗い路地。
 何度か利用したことのあるその路地は、近道。
 使いどころは、まさに今。
 賑やかなメインストリートから路地裏へ移動し、急ぎ足。
 まず、あれを片付けて。次は、あれを片付けて……。
 手際良く作業できるように、頭の中でシミュレーション。
 どういうわけか、最近異様に忙しい。
 だから、こうして予行する時間も大切なわけで。
 ジャマしないでもらいたいわけで。
 急いでいるという事実が前提にあるわけで。
「おいおい、シカトかよ」
 ガッと腕を掴んで不愉快そうに言った男。
 あぁ、面倒くさい。路地裏に入ってすぐに絡まれた。
 聞く耳持たずで無視し続けてきたけれど。
 この不精髭の男は、どうしても構って欲しいらしい。
 仕方なく立ち止まり、手短に願おうとしたのだけれど。
 ガシャァンッ―
「いっ……つ……」
 立ち止まった途端、鉄拳制裁。
 不意を突かれたこともあり、勢い良く吹っ飛んでしまった。
 拍子に、せっかく買った生活必需品もバラバラに。
 苦笑しながら、散らばったそれらを拾っていると、目に留まる。
 吹き飛んだ時、懐から落ち出てしまった "証"
 当然、生活必需品なんて後回しだ。
 証を拾おうと手を伸ばす。だが。
「―!」
 踏んだ。目の前で。男は、証を踏みつけた。
 頭上に降ってくる嫌味な笑い声と理不尽な制裁理由。
 普段ならば、ヤレヤレと肩を竦めて呆れるところ。
 けれど、今日は。この状況では。
 言葉では言い表せぬ怒りが、沸々と込み上げた。
 神を踏みつけるとは、何様か。
 退けろ。今すぐに、その足を退けろ。
 怒りに震え、俯いたまま小さな声で呟いた。
 気付かなかった。我失せんと堪えていたから。
 指先の一閃に。

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 それは刹那の― 刹那の出来事―

「音声機能に該当する障害です」
「理解は可能、ということか」
「えぇ。多少面倒なところはありますが、会話に支障はありません」
「そうか。フィルターを解除してくれ」
「了解しました」
 カチリと、手元のスイッチを押した黒衣の男。
 大量の蜂が一斉に飛び交うかのような音と共に、フィルターが外れる。
 紅い目の男は、コツコツと足音を響かせながら歩み寄った。
 寝息を立てる朔。眠る場所は、いつも同じ。隅っこにあるソファの上。
 鉄のように硬いソファの寝心地は最悪だ。
 けれど、いつしか慣れた。
 その冷たい感触にも、目覚めた後の怠慢感にも。
 気配を感じ取り、ふっと目を開いた朔。
 ひんやりと冷たい、男の手が頬を撫でる。
「……おは、よう、ござい、ます」
「あぁ。おはよう。どうだ、気分は?」
「大、丈夫。元気、ね」
「そうか。何よりだ。じゃあ、移動しようか」
「うん、すぐ、行く」
 頷いて体を起こした朔の手を引いて、男は歩き出す。
 向かうのは、隣にあるラボ。そこで実行されるのは、動作確認のようなもの。
 ガラスケースの中へ閉じ込められた朔は、スピーカーから聞こえてくる指示に従う。
 次々とケースの中に放られる魔物を、指示どおりに倒していくだけ。
 朔の動きをモニターで確認する紅い目の男。
 満足気な笑みを浮かべていたのだが、とあることに気付く。
「何か、おかしいな」
「……。違和感ですか」
「あぁ。遠慮しているかのように思える。何事だ」
「おそらく、原因はこれですね」
 マウスを操作し、モニターに映る映像を拡大した黒衣の男。
 拡大されたのは、朔の頭。灰色のキャスケット帽が乗っている。
 そう言われてみれば。昨日までは被っていなかった。どういうことだ。
 紅い目の男は、無言で黒衣の男に尋ねた。
「制御装置の役割を成すものです」
「制御……。それほどまでに、ということか」
「えぇ。勝手な真似だということは承知しております。申し訳御座いません」
「いや、構わん。必要だと、お前が判断したのだろう?」
「そうですね。情けないことに、昨晩、手に負えない状況に陥りまして」
「くっくっ……。お前をも手こずらせるか」
「お恥ずかしい限りです」
 謙虚な笑みを浮かべて一礼した黒衣の男。
 紅い目の男は、黒衣の男の頭を撫でた。
 それは、まるで父親が息子を褒める光景の如し。
 男は二人、肩を並べて食い入るようにモニターを見つめた。
 外れぬように、帽子を押さえながら指示に従って動く朔。
 まだ少しぎこちなくはあるけれど、それもすぐに解消される。
 動きながら、朔は必死に考えて答えを導き出す。
 どう動くのがベストか、帽子に気を取られずに動けるか。
 指示に従いながらも、一人でそれを克服する姿は圧巻なるものだ。
 肩を竦めて笑う紅い目の男。おもむろに呟いたのは、期待。
「朔は賢い。すぐに理解するさ」
 遺るもの全てが、名誉そのものだということを―


 迸るかのように。頭の中を駆け巡った過去。
 過去から現在へ意識が戻って来た、その瞬間。
 パサリと、屋根の上に帽子が乗った。
 吹き飛ばされた際、風に舞って飛んで行ってしまった帽子。
 不精髭の男が踏みつけているのは、ふたつの証。
 朔は、いつも首に掛けているタグのチェーンにカウラの指輪を通していた。
 男の一撃でチェーンは外れ、ふたつの証は同時に地面に落ちてしまう。
 何ひとつ纏っていない状態ということだ。
 灰色のキャスケット帽子も、銀色のタグも、狼の指輪も。
 中でも、前者ふたつは "制御" の役目を果たすもの。
 それらがなくなってしまった状態ということは……。
「くくくく。何だ、泣いてんのかぁ?」
 肩を揺らして笑いながら、更にグリグリと証を踏みつける不精髭の男。
 俯く朔の瞳の色が、鮮やかな赤へと染まる。まるで、炎が灯るかのように。
 一瞬だけ、体がフワリと浮くような感覚。
 その後すぐに、内からジワリジワリと熱が発されてくるかのような感覚。
 自分が、どのような状態にあるか理解した朔は、小さな溜息をひとつ。
 その溜息には、ふたつの意味がある。ひとつは、怠慢。そして、もうひとつは……同情。
 そっと手を伸ばし、朔は男の足に触れた。
 足先に覚える、チリチリと焼けるような痛み。
 自分の足を見やって確認した不精髭の男は、息を飲んだ。
「……!?」
 男の足先で燃える真っ赤な炎。
 その炎は、瞬時に燃え移って男の体すべてを包み込んでしまう。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
 炎の中、男は確かに見た。
 証を拾い上げる朔の背中に、赤い羽が生えている。
 制御を失ったことで解放されてしまった秘めし能力 "朱雀"
 この能力を表沙汰にしたのは、あの日以来だ。
 いつまでも付き纏う過去。
 体に宿る能力は、その過去と一緒に組成されるもの。
 すなわち、忌々しいものであり、当然の如く嫌悪してしまう。
 ヒトではない。この体は、そう、まるで―
「ばっ、化け物っ!!」
 のた打ち回りながら大声で叫んだ不精髭の男。
 朔は俯き、拾い上げた証を首に戻しながら呟いた。
「好きでこうなったわけじゃない……」
 言い訳にすらならないことは理解ってる。
 誰かの所為にしたところで無意味なんだってことも。
 だって、僕はこうして存在しているから。
 それならばいっそのこと、自ら命を絶ってしまおうか。
 誰にも消せないのなら、丸ごと自分で消し去ってしまえば。
 そう思ったこともあった。実際に試みたこともあった。
 けれど、まだ存在している。こうして、ここに存在している。
 躊躇ったわけじゃない。怖かったわけでもない。
 逃げちゃ駄目なんだと、気付かせてくれた人がいたんだ。
 その人は、いつでも笑顔で。楽しく生きることを生き甲斐としている。
 同じ悩みを持っているはずなのに、振り返らずに前だけ見ている。
 大切な存在。かけがえのない、たったひとりの妹。
 今までも、これからも、後にも先にも、ひとりだけ。
 彼女の隣、手を繋ぐ。一緒に歩く。彼女を護りながら。
 そう思えるようになったから、僕はいまも、こうして存在している。
 でも最近は、もうひとつ。妹の他に、大切なものができた。
 まだ、はっきりとは理解らないけれど。
 きっと、いつか僕は言うだろう。
 宝物を訊かれたら、迷うことなく "ふたつ" 挙げるだろう。
 いつかの話。まだ、きっと、もっと先の話だから。まだ危ういんだ。
 歩きながら、確信できる瞬間と場所を探してる。その途中。
 生きていくことを幸せだとか楽しいだとか。
 ようやく、そう思えるようになってきたのに。
 過去は過去で、いつまでも。
 化け物だと罵られたのも久しぶり。
 だからこそ、見失う。
 どこに放てばいい? この怒りを、悲しみを。
 僕は、どこに向けて放てばいい?
 前進することを、阻むのなら。
 いつまでも、こうして邪魔するだけのものなら。
「……こんな力。……こんな力、要らない!」
 声を荒げて叫んだ朔。
 その感情が反映されるかのように、炎の羽が更に大きく激しく燃え上がる。
 やり場のない感情を露わにした朔の表情は脆く、今にも崩れてしまいそう。
 炎に焦がれて、のた打ち回る男に、ゆっくりと歩み寄る朔。
 原型すら残らぬくらいに焼いてしまえばいいんじゃないか。
 そうすれば、この悲怒の感情も鎮まるのではないか。
 そうすることでしか、鎮められないのではないか。
 そうだ。あの日と同じ。
 焼き払ってしまえば良い。
 何もかも、焼き払ってしまえば良いんだ。
 そもそも、こんな無礼な男に、生ける価値なんぞないじゃないか。
 歩み寄る朔の目が、荒れ狂う炎のように泳ぐ。
 焼いてしまえ。払ってしまえ、何もかも。
 そうすれば。いいや、そうすることでしか―
 ひとつしか用意されていない手段に縋る朔。
 だが。
 朔の前に立ちはだかり、その歩みを、唯一の手段を阻む者がいた。
 ふと見やれば、指先に一閃。その眩い光の間隔は次第に狭まっていく。
 ピタリと立ち止まって、朔は光の灯る自身の指先を見つめた。
 両手指先で小刻みに揺れる10の閃光。
 何だ、これは。首を傾げた朔。
 すると、朔の目の前に大きな……銀色の狼が出現した。
 首にかけた証、指輪から出現した狼が揺らす尻尾は、そのもの。
 指輪に飾られたモチーフと同じ。天使の羽のように美しい尻尾。
 目を丸くして驚く朔に、狼は背を向けたまま言った。
『やれやれ。ガキのくせに火遊びか。寝小便しても知らんぞ』
「……。僕、は……」
『黙れ。言い訳なんぞ聞きとうない』
 銀色の狼は目を伏せ、溜息混じりに続けた。
 あぁ、すまない。少し厳しくあたりすぎてしまったかもしれぬな。
 それしか術がないと思わせた、思い込ませた者の所為だというのに。
 だが、おぬしにとて非はあるのだぞ。そのままでは変化を遂げることなど出来ぬわ。
 過去の所為にして、また焼き払うのか? 悔いるであろうに。
 それを知って、なおも過去の所為にするというのか?
 口先だけよ。歩んでいる、そう思いたい、願望にすぎない。
 顔を上げることを選んだのならば、前に進む選択肢を選んだのなら責任を持て。
 忌まわしい過去? 大いに結構。それこそ宝ではないか。
 過去は決して払えぬものだ。払おうとするなんぞ、滑稽極まりないぞ。
 その甘さを何とかせねばな。過去すら愛せる器を得ねばなるまい。
 この先も、歩いていくのならば。変化を遂げたいと望むならば。
 危うい迷い子よ。おぬしの悲怒、俺が食らおう。
 おぬしが成長できるように。
 もう二度と、要らぬなどと言わぬように。
『ちょうど、腹も減っていることだしな』
 振り返って首を傾げ、銀色の狼は淡い笑みを浮かべた。

 賑やかなメインストリート。
 その雑踏が、まだ微かに聞こえる。
 路地裏で一人、朔はペタリと座り込んだ。
 目の前には、気を失っている不精髭の男。
 その胸は、ゆっくりとだが上下に揺れている。
 生きている。男の呼吸は、今も続いている。
 もしもあのまま、立ち止まることなく進んでいたら。
 男は息絶えていただろう。真っ黒な炭と化していただろう。
 確かに動いている男の胸、呼吸を見やる朔の瞳から、ポロリと涙が零れた。
 そうだ。嫌なんだ。嫌に決まってる。
 焼き払うなんて。焼き払いたくなんて、なかったんだよ。
 風に乗って舞い、フワリと。頭に乗ったキャスケット帽子。
 朔は、いつもより目深く、ギュッと帽子を押さえた。
 零れる涙を隠すかのように。

 *

「すげぇ。どうなってんだ、これ」
「ん? 何がだ?」
「全身火傷なのに、ピンピンしてるぜ。こいつ」
「うわ、マジだ。めっちゃ笑ってるし」
「嘘くせぇなぁ。特殊メイクとかなんじゃねぇの。どうせ」
「いや〜。マジモンだろ、あれは」
「そうかぁ? どうにも胡散くさい……」
「あ、バカ。退けって。見えねぇだろうが」
 CLC本部リビングにて。放送されているニュース番組に釘付けのメンバーが二人。
 報じられているのは、奇怪な事件。
 路地裏で気絶していたところを発見された男。
 全身に火傷の痕があるのにも関わらず、命に別状はなし。
 そればかりか、笑顔でインタビューに応じている。
 どうして路地裏で失神していたのかという質問には困り顔。
 何があったのか、まるっきり覚えていないのだそうで。
 どのチャンネルも、この奇怪な事件を報じる特番が放送されている。
 犯人の意図が不明な為、どの番組も都民に警戒を促しているようだ。
 テレビ前で盛り上がるメンバーを横目に、朔は俯く。
 淹れてもらった紅茶は、手付かずの状態で冷め切っている。
 知る由もない。メディアが探っている "犯人" が、朔だなんて。誰も。
 少しだけ顔を上げて、朔はチラリとテレビを見やった。
 ブラウン管の中には、笑顔でインタビューに応じる不精髭の男。
 朔は無意識のうち、ホッと安堵の息を漏らした。
 その姿を見やって、キッチンで、灰蒔と目黒がクスクス笑う。
「朔くん……。もう解いたんだ。早いねぇ」
「秀逸だな。お前よりも」
「むむぅ。否定できないのが悔しいところですなっ」
「ぷ。何だそれ。ほれ、いいから、さっさと剥け」
「ん〜。玉ねぎ剥くの嫌いかも〜」
「わかった。じゃあ、あっち行け。邪魔」
 冷め切った紅茶を口に運ぶ朔。口元には淡い笑み。
 銀尾の指輪には、ぼんやりと白い光が灯る。
 それは、証。
 仮証が、正式な証となった証拠。

 ここで視ていてやろう。おぬしが迷わぬように。
 悲怒なんぞ、喰らってくれる。いくらでも平らげてみせよう。
 そうすることで、おぬしが救われるというのなら。
 何故、そこまでするのかだと? 愚問だな。
 おぬしの力が、必要とされているものだからだ。それ以外に何がある?
 だから、要らないだなんて言ってくれるな。カウラが悲しむぞ。
 愛せよ己。焦らずとも、ゆっくりで良い。
 見せてくれ。おぬしの、刹那華裏を。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7943 / 四葉・朔 / 16歳 / 薬師・守護者
 NPC / 灰蒔 / ??歳 / CLC:メンバー
 NPC / 目黒 / 21歳 / CLC:メンバー

 こんにちは、いらっしゃいませ。
 シナリオ『 セツナカウラ 』への御参加、ありがとうございます。
 証アイテムである "カウラの指輪" に、"神狼(カロ)" が宿りました。
 習得特殊能力コード 【K-003-KARO】 頭の片隅にでも御留め置き下さい。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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