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誘う者〜サイレントウィスパー
世界的大不況の波は、東京をも飲み込んだ。
そんな折、武彦は草間興信所として大手おもちゃメーカーの依頼を受けることになった。世間が不景気の時に起こる事件は、心当たりのない脅迫くらいなものである。詳細を聞く前からだいたいの予想はついていたが、このケースはある意味で非常に特殊なものだった。
本社へのお招きを受けた武彦は、陽射しがたっぷり入るオフィスを通り抜け、総務部の面々が待つ会議室へと通される。もちろん、表向きは探偵ということを隠してのお出ましだ。関係者が入ると部屋の扉をロックし、密室になったところで内情の告白が始まる。
「この部屋は防音です。ご安心ください。なにせ、新商品の開発などを行うには必要な空間ですので……」
「いくら不景気とはいえ、場末の探偵で安く済ませようというわけではないってことですか。こっちも負けず劣らず不景気ですから、ご依頼は受けるつもりで来ましたよ。しっかりとしたご説明をしていただけるなら、ご希望の結果をご用意しましょう。」
武彦は『このくらいハッタリをかまさないと逃げられる』と踏んで、あえて大きく出た。この時期に食いついた獲物を逃すとかなり痛い。実際はそういうキャラではないが、やらざるを得ない状況であることはよくわかっていた。その自信満々の言いっぷりが功を奏したのか、総務部長はさっそく口を開いた。
「実は……退職者が増えていて困っているのです。」
退職者……思わず武彦は首を傾げた。この会社のトップは「リストラは絶対にしない!」と断言し、その後は企業努力で難を逃れたと経済誌にも紹介されたほどの体力があると言われている。これではその内容に反するではないか。武彦は相手の言葉を引き出すために、あえて怪訝そうな表情を見せるだけにした。話が脱線してもいいから、相手にすべてを語らせるのがいろんな意味で正解だと考えたからだ。
詳細はこうだ。
ここでいう退職者とは、イコール殉職者……しかも自殺者であるという。死因そのものは自殺と断定されているが、遺族は当然のように『原因は会社にある』と訴えてくる。会社も誠意ある行動をすべく関係部署からの聞き込みをしたが、上司も同僚もそんなことをした心当たりはないと口を揃えた。心理学者などを同席させたが、これだけの人数が口裏を合わせることは不可能だと説明し、どちらも真実だと判断するのが妥当だと説かれたらしい。
しかし、こんな説明で遺族が納得するはずがない。もちろん上司や同僚も「仕事を心から楽しんでいたあいつが死ぬわけがない」と騒ぎ立てる。すでに会社の上層部は四面楚歌だった。こうなったら自殺の理由を探さなければ収拾がつかなくなる。こうして事件の真相を探るべく、特殊プロジェクトチームを総務部に設立した。そんな矢先、次の犠牲者が現れる。営業二課でがんばっていた女性社員がまたしても自殺したのだ。今度は警察によって日記が発見された。その内容は「精神的に参っている」「オフィスで誰かが、私に辞めろと囁いている」というもので、会社側にも何らかの責任があるのではないかとの見解を下すには十分な証拠となってしまったのだ。四面楚歌に加えて背水の陣。もはや追い込まれるところまで追い込まれた彼らのとった行動が、あのオカルトで名高き草間興信所への依頼であった。
「事情はよくわかった。ひとつだけ気になる文言があったから確認しておきたいんだが……『私に辞めろと囁いている』のは、誰のことかわかってますか?」
「恥ずかしながら……わかっておりません。これも上司や同僚などに聞きましたが、そういった事実はいっさいないと。」
「密室で行われたという可能性も否定できないが、おそらく皆さんのおっしゃっていることが正しいのでしょう。自分しか見ない日記なら、犯人を示唆する内容を書いておくものです。もしかするとこの事件は、想像以上にややこしいかもしれない。うちに頼んで正解でしたね。今はちょうど春休みの時期だ。平日に動ける奴も多いだろう。明日からその手の専門家を集めて調査しますよ。」
総務部の面々は「どうかよろしくお願いします」と神妙な面持ちで頭を下げた。武彦はその場で興信所に電話をし、零に人を集めるように指示する。死の世界へと誘うサイレントウィスパーは、いったい誰なのだろうか……
翌日から調査が始まった。
召集した面子の元締めである武彦は、会社とのパイプ役となるために昨日と同じ部屋で待機。秘書のシュラインは始業前を狙って、社員たちの聞き込み調査をしている。自殺者の営業先やかかりつけの病院など会社外部の調査は連絡を受けた時点から始めており、その結果はすでに資料として所長に手渡されていた。医師への聞き込みは一般外来の終わる時間帯から武彦と手分けして実施。その後の資料作りがあってふたりともくたくたのはずだが、事件解決を先延ばしにするわけにはいかない。疲れた体に鞭打って、チーム草間は一丸となって戦い続ける。
武彦の隣には、その資料に目を通す千石 霊祠の姿があった。今日もトレードマークの魔女帽子をかぶっての登場だ。武彦は彼がいつもの格好で来ることを心から望んでいた。これはいわば草間興信所の自衛策である。そう、得体の知れない敵を警戒させるための手段だった。いくら武彦が声高に『有名でやり手のオカルト探偵』を名乗っても、一般人と同じ姿をしていたのでは素直に納得してくれるはずもない。だからそれっぽい服の人がひとりでも混ざっていてほしかった。そうすれば草間興信所からの被害者を出す確率もぐんと減る。そういう目論見があった。
そんな期待を受けて登場したのが霊祠である。さすがは名家のお坊ちゃま。歩き方も堂々としており、いかにもそれっぽい人に見える。実際にはその道のプロなのだが、ここではそんなリアリティーは必要ない。だから社内でグルちゃんが脇を固めることもないわけで……
「草間さん。まさかこれ、自殺者の素性を全部調べたんじゃ……」
「ま、会社からの提示があった分は除いて、最近のと怪しいのはうちで調べた。」
「これはあくまで世間の見方に則った考え方なんですけど、自殺者数って全世界で増加傾向ですよね?」
武彦は資料に目をやる霊祠の顔を好奇の目で見つめた。てっきり『考えること全部がズレちゃってるお坊ちゃま』だと思っていたが、どうやらそれはとんでもない間違いだったらしい。彼は幼いながらも、この事件を大人なみの博識で紐解こうとしている。そんな目に気づいているかどうかはわからないが、霊祠はかまわず続けた。
「しかしこの事件、本当に僕らの管轄なんでしょうか……?」
「そうじゃない時はどうするんだい、霊祠くん?」
武彦は少し嫌味を交えて返した。
「警察の仕事ということになりますね。死霊術師の常識の中に『死者は必ずしも真実を語らない』というのがあります。僕たちはこれに気をつけて調査していかないと、とんでもない無駄骨を折ることになるんじゃないかと思うんです。」
霊祠は一例を挙げた。説明にあった同僚の発言に関しては心理学によって真実が保証されているが、もっとも新しい自殺者については日記があるだけで何の保証もないのが不自然だと指摘。警察が自殺と断定した以上、ある程度の調査は行ったと思われるが、今から独自に分析してもいいのではないかと進言した。武彦はひとつ頷くと、さっそく調査の手配を始める。
「さてと。僕は今からその確証のない自殺者さんを口寄せして、心理学者の方と一緒にお話を聞きます。武彦さんは……お忙しそうですね。では隣の会議室を使わせてもらいます。」
「ああ、悪いな。あやこからも連絡が入って手が放せない。俺はここにいるから、なんかあったら呼んでくれ。」
この後、心理学者が失神寸前の状態に陥るとも知らず、武彦は霊祠先生を送り出した。
武彦の根回しで秘書課の新人社員として配属された藤田 あやこは、あらゆる意味で挑発的に仕事をこなしていた。
まずは服装。意味もなく社長に色仕掛けを使って制服の基準を緩めさせると、周囲の男の目を釘付けにする極度のミニスカに白い脚をちらつかせるパフォーマンスを開始。そして仕事を楽にこなし、次の仕事をおねだりする大サービス。男どもは完全にあやこのファンになった。首脳陣は彼女の素性を知っているのに楽しんでいるのだから、まったくもっていい気なものだ。
あやこの目的はいくつかあった。そのひとつは興信所経由では見られないであろう機密文書に接近すること。これは閲覧できなくてもいい。『そういうものがある』という事実をつかむことが収穫である。また経営陣よりも上の存在が、さらに甘い蜜をすすろうと安易に低俗霊の使役を外注した可能性も否定できない。彼女はその気配を邪眼でくまなく調べていく。
もうひとつの可能性、それは女の嫉妬だ。昔から世間様では「女の敵は女」と噂されている。ある女性が嫉妬から霊を呼び出す才能に目覚めたとしたら、これは非常に厄介だ。そういったものもチェックするために、わざと派手な立ち振る舞いをしている。これはもっともあやこが得意とする調査方法なのだが。
「オジサンたち、鼻の下はしっかり伸ばしてくれるんだけど……さすがにセクハラはしないわね。ま、この場合はパワハラというべきかしら?」
さすがはおもちゃメーカーといったところか。常にイメージが先行する企業なので、この手の騒動を起こさせない対策は万全である。
ただ社長には、自社製品で自身がプロデュースする『あたたかい田舎の風景』というミニチュアの自慢話を聞かされた。本来は同じ社長であるあやこはそのディティールの細かさに感心しながら、任務を忘れてちょっとマジメモード。マーケティングにおいていかに多角的な物の見方が重要であるかを再認識した。
一方の女性陣だが、秘書課に限っていえば和気藹々としており、恨み言のひとつも出てこない。強権発動のミニスカも「今日から変わったんですねー」程度の感想しか得られない。やはりヒラの社員が仕掛けた事件とは思えない。あやこは的を徐々に狭めていく。
「わずかな可能性をも否定しないのが捜査の鉄則、ね。とはいえ、ここまで手がかりがないと困るわ。この資料はっと……」
何気なしに目をやった会議資料……この瞬間、あやこは事件の核心へと誘われた。そして……
足で稼いだ情報は聡明な頭脳で分析される。シュラインは会議室への往復を何度も繰り返していた。残念ながら、現時点で真実に近づけるほどの材料は手に入っていない。だが、敏腕秘書のシュライン女史に『油断』の二文字はない。それは「本当は真実に近づけるだけの材料が揃っているかもしれない可能性」だ。点を追うのではなく、線を繋ぐ。真実への道標となるミッシングリンクを探し出す。推理小説などでよく目にする単語だ。額の汗をぬぐうシュラインの脳裏にそんなことがよぎる。
該当者の情報はつかんだ。社内での主な移動経路や大まかな範囲、食事や休憩時の定位置、仕事用パソコンの履歴……社内の調査だけでも、実にこれだけの要素がある。シュラインはまず、共通項を探すことから始めた。自らがリストアップした場所へと赴き、その足跡をたどる。
「こんなに光がたっぷり入る社内で精神衛生が極端に悪くなるなんて……よほど仕事に疲れていたのかしら。」
霊祠が語った現実論は、実はシュラインの頭の片隅にもあった。そう、それもまた可能性のひとつである。それを真っ向から否定するかのような太陽の光を浴びながら、シュラインは人気のない廊下に靴音を響かせた。新品の靴だったので長時間歩くのに難があるかと思っていたが、上等なカーペットを使っているからか足への負担は思いのほか少ない。どこに行っても『社員にやさしい』というイメージが付きまとう。
北風と太陽ではないが、シュラインの通る廊下の窓をビル風が揺らす。柔軟な設計とはいえ、風もかなりの強さ。かすかな音くらいはしてしまう。シュラインはこれらの雑音も原因のひとつに挙げていた。厳密には雑音のように聞こえる囁き。死を勧める悪魔の声。心まで疲れ果てた人間には、これが何に聞こえるかわからない。
何気なくプリントを見ていたシュラインは、偶然にも「あるもの」が目に飛び込んできた。それは会社から手渡されたフロアの案内図……彼女は高速で考えを巡らせる。そしてゆっくりと歩みだす。その一歩から点を結ぶ線が走り、徐々に真実へと近づいていく。
「かかりつけの病院、営業先、私生活に共通点はない。社内の席も遠く、目立った共通点は社内のいくつかの場所だけ。光と音楽で溢れる社内。その中でもこの道は……!」
誘う者の招待を突っぱね、自ら道を拓いたシュラインは会議室へと走る。道半ばだが、もう手の届くところまで近づいていた。あとは仲間たちと協力すればいい。彼女は走る。
死霊術師……いや、正確には霊祠の口寄せは、おおよそ一般人の想像するきれいなものではなく、素敵な素敵なビジュアルで繰り広げられる未知なるワンダーランドだった。これでほんわかできるのは霊祠だけだろう。心理学者は迫力の映像に気を失いながらも、なんとか職務を全うしようと孤軍奮闘していた。
霊祠が先ほど武彦の前で披露した常識は、警察などにおける科学捜査とは一線を画すものだ。厳密に言えば、司法解剖や鑑識というものは本人から直接聞いている。一方、死霊術は一度失ったものを具現化するのだから、これはもう別のものという認識でいかなければならない。人間とは、身体と魂がセットで定義されるべき存在。身体から切り離されて魂だけとなったものを「元・人間」というのではなく、「もはや別人」と解釈しようという霊祠の言い分は理にかなっているのだ。
そんな彼女から日記の内容などを質問してみると、この部分は正確に話してくれた。死の直前だったため、まだ印象が薄れていないと霊祠は判断。心理学者も口に手を押さえながら「信用していいですね」と同意する。こうなると、困るのは霊祠だ。あまり過去のことは聞けないので、あとは心ならずとも会社の方針に則った形で質問を続けるしかない。
「あんまり好ましくない方向に話が進んでるけれども……仕方ない。では、あなたの聞いた声について詳しく教えてください。できれば、聞いてほしいっていう欲求を抑え目で。時間があったら聞きますから。」
心理学者は露骨に嫌な顔をしたが、相手は長々と話を始めた。その中で霊祠は日記にも書かれていない『妙な言葉』を耳にする。それからずっと、そればかりが気になった。これが本当なら、彼女は自殺する必要がないことになってしまう。霊祠は慎重になった。手がかりをつかんだ時こそ、慎重に。
「確認します。イエスかノーで答えてください。あなたが最初の方で言った……………」
彼女が質問のすべてを聞き終え、首を縦に振った瞬間、すでに霊祠は扉へ走り出していた。魔女帽子が脱げないよう、手で押さえて。その姿は迷いの森の中で出口を見つけた魔法使いのよう。
私は、パソコンの画面が映し出す「あるリスト」を凝視していた。
私は何も語らない。ただじっと見つめるだけ。その名前を見つめ続けるだけだ。
それだけでいい。不思議と心の中に『安息』という名の風が吹き込んでくる。
もう何日目になるだろう。この名前に狙いを定めてからというもの。
すでに彼は会社に長期休暇届を出したという。順調だ。このままいけばいい。
今に人生を辞めることになるのだから。あと数日の辛抱だ。例外はない。
今までもそうだったんだ。これからもそうなるだろう。ずっと、ずっと……
「そこまでよ! サイレントウィスパー! 観念なさいっ!」
「あら、あやこさん。かっこいい呼び方するわね。でも彼はただの犯罪者よ!」
「あまりに普通すぎる事件だっただけに、手間取ってしまいましたが……もう見失いません。人事部長さん?」
シュライン、あやこ、霊祠が踏み込んだのは人事部長の部屋だった。中肉中背で、やせた頬が印象的な壮年男性が机に座っている。彼は賑やかなお出ましにも動じることなく、ゆっくりと席を立った。そしてそれぞれの顔を見やると、不思議そうな顔をしながら尋ねた。
「探偵社の方ですか。何をお探しでしょう?」
「探してたのよ、犯人を。死へと誘う声を発する存在を……この部屋の周辺は自殺者のほとんどが行動範囲にしていたエリア。そして社内でもっとも音がしない場所。オフィスや食堂では絶え間なくリラクゼーションミュージックが流れてるのに、あの廊下でだけ私の靴音が響くという事実に気づいたその時、初めてあなたという存在を疑ったわ。」
「そして秘書課でもあなたに繋がるものを見つけたわ。ま、私もブティックを経営をしてるから、感覚的に必ずあるって思ってたけどね。当時から極秘扱いにされてた、この会社の再建計画案のプリント。ちゃんと機密情報は破棄しとかないとねー。秘書課のみんなには注意しておいたわ。ここには報道で語られなかった大規模なリストラ案が提示されているわ。立案したのは首脳陣だけど、責任者はあなたになってる。あらゆる可能性を模索する必要があったから、おそらく最後の最後までリストラ計画を練ってたんでしょうね。」
「そして偶然にも事件と関連のあった女性が語ってくれました。ああ、自殺者ですけどもね。彼女はこう訴えてました。『会社を辞めてくれれば、それでいいんだ』と言われたとね。彼女は子どもの頃からこの業界に入ることが夢で、彼女は辞職よりも死を選んだというわけです。首脳陣は大々的にリストラをしないことを公約していましたから、これに固執する人間を探すのは思ったよりも容易でした。シュラインさんとあやこさんの情報もありましたから。」
別々の道から真実へとたどり着いた3人。そしてそれぞれの推理で人事部長を攻め立てる。すべてを聞き終えた彼は静かに目を閉じると、いきなり大きくぐらついて地面へ倒れこんだ……そう、ついに犯人が姿を現す。
人事部長の身体から白い霧のようなものが沸き上がり、邪悪な表情を形作るとさっそく威嚇を始める。
『リストラだ……リストラしなくちゃいけないんだ……お前たちも死ねばいい……』
「言霊と呼ぶには無理があるかしら。これじゃ邪霊ね。」
「完全に抜け落ちてくれて助かります。さ、ワイトさんがんばってください。」
『俺を消す、だと……俺が消えては……ならない……!』
霊祠がいつの間にか呼び出した護衛のワイト2匹が動き出すと同時に、邪霊は波動のようなものを発生させる。これがすべての元凶なのだろう。
しかし、これが人間にまで届くことはない。シュラインが音波を掻き消す声で相殺してしまったのだ。隙のできたところで、あやこが霊を斬る髪飾りを踊るように操り、いくつかに分断されたところをワイトたちがおいしく召し上がる。勝負は一瞬でついてしまった。
「あんまり霊は食べさせたことないんですけどね。家に帰ったら、上等なお肉をあげます。」
「ナイフとフォークとまでは言わないけど、もうちょっと品のいい食べ方を教えたらどうなの?」
「シュラインさん、あの荒々しさがワイトさんの魅力ですよー♪」
ようやくいつもの霊祠らしいところを見たせいか、シュラインは表情を崩して笑った。あやこも髪を整えながら微笑んでいる。かくして事件は解決した。
「しかしこれ、何が解決したんだろうな。俺にはよくわからん。」
「あら、武彦さんは依頼を達成して、正当な報酬をもらうのがお嫌いなのかしら?」
完了報告を済ませて外に出た時間が終業と重なったため、帰り道は社員に揉まれて帰ることとなった。その中で武彦は思わず本音を口にする。
「わかってるさ、シュライン。だが表向きは、心労を理由に人事部長に特別休暇を与えただけじゃないか。会社は遺族への説明責任を果たせるわけでなし、上司たちの面子が回復するわけでもなし……いったい俺たちは何ができたっていうんだ?」
「しいて言うなら……ひとりで問題を抱え込む辛さの解消、かしら?」
あやこは冷静に話す。
「私は部長さんのリストを見てないからわからないけどね。上の決定で自分が誰かを辞めさせなきゃいけない、しかも黙ってろって言われたら普通の人は持たないわよ。企業間での戦争が激しい世界だから、うかつに情報を漏らしたらどうなるかわかんないし……」
「これはあくまで僕の推測ですが、リストの中に自分の名前があった可能性があります。仮に会社がリストラを決めた際、すべての責任を人事部長に押し付けるシナリオです。現実は違いましたが、どちらにせよ大きなプレッシャーになったことは間違いありません。経営が健全化してもリストラの恐怖に苦しみ、次々と社員を自殺に追い込んでいったのも『ひとりで問題を抱え込む辛さ』ゆえなのでしょう。」
「難しい世の中になっちゃったわね、ホント。あ、私は草間興信所でよかったと思ってるわ。ベアなし、インセンティブなし、有給休暇なしだけど、人との繋がりを大事にしてるから。」
武彦は耳に手をあてた。このシュラインの苦言は、特別ボーナスをそそのかす言霊に違いない。そう思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
7086/千石・霊祠 /男性/13歳/中学生(良い子の味方「魔法使いレイ」)
0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
7061/藤田・あやこ /女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。もはやおなじみの草間興信所からの依頼でした。
今回も書き味を若干変えての作品でございました。いかがだったでしょうか?!
物語を書き進めていく中で、いつの間にか推理小説のような感じになってました(笑)。
ちゃんと伏線やミスディレクションっぽいのとかが入っています。背伸びしてみました!
今もまだ不況ですが、大切なものを見失わずに生きていたいものですね。うんうん。
それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!
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